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緋色ノ鳥ハ花ニ舞ウ  作者: なかゆん きなこ
第一部 緋色ノ鳥ハ花ニ舞ウ
1/14

一、空色の少年

 


 この世界は、四人の帝が統治する。

 東国を統べる木の帝、青龍帝。

 西国を統べる風の帝、白虎帝。

 南国を統べる火の帝、朱雀帝。

 北国を統べる水の帝、玄武帝。

 四人の帝、四つの国、四つの都。各国の帝はそれぞれ四神の守護を受け、国を統治している。


 




 ざわざわと人通りの多い大路から少し離れたところにある、小さな橋の上。

 立派な造りとは言い難い、染料の剥げた紅い欄干に身をもたれさせて、少年はぼうっと川面を見つめていた。

 今は花の盛り。四都一華やかと評判の火の都は桜の季節を迎えている。都中に咲き乱れる桜の花びらが、川面にも浮かんでいる。花の匂いに混じってかすかに酒の薫りも鼻を掠めるから、きっとあちこちで酒宴が開かれているのだろう。多くの人々が、美しい花と春の陽気に浮かれているのだ。

「…はぁ」

 しかし、川面を見つめる少年は深くため息を吐き、浮かない顔をしている。

 一見して人目を引く空色の髪に、凍てついた湖を思わせる薄い青の瞳。整った容貌をした美しい少年だが、眉根を寄せて川面を見つめる風情はどこか頼りなげで、迷子の子犬が戸惑っているようにも見える。

「……………」

 彼は無言で、懐からごそごそと懐紙に包まれた何かを取り出した。

 そこに包まれているのは、一つの耳飾り。本来二つで一対になるその耳飾りは、今は一つしか手元にない。鉤状に曲げた銀の先端を耳に開けた穴に通す形状のもので、飾りとして金の模様の入った青い蜻蛉玉が三つ、連なっている。

 指先で摘み上げると、それは風に揺れてチャリチャリと鳴った。

 なんの変哲もない、ただの耳飾りだ。どこにでも、あるような。

「…はぁ」

 少年は再び、ため息を吐いた。

 そして元のように耳飾りを懐紙に包み、懐に仕舞って、空を仰ぎ見る。

 春の空は底抜けに明るく、都中を覆う桜がまるで淡く優しい炎のようで。

 少年は心地良い春の風に、瞳を閉じた。

 冬の空に似て寒々しい色だと、ずっと言われ続けてきた己の髪。

 低い出自のせいか、ずっと容姿まで蔑まれ続けてきた母にそっくりの容貌をもつ彼もまた、物心つく前からずっと言われ続けてきた。

 冷たい色をした、冷たい子供だと。

 せめてこの春空のように明るい髪で生まれていたら、自分はもう少し違う自分でいられただろうか。

(…今更、感傷に浸ったところでどうなるわけでもないけれど)

 少年はもう何度目になるかわからないため息を吐いて、欄干から身を離した。

(とりあえず、心当たりを片っ端から当たるしかないな。それでも見つからないなら…)

 その時である。

 遠くから少年を窺っていた男達が数人、こちらに近付いてきたのは。

「……」

 人通りの少ない橋の上で、こうも接近されれば警戒もする。少年はさっと身構え、自分よりも背の高い男達を一瞥した。

 お世辞にも身なりが良いとは言えない、いかにもゴロツキ然とした男達である。

 彼らは少年の顔をじろじろと見回しながら、「コイツは上物だ」と口元にいやらしい笑みを浮かべていた。

「オイ、兄ちゃんどこのモンだ? ここらじゃ見ねェ顔だなァ。余所モンか?」

 垢にまみれた無精髭の薄黒い顔が近付く。

 少年は嫌悪に眉をひそめながら、「だったらどうした」と強気に返す。

 金目の物目当ての盗賊だろうか。確かに少年は良家の子息と思われてもおかしくない身なりをしているし、金子もたっぷり携帯している。

 だが、腰に太刀を差しているにも関わらず絡まれるなど、随分舐められているなと自嘲した。

「なら…、好都合だぜ」

 ぐいっと、左肩を掴まれる。食い込むように強く握る男の腕を振り払おうと、少年が腰の太刀に手を伸ばした、その時。


          ズコッ!!!!


 どこからか回転しながら飛んできた何かが、少年の肩を掴んでいた男の後頭部を強打した。

「ぐあっ!!」

 カランっと音を立てて落ちたのは、一振りの木刀。

「喧しいわ!! 人の安眠を妨害し、あまつさえわしの目の前で無体を働くとは、良い度胸だな貴様ら」

 ゴトッと重い音を立てて橋の床板を踏むのは、黒漆の高下駄。

 そしてその持ち主は、なんとも目立つ風貌をした子供…だった。

 肩上でざんばらに切られた漆黒の髪は癖なのか所々寝ぐせのように跳ねている。

 紅梅重ねの水干に朱色の短い袴をはき、腰には刀よりも小振りの脇差しが一振り。そして先ほど男にブン投げたものと同じ木刀をもう一振り、左手に握っている。

 しかし何よりも目を引くのは、子供の右目を覆う無骨な眼帯。恐らく刀のつばを用いたのであろうそれが、幼くも整った顔に不似合いだった。

「んだァ、糞餓鬼!!」

 男達が一斉に子供に向かって吠える。

 しかし子供は自分よりも大きな男達を不敵に嘲笑い、橋床に落ちていたもう一振りの木刀を悠々と拾い上げた。

 男達など眼中にないように、その片目が少年の姿を捉える。

「ふーん。お前、綺麗な髪だな。空色だ」

「………」

 こんな状況で無邪気に容姿を褒められ、少年はただ言葉も無く子供を見つめた。

 唖然と自分を見つめる少年にニイっと笑って見せ、子供は両手に木刀を構える。

「さあかかってこいゴロツキ共。お前らの相手はこのわしだ」

「こっの!! 糞餓鬼があっ!!!」

 挑発に乗せられた男達が、一斉に子供に襲い掛かる。中にはドスを構えた男もいて、それ以前に木刀や脇差しで敵う体格差ではない。

 少年は慌てて、自身も太刀を抜いた。

 しかし子供は平然と、たった二振りの木刀で迎え撃った。

 男達の攻撃をひらりひらりと蝶のようにかわし、鋭く利き腕に打ち込む。

「…何だ、弱いな」

 至極つまらなそうに、子供が呟いた。

「っ! 危ない!! 後ろ!!」

 子供の背後から襲いかかろうとする人影に、とっさに少年が叫ぶ。

 すると子供はくるりと身を反転し、その重量のある高下駄を回し蹴りで男の腹に叩きこんだ。

「っぐあっ」

「ちっちきしょう…っ。なんて餓鬼だ…」

 気がつけば辺りには文字通り、子供に叩きのめされた男達が転がっている。

 腕に打ち込まれた者達は、皆手が痺れて武器を握れないようだった。

「お、覚えてやがれッ!!」

 お決まりの捨て台詞を吐いて、男達が逃げていく。その背中に、「知るか馬鹿者」と呟いて、子供は木刀を腰に差し戻した。

 一方の少年は、太刀を抜いたものの全然出番が無かった。

 自分より年下であろう子供の、あまりの強さにただただ驚くのみである。

「…君は…」

「おい、お前」

 少年の言葉を遮って、子供がくるりとこちらに振り向く。

「お前、警戒心が無さすぎだぞ。都にはああいう輩はゴロゴロいるんだ。特にお前は綺麗なんだから、目を付けられやすいぞ」

「あ…、ありが…とう…?」

 貶されているんだか褒められているんだかわからない忠告に、少年はただ頷く。

 そして子供はまた、ニイっと不敵に笑った。

「礼はいらん。わしの傍で騒がれて迷惑だっただけだ」

「そういえば、君はどこにいたんだ? すぐ近くにいたのか…?」

 傍で、と子供は言うが、こんな目立つ子供を見かけた覚えがない。

「ああ。この橋の下でな、ちょっと昼寝をしていた。そうしたら上がやけに騒がしくなったので黙らせようと、上がってみたらあのザマだ」

(…だ、黙らせるって…)

 確かに子供は黙らせてしまったけれど。

「それは…すまなかった。邪魔をしてしまったな。それから、改めてありがとう。助かったよ」

 少年が真面目な顔で頭を下げると、子供は一瞬きょとん、となって、すぐにぷっと噴き出した。

「ははっ、まァ気にするな。それより、この辺りは本当に気を付けた方が良いぞ。治安が良くないし、お前みたいに人目を引く余所者は狙われやすいからな」

「そんなに…人目を引くだろうか…?」

 首を傾げれば、子供はまた愉快そうに笑った。

「なんだ、お前鏡を見たことがないのか? そこらの役者よりよほど綺麗な顔立ちをしているじゃないか。それに、そんなに綺麗な空色の髪は珍しい」

「そう…かな…」

 少年は顔を曇らせ、己の髪を見つめる。

「綺麗…か。冷たい色だとは…よく言われるけど…」

「ん?」

「…だから、あまり褒められたことがない。冬の寒空のようだと、むしろ嫌われていた…」

「んん? お前…、」

 どうして、出会ったばかりの子供にこんなことを言ってしまうのだろう。

 まるで愚痴を零しているようだと少し後悔し始めた時、子供が妙に真面目な顔で言った。

「冬は嫌いか?」

「え…?」

「わしは冬が好きだぞ。寒いのはちょっといただけんが、だからこそ温かさに感じ入る。それにな、冬は空気が一番澄んでいるんだ。その、ピンと張りつめた感じが良い。雪遊びも、よう嗜むぞ」

 だからな、と子供は微笑む。

「お前の髪は、好きだ。冬の空の何が悪い。それに、そういうことを言う輩はお前がどんな髪の色をしていても、口さがなく言うであろうよ。あまり気にせんことだ。そういう輩の言に、振り回されることはない。言われたことがないのなら、わしがいくらでも言ってやろう」

 綺麗な髪だと。

 子供はどこか大人びた言葉で、そう少年を慰めた。

「…ありがとう…」

 そして少年は、出会ったばかりのこの不思議な子供の言葉に、素直に微笑みを返した。




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