表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小鳥が遊ぶ庭  作者: 桜光
城戸澪士編
8/33

第6章 訪問

どうやら僕達が思っている以上に、澪士にとっては深刻な問題らしい。

表向きには体調不良扱いだが、土日挟んでるわけだし、あの件が引きずってる可能性が高い。

メールも返ってこないし、なんだか物凄く不安になってきた。

朝の後に光や高木と深く会話する事は無かった。だが教室での様子を見ると、少しは意識してる素振りである。でも声かけづらいし、向こうから話題を振ってくる事もない。話しづらい。


昼休みの中盤、僕の所に一人の女性がやってきた。

大田と名乗ったその人は三年生で、選挙管理委員会の委員長らしい。

「今日の放課後、立候補者の集まりがあるんですが、城戸君は来ていないんですか?」

「…はい、体調不良みたいで」

「…はぁ、噂も飛び回ってるし、厄介な立候補者ね。じゃあ貴方に代わりに出てもらっても良いですか?」

「…はい、分かりました」

そんな軽いやりとりで話は終了し、大田先輩は立ち去った。というわけで僕は放課後のよく分からない集会に参加する事になってしまった。


ってか場所聞いてないんだけど。どこに向かえば良いんだ?生徒会室?

大田先輩を追おうと廊下に出た時、どこかで見た事のある顔が目に入ってきた。

この前選挙活動に勤しんでいた『二年二組の地位向上』を目指している田代光男である。話した事は無いが、彼なら放課後の話し合いについて分かるだろうから聞いてみよう。

「あの、すいません」

「は、はい?」

僕が話しかけると、軽く驚いたようにして応答する田代。

「今日の放課後の立候補者の集まりって、どこでやるんですか?」

「えっと…地学室ですけど…」

聞いて良かった。一人で生徒会室行くところだったわ。

「ありがとうございます。それじゃ」

「ちょっと待って!」

用は済んだのですぐに教室に戻ろうとしたら呼び止められた。

「君、城戸君の推薦人ですよね?」

「まぁ、そうですけど」

「城戸君…学校に来てないんですか?ちょっと悪い噂もあって心配で」

心配?澪士と田代は何か接点があるのか?

「別に城戸君と仲が良いわけじゃないんですが、ライバルですし、選挙ではちゃんとした形で勝負したいなって気持ちはあって」

驚いた事に田代は仲が良いわけでもない澪士の心配をしているようだった。しかも、選挙で勝負したいと。どう考えてもお前勝ち目ないだろ。…まぁ澪士にあんな事があったから多少の票の揺れはあるかもしれないだろうけど。

「城戸君、辞退したりとか…しないですよね?」

眼鏡のレンズの奥に見える瞳に、歪んだ感情は見つからなかった。

この態度は、良いイメージを与える為の演技とかじゃないと思う。ま、勘だけどね。

もしかすると澪士の事を心配してくれてる田代みたいな人は、僕が目にしていないだけで実は結構いるのかもしれない。

でも皆、心配する事しかできない。

僕の行動は今までゆっくりし過ぎていた。いろいろな事を考え過ぎて、奥手になって。

一番澪士の近くにいた僕だからこそ、できる事はあったかもしれない。

いや、“僕にしかできない事”があったかもしれない。

なんだかんだ言って、僕は気遣いが足りなかったのかもな。

田代の素直さに、少し背中を押された気分になった。

僕ももっとストレートに澪士の力になりたい、そんな思いが急に込み上げてきた。

僕は田代の問いにまともな返事をせずに、言いたい事を言う。

「あの、お願いしたいんだけどさ、やっぱ今日の集まりには僕行かないわ。学校終わったら澪士のとこ直行する。だから、集会で言われた事、良かったら後で教えてくれないかな」

我ながら気まぐれで勝手な奴であると思う。急にこんな事言われた田代も戸惑いを隠せないようだったが、

「わ、分かりました。頑張ってください」

そう言って、笑顔を見せた。そのまま田代は去っていった。

自分でもこんな事で即座に気が変わるとは思わなかったが、こうなったらもう流れに身を任せる。

学校が終わったら、光を引き連れて澪士の家に向かおう。


一応高木にも声をかけたが、

「そういう事は、あんた達に任せた方が良いでしょ?」

と素っ気なく言われてしまった。前から感じていた事なんだけど、あいつ僕の事が嫌いなのかな?

凛も部活が忙しいようなので、女子二人は今回は同行せず。

光はわざわざ部活を休んでまで僕に同行してくれた。

上条との一件もあって、部活に行く気分でもなかったらしい。ちょうど良かったようだ。

というわけで僕達は澪士のアパートの前までやって来た。アパートと言っても、見栄えはなかなか良い方だ。

澪士と澪士の妹さんの二人で住んでるとの事しか知らない。アパートの入口の向こうは僕にとって未知の世界だ。

「小鳥遊君…小鳥遊君でさえ入った事ないんでしょ?大丈夫なのかなぁ…」

「ここまで来て引き返すわけにもいかないだろ?」

まぁ僕は帰り道だから引き返さずに駅に向かうだけだけど。ちなみに光の家はちょっと方向が違うらしい。

ってそんな事は今はどうでもいい。とにかく、中に入る。


早速部屋番号が分からなくて困ったのだが、たまたまアパートから出てきた住人のおばさんに訊いてみると特に不審に思われる事なく、部屋を聞き出せた。澪士と同じ制服なわけだし、疑われる理由もないか。

そして僕達は澪士が住む部屋の前に立つ。軽く呼吸を整える。

「じゃ…押すよ?」

「う、うん」

インターホンを一回押すだけなのに緊張する。

覚悟を決めて、僕はボタンを押した。

僕の緊張とは裏腹に拍子抜けするような軽い音が一回鳴った。

数秒後、インターホンから声が聞こえた。

『…はい?』

綺麗な女性の声。ちょっと大人っぽい声だが、恐らく澪士の妹さんである。

「あ、あの小鳥遊と、星野と言います。突然すいません。澪士君にお会いできないかと思ったのですが…」

中にいるのは恐らく自分より年下の女性であるというのに、やっぱり凄い緊張する。ふと横の光を見てみると、僕以上に緊張しているようだった。二人揃ってこんなんだと逆に怪しい。

『…小鳥遊さん?』

「へ?」

ちょっと予想外の返答で拍子抜けした。この女性は今僕の苗字を言った。いや、さっき名乗ったけどもさ。

そこに引っかかる部分があったのだろうか?

『…分かりました。少々お待ちください』

そして通信が途切れるような音がして、沈黙。

「光、今の人僕の苗字に反応してたよね?」

「うーん、澪士君が小鳥遊君の事を話した事があったんじゃない?」

ま、そう考えるのが普通か。

そして扉が開いた。

僕達の前に姿を見せたのは、物凄い美少女だった。

この近くでよく見る制服に身を包まれているので、中学生なのだろうが、全体的に大人びた雰囲気である。さっきの声の主でもあるので、尚更そう感じられる。

女子中学生にしては背も高く、スタイルも良い。髪はロング。そして顔がめっちゃ可愛い。一瞬近所に住んでる女子中学生の菜々が思い浮かんだが、菜々も結構可愛い方なのにこの子と並んだら見劣りするんでないかと思ってしまう。ごめん、菜々、もうそんな事思わないから。

「あの、初めまして。城戸澪士の妹の城戸きど由愛ゆめと申します。小鳥遊さんと……星野さんでしたっけ?」

やっぱり澪士の妹のようであった。兄妹揃って見た目は超完璧だな。ご両親の顔を見てみたい。…既に亡くなってるんだっけか。

今の発言から推測すると、この美少女は『小鳥遊』に聞き覚えはあっても、『星野』には思い当たる節が無いようだ。

「あ、星野光です。初めまして」

あまりにも美少女過ぎたせいで僕は反応が遅れて、先に光が反応した。光はこの子を見て何か感じなかったのかな。めっちゃ可愛い!とか。そういうの疎い?

「えっと、小鳥遊です。突然すいません」

とにかく変な思考は中断して適当に言葉を並べる。だがなかなか良い言葉が浮かんでこない。

「あの、とりあえず部屋に上がってください。ここで話すのもあれですから、ゆっくり話しましょう」

この美少女は突然訪ねてきた見知らぬ男子高校生二人を部屋に入れるのか。ちょっと無警戒過ぎるんじゃないかとも思ったけども、後で理由は分かった。


僕達は居間に案内された。美少女はご丁寧にお茶を出してくれた。

「今日は、兄の為に来てくれたんですよね?ありがとうございます」

そう言って頭を下げる美少女。

「え、あぁ、いやそんな…まぁそうだけれども…」

僕達への対応もめっちゃ丁寧な子である。かなりモテるタイプだろ、この子。

「私の事は、気軽に由愛とお呼びください。そんなに、固くならなくても大丈夫ですよ」

そう言って微笑む美少女、由愛ちゃん。なんかどっちが年上なんだか分からなくなってきた。

「…あぁ、ごめんね。緊張する事なかったね、はは」

「いえいえ、ふふ」

由愛ちゃんに場の空気を緩ませてもらったところで本題に。

真剣な顔になる由愛ちゃん。

「あの…お兄ちゃん、何かあったんでしょうか?先週末からずっと引きこもってて…学校にも行ってないみたいですし。ご飯の時には顔合わせるんですけど、会話も全然できなくて…」

言ってるうちに泣きそうな表情になってくる由愛ちゃん。どうやら事情は知らないようだった。しかもまともに会話すらできていない、と。

「…あぁ、ちょっといろいろとあって。今はまだ言わないでおくけど、でも、大丈夫だから。澪士、いるんだよね?話とかできるかな…」

なるべく暗くならないように振る舞う。由愛ちゃんに不安を与えないように。

「…分からないですけど、小鳥遊さんだったらお話できると思います。あ、後、星野さんも」

この子は僕と初対面なのに、さっきから僕の事を信じ切ってる気がする。妹でさえまともに話ができてないのに、こんなよく分からない奴にどうして任せようと思うんだ?後、光の事は本当に何も知らないようだな。

考えててもどうしようもないので口に出してみる事にした。

「…由愛ちゃん、僕の事知ってるの?」

「え?」

由愛ちゃんは意表を突かれて顔から力が抜けた様子を見せた。少しぎこちない笑顔になって、返答を続けた。

「えっと、お兄ちゃんの“親友さん”ですよね?お兄ちゃん、前から小鳥遊さんの事をよく話してくれてたんです。ご飯の時とか、私にいろいろ話してくれたんですよ」

なるほど。澪士がどんな話をしたのか知らんが、僕の事を話してたのか。しかも自分の親友だと。

きっと由愛ちゃんは二人だけで住んでる事もあって、兄の事を信頼している。そしてその兄の親友の僕。だからここまで信頼してるわけだ。

自分にできない事も、親友の僕なら何とかしてくれるかもしれない。そんな希望を持って。

「…僕の事は知らない?」

光が背中を丸めて、上目遣いで由愛ちゃんを見る。女の子みたいな仕草だ。

「えっと…ごめんなさい」

申し訳なさそうに頭を下げる由愛ちゃん。

なんか僕まで気まずい。とりあえずフォロー入れておこう。

「光はまだ転校してきて一か月ちょっとだから仕方ないんじゃない?」

と言うと、由愛ちゃんが何かを思い出したようにして表情を変えた。

「あ、転校生がいらっしゃったって話は聞きました。名前までは聞いてないんですが、星野さんの事かと」

「え、そうなの?わぁ、嬉しいなー」

急に元気を取り戻した光。めっちゃ笑顔だ。さっきから自分だけ浮いたような雰囲気で寂しい思いをしてたのかもしれない。

ここで、由愛ちゃんはまた真剣な顔つきになった。

「事情はよく分からないんですが、お兄ちゃんの事、お二人にお願いしても良いでしょうか?」

正直、これから澪士に会っても僕が何を言えるのか分からない。もう、その場の勢いで話すつもりだ。小細工なんか要らない。

だから、由愛ちゃんの期待を裏切るだけになるかもしれない。

でも、僕は笑顔で由愛ちゃんに言った。自分に言い聞かせる意味も込めて。

「うん。僕達が必ずなんとかする。だから、安心して」

そして僕と光は、澪士の部屋に案内された。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ