第1章 日常
五月。四月に二年生に進級して、心機一転頑張ろうと思っていたはずだが、ひと月も経つとそんな感情はどこかに消え失せた。
毎日毎日、そこまで面白くもない日々を過ごしていればそりゃそうなるだろう。
別に『普通』であることに不満があるわけではないと自分では思っているはずなのだが、自分でもよく分からない変な気持ちがある。
今は七時間目。時計の針は三時半を過ぎた。
この時間はホームルームで、各クラス独自の活動をする時間である。
週一回あるこの時間、何かしら学級活動を行う為に存在し、他のクラスなんかは体育館や校庭で球技やらレクリエーションやらをしているところもあるようだが、今日、この二年六組は他とは少し違った事をしていた。
文化祭の出し物決め。
そもそも文化祭は十月であり、クラスの出し物を決める期限も一か月以上先なので、こんなに早く考える必要はないのである。
では何故今僕達のクラスがこんなことをやっているのかというと、昨日担任の教師がこんなことを言っていたから。
『先生ちょっと明日出張なんだよなぁ。明日のホームルームどうするか……あ、そうだ。お前さん達で文化祭の出し物でも決めておいてな!うん、それが良い!』
ホームルームで教室から出て活動を行うには誰かしら教師がついていなければならない。もちろん、クラス担任をしていない教師にでも頼めば済む話なのだが、担任は率直にそれが面倒だと言って却下した。
というわけで僕達は律義に文化祭の出し物決めを行っている。といっても皆の様子を見ると真面目に参加している者は少なく、自習してる奴や寝てる奴も見受けられる。
クラスの女子で学級委員長でもある高木舞がこの場を仕切っていなければこの時間は完全にフリータイムと化していただろう。
その高木はクラス討論などの話を進めるのが上手く、このような話し合いの場はこの女に任せるとテンポ良く進むのだ。仕事も難なくこなすし、委員長には適任である。
しかし、高木自身も今回の話し合いにはそれ程やる気がないようで、いつもよりは少し停滞気味である。
特に意見も出なかったので、高木は強制的に指名していく方針を取り始めた。
「うーんと……今日は十二日か」
どうやら日付で当てる事にしたらしい。……って十二番ってことは……。
「十二番…小鳥遊か。小鳥遊、何か案は?」
運が悪い事に十二番は僕だった。と言っても別に案なんて考えてないし、何も言えないんだが。
僕が答えるのに躊躇していると、高木は無言で僕から視線を逸らさない。睨まれている状態に耐えきれなくなった僕は適当に答えた。
「……多国籍料理店とかは?」
「随分しょうもない案出してきたね」
いやお前、人に聞いておいてそれは無いだろと思ったが、口に出したりはしない。実際自分で言ったものの別にそんな企画に乗り気じゃないし。だが一応後押しはしておく。
「新鮮でいいだろ?世界中の料理作って客をもてなすんだよ。民族衣装とか着て。面白そうだろ?」
ごく少数ではあるが何人かのクラスの奴は「悪くないかも」という反応をした。しかし、高木はそう思わなかったようで、
「世界中の料理って一体どこらへんのやるつもりなの?資料集めるところから大変そうじゃない?そもそも民族衣装とか着るなら適当なコスプレでもしてたほうがまだ手軽だろうし」
ま、所詮苦し紛れに出した案だからな。適当に言ったんだからそこまで考察しなくていいのに。自分でも何で多国籍料理店を出したのか分からないし。
そんな事を呟きながらも、高木は律義に黒板に多国籍料理店、と書いておく。
その後二十二番や三十二番、他の人にも案を聞いていたが、さほど良い案は出ず。一応僕も話は頬杖つきながらぼーっと聞いてはいた。
次に高木が指名したのは、僕の隣の男子だった。
「じゃあもう誰でも良いや。星野君は何かある?」
「え、え、僕?」
僕の隣に座る眼鏡をかけたちょっと幼さが残る童顔な男子生徒、星野光は意表を突かれたようで、当然ながら返答に困っていた。
光は今年の四月にこの学校に転校してきた。高校二年生の春に転校してきた理由はよく分からないが、一人暮らしをしているようだし家庭の事情が複雑なんだろう。
僕自身、光とは早い段階で話すようになり、つい最近行われた席替えでも隣になったので、仲は良い方である。ちなみに光も一人称は『僕』で、微妙なところに僕との共通点がある。
「えっと……喫茶店とか?」
光は何の捻りもない普通の案を出した。文化祭の王道である。
「喫茶店ね。候補に入れておくから」
高木は憎まれ口を叩くことなく、黒板に喫茶店と書いた。
高木は基本的に男子に話す時は結構きつい口調だ。そんな彼女も未だに『転校生』のイメージが離れない光に対しては比較的優しい。彼女が呼び捨てで呼ばない男子は光ぐらいだろう。
といってもクラスのほとんどは光のことを『星野君』と呼ぶ。というか、名前で呼ぶのは僕だけだと思う。
「光は前の学校で去年何やったの?」
僕は雑談目的で光に話しかけてみた。
「うーんとね、綿菓子とか焼きとうもろこしとか作って売ったよ」
ふむ、どうやら普通の文化祭だったようだな。といってもこの学校も基本的に同じように普通な文化祭で、そこまで異様な特色はない。
「小鳥遊君は去年何やったの?」
ちなみに光は僕のことを苗字に君付けで呼ぶ。少し距離を感じるが、あまり気にしていない。僕のことを名前で呼ぶ奴もほとんどいないし。
「バザーやったよ」
「え、バザーって、どんな?」
「クラス皆の家庭から要らない物集めて、超安価で売った」
物凄いしょうもない企画だったと思う。ちなみに出し物に対する全校生徒による人気投票は下から二番目だった。最下位はどっかのクラスのスライム作りだったな。ちなみに僕は自分のクラスの出し物には何も寄付しなかった。
「へぇ~面白そうだね」
そう思うのはお前くらいじゃないか?去年のはクラスのほとんどがやる気なかったこともあっての結果だし。光はちょっと感性がズレてるように思う。
話し合いの最中、僕は終始高木の仕切る能力に感心していた。いつもより停滞感があったが、テンションが下がり過ぎない程度の雰囲気を保てていた。
高木は成績も良いし、こういう所で力発揮するし、容姿も良い方だから、すぐに彼氏とかできそうなのに、少し男子嫌いな性格が邪魔しているせいか、そういう浮いた話は皆無である。
結局、話し合いは三十分経たないぐらいで終了し、残りの時間は自習となった。僕は持ってきていたラノベを夢中になって読んで有意義な時間を過ごした。
出し物決めまではまだ時間はある。ま、去年のくだらない企画よりはマシになるかな。
その後授業終了のチャイムが鳴り、担任もいないので即解散となった。
部活のある生徒は部活へ行き、その他の余力がある生徒なんかは自習室で勉強したりする。ちなみに僕は部活未所属で学校でこれ以上勉強する気も無いので、のんびり帰るつもりだ。
「光、今日部活あるのか?」
「うん、そろそろ記事書き始めないといけないし」
光は新聞部に所属している。その名の通り、学校新聞とかを不定期に発行する部活である。
「この時期、なんか新聞出すの?」
「うん、生徒会長選挙が近いから。その特集の準備始めるんだよ。もうすぐ立候補期間に入るしね」
生徒会長選挙か。正直全く興味ない行事である。そもそも立候補期間がもうすぐ始まる時期だったのも知らなかったわ。
「なんかね、部内の二年生なんだけど、新聞作成に命を懸けてる人がいるから、凄い記事ができると思うよ」
学校新聞に命を懸けてる奴って、他に大事な物見失ってる気がするんだが。そんな奴この学年にいたのか。
「先輩方もそろそろ引退だから、『私達の代になったら本気出す』って毎日先輩のいないところで言ってるんだよ」
性格少し捻くれてそうな奴だな。でもその人間にそこまで興味はない。
まぁ、光が関わるなら、その新聞はちょっとは読むのが楽しみではある。
「じゃ小鳥遊君また明日~」
「あぁ、頑張れー」
緩い挨拶を交わしてから、僕は親友の座席に向かう。
「澪士、帰ろう」
「あぁ」
城戸澪士。高校入学当初席が隣だったから話すようになり、それ以来僕にとっても、澪士にとっても互いに親交が深く、良い友好関係を築けている。僕にとって、今まで生きてきた中で初めて親友と呼べる存在かもしれないと思う。
僕と澪士は二人揃って教室を出た。