第14章 演技の練習
「待て、凛!何で僕なんだよ!?澪士の方が見た目は良いだろう!?」
「り、凛!小鳥遊を選ぶ事ないんじゃない!?」
高木の彼氏役を演じるなら、どう考えても澪士や光の方が向いていると思う。でも実際に高木にも否定されると腹が立つのは何故だろう。
「城戸君はまず、イケメン過ぎるんだよ。舞のお父さんが見たら、僻みでぶち殺しちゃうかもよ?」
「そうだ小鳥遊、俺なら真っ先に殺されるだろう」
「あんた達は私のお父さんに対して悪いイメージしか持ってないのね…」
澪士だとイケメン過ぎるから逆に良い印象を持たれないって事か。ちょっと強引な理由だな。
「じゃ、じゃあ光でも良いだろう?」
「星野君だと、少し威圧感かけられただけで死んじゃうかもしれないでしょ」
「そうだよ小鳥遊君、僕はまだ死にたくないよ」
澪士も光もそんな簡単に凛の話に合わせるなよ…。
「ま、待って!じゃあ消去法で小鳥遊って事?」
「それだけじゃないよ、舞。今回の件に関しては一真が誰よりも理解してるし、やる気でもある。それに優人君とも接点があるんでしょ?」
おい、高木。お前はどこまで凛に話したんだ。
「ねぇねぇ小鳥遊君、優人君って誰?」
「…高木の弟だ。光、悪いが少し黙っててくれ」
なんだか考えるのに疲れてきた。
「で、小鳥遊、高木。お前達はそういう事で良いのか?」
澪士が僕と高木に話を振って来た。
よく考えてみると、澪士や光に任せるのは若干不安ではあるか…。それに僕が今回の件に深く関与してるのも事実。
何とかしたいって言うのも本音だし、全力で協力するつもりだった。それなら、これぐらいの事ならできるかもしれない。
「…僕は、まぁ良いけど」
そう呟くと、高木は過剰に反応した。
「た、小鳥遊!何であんたまでこの話に乗るの!?」
「…これ以外に方法も無いだろうし、お前の家庭の事情を知ってる方なんだから、まだ協力できると思うぞ」
「で、でも…」
それでも高木は何かが引っかかるようで躊躇う。そんなに僕を彼氏として紹介するのが嫌なのだろうか。
「舞、覚悟決めなよ!一真ノリノリじゃん!」
「お前僕がノリノリなように見えるのか?」
後一歩と言う所で凛が押しまくる。
あぁ、そういえば高木は押しに弱いんだった。ここまで来たらもう押すだけ押せば渋々納得するんだろう。
「……分かった。じゃあ、やる…」
高木が小さな声で呟いた。本当に押しに弱いな。
昼休みも残り少なかったので、これ以上の事は次の機会で、ということになった。
それ以降、互いに妙に意識してしまう状態になったのは言うまでも無い。
次の日の昼休み。また屋上に集まった。
昨日の放課後は、僕と高木以外用事があったので、集まる事は無かった。高木は驚きの速さで帰ったので、全く会話していない。
昼休みは僕が愛川さんと脚本の打ち合わせをする時間でもあるんだが、こうなったら仕方ない。もうほぼ出来上がってる状態でもあるので、肝心のラスト以外を詰めておくように頼んでおいた。
今日から演技の練習をする、と言う事で演劇部の凛は昨日以上に張り切っている。この炎天下でそのテンション、辛くないのだろうか。
「というわけで、まずは自己紹介からだね!」
何枚かの紙に目を通しながら凛が指示を出す。どうやら頼んでもいないのに練習内容を固めてきたようだ。そういう所は尊敬する。
「そ、それって、私がこれを紹介するの?」
高木が僕を指差しながら言った。
「お前、僕の扱いがいつも以上に雑だな」
「…う、うるさいっ」
そう言って顔を背ける高木。
「うーん、舞がそうしたいならそれでも良いけど…やっぱ男からやった方がねぇ」
確かに彼氏として挨拶に行くんであれば、自己紹介ぐらいはちゃんと自分でやるべきだろう。
「僕が自分でやるよ。内容さえ把握しとけば、問題無いだろう」
「よしっ!じゃあ、一真がちゃんと自己紹介できるように皆でサポート頑張ろう!」
『おーっ』
光は元気良く、澪士は若干テンション低く右腕を上げる。役に立つかな、この二人。
「じゃあ城戸君、お父さん役やって!」
「…俺が?」
少しでもリアルに近づける為、父親役まで設定するようだ。
「うん、今は一真の話を聞くだけで良いから」
「分かった。これでも俺は主演男優だからな。やってやろう」
妙に張り切る澪士。話聞くだけなのに。
「立ちながらだとやりづらいかもしれないけど、我慢してね。じゃあ一真は舞と並んで」
「あ、あぁ…」
高木の横に並ぶ僕。横に並んで歩いた事もあるのに、また新鮮な心情だ。
そして僕の二メートルぐらい前に澪士が立った。何度も見た事がある顔なので、高木の父親と仮定するのは無理があるが、ここは我慢しよう。
「じゃ、一真!自己紹介しちゃって!」
早速かよ。とにかく時間も無いしやるしかないか。
「は、初めまして。小鳥遊一真と申します」
………
沈黙。
「ちょっと待てぇぇぇぇぇぇぇ!一真、他に言う事無いの!?」
十秒後ぐらいに凛の叫び声が響いた。
「え、あ、あぁ、ごめん。これ以上何を言えば良いのか分からなくて」
「いっぱいあるよ!『舞さんとお付き合いさせてもらっています』とか『舞さんと同じクラスです』とか、少なくとも舞との接点ぐらいなら言えるでしょ!?今の状態だと、何しに来たんだか分からないじゃん!」
確かにそうだった。言われて初めて納得する。
隣を見ると、高木が頭を抱えていた。
「……先が思いやられる…」
「ま、待て!高木!もう一度チャンスをくれ!」
それから数分間、凛の熱い指導が挟まった。光や澪士の助言もあり、言う内容は完璧に覚えた。
「初めまして。小鳥遊一真と申します。舞さんとお付き合いさせて頂いております。今日は、お父様がいらっしゃるという事で、挨拶に伺いました」
うむ、大分マシになった。まだまだ改善点はあるかもしれないが、無難な所だろう。
「一真、やればできるんだから最初からやってほしいな…」
ここまでの演技指導を終えて、早くも疲れた様子の凛。この暑さのせいもあるとは思うが、疲労が早い。
「じゃあ、次は質問事項の対応に入るよ」
と思ったらすぐに元気を取り戻して次の練習に移り出した。
「質問事項の対応?」
「うん、お父さんから質問がいっぱい来るだろうから、それを想定して対応の練習!」
なるほど。それはやっとくべきだな。
「というわけで、城戸君。アドリブで一真に質問しちゃって」
「お前も無茶な要求をするなぁ…」
文句を零しつつも、やる気はある様子の澪士。すぐに練習に入った。
「じゃあ、スタート!」
「一真君。君は男同士の恋愛についてどう思うかね」
「ストォォォォォォップ!お父さん役交代!」
早くも澪士は戦力外通告を受けた。
「な、何故だ栗原。今の質問に問題あったか?」
「あるよ!問題しか無いよ!何故城戸君は舞のお父さんを腐男子だと仮定した上で話を進めたの!?」
「イレギュラーな質問にも対応出来た方が良いだろう」
「流石にイレギュラー過ぎるよ!娘の彼氏相手に熱くBL語る父親がどこにいるの!?」
「いたら俺が会いたい」
「もう良いよ!星野君、父親役お願い!」
澪士と凛の一悶着が終わり、ようやく出番が回って来た光が張り切って前へ来る。
「よーし、頑張るぞー!」
めっちゃ張り切ってるけど、光は高木のお父さんとイメージがかけ離れ過ぎてるよ?
澪士と光の位置が入れ替わり、再び練習に戻る。
「じゃあ、スタート!」
「小鳥遊君。娘をよろしくお願いします」
「ストォォォォォォップ!それじゃ練習にならないじゃん!」
ある意味、光の台詞は予想外だった。
「え、でも澪士君よりは現実的でしょ?」
「星野君、今までの話聞いてたよね!?舞を連れてどっか行こうとしてる人がそう簡単に納得してくれると思う!?」
「えぇ、でも僕の台詞、好感持てない?」
「持てるよ!確かにその展開に行けば苦労しないけど、もうちょっと現実見ようよ!」
ふと横を見る。高木が魂の抜けたような表情をしていた。
…マジで焦り始めないといけないかもしれない。