第6章 クラスメートの弟
僕は意外と方向感覚には優れている方なので、道には迷わず高木の家を目指す事が出来た。
まぁ今の時代、携帯に住所打ち込めば地図が表示されるし、方向音痴でも無い限り迷う事は無さそうだ。
で、問題はこのメモに三百十五号室とか書いてあるって事。マンションか。この数字が三つ並んでいるのは『さんいちごごうしつ』って読んだ方が良いのかな?どうでも良いか。
僕の今住んでる所や実家周辺も、集合住宅にあまり馴染みが無い住宅地である。澪士のアパートに行った事はあるが、実はああいう所に行くのは新鮮だった。
というわけであっさりと高木が住むマンションにやってきたわけだが。九階建てのマンションで、とても綺麗な外装。これだけで判断すると高木の家って結構金持ちなのかもしれない。
マンションに入る際に面倒な手続きをするのかと思いきやセキュリティは意外と甘く、あっさりと高木の部屋の前に到着。
昨日あんな事があった後だから、少々気まずいが早いとこ用件を済ませよう。
もう一度表札を確認してから、インターホンを鳴らす。五秒程で応答があった。
「はい」
意外な事に、聞こえてきた声は少年の声だった。恐らく高木の弟だろう。あいつ弟いたのか。
「あーあの、小鳥遊一真と申します。高木舞さんはいらっしゃいますか?」
子供相手だと気が楽だ。少し堅い喋り方かもしれないが楽に話せる。
「…ちょっと待っててください」
そしてインターホンが切れ、また数秒経ってからドアが開いた。
出てきたのは小学校中学年くらいの男の子。
「えっと、弟さんかな?」
「うん」
「お姉ちゃん、今いないのかな?」
「まだ帰ってきてないみたいだから、買い物して帰ってくるんだと思う」
そして興味深そうに僕を見つめる男の子。やめろよ、照れるじゃないか。ってふざけた事考えてる場合じゃない。
僕より早く学校を出たはずだが、買い物中だからいないのか。じゃあ渡す物は預けておいた方が良いかな。
「じゃあ君にお願いしたいんだけど、お姉ちゃんに渡したい物があるんだ。この封筒ね」
鞄から担任から預かった封筒を取り出す。
「ごめんね、頼んで良い?」
「うん、分かった」
そう言って僕から封筒を受け取る。タメ口ではあるが、無愛想でもないし、好感が持てる子だ。姉に似てしっかりしてるんだろう。
「じゃ、僕はこれで――」
「あ、あの…お兄ちゃん」
「ん?」
何故か呼び止められる。何か不明な点でもあったのだろうか。
「あの、もし良かったら…上がっていかない?」
「え?」
これまた意外な言葉が飛んできた。知らないお兄さんを家に上げる事に抵抗は無いのか?姉の同級生だけどさ。その姉の異性でもあるんだけど。
「お姉ちゃん、買い物の時はしばらく帰ってこないから、一人だと寂しいから…」
そう言って俯く高木弟。親御さんがどうしてるか知らんが、夕方のこの時間一人ぼっちってことか。確かにこのくらいの歳なら寂しいだろうな。
携帯で時間を見ると、まだ帰らなくても余裕な時間帯であった。
「…まぁ僕は構わないんだけど、君は僕に対して怖い!とか怪しい!とかそういう事は思わないのかな?」
「うん、わざわざ忘れ物を届けに来てくれるくらいだから、悪い人じゃないと思う。それに、その制服だったら間違い無くお姉ちゃんの学校だし」
いや、それ忘れ物じゃないんだけど。ってか男子の制服でも見覚えあるのか、この子。
うーん、同級生の女子の家に勝手に入る、か…。ただでさえ昨日怒らせた相手だしなぁ。ここで引き下がった方が明日「昨日はありがと…」とか言ってもらえて関係が修復できそうな気がする。
でもなんだかこの子をこのまま置いて帰るのは罪悪感がある。初対面の僕を信じてくれてるのに、ここで引き下がったら傷つくよね。
どうせすぐ帰ってくるだろうから、弟君と遊んであげてたら僕の評価が上がるかもしれん。直接謝れるし。よし、なら良いだろう。
「じゃ、ちょっとだけでも良いかな?」
「うん!ゲームでもしようよ!」
そしてドアを更に開けて僕を室内に招き入れる弟君。一応「おじゃましまーす」とは言ったが、中は静かで本当に誰もいないようだった。
「君、名前は?」
「高木優人。優しい人、って書いて優人だよ」
うむ、名前と同じように優しい子だ。澪士といい高木といい、僕の周りは下に良い子がいる奴が多い。
お茶を淹れるまでは気が回らないようだが、そんな気遣いあってもやりづらいだけな気がするのでここでは無問題だろう。
「お兄ちゃん、何のゲームが良い?」
そう言ってゲームソフトの入った棚を見せてくる優人君。その数に驚く。多いな、ゲーム。しかもジャンルは多岐に渡る。しかも最新ゲーム機なんかは一通り揃っているようだった。このマンションを見たときにも思ったが、高木家はマジで金持ちなのかもな。
折角だから僕が持っていないゲームを選んでも良かったが、いちいち操作方法を知るのが面倒だ。だから、僕が中学生の頃やり込んだ野球ゲームと同じ物を見つけたので、それを取り出す。
「これなんかどう?ちょっと前の野球ゲームだけど、僕は相当やり込んだんだよ」
「あ、それはボクも大好き!やりたい!」
そう言って乗ってくれる優人君。なんだかやりやすい子だ。
この野球ゲームはCPUを最高レベルにしても余裕で初回コールドゲームにできるぐらいまでやり込んだ。友達とやっても試合にならないレベルまで腕を上げた。
まぁ久し振りだし腕は落ちてると思うが、それなりに手加減しないとな。相手は小学生だし。
床に座り、ゲームをする体制になる僕と優人君。優人君が早速ディスクをゲームに入れる。
起動までの間、雑談を開始する。
「優人君、何年生?」
「三年生だよ」
じゃあ高木とは結構歳が離れてるんだな。歳が離れた姉弟は身近にいないのでなんか珍しい。
「この近くの学校なのかな?」
「うん」
いやーいちいち笑顔で返してくれる良い子だ。さっき知り合ったばっかなのに。あの毒舌女の弟なのに。
「お兄ちゃんは、お姉ちゃんの友達なんだよね?」
「え、友達…かなぁ」
それを訊かれるとちょっと困る。クラスメートだけど、それ以上ではないよなぁ。でもここは深く考えなくても良いや。
「うん、友達だよ」
「そっかぁ」
そんな会話をしてるとあっという間にゲームが起動した。
対戦モードを選び、球団を選ぶ画面に移り変わる。僕も何度も見た画面だ。やべ、ちょっと懐かしい。
優人君は即座に北海道の野球チームを選択した。人気のある有名な球団とか地元の球団とかを選ぶかと思いきや、そうでもなかった。
「そのチームのファンなの?」
「ううん、そういうわけじゃないけど、このチームだったら一番使いやすいから」
このチームが?確かこのゲームだとこのチームに在籍する選手は全体的に能力が低目だった気がするんだけど。
もしや相当の腕の持ち主か?いや、深く考えるのはまだ早いな。というわけで僕は地元の球団を選ぶ。優人君が選んだ球団と大きな差は無いと思う。
「お兄ちゃん、手加減しなくて良いからね?」
そして慣れた手つきで打順や控え投手を自分好みに入れ替え始める優人君。む、やっぱり意外とやりそうだな、この子。
とりあえず、僕もベンチ入り選手だけは気を配っておく。
この時の僕は確かに余裕があったが、試合開始後、僕は予想以上に優人君の意外な実力を見せつけられる事になる。