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小鳥が遊ぶ庭  作者: 桜光
高木舞編
31/33

第18章 父親の思い

右ストレートが直撃し、その勢いで僕はふっ飛ばされ、壁に激突。後頭部も打ちつける形になった。

目の前が真っ暗になる。幸運な事に意識はあった。

「小鳥遊!」

高木が駆け寄って来た音がした。倒れた僕を抱きかかえたのを感じた。

殴られた部分の激痛が酷い。親に殴られた事は幼い頃ならあるが、そんな痛みと比べ物にならない。

目を開けると、すぐ近くに高木の顔が見えた。だが視界が歪む。脳を揺らされたのかもしれん。


「…逃げれば良かったのに…」

高木が、涙を見せていた。

今まで多くの高木の表情を見てきたが、涙を見たのはこれが初めてだ。


高木は僕の左手を掴んだ。

「…は、は、なん、で、か…な…」

ギリギリ喋る事は出来た。口の中には血の味が広がっている。

「ほんとに…なんで…逃げな、かったんだろう…」

徐々に、ろれつが回り始める。


本当になんでこんな事したんだろう、馬鹿みたいだ、って頭では思うけど。

後悔はしていなかった。

殴られても何されても、手放さないとは決めていたけど。

いざ、本当にそんな状況になったら逃げ出すんじゃないか、って思う所はあったんだ。

それでも、僕は立ち向かった。逃げなかった。

ヒーロー気取りかよ。柄でもない。


自分を犠牲にするまでの事か?


いや、自分を犠牲にするまでの事だったんだよ。


これ以上高木の悲しむ顔なんて見たくなかったんだ。そんな思いが浮かぶ。

頭の中ではふざけた事も考えたかもしれないけど、僕の決意は自分が思っていた以上に固かった。

僕は自分の意志で、高木を守ろうと思った。

そんな自分の正直な気持ちが、行動に出たんだ。


和弘さんの姿が視界に入る。

これから何発殴られようと、僕は逃げない。例え殺されても、そんな事で自分の意志は曲げない。

それが、この人に対する僕の精一杯の誠意だ。

和弘さんが徐々に歩み寄ってくる。まだ痛みは全然引かないが、覚悟は決めている。

どんな事をされても、負けるつもりはない。

僕の目の前で和弘さんが止まる。


和弘さんは、微笑んだ。


僕の見間違いだろうか?視界が若干歪んでるせいか?それともただの幻だろうか?

それでも僕の目に映る和弘さんは、さっきの状況じゃ想像できないような優しい笑みを浮かべて、僕に手を差し伸べた。

反射的にその手を取る。高木と繋いでいない方の手だ。

高木に支えられながら、和弘さんに起こしてもらい、ゆっくり立ち上がる事が出来た。

徐々に、視界が安定し始める。痛みは相変わらずだが、少しずつ回復してきたようにも感じる。

「和弘、さん…?」

その名前を口にすると、和弘さんは僕の手を離し、僕の頭に手を置いた。

「驚いたよ。俺の拳から目を逸らさないまでとは、想像以上だった」

ぽんぽん、と優しく僕の頭に触り、はっきりとした笑顔を見せた。


「演技とは言え、よくそこまでできたもんだ」


…え?

演技、って口にしたよね?

「お、お父さん、演技って…」

「俺は最初から気付いてたぞ。彼氏なんてのは演技だって」

え、そんなすぐに見破られる程僕の演技は下手だったのだろうか?

「娘の顔を見れば、それぐらいの事は分かる。君がどのくらいの覚悟で来ているのか、それを確かめる為に俺も演技に付き合ってやったんだが…」

……やられた。僕達の考えは甘過ぎたんだ。和弘さんに悪い事をしてしまった。和弘さんは、演技だと分かっていた上で僕達の茶番に付き合ってくれてたんだ。

「一真君、だったね。君は舞の彼氏では無いんだろう?恐らく、仲の良い友人といったところだろう。なのに、君は身体を張ってまで舞の力になろうとした。何を言われても、胸ぐらを掴まれても、その意志は変わらなかった」

和弘さんは優しい口調で僕を褒める。この展開は、意外過ぎだ。


「それぐらいの覚悟を見せられたら、舞と優人は安心して置いていけるな」


……え?

またしても、一瞬耳を疑う。

「お父さん、それって…」

「舞達を置いていくのには抵抗があった。だが、彼になら安心して任せられるだろう?」

任せられる?高木と優人君を?

「一真君。君の思いは伝わったよ。俺がいない間、君に舞と優人を頼みたい。お願いできるかな?」


数秒後、その言葉の意味がようやく理解できた。

…そうか…。和弘さんは、僕を認めてくれた上で、自分だけ関西へ向かうつもりなんだ。

高木の気持ちを考えてくれて、そういう決断をしてくれた。僕に高木達を託して、自分だけ行く。

「…分かりました。責任を持って、引き受けましょう」

とにかく、今は自分にできる返事をしておこう。なんだか思考回路がまだ正常じゃない気もするが、ここは素直に引き受けておくべきだろう。

「ちょ、小鳥遊――」

「舞も良い“友達”に恵まれたんだなぁ。少しの間、家を空けるが…頼んだぞ、舞。」

和弘さんは娘も激励する。

今まで恐ろしいイメージばかりあったけど、本当はこんなに優しい人だったんだ。

そんな事も高木は今まで忘れていたのかもしれない。疎遠になっていく上で、本当の父親を見失っていたところもあったんだろう。

和弘さんにそう言われて、高木はその事に気がついたようだ。僕を支える手にも力が入る。

「うん、ありがとう。お父さん」

その言葉を聞いて安心したような和弘さんは、僕達に背を向けた。

「じゃあ、俺は仕事に戻る。またそのうち一度家には帰ってくるけどな」

そう言って何歩か前へ出る和弘さん。

「あぁ、一真君。一応さっきはかなり手加減したつもりだが、あまり痕には残らないとは思うけど手当てしといた方が良いかもな。ちょっと頭とか打ったかもしれないが、すぐ治るだろうからそっちは気にしなくて良い」

うーむ、流石ボクシング経験者と言ったところだろうか。怪我についての知識も凄いな。見ただけで分かるんだね。

ってか、かなり手加減したの?…まぁ、そりゃ本気だったらマジで潰れてるかもしれないよな。僕の決意を明確にする為に殴ったぐらいだから、少し力は込めただろうけど。

「一真君、君には迷惑をかけたが、これからもよろしく頼むよ?」

そう言って振り向き、再び笑顔を見せた和弘さん。

「はい、ありがとうございます」

そして和弘さんは家を出て行った。次会うのは、いつになるんだろう。


とりあえず落ち着いたので椅子に座り、高木に手当てを受けた。と言っても湿布だけだ。消毒とかする必要無いし。軽く打ちつけた所も特に問題無いだろう。

「…私、しばらくお父さんと会話出来てなかったから、お父さんの優しさを忘れてたのかも」

本当だよ。お前、自分の父親が温厚な一面もあるとか一切言ってなかったじゃん。

「ま、結果的に良かっただろ。予想外な展開ばっかだったが、当初の目的達成できたんだから」

「…うん。あ、皆に連絡しないと――」

高木は携帯を取り出すと、丁度着信が来た所だったようで、電話に出た。

「もしもし、凛――うん、大丈夫」

電話相手は凛のようだ。僕も携帯を取り出す。すると、すぐに澪士から着信があった。


『お疲れ様。ずっと聞いてはいたが、凄い展開だったな』

「あぁ、全くだ。まさかマジで殴られるとも思ってなかったし、恐ろしいぐらい上手く行き過ぎた展開だったから、素直に感動したよ」

『本当に大変だったな。ま、とにかく――ってこら、由愛!』

どうやら由愛ちゃんが強引に澪士から携帯を奪ったようで、通話相手が由愛ちゃんに代わる。

『小鳥遊さん、大丈夫ですか!?私、殴られた時に凄い音がしたから心配で心配で…』

本当に心配そうにしてる由愛ちゃん。声を聞いただけで分かる。若干涙声だ。

「大丈夫だよ。ありがと」

『うぅ…ぐすん。無事で良かったです…』

本格的に泣き出しそうな由愛ちゃん。無事で良かった、って…死ぬと思ったの?

すると澪士がまた携帯を奪い返したようで、また澪士の声がした。

『とにかく、皆お前らとゆっくり会話をしたがってる。これから由愛が料理を用意するから、早く来い』

ま、確かに電話で長々と話すより直接皆でわいわいやった方が良いだろう。さっき殴られたばっかなのに休む暇も無い。

「あぁ、じゃあ今から行く、んじゃまた」

そして電話を切った。丁度、高木も凛との通話を終えたところだった。

「さて、じゃあ行きますか」

「うん、身体、大丈夫?」

「問題無いよ。これから由愛ちゃんの料理食えば完全復活するだろう」

高木はちょっとだけ機嫌が悪そうな顔をしたかに見えたが、すぐに表情が戻った。

そして僕達二人は澪士の家に向かった。


時刻は六時ぐらい。意外と時間は進んでいた。あっという間の出来事のように感じたが、なんだかんだで一時間近くの出来事だった訳だ。

「…ありがとね」

茜色の空の下、高木と二人で並んで歩いていると、小さな声でそう言われた。

「あぁ、その言葉、素直に受け取っておこう」

「何であの時避けるとかしなかったの?そんな素直に殴られる事なかったじゃん」

それだけ僕は本気だったんだぞ、というのが僕の正直な気持ちではあったが、そんな事言うのは照れ臭い。

「…パンチが速過ぎて避けられなかっただけだ」

適当に言い訳をしてごまかす。多分、高木にはそんな嘘、簡単に見抜かれるだろう。

「…じゃあそういう事にしておいてあげる」

と言ってくすっと笑う高木。なんだかとても無邪気な笑顔に見えた。


「ねぇ、小鳥遊。あんなにカッコつけた事言ってたけど、どこまで本気?」

なんとなく馬鹿にされてる気もする一言を言われる。

「どこまで本気って?」

「例えば…私の為なら『自分を犠牲にだってする覚悟』とか言ってたけど、それはあの時だけの話?」

上目遣いでそんな事言われ、内心どきっとする。最近忘れがちだが高木は意外とかなりの美少女なのである。

適当に「さぁ、どうだろう」とでも言えば良いのに、何故かそんな言葉は出てこなかった。

「…これからもずっと、だ。お前が困ってたり助けを必要としてたら、どんな時でもお前の味方になるよ」

「…なっ!」

僕の言葉に何も言えなくなり、顔を真っ赤に染める高木。僕もそんな台詞を吐いて物凄く恥ずかしくなる。黒歴史がまた一個増えた。

「…小鳥遊、たまに凄く痛々しい事言うよね」

「仕方ないだろ、本音なんだから」

と言うとますます困ったようにする高木。こんな高木の顔も、教室じゃなかなか見られない。

「…じゃ、じゃあ、責任持って、これからもよろしくね?お父さんに頼まれたんだから」

「分かってるよ。しばらくの間父親代わりだ」

母親代わりの高木も、気が楽になるだろう。

本当の父親とはしばらく離れる事になる訳だけど、僕が支えよう。

高木の……友達として。

…友達、か。


僕はそれ以上の関係を望んでいるのだろうか?

逆に高木はどう思っているのだろうか?


そんな疑問は今はどうでも良いかな。なんか考えるだけで恥ずかしい。

今は、高木や優人君と楽しくやっていければそれで良いんだ。


「…小鳥遊」

不意に高木は立ち止まった。

僕の顔を真っ直ぐ見つめて、高木は何かを言いかけた。


でも、言いかけた言葉は出せなかったようで、高木は軽く首を振った。

そして気を取り直し、柔らかい笑みを浮かべ、僕に言った。


「ありがとう」

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