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緋色ノ鳥ハ花ニ舞ウ  作者: なかゆん きなこ
第一部 緋色ノ鳥ハ花ニ舞ウ
10/14

十、解毒



 雪藤に案内された先は、遊郭の端にある小さな物置部屋だった。

「ここかっ!!」

 引き戸を開けようとするが、開かない。鍵が掛っているようだ。

 紅はちっと忌々しげに舌打ちして、着物の裾を上げ、足を振り上げた。

 バキっ! と豪快な音を立てて、戸を蹴破る。薄暗い室内に、見知った人影が倒れていた。浅葱だ。

「浅葱っ!!」

 浅葱はぐったりと倒れ込んでいる。意識はあるようで、こちらに向かってゆっくりと頭を上げたが、その動作は鈍い。

「大丈夫かっ!?」

 駆け寄ろうとする紅だったが、


「来るな!!」


 初めて聞く浅葱の怒声に、びくっと踏み止まる。

 浅葱はぜいぜいと荒い息を吐いて身を起こすと、絞り出すように「来るな…」と呻いた。

「来ないでくれ。頼むから…」

「浅葱…」

 傷ついたような紅の瞳に、浅葱の表情が陰る。

「すまぬ…、浅葱…。わしが…わしが巻き込んだせいだ…」

 だから浅葱は怒っているのだと、紅は思った。

 自分の浅慮が彼を巻き込み、傷つけたから。

「ち…がう…。そうじゃ…なくて…」

「だが、手を差し伸べることは許してほしい。お前は、わしが助ける」

「そうじゃ…ないんだ…」

 拒絶されるのも厭わず、今度こそ紅は浅葱の傍に駆け寄った。

 見れば両手両足が縄で拘束され、擦れて血が滲んでいる。

 腰に差していた脇差しを抜き、縄を切っていく紅。一瞬、二人の視線が噛み合う。

(浅葱…?)

 ツウっと一筋の汗が浅葱の白い頬を伝う。

 間近で見る彼の瞳は、熱を帯びていた。見たことも無いような、美しい、顔。

「…ごめん…」

 その囁きは意外なほど近くに響いた。浅葱の唇が、自分に寄せられ…、

「はいはいそこまで」

 触れるか触れないかというところで、二人の間を遮るように声が響く。 

「雪藤殿!?」

 雪藤はやれやれとため息を吐きながら、紅から引き離した浅葱の体を抱くように自分に寄せた。そして浅葱の顎をくいと持ち上げ、まじまじと熱に浮かされる顔を見つめる。

「ほう…、随分綺麗な少年だね。ここの連中も、案外趣味が良い」

「雪藤殿っ!!」

 咎めるように紅が名を呼ぶ。

 戯れはよせと、怒り顔だ。

「わかっているよ。それにしても、あの薬を盛られてよく我慢したねぇ。あれには強い催淫作用がある。小鳥ちゃんの傍はさぞ辛かったろう」

 これをお飲み、と雪藤は袖から赤い包み紙を取り出した。中には小さな黒い丸薬が入っている。

「解毒剤だ」

 しかし今の浅葱は手を上げるのも億劫なほど弱っている。

 やれやれと雪藤がそれを自らの指でつまみ、小さく開かれた浅葱の口内に運んだ。

「っ!? ぅ…っ、が…ぁ…」

 口に入れて一瞬の後、浅葱が苦悶の表情を浮かべて悶える。

「おい! 苦しんでいるぞ!?」

「ああ忘れていた。これはすごく苦いんだよ。白湯なしで飲むのは辛いだろうねぇ」

 ふふふ、と浅葱の苦悶の表情をどこか嬉しそうに見つめる雪藤。

 変態だ、と紅は思った。しかも、タチが悪い。

「笑い事か! …っ、あ、そうだ! これを…」

 紅ははっと思い立ち、ごそごそと懐を探る。

 出てきたのは、着替えた後もしっかり忍ばせていた金平糖の袋である。

 その中から数粒つまんで、浅葱の口に含ませた。

 浅葱は薬の苦みを打ち消すよう、ガリガリと金平糖を噛み砕いた。

 そうしてようやく、落ち着いたようにほっと力を抜き、弱々しくも紅にそっと微笑みかける。

 もう大丈夫だと、言うように。

「良かった…。すまん、浅葱。全てわしのせいだ」

 ばっと床に手をついて、頭を下げる紅。

 しかし浅葱は責めるでもなく、その頭をぽんぽんと優しく撫でた。

「頭を上げてくれ…」

「浅葱…」

 あのどうしようもない熱が引いていくのを感じながら、浅葱が言う。

「お前のせいではない。自分から望んだことだ。それに、ちゃんと約束、守ってくれたろう?」

 必ず助けに来てくれると。

 そう言って、浅葱はこの上なく綺麗な顔で微笑った。

 優しい、穏やかな眼差し。先ほどの熱の籠った瞳にはどきりとしたけれど、自分はこの表情の方が好きだと、紅は思った。

「…俺も、お前に不埒な真似をせずにすんで良かった…」

「あ、浅葱…」

 唇を寄せられたことを思い出して、珍しく紅の声が上擦る。


「君達、いい加減私を無視するのはやめてくれないかな…?」


 コホン、とわざとらしく咳をして、雪藤がいう。

 そう言えばこの人は誰なんだろうと、浅葱は首を傾げた。

「ああ、忘れていた。浅葱、この方は別件でこの遊郭を調べていたところを行き合った。分け合って素性は話せんが、信用はできる」

「私の事は雪藤と呼んでおくれ、少年。この先の裏口から逃がしてあげるから、君達はもう行きなさい。じきに検非違使がここを包囲するからね」

 紅に、「もう目的は達したろう?」と雪藤は言う。

 しかし紅は、「ハッ!」と不敵に笑った。


「逃げるだと? 馬鹿な。浅葱を酷い目に合わせた奴らに、一矢報いねば気が済まん!」




相変わらず好戦的な紅です。

一応次でクライマックスです。



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