第19章 その後の出来事
「今日は皆に嬉しいお知らせがある」
夏休み前、最後の文化祭の打ち合わせの時間だ。珍しく今日は担任もいて全員集合してる状態である。
更に珍しい事に、今この場を仕切ってるのは僕だ。ようやく代表委員らしい仕事が回って来た。
「愛川さん、お願いして良い?」
「うん」
声をかけると、愛川さんは席を立って前に出た。そして大きな声で告知する。
「脚本が完成しましたぁ!」
その瞬間、クラス中から大拍手。大盛り上がりである。
散々悩んだラストシーンは、賛成多数でハッピーエンドという事に落ち着いた。
少しありきたりな感じになった部分もあるが、劇のラストを締め括るのに相応しい展開になった。
クラスで話し合いを重ね、皆で作り上げたこの脚本。最高の作品になりそうだ。
「というわけで、これからの細かい活動についての説明をするぞ。高木、よろしく」
説明をする、と言っておきながら高木に投げやりみたいだが、元から説明は高木の担当だったので問題は無い。
「はい、じゃあこれから夏休みにやる事とか考えた事を説明するから、よく聞いてね――」
夏休みには夏期課外講習などで登校日もあり、それ以外の日も何日か来れる人だけ集まって完成を進めるという事になった。
演劇部からレンタルできる衣装やBGMは問題無さそうで、セットの用意なども時間的に余裕過ぎる程であった。
残りの役者も決まり、当日までの準備は複数の班に分かれて行う。
僕は遊撃というポジションだったが、何故か監督になってしまった。代表委員である事と、脚本補佐したのが理由。他に脚本を担当した愛川さんもこれ以上仕事が無いので演出などに協力する形になる。
高木は事務的な役割が多いが、特に仕事がない時は演出を中心にやってくれるらしい。
とにかく、二年六組は恐ろしいぐらい順調だと言う事だ。
主演の澪士は早くも台詞をほとんど覚えているが、演技に関してはまだまだと言ったところ。だが、
「大丈夫だ。夏休みが終わる頃には完璧だ」
と本人は言っているので、多分大丈夫だろう。その自信はどこから来るのか疑問だが。
光はと言うと、なんだかんだで主要キャラという位置づけになった。まだ試行錯誤を繰り返してる段階。
「え、えっと…『僕と契約して――』…えっと、何だっけ…あぁーまた分からなくなっちゃった!」
台詞も何一つとして覚えておらず、練習にならない。凛にでも頼んで演技指導を頼んだ方が良いかもしれない。
だが、光はできる男だって事を僕は信じてる。
夏休み目前になって、高木と一緒に凛に呼び出された。
何事かと思いきや、ある物を渡された。
「招待券…?あぁ、演劇部の合同公演の?」
「そうそう!近辺の学校と、四校合同の公演だよ!」
そういえば前にそんな話をしてたな。もう本番が近いのか。
「…で、凛。どうして私と小鳥遊にこれを渡したの?しかも『指定席』って書いてあるんだけど」
「もちろん、二人に来てほしいから!良い位置だよーもちろん連番だから!」
…は?凛は僕と高木に“一緒に”劇を観に来てほしいと?何の嫌がらせだよ。
「お前なぁ、なんで僕と高木だけにわざわざ招待券を…」
「家族の分抜いたら、二枚しか用意できなかったんだよー城戸君と星野君には割引券でもあげようと思ってる」
自分の用意できる二枚を僕と高木に渡すって、悪意を感じるんだが。
高木の表情を伺ってみる。
「…どうする?」
「ど、どうするって…凛がくれたんだし、行きたいと思ってたから…」
頬を少し赤く染めて言いづらそうにする高木。凛はそんな高木をにやにやしながら見て楽しんでるように見える。
「…じゃあ、二人で行くか」
何も会場まで二人で行く必要は無い気もするが…。ってか高木と一緒にいる事多かったりしたけど、二人で外出とかは初めてなんじゃね?まぁ、別に付き合ってる訳でもないし違和感は無いけどさ。
「わーい!舞と一真が来てくれると凄い嬉しい!頑張るからね!」
満面の笑みを浮かべる凛。笑顔の似合う子だ。
「この劇ってどんな内容なの?」
率直な疑問をぶつける。前に凛がゴスロリ衣装を着ていたが、どんな内容なのかは未だに分かってはいない。
「それはねぇ、秘密だよ!脚本担当はうちの学校の女の子だからね」
ほぉ、それは凄いな。脚本執筆の難しさはクラスの方でよく理解したつもりだ。四校合同公演の脚本をやるなんて、凄い奴がいるもんだな。
「その人って、うちの学年なの?」
高木もこの話題に踏み込んできた。
「うん。うちのクラスの女の子、長谷部千佳!劇には出演しないけどね」
長谷部千佳。聞いた事の無い名前だった。
「そうそう一真、あの約束覚えてる~?」
「…約束?」
唐突に話を振られてどきっとする。嫌な予感しかしない。
「舞が転校せずに済んだら、演劇部に入っても良いって言ったよね!」
…やっぱりその話か。つい勢いで言った台詞、覚えてたのか。
クラスでいっぱいいっぱいなのに、ここで部活とか正直しんどいんだが…。
「そんな話もあったなぁ…」
「一真、一度部活見学においでよ!公演終わったら、新体制だからさ、その時にでも」
凛の事だから、見学に行ったら歓迎会が始まったって事になりかねないから恐ろしい。
「…小鳥遊、約束を破るような人間じゃないよね?」
高木、何故お前が威圧感をかけてくる。しかも約束までした覚えは無いんだが。
ここは素直に折れておこう。入部が決まった訳でもない。
「…分かったよ。じゃあそのうち見学行くわ」
「やったー!先輩引退したら五人だけだから、是非入ってほしいな!」
五人で劇は辛いだろうな。うちのクラス四十人で丁度良いぐらいなのに。ってか本当に強引に入部させられそうだ。
まぁ、この時期に部活を始めるのも、それはそれで悪くないかもしれない。
改めて言うと、高木は転校せずに済む事になった。
あの時の面談が本当に効果があったのかは微妙なところだが、和弘さんは高木の気持ちを理解してくれたらしい。
僕が面倒を見てやってくれ、というちょっと投げやりな事も言われたが、それくらいは問題無いだろう。
僕と高木はあれ以上の関係には発展していない。
何だろうね、僕自身は高木に対して抱く感情には何らかの変化はあったと思うんだけどさ。高木も何かしら思うところはあるのかもしれないけど。
『友達以上』に進みたい、って気持ちはどこかにあるのかもしれない。
それでも、僕は今の関係で十分って気がする。
まだまだお互いに知らない事はいっぱいあるし、そんな先を急ぐ必要は無いだろう。
ま、僕自身まだまだ自分の事よく分かってないしね。
それで、良いんだ。
さて、今年の夏休みは予定がいっぱいだ。
高木と一緒に凛の公演。
近所の幼馴染のコンクールの応援。
文化祭の準備。
演劇部の見学。
この前のメンバーで夏祭りに行くのも面白いかもな。とにかく、一味違った夏が楽しめそうだ。
僕の高校生活は、まだまだ加速し続けるみたいである。