第9章 手料理の味
その日、僕は一日中緊張していた。
意識する必要なんてないのに。放課後に高木の家に行って優人君と遊んで高木の手料理をご馳走してもらうってだけなのに。それ以外何かあるわけでもないのに。
何をやっても頭が回らなかった。
まず女子と下校って小学生の頃以来である。その時点で何か怖い。
あっという間に時間が過ぎて放課後がやって来た。
クラスの皆がいなくなった頃を見計らって下校だ。
「小鳥遊君、一緒に帰ろうよ」
「小鳥遊、帰るぞ」
こんな時に限って光と澪士は下校のお誘いをしてくる。最近二人とも部活と生徒会で忙しかったくせにこういう時だけなんなんだ。
「あぁ、ごめん。今日は僕、もう少し教室にいたい気分なんだ」
「え、具合でも悪いの?」
しまった。もう少し無難な理由を考えておくんだった。
「と、とにかく!ごめん、今日は何も言わずに二人で帰ってくれ!」
手を合わせて懇願する。二人は渋々納得して帰ってくれた。ごめん、マジでごめん。
そして教室から僕と高木以外の人影が消え、高木が荷物を持って僕の所にやってくる。
「じゃ、小鳥遊。優人が待ってるから、行こう?」
「あ、あぁ…」
高木は平然としているのに、不自然なリアクションを取ってしまう自分。
「…あれ、小鳥遊、もしかして――」
「いや、なんでもない!行こう!帰ろう!」
高木が何か言おうとしたが、僕はそれを遮って、鞄を持って立ち上がり、先に教室を出ようとする。一瞬高木がクスッと笑った気がした。
「で、小鳥遊。緊張してるの?」
「やっぱり訊くのかよ…」
下校中。二人並んで歩く。第三者が見たらカップルが下校中のようにしか見えないだろう。
「今日一日中おかしかったじゃん。いつもおかしいけど」
「見てたのかよ。ってかいつもおかしいは余計だ」
そしてまたクスッと笑う高木嬢。普段なかなか見せないこういう仕草は可愛いので、余計にドキドキしてくる。
「小鳥遊も意外と意識するんだねぇ。クラスメートの家に行くだけなのに」
「そりゃ女子なんだから当たり前だろ。それにお前ルックス良いんだし、二人で並んで歩けばそりゃ意識するわ」
「なっ――」
僕がそう言うと顔を真っ赤に染めて、目線を合わせないようにする高木。つい余計な事を言ってしまった。
「へ、変な事言わないでよ。私まで意識しちゃうじゃん」
そう言って歩くペースを上げる高木。自然と縦に並ぶ形になる。
うわーなんか照れる高木も新鮮だ。クラスの皆が見たら大爆笑しそうだな。
「ちょ、待て。別に変な事考えてるわけじゃないっての。誰だって女子と接点ほとんど無い奴が二人きりになったら、誰が相手でもそりゃ僕みたいになるぞ」
適当に言ってるから、本当にそうかは知らんけど。とにかくすぐに高木の横に並び直す。
「…誰が相手でも、か」
「え?」
「なんでもない!とにかく優人を待たせてるんだから、急ぐよ!」
そしてまた歩くペースを上げる高木。意外と歩くのが速い奴だ。
さっきまで僕をからかってた癖に、ちょっと口走っただけで過剰に反応するとは。偉い違いだ。結局無理してたのかよ。
お互い恋愛感情なんて無いから、特に気にする事も無いのに、実際はお互い妙に緊張している。
なんでだろうね?僕もまた歩くペースを速めた。
高木家到着。優人君が出迎えてくれた。
「お兄ちゃん久し振り!遊ぼう!」
早速大興奮である。こうして子供に慕ってもらえると素直に嬉しい。僕は子供が苦手だが、優人君みたいなタイプは全然問題無い。
「小鳥遊、私は夕飯の支度するから。優人と遊んであげてね」
「あぁ、夕飯の準備、任せちゃって良いの?」
「いつも私がやってる事だから。小鳥遊が手伝ったらそれこそマンション火事になりそうだから、おとなしく優人と遊んでて」
なんだか言い方がひっかかるが、とにかく高木に任せてOKって事だ。
あれ、いつも私がやってる事?
以前来た時も若干気にかかったが、親御さんはどうしているんだろうか。
そんな疑問が浮かんではいたが、数分後には優人君との対戦ゲームに熱中して一時的に頭から消え去った。
優人君との対戦ゲームを終え、夕食の時間になった。
高木が用意したのはカレーであった。
「おぉ、美味しそうだ。高木、料理も結構できるんだな」
「あんたに上から言われると妙に腹立つけど、聞き流してあげる。特にはりきってないから、いつもこんな感じだよ」
せめて客人がいる時ぐらい力入れて欲しかった気がしなくもないが、十分美味しそうだ。ありがたく頂くとしよう。
一応僕が住んでる家は定食屋であり、婆ちゃんが作る料理を日頃を食べているので少し味には厳しくなった方である。さて、高木の料理はいかがなものか。
まずは一口、口に運ぶ。
「…ど、どう?」
なんだかんだで高木は僕の感想を知りたいようである。
「…美味い!僕が小学校の時の野外活動で班で作ったカレーより美味い!」
「なんでそんな曖昧な記憶の物と比較してるの?」
「いや、比較対象は適当に言った。でも美味いよ、うん。久し振りに美味いカレー食べた気がする」
一応うちの定食屋でもカレーはメニューにあるのだが、婆ちゃんがカレーに関しては何故かあまり味にこだわっていないので、ぶっちゃけそこまで美味しくない。
こっちに来てから美味いカレーを食ったのは初めてと思える程である。
「そ、そう?少し多めに作ってあるから、まだあるからね。優人も、おかわりして良いよ?」
「うん!ボクもお姉ちゃんのカレー好きだから!」
隣に座っている優人君が元気良く頷いた。僕と優人君が並び合っていて、正面に高木がいる構図。
和やかな雰囲気に包まれる食卓。
それにしても、高木と優人君は、いつも二人でご飯を食べているのだろうか?
夕食を食べ終わった。いやぁ、美味しかったです。ご馳走様でした。
後片付けを手伝おうとしたら「無駄に食器割られそうだから」と言う理由で拒否された。何故僕は余計な事しかしないイメージばっかりなのだろう。
優人君と再び別の対戦ゲームに興じ、初めてプレイするものなんかでは、ぼっこぼこにぶちのめされつつ、楽しい食後のひとときを過ごした。
三十分程経ち、風呂が沸いたようだった。
「優人、お風呂先入ってきちゃって」
「分かった!」
着替えを持って風呂場に行く優人君。
今ここには、僕と高木の二人だけが取り残される事となった。
さっきまで優人君がいたから気にしなかったが、今女子の家にいるんだよな、僕。
やばい、また緊張してきた。
「た、小鳥遊。テーブルに来たら?」
「そ、そうだね。ははは」
ぎこちない笑みを互いに浮かべつつ、ゲームをする為に床に座っていた所を、テーブルに戻る。高木と向かい合う形となった。
ってかもう八時過ぎてるし、帰っても良い時間なんだよね。
でも何故だろう。もう少しここにいたい。折角だから、高木とゆっくり話をしても良いかもしれない。
僕はいくつか気になっていた事を、全て高木に訊ねる事にした。