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緋色ノ鳥ハ花ニ舞ウ  作者: なかゆん きなこ
番外 前日譚
13/14

二人の帝 前編

第一部の前日譚です。

浅葱の父、青龍帝のお話。


 春の夜空の下、咲き初めの花が枝を彩る。

 それを照らすのは、いくつも灯された篝火。

 そうして花と炎とに彩られた露台の上に、男が二人。

「こうして貴殿と杯を交わすのは、もう何度目になるかのう…? 東の帝」

 露台にしつらえた円卓に向かい合う、二人の帝。

 南の国を統べる朱雀帝は、そう青龍帝に声を掛けた。

「私が即位してから…ですから、もう十六ほどになりましょう」

「おお、もうそんなになるか」

 朱雀帝は愉快気にくすりと笑う。

 その拍子に、美しい漆黒の髪がさらりと揺れた。

 いくつもの金の簪に飾られた髪。

 抜きんでて華やかな美貌。

 相変わらず、この都のように絢爛な方だと青龍帝は思う。

 紺碧の髪をただ纏めただけの自分とは違う。

 そう言えば、こうして朱雀帝と杯を交わすようになったのも、この髪がきっかけだった。



 この世界を統べる四人の帝は、年に一度会談の場を持つ。

 十六年前。即位したばかりの青龍帝は、この時初めて他の帝達にまみえた。

 現在も北の国を統治する最長齢の玄武帝に、今は亡き先代の白虎帝。

 そして、自分と同年代の朱雀帝。

「貴殿、緊張しておるのか?」

 初めての四帝会談。それに委縮していた自分に、そう話しかけてきたのが南面に座す朱雀帝だった。

 自分とは違い、華やかで、自信家で、社交的な男。

「はあ…」

「うん? なぁに、相手は年寄りとおっさんだ。そう構えることはないよ」

 はっはっはと、豪快に笑う。

 年寄りと称された玄武帝は「うるさいわ、若造が」としかめ顔。

 おっさんと称された白虎帝は苦笑していたが、その眼差しは悪戯小僧を見守る大人のように、優しい。

 ふっと、緊張に強張っていた青龍帝の肩から力が抜けた気がした。

 はっとして朱雀帝を見ると、彼は「してやったり」と、笑っている。

 朱雀帝は、緊張する青龍帝のために。

 わざと、気安い口をきいたのかもしれない。


 その後、問題なく会談を終えた青龍帝は「東の帝」と声を掛けられた。

 朱雀帝である。

「貴殿、まるで星空のような髪だのう。せっかくそのように美しいのだから、もっと飾ればいいものを」

「はあ…」

 朱雀帝はしかめっ面で、じいっと青龍帝を見つめている。

「その髪には、銀の簪がよう似合う」

「…し、しかし、私は男です。そのように飾っても…」

「何を言われる。着飾るのは女人ばかりの特権ではない」

 確かに、金の簪で複雑に結われた髪は朱雀帝によく似合っていた。

 しかし、自分にはそのような華美な装いは…とたじろぐ青龍帝の手をとって、朱雀帝はずんずんと進む。

「装いが華やげば自然気持ちも華やぐというもの。初めての四帝会談、疲れたであろう? ぱあっと、楽しもうではないか」

 笑って、朱雀帝は青龍帝を街へ連れ出した。

 その年の四帝会談の場が朱雀帝の治める南の国の宮廷だったから、火の都の市中へ。

 朱雀帝はよく、素性を隠しては都へ降り、遊んでいるようだった。

 遊び慣れた朱雀帝の先導で、火の都を練り歩く。

 それは青龍帝にとって、初めての経験だった。

 


 同年代だった二人の帝は、それから親しく付き合うようになった。

 付き合うと言っても、二人とも多忙な身である。

 四帝会談の折り、どちらからともなく声を掛けて、共に酒を飲む。

 時には都へ繰り出したり、名所へ見物へ出かけたり。

 そして十六年経って、今年の春。

 朱雀帝が見つけたという桜の名所に露台をしつらえて、二人は静かに酒と花を楽しんでいた。

「満開の桜が美しいのはもちろんだが、咲き初めの花も良いものであろ? これからどんなに美しく咲き誇っていくか、楽しみに思えてのう」

「ええ、確かに」

「うちの春宮とうぐうが、まさに咲き初めの時期での。あれが子らの中で一番我に似ている。さぞや美しく育つであろうと、楽しみでのう」

「ふふ…。相変わらずですね、南の帝」

 朱雀帝はこう見えて、とても子煩悩なのだ。

 会うたびに、最愛の中宮と彼女が産んだ子供達の自慢話に花咲かせる。

「なになに。貴殿にも自慢のご子息がおろう」

「………ええ。二人とも、私にはもったいない、良い息子です」

 それまで楽しげに微笑んでいた青龍帝の瞳が、ふっと陰る。

「…どうした…?」

「…いえ…」

 ふと脳裏に浮かんだのは、いつもどこか悲しげな第二公子の姿。

 青龍帝が火の都の遊郭から身請けした遊女、氷月ひづき太夫が産んだ息子である。

 母親譲りの空色の髪をした美しい子で、浅葱あさぎと名付けた。

 青龍帝は最愛の女が残した息子を、心から愛しているのだが…。

「…いえ、なんでも…」

 言えるわけがなかった。

 浅葱が、正妻である中宮を始めとする後宮の女達に疎まれていることも。

 それを知りながら、助けてやることができずにいる己の弱さも。

(…あの子は年々、月子つきこに似てくる…)

 月子というのは、氷月太夫の真名だ。

 彼女が若くして命を落としたのも、自分が無理を言って妻に迎えたせいだと青龍帝は思っている。

 後ろ盾も身よりもいない、他国の後宮。

 唯一の味方である自分は、常に傍にいてやれなかった。

 そしてさらされた、正妻や女官達の嫉妬と蔑みの嵐。

 月子はいつも、微笑んでいたけれど。

 その陰で、どれほど苦しみ、傷ついていたことだろう。

 そうして息子の浅葱を見る度に、あの、母親譲りの空色の瞳で見つめられる度に、青龍帝は、

(…………)

 母子に、責められているような気がして。

 浅葱に、どうしても月子の面影を探してしまうのが怖くて。

 距離を置いた。本来なら自ら守り庇うべき息子から。

「……ふむ。浅葱というのは、貴殿の第二公子の名であろう? 貴殿が身請けした遊女が産んだ、という」

「はい…」

「確か、うちの春宮と似合いの年頃であったな…。どうであろう、東の帝よ。貴殿の第二公子を、我が娘と娶わせてみぬか?」

「え…?」

 突然の申し入れに、青龍帝は目を見開く。

「貴殿が身請けした我が都の遊女、氷月太夫と言ったか? 彼女は絶世の美女であったと聞く。その母によく似た子なら美しかろう。それならば、我が娘に相応しいと思うのだ」

「ですが…、浅葱は…」

 帝である自分の息子とはいえ、母親は元遊女だ。

 次代の朱雀帝の婿に相応しいとは言えないだろう。

「なぁに、母方の血筋のことなら気にするでない。なにしろ、我の父、先代の朱雀帝はもっととんでもない方を妻に迎えたからな。それに比べれば、青龍帝の第二公子など立派すぎる婿殿だ。それに……」

 朱雀帝の異色の双眸が、ひたり、と青龍帝を見据える。

「貴殿の息子は、我が娘の婿に相応しからぬ器量の子か?」

「…浅葱は…とても…」

 青龍帝は瞠目し、唸る。

「…とても…、私には勿体ないほど、聡明な子です…」

「なら、よいではないか。なぁに、すぐにでも婿入りせよと言うているのではない。婿候補として、一度顔を合わせてだな…」

 非常に乗り気であるらしい朱雀帝の話を聞きながら、青龍帝は。

 あるいはこれで、良かったのかもしれないとも思う。

 肩身の狭い東の宮廷に居続けるよりは、こうして望まれて他国に婿入りした方が。

 自分の第一子である春宮に万が一の事があった時、と後宮に縛り付けられていた浅葱ではあるが、春宮が子を作ればその楔からも解放される。

 その時になって臣籍に降り、味方のいない東の都に留まるよりは…。

(…その方が、幸せやも知れぬ…)

 青龍帝はそう決心すると、杯に残る酒をくいと飲み干した。

 何故だろう。今宵の酒は。

 やけに苦く、胸を焼くような気がした。



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