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緋色ノ鳥ハ花ニ舞ウ  作者: なかゆん きなこ
第一部 緋色ノ鳥ハ花ニ舞ウ
5/14

五、漆黒の蝶



 狭い店内を埋め尽くす物、モノ、もの。乱雑に置かれた書籍や巻物は厚い埃をかぶり、綾錦や絹織物の反物は無秩序に壁に掛けられている。

 古びた卓の上に載った箱からは装飾品が溢れ出て、店の隅には色あせた竹籠の中に刀が何本も突っ込まれていた。

(…変な店だ…)

 それが浅葱のこの店に対する第一印象である。

 三条通りにいくつかある道具屋、古物店を紅の案内で回った後、連れてこられたのがこの店だ。

 外から見ると普通の民家のようで、看板の類も出ていないが、この店は一応『骨董屋』であるらしい。まさかと思いつつ店主に例の耳飾りの事を尋ねたが、

『うちに流れてきたことはないね』

 と、古い台帳をめくりながら言われた。台帳は、この店に集められた骨董品の目録であるらしい。

 そしてこの店に浅葱を連れてきた紅はというと、今は熱心に中古の着物を眺めている。中古といっても、十分美しい女物の着物だ。

 昨日は女物の道具類を父親に贈られたと言って怒っていたのに、今は真剣にそれを見つめている。口ではああ言っていても、やはり女の子。こういうものに興味があるんだなと、浅葱は思わず微笑む。

「? どうした、いきなり笑ったりして」

「いや。紅もそういう物に興味があるんだなと思って」

 しかし紅は憮然として、「何を言うか馬鹿者」と不機嫌顔だ。

「わしはこんなひらひらしたものに興味などない。必要だから吟味していただけだ」

「必要? なんでまた」

「今朝言っただろう。『人攫い退治の下準備をする』と」

「言ったけど…」

 それと女物の着物とがどう結び付くのかと、浅葱は首をかしげる。

「人攫い共の根城がわからん以上、わしが囮となるのが手っ取り早い。わしはこんな面相だが、女物の着物を着てかずきをかぶればまァ見えんこともないだろう」

 紅は己の眼帯を指差してそう言った。

 確かに、綺麗な着物を着てかずきで片目を隠してしまえば、美しい少女に見えるだろう。

「人攫い共がわしに喰い付いたら大人しく付いて行って、攫われた者達を解放する。そして人攫い共をまとめてブッ飛ばしてやるのよ」

 紅はそう自信ありげに言うが、事がそう簡単に運ぶだろうか。

(……相手が何人いるかも、どんな得物を持っているかもわからないのに…)

 腕が立つとはいえ、紅一人が相手をするには危険だろう。

 本当は、無茶をせず役人に任せておけと言いたいところだが、この少女は聞くまい。なら…、

「…紅、」

「ん? なんだ、浅葱」

「…俺がやるよ」

「は?」

「囮役。お前には助けられた恩がある。それに、忘れたのか? 人攫い共は一度、この顔に喰い付いている」

「し…しかし、これは元々わしが言い出したことだ。お前を巻き込むのは…」

「紅が囮をやるより、よっぽど確実だと思うよ。それに俺だって、一応身を護る術は心得ているから、大丈夫だ」

 しかし、それでも、と紅は反論してきたが、結局浅葱は折れなかった。

「………わかった。なら、ちょっとこっちへ来てくれ」

 紅はまだ納得がいかないようではあったが、一応頷いた。

 そして浅葱の袖を引いて、店の奥へと進んでいく。

 奥には店主の老人が一人、番台に座って店番をしていた。

「おい、おきな。あれを出してくれ」

 紅が店主に呼び掛けると、店主は無言で棚に囲まれた一角の奥へと消えて行った。

 そしてしばらくして戻ってきた老人の手には、一つの古びた鳥籠が。

(…蝶…?)

 しかし鳥籠の中には、鳥ではなく蝶が一匹入れられていた。

 全体が漆黒に覆われた一匹の蝶。ぱたぱたと羽ばたく翅からは、虹色に輝く燐分が舞う。

 初めて目にする不思議な美しい蝶に目を奪われている浅葱の傍らで、紅が鳥籠と硝子の小瓶を受け取る。瓶には透明の液体が入っていた。

「この蝶はな、この香料の匂いを追う性質がある。だから、この香料を衣に吹き付けておけば、たとえ姿を見失っても、この蝶が行く先を教えてくれる」

 元々は自分に香料を吹きかけて蝶を酒楼に預け、万が一自分が戻らなかったとき検非違使に蝶の後を追わせるようにするつもりだったという紅。

「この香料を衣に付けておけ。たとえ見失っても、蝶の後を追い、必ず浅葱を助けに行く」

 浅葱は「ああ、わかった」と了承し、小瓶を受け取った。

 無理に尾行して相手に気付かれるよりは、時を置いて蝶を追った方が確実かもしれない。

 しかしこんな珍しい蝶、値も張るのではないかと浅葱が怪訝に思っていると、紅はごそごそと懐から巾着袋を取り出し、中から一粒の宝石をつまみ上げた。

「!?」

 それは浅葱の素人目にもわかる、極上の紅玉である。

「代金はこれでかまわんか」

「十分ですよ。毎度」

 店主はもちろん、上機嫌で蝶を売ってくれた。あれだけの紅玉、売れば庶民が一年は働かなくても暮らしていけるほどの代物である。

「いいのか、紅。あんなに高価な物を簡単に手放したりして…」

「かまわん。あれはわしのクソ親父が寄越した胸糞悪い代物だからな。わしは全然興味がないが、こうして欲しい物が買える。捨てずに路銀代わりに持ってきておいてよかったわ」

 まだゴロゴロあるしの、と愉快気に笑う紅。あれだけの代物をまだゴロゴロ持っているなんて、よほどの富豪の令嬢なのだろうか。

 かぶいてはいるが着ている物は上等だし、言葉は時々汚いがどこか威厳がある。

 一体、この少女は何者なのだろう。

「ん? わしの顔に何か付いているか?」

「…いや、なんでもないよ」

 じっと見つめてしまっていた浅葱の視線に気付いた紅が、「どうした?」と首を傾げる。

(……変に勘ぐるのはよそう…)

 紅にも彼女なりの立場なり事情なりがあるのだろう。

 そう。浅葱が自分の正体を明かせないのと同じように。




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