第12章 一真の決断
思いがけない一言に思わず絶句する。
高木の口から出た言葉、「転校」。
聞き間違えじゃ無かった。あれ、もしかして「転向」かなぁ。…何から何に転向するんだよ。
そんなふざけた事を考えてる場合じゃ無く、問題は深刻だ。転校?高木が?…いきなり過ぎるだろ。
「…一昨日ね、小鳥遊が私の家に来た次の日。お父さんと久し振りにゆっくり話せたんだ」
金曜の夜、僕は高木の背中を押した。父親と一度話し合ってみてごらん、と。
仕事ばかりに打ち込むのも良いけど、少しは家族の事も気にかけてほしい、って言ってみれば良い、と。
「小鳥遊の言った通り、私は今まで言いたかった事を言ったんだよ。お父さんと真剣に話し合うなんて久し振りだったから、凄いドキドキした」
高木も高木なりに、勇気を持って自分の気持ちを打ち明けたのだろう。
「そしたらお父さんは言ってくれたよ。『分かった、お前達の気持ちを今まで俺は考えられていなかった。これからはもう少し気を配ろう』って」
「…理解してもらえたんだな。良かったじゃん」
そこで高木は一息吐いて、更に言葉を続けた。
「…ここまでは良かったんだけどね」
ここから、高木も予想してなかった展開に発展したようだ。
「お父さんが大企業の社長って話はしたよね?今後、仕事を展開して行く上でしばらくの間、関西に仕事の拠点を移したいみたいなの。…しかもこの夏から」
…もう夏だよね。仕事の都合で関西か…。
「…そんな時に私がこんな話をしちゃったんだよ。関西に移る事を決めかねていたお父さんが私がこの話をしたせいで、『じゃあ家族三人で行こう』って決心しちゃって」
最悪のタイミングだったわけか。高木の話が偶然関西行きを後押ししてしまった形になった、と。
「…お前、反対しなかったの?」
「しないわけないじゃん」
ですよね。
「でも、なんだかんだで上手く理由つけられて納得させられちゃって…」
「え、お前が納得させられたの?」
高木父、恐るべし。この女を言葉で上手く納得させられる奴がいたとは。流石父親である。って尊敬してる場合じゃない。
「…私、凛によく言われるんだけど、押しに弱いみたい」
親友はよく理解してるんだな。凛は活発で押すタイプだろうし、尚更それに弱い事が分かるんだろう。クラスの皆は分からないだろうな、そんな高木の一面。
「昼休みにね、この話、先に凛にも言ったんだ。事情も全部説明して」
あぁ、だから昼休みに高木の姿が見えなかったのか。納得だ。
「凛は、何て言ってたんだ?」
「物凄い勢いで反対してくれたよ。『行かないで』って。私だって行きたくない。でも、親が決めた事だし…もう私だけの力でどうにかなる事じゃない…私、どうすれば良いんだろう…」
そして俯く高木。涙は流してないが、しゅんとなっていつもと比べ物にならないぐらいテンションが低い。
僕は、どうするべきだろう。
高木は、行きたくないって意志を持っている。それでも、親に押されてこの夏に転校せざるを得ない状況だ。
この数週間、僕は高木のいろいろな所を見てきた。
勉強を教えてもらい、協力してクラスを引っ張り、優人君と仲良くなり、夕食をご馳走になり。
そして、高木は自身の悩みまで打ち明けてくれた。
今も、こうして僕に頼ってきてくれている。
あの夜、僕は高木に言った。
「もしさ、何か困ったことあったらの話だけど。…遠慮なく僕を頼っても良いからな?」
自分を頼れ、と。お前に何かあったら力になる、と。
考えるまでも無かった。
こうして今、高木が苦しんでいるなら、僕が取る行動は一つだ。
「…何とかしよう」
「……え?」
「何とかしよう、って言ったんだ。例え可能性が限り無くゼロに近くても、お前の力になるって僕は決めた。お前が力を必要としているなら、僕は全力を出してお前に協力する」
しばらくして思い出したら死にたくなるぐらい恥ずかしくなるであろう台詞を高木に向けて言い放つ。
「…無謀だよ。親が決めた事だよ?私だってお父さんに言える事は全部言ったの。それでも押されてこうなってるんだよ?」
「だから、無謀でもやる。ここで簡単に高木を転校させるつもりはない。やれる事はやれるだけやろう」
高木の為だけじゃない。優人君の為でもある。
あんな幼い子にしてみれば、環境の変化は相当辛いだろう。今の友達とも離れ離れになってしまう。
もちろん、高木だって辛いし、その周りの僕達だって辛い。凛だって、六組の皆だって。
今クラス一丸となって目指している文化祭の成功。皆一緒に、誰一人欠ける事無く文化祭を成功させたい。こんな所で高木を手放したくないと言い切れる。
だったら、今力を貸せる僕がやる事はやっぱり一つだ。それ以外に考えられない。そもそも最初に高木を後押ししてしまった僕にも責任はあるしな。
「…小鳥遊、力になってくれる?相手は大企業の社長だよ?一筋縄ではいかないと思うよ?」
「あぁ、どんな奴が相手でも関係無い。全力で立ち向かおう」
簡単に決心はついた。カッコつけてるみたいに思われるかもしれないけど、後悔はしたくないから。
絶対に、高木は行かせない。
「…ありがとう」
高木は、僕が今まで見た事の無い笑顔で、そう言った。
というわけで、一段落ついたわけなんだが。
「で、小鳥遊はどうするつもりなの?」
「…何も考えていない」
軽く溜息を吐く高木。
「し、仕方ないだろ!?今、話聞いたばっかですぐに何か浮かぶ程できた人間じゃないんだから!」
「…自分をけなして悲しくなってこない?」
お前いつも僕の事けなしてるじゃねぇかよ。
「…はぁ、まぁ仕方ないか。私だってあの場で何も言い返せなかったもんなぁ」
その時の事を思い出すようにする高木。一体どんな状況だったんだろう。さっきも思ったが、この女が言いくるめられてる所なんて想像できない。
それよりも時間は限られている。早く対策を考えなければならない。
「お前、今のままだといつ転校するの?」
「夏休み前、閉講式で終了。夏休み明けからはもういないよ」
となると、夏休みまで後二週間もないから……うぅ、やっぱ時間的にしんどいな。
これはもう使える物は全部使わないと無理だな。あんだけカッコいい事言ったけど、僕だけじゃ限界があるわ。
「じゃあ、何人かの手を借りよう」
「…誰の?」
高木が転校するって事を話したら六組総動員できそうだが、それはそれで困る。署名活動じゃないんだし、数が多ければ良いってもんじゃない。
「まずは凛。親友だったら喜んで手を貸すだろう。それから…光と澪士。光は選挙の時にも尽力してくれたし、澪士は選挙の件でお前も協力してくれたんだから手を貸してくれるだろ」
高木、僕、凛、光、澪士。このぐらいがちょうど良いだろう。
「…なんか物凄く不安になるメンバーなんだけど」
「…行き詰まったら、その時足せば良い」
正直この五人で立ち向かう事が出来るかと言うとそうでもない気がするが、今はそれなりに親交のある奴だけの方が良い。
とにかく、何度も自分に言い聞かせているが高木はどこにも行かせない。
次の日から『高木残留作戦』が始まった。