第13章 屋上の五人
「というわけで、これから作戦会議を始めまーす!」
高らかに凛が宣言した。
高木から転校について話された次の日、昼休みの屋上に皆が集まった。僕、高木、凛、光、澪士の五人である。七月に屋上はクソ暑いのでやめて欲しかった。
「え、え?ちょっと待って栗原さん。少し事情を説明してよ」
「そうだ、俺は状況が掴めないぞ。ってか誰だお前は」
何も言わずに屋上に呼んだので、さっぱり状況を把握してすらいない光と澪士。そもそも、澪士は凛と初対面であった。
そうか、澪士の問題の時は澪士を除いた四人で会ったけど澪士本人はいなかったんだ。
「あぁーそっか、城戸君とお話した事はなかったね。私は栗原凛、凛で良いよ!」
「いや、栗原って呼ぼう。よろしく」
どうやら凛のテンションについて行けない様子の澪士。自分のペースを保つつもりのようだ。ま、そうだよね。
「そういえば光と凛は、『星野君』と『栗原さん』って呼び合ってるよね」
実は前から疑問に思ってた事を口にしてみた。僕と光が初めて会った時、凛は僕にだけ「凛って呼んで良いよ、私も一真って呼ぶね」と言ったはずだ。
「あぁー星野君とは名前で呼び合う感じじゃ無かったから」
「うん、僕も栗原さんは『栗原さん』の方が呼びやすいし」
言葉を交わさずに二人の共通認識を生み出していたという事か。初対面でそんなレベルの高い事やってたのかよ。
「…そうか、お前が栗原か。名前だけ聞いたな。選挙の時に何かと協力してくれたらしいな」
「いやいや、そんな何もしてないようなもんだから気にしなくて良いよ~城戸君、これからどうぞよろしく」
澪士も『城戸君』って呼ぶのか、凛。何で僕だけ名前呼びなんだ。
ま、とにかく澪士と凛は特に問題無く仲良くなれそうだろう。
「で、栗原さん。小鳥遊君は事情を知ってるみたいだけど、僕と澪士君は何も知らないよ?」
光がさっきの話題に戻した。
「そういえばそうだよね。じゃ、舞、お願い」
「ここで私に振るの?…まぁ、私の問題だからそうか」
ここまでずっと黙っていた高木が凛に話を振られてようやく口を開いた。
高木が昨日僕に話した事と同じ内容を光と澪士に話した。ただ、僕と高木が最近妙に親しい事については触れていなかった。
「高木さん…転校しちゃうなんて嫌だよ」
「あぁ、お前がいなくなるといろんな意味で困る。あのクラスが崩壊するのは目に見えてるぞ」
光は相変わらず純粋に自分の思いを口にする。そして澪士、気にするのはそこじゃないだろう。いや、確かに崩壊するだろうけどさ。
「だからこそ、今私達がこうやって集まって、舞を転校させない方法を考えようとしてるわけなんだよっ」
そしてまた口を挟む凛。どうやらこういう状況が楽しいらしい。さっきから喋ってばっかだよな、お前。
「高木を転校させない方法?それを考えるのに何故俺と星野が呼ばれたんだ?」
澪士が疑問に思って当然の事を言った。
「それは僕が親しい友達を呼ぼうと思って、お前と光が最初に浮かんだからだよ」
「なんで小鳥遊君は高木さんのこの話を知ってたの?」
「…文化祭代表委員だからじゃない?」
困った。僕が高木の家に行ったり妙に高木と親しくなっている事はこの二人には知られていない。いや、隠す必要も無いかもしれないけど。そこの理由の説明を考えていなかった。苦しい理由しか出てこない。
ふと視線を逸らすと、高木も気まずそうにしていて、凛は何故かにやにやとしていた。
「まぁ、そこら辺の細かい話は良いよっ。私と一真は一足早くその話を聞いたってだけだからさ」
凛が助け舟を出してくれたおかげでこの話題は終わり、ようやく本題に入る事になる。
「とにかく、こうして五人で集まったんだから舞を行かせない方法を考えられるよ!」
ここまでの流れはともかく、僕も凛も光も澪士も高木を行かせたくはないという気持ちだけは共通している。ちゃんと頭は働くだろう。
「…あんた達四人の出す案がしょうもないのしかない展開しか想像できないんだけど…」
高木が不安そうに頭を抱える。凄い同情する。
澪士は最近の話し合いではBL物しか提案しないし、光は無難な案か極端に幼い案しか出さない。僕に関しては考えるまでもなく、駄目な案しか出さないと思ってるだろう。
こうなったら凛だけが頼りとも言えるが、凛も凛でこのノリだと楽観視しかしてなさそうで若干不安だ。まぁ高木がいなくなって一番寂しい思いをするのは親友である凛だろうから、まだ安心できるけど。
「えっと、さっきの話だと…高木さんのお父さんがちょっと強引に押しちゃう人なんだよね?とにかくそのお父さんを説得するしかないんじゃない?」
光が当たり前の事を言う。今回は高木父と話をつけないとどうしようもない。
高木父はこの前写真を目にしたが、身体がでかく、かなりごっつい顔をしていた。そんな話すだけでも怖そうな人に説得なんて考えただけでも恐ろしい。
「星野。この高木が反発しても簡単に押し返すような人間にまともに説得してどうにかなると思うか?」
「あ、そうだよね…澪士君の言う通りだよ」
「星野君も城戸も、どんだけ私の事を気の強い人間だと思っているの?」
そんな澪士と光のやり取りは聞き流しておくとして、まともに説得が通用しそうにないと考えると、それ以外の事を考える必要がある。
「うーん…難しいなぁ…ねぇ舞、舞のお父さんが好きな物って何?」
「え、お父さんの…ボクシングとかかなぁ」
ここに来て、高木父の趣味が新たに一つ発覚した。
「お父さん、学生時代はボクシングが得意だったんだよ。インターハイにも出場したみたい」
皆が黙る。僕が口を開く。
「…下手な事したら殴られそうだなぁ…」
皆顔が真っ青になった。高木も否定しない。恐らく、やりかねないんだろう。マジでふざけた事したら殴られそうだよ。
「た、高木さん!お父さんの好きな食べ物とかは!?」
光が低レベルな質問をする。お前、食べ物で釣るつもりなの?
「え、好きな食べ物…?お母さんの作るハンバーグとか好きだったけどお母さんもう死んじゃったしなぁ…」
ここでまた盛り下がる。高木のお母さんが亡くなっていた事を知らなかった光と澪士はその事実に更に落ち込む。
「…ってかハンバーグが好きって一面もあるんだね」
なんとかこの空気を打開しようと話を展開しようとする僕。
「え、うん。まぁ意外とそういう所もあるかなぁ…」
そういう所、か。ふむ。何もかもごっついってわけじゃない。少し記憶を辿ってみた。
『お父さんさ、あんな顔して恋愛物とか大好きなんだよ。あのゲーム棚の中には純愛物の恋愛ゲームなんかも入ってたの気付いた?引くよねぇ。あ、もしかしたら今度の劇の脚本に使えそうな話なんかもあるかもね』
そういえばこの前の夜、こんな事を言ってたな、高木。
「高木、お前のお父さんさ、恋愛が好きだとか言ってなかったか?」
「え、あぁそういえば…」
「それだぁーっ!」
僕は高木に話を振ったのに、いきなり凛が大声を出すもんだから四人で驚く。
「ちょっと、凛。私のお父さんが恋愛好きってそんなに重要なポイント?」
「私はさっきからいろいろ考えてたんだよ。今の情報が決め手になった!恋愛が好きって言うのは重要な情報だよ!ナイス一真!」
何故か僕が褒められる。全然嬉しくない。
「栗原、お前は何を思いついたんだ?」
澪士は冷静に凛に訊ねる。
「舞に彼氏ができたって言うんだよ!」
「ええぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
高木が大声を出して驚く。ここまで驚いた高木を初めて見た。
「ちょ、凛!そんな事お父さんに言ってどうするの!?」
高木は顔を真っ赤にしている。そんな照れる事かよ。…照れる事か。
「舞が『彼氏と離れたくないの』って言えば、恋愛好きなお父さんは納得して転校を取りやめてくれるよ!」
なるほど。最初聞いた時は何言ってるのか分からなかったが、そういう意味か。
「恋愛が好きなお父さんなら、娘の恋愛を引き裂くような事には抵抗があると思うよ。そこを狙えば、完璧!」
と言ってグーサインする凛。ちょっと無理があるような気もするが、まだまともな案だ。
「栗原。高木がそんな事を父親に言った所で簡単に納得すると思うか?」
澪士はさっきからずっと冷静である。こういう時に冷静に物事を判断できる澪士は頼りになる。なんだかんだで生徒会長の資質があると言える。
「そこはちゃんと考えてあるよ。言葉だけじゃ限界があるから、実際に彼氏に会わせてその二人の愛を見せつければ良いのだ!」
「じ、実際に会わせる!?」
その言葉に更に高木が焦る。
そこまで来ると様々な問題が生まれてくる。まず、高木には元から彼氏がいないんだし、会わせられるわけがない。
「えと、栗原さん。言いたい事を簡単にまとめてほしいなぁ…」
光はもう話が理解できなくなってきたらしい。成績は良いのにこういう所で頭の回転が遅いのが光の特徴。
凛は胸を張って自分の意見を高らかに言う。
「舞に架空の彼氏を用意して、お父さんと三者面談!二人の愛にお父さん感動!舞、転校しなくて済む!完璧っ!」
上手く行き過ぎてる気もするが、流れは分かった。
よーく考えれば、演劇部の凛らしい発想だ。結局自分の得意分野に方向をまとめたって事か。
「…お父さん相手に芝居、ねぇ」
そんな事できるのだろうか?彼氏役は下手すると殺されるぞ。
「そ、そんな事できないよ!か、か、彼氏なんて…」
高木が物凄い恥ずかしがっている。こういった話に案外弱いんだ、この人。本当に、最近こいつの意外な一面ばかり目にする。
「でも舞、他に良い案思い付かないよ?流れだって完璧だし」
「…確かに、栗原の案なら希望はあるな」
「うん、僕もそれに賭けてみて良いと思うなぁ」
どうやら澪士と光も賛成らしい。ま、他に良いのが浮かびそうでもないし。
「高木。この方向で行こう。馬鹿げているが、意外と合理的でもあるよ」
僕も納得し、高木に言うと何故か高木は機嫌悪そうに僕を見て嘆息し、諦めた様子を見せた。
「ねぇねぇ栗原さん、彼氏役は誰が良いとか考えてるの?」
「大丈夫だよ星野君。彼氏役は…」
イケメンの澪士でも指名するのかと思いきや、凛は僕を指差した。
「一真!」
「…え?」
相変わらず、僕は面倒に巻き込まれるようだ。