第5章 開扉
上条に散々言いたい事言ったその日の夜、僕は暴力を振るいかけた事を反省しつつ、澪士に送るメールを打っていた。
打っては消し、また打っては微修正を加えるなど、親友に送るメールなのに妙に気を遣っていた。
結局僕が書いたのは以下の通り。
『体調大丈夫?
いろいろ考える事はあるかもしれないけどさ。気負いし過ぎないようにな?
落ち着いたら、ゆっくり話そうね。』
…うわー自分で書いておきながらめっちゃ微妙だ。
深く意識しないように打ったんだが…なんか不自然だな。まぁいい、送っちゃえ。
送信ボタンを押した後、僕は光に電話をかけた。
あの時放置しちゃったからなぁ。謝らないと。
何回かトゥルルとなって光が電話に出た。
『もしもし、小鳥遊君?大丈夫?』
「…あぁ、ってかお前僕から電話かけてるんだから出てすぐに質問するなよ」
『あ、ごめん。いろいろ心配だったから、メール送ろうかとも思ったんだけど』
「あーこっちこそごめん。でも大丈夫だからさ。それより、あの後どうなった?」
『うん、上条さんあの後もずっと無言で…ほとんど会話出来なかったよ。最後に「一人にしてください」って凄い小さな声でどっかに歩いて行っちゃって。僕もその後すぐ帰ったんだ』
「じゃ思ったより進展してないんだな…分かった、ありがと」
『小鳥遊君はどう?』
「え、僕?」
『うん…落ち着いたみたいだけど…』
「大丈夫大丈夫。今日の反省もしたわ。そこは気にしなくていいから」
『そう?なら良いんだ』
「あぁ、後澪士に一応メール送っておいたよ。」
『え、どんな?』
「うーんと…体調大丈夫かー落ち着いたらゆっくり話そうなーみたいな…あまり上手い言葉が出てこなかったんだけどさ」
『そっか。でも、それぐらいで良いと思うよ。変に気を遣わせてるって思われたくないしね』
「まぁ事実そうだけどな」
『はは、でも僕達も嫌でやってるわけじゃないし』
「なかなか気が進まないのも本音だけどなぁ…」
『…うん』
「でもまぁ、中途半端にはさせたくないしね。この後返信来るかもしれないし、多分月曜には学校も復帰すると思う。水曜は選挙だし」
『そうだね…とりあえず澪士君の行動待ちか』
「そゆこと。まぁ今出来る事はないかな。何かあったらまた連絡する」
『分かった。…あ、後一つ話が』
「ん?どした?」
『…ありがとうね。上条さん、たまに周りが見えなくなっちゃう人だから。ストレートに言ってくれたのは、上条さんの為にもなったと思う。上条さんの今回の行動は僕も許せないけど、良い所いっぱいあるんだ。なんか上手く言えないけど…』
「…あぁ、まぁ気にしなくていいよ。僕が言った事も不十分だったとこあるし」
『ううん、十分だから。上条さんの方も、何かあったら僕から連絡するね』
「ほい、了解」
『あ、後まだあった』
「まだ?なんだよ」
『ごめんごめん。高木さんと栗原さんに報告は済んだ?』
「まだだけど。後で連絡しておくよ」
『そっか。栗原さんのアドレス分かる?』
「あ、知らない」
『だよね。僕も知らない』
「…ってか僕高木のアドレスも知らないわ」
『そうなの?じゃ僕が高木さんに送って、高木さんに栗原さんへの連絡頼めば良いね』
「…お前高木のアドレス知ってたんだ」
『うん、転校してきた最初の方に教えてもらったよ。先に聞いたのは向こうだけど』
「ま、いいや。じゃそっちは頼む」
『うん、分かったー』
「はいよ、じゃまたねー」
そして電話を切る。携帯の画面を見ると、電池がもう残り少ない。充電しよう。
とりあえず疲れた。三十分だけ勉強したらもう寝よう。
その日、澪士から返信は来なかった。
次の日、僕はPCのディスプレイに向かっていた。
調べていたのは『ボーイズラブ』について。
僕自身、まだ偏見がかなり多い分野だ。少し理解を深めておこうと思う。…正直、理解したいとは思わないんだけどさ。
膨大な量の検索結果。定義を再確認する。うむ、『男性同士の恋愛を題材としたジャンル』っていうのはやっぱり僕が知ってるのと同じ。
このジャンルの作品はかなり多いようである。作品チェックするのが良いかもしれないが、流石に金出して欲しくもない物得てもなぁ。
というわけで、小説投稿サイトにやってきた。ここなら無料で、いろいろなBL作品をチェックできるではないか。
検索欄に『ボーイズラブ』と打ち込む。…なんか危険な扉を開きかけてる気がする。でももう後には退かない!
検索結果、千五百六十二件。
多っ!ここ普通の小説投稿サイトなのに随分とBL作品溢れてるんだな!
ランキング上位の物はハード過ぎるのではないかと判断し、敢えて七百五十三位の物を開く。順位は適当に選んだ。
とりあえず第一章から読んでみた。
…………
無理だぁぁぁぁぁぁ!耐えられん!ハード過ぎる!男同士の恋愛がここまでハードな物だとは知らなかった!知りたくもなかったわ!
いや、こんなハードなのはこの作品だけだったかもしれん。というわけで百九十三位の物を開いた。読み進める。
…………
もっと無理だぁぁぁぁぁぁ!何故!?何故物語開始時点で既に主人公が拘束されてる展開なんだ!?
このジャンルはこれ以上無理だ。僕はそっと、ページを閉じた。
澪士はこんなジャンルが好きなのか…?僕には考えられんな。
うーむ、BL好きの気持ちを少しは理解したかったんだが…。
…ちょっと待てよ、『同性愛』という位置づけだったらBLにこだわらなくても良いんじゃないか?
ここは敢えて『女性同士』の恋愛に挑戦してみるのはどうだろう?うむ、それならまだいけるかもしれない!
というわけで僕は、女性同士の恋愛を題材にしたジャンル、所謂『百合』をテーマにした投稿小説を探してみた。
五百十件。BLより随分と数値が減ったな。
ま、いいや。適当に読んでみよう。
気付いたら三時間過ぎていた。
やべぇ、百合物良いわ。禁断の恋愛で、いずれ別れが来ると分かっている物語がまた心に突き刺さってくる。
一作品読み終わってはまた別の作品を読み、ってのを繰り返していたらこんな時間に。
結局僕は今日も家の手伝いをまともにせずに一日無駄に過ごした。
そしてこの日も澪士から返信は来なかった。
翌朝、僕は朝からBLアニメを視聴していた。
澪士があの日学校に持ってきていたBLゲームが原作のアニメ。『愛と血に塗れた楽園』である。
先週もう二度と見ないと決めたのに、澪士も見てるのかもと思ったらわざわざ早起きまでして結局見てしまった。
…視聴しながらやっぱり男同士は無理だなーと思う。昨日百合作品読み過ぎたから、同性愛に対する偏見はかなり減ったのだが、やっぱ男同士は無理だわ。
魔法少女アニメまでチェックした後、今度はPCで『愛と血に塗れた楽園』について調べる。
どうやらこの作品はかなり人気のあるBLゲームらしく、現在三作品まで発売されているようだ。恐らく澪士が持っていたのは、一昨年発売された最初の作品だ。一番人気のあるカップリングは『哲也×潤』らしい。よく分からん。
そんな前に発売されたゲームを何故あの時澪士が持っていたのか、ますます疑問が深まる。謎だ。
あのゲーム、封切ってあったしなぁ。箱は綺麗な状態だったけど。あんなゲーム学校でやるわけにもいかないだろうし…。
誰かと貸し借りでもしてたのかな?とは思っても、そんな人が周りにいるとは思えない。
でもずっと近くにいた僕でさえ澪士があんなの持ってた事知らなかったし、可能性は無限大だ。
うーむ、どうするかなぁ…。
「一真」
部屋に婆ちゃんが入ってきた。
「ん?どうしたの?」
「あんた、最近家の手伝いしてないんだから今日ぐらいは手伝いなさいよ」
いつも自分からやってたから、今まで頼まれた事なかったのに。もう僕の仕事として当たり前のようになっているな。
「…分かったよ」
で、この日に限って店は妙に忙しく、ずっと家の手伝いをして終わった。
手伝いが終わって一段落、携帯を開く。
澪士からの返信は、来ていなかった。
翌日。月曜日。
流石に今日は金曜のように澪士の噂で持ちきりではなかった。朝からそんな話は耳にしない。
教室に入ってすぐに澪士の席の方を見ると、まだ学校には来ていないようだった。いくらなんでも今日は来るだろう。登校時間はいつも早い方ではないし、特に気にはしなかった。
自分の席に向かい、隣の席の光に声をかける。光は化学の課題に手をつけていた。
「おはよ」
「あ、おはよう、小鳥遊君」
「その課題、今日提出だっけ?」
「うん、一時間目にね」
月曜の一時間目から化学は気が進まない。
「はぁ…僕途中までしかやってなかったな。やらないと」
化学は苦手教科だから、家でやってても途中つまづくんだよなぁ。
「今回量も多くないから、今から始めても授業までには終わるよ」
「あぁ、頑張る」
そんな会話をした後、僕は課題に取りかかり始めた。
で、早速最初の問題につまづいていると、
「小鳥遊」
微妙なタイミングで高木に話しかけられた。
「あぁ、高木。ここの問題分からないんだけどどうすれば良い?」
「…そんな話は後。それより、城戸と連絡は取れたの?」
「あ、小鳥遊君、その話僕も聞きたいな」
光も話に混ざってくる。
「一応メール送ったんだけど、返信はなかった」
僕がそう言うと、二人とも表情が下がった。多分、言いながら僕も表情が下がっていただろう。
「とにかく、澪士も今日学校に来るだろうし、直接話聞いてみよう」
無理に明るく振る舞おうとして、余計に辛くなった。
「…うん、分かった。じゃ、また後で」
そして高木は自分の席に戻っていった。…問題教えてくれないのかよ。
「澪士君…大丈夫なのかな」
光が心配そうにする。何か言おうと思ったが、良い言葉が出てこなかった。
チャイムが鳴り、担任が教室に入ってきて、朝のSHRが始まった。
「はい、おはよー。さて出席は…お、今日も城戸は休みか…」
結局、この日も澪士は学校を休んだ。
さて、予想がはずれたわけで。なんだか本格的に大変な事になってきた気がした。