第3章 勉強会の後
なんだかんだで一時間程、高木との勉強会は続いた。
とにかく教わってみて分かった事だが、高木は教え方も上手かった。最初のイオン化傾向の時はどうなる事かと思ったが、その後は真剣に勉強に集中できた。
テストの答案から出来なかった所をピックアップし、埋めていく手法。答案を高木に見せた際に「…このテストの時、具合悪かったの?」と言われたのは秘密にしておこう。
「じゃ、私は凛の所行く用事あるから」
凛とは、高木の親友で演劇部の栗原凛の事である。一か月前の澪士の騒動の際に知り合い、今では僕の友達でもある。
「はいよ、今日はありがとね」
「後やらなかった所は自分でやってみて。それでも分からなかったら持って来てくれれば教えるから」
優しい言葉が返ってきた事に驚く。日頃口は悪くても、やっぱり根は良い奴なんだな。実際分からない所聞きに行ったらまた馬鹿にされそうだけど。
「あぁ、ありがと。頑張るわ」
「明日のLHR、劇の打ち合わせをやって、放課後は実行委員会もあるから、覚えててね。それじゃ」
そして高木は一足先に教室を出た。
あれ、凛の所に用事?それを後回しにしておきながら僕の勉強見てくれたのか。うむ、本当に良い奴だな。感動したよ。近々何かお礼をしよう。
帰り道の出来事。見知った顔に出会った。会った回数自体は多くないけど。
「あ、小鳥遊さん!こんにちは」
「お、由愛ちゃん」
城戸由愛ちゃん。僕の親友の澪士の妹で中学二年生、僕が知る限りでは究極の美少女。澪士の騒動の際に親しくなった。
「この時間に外出?」
「はい、ちょっと買い物に」
携帯で時間を見ると六時頃。
「あれ、由愛ちゃんは部活とかしてないの?」
「いえ、私は茶道部に入ってるんですが、週二回しか活動がないので、この時間には普通に帰ってきてるんですよ」
なるほど。だから世の中学生が部活動やってるような時間帯に出くわしたのか。そう言えば初めて会ったのもこのくらいの時間だった。
「そっかそっか、家事とか忙しそうだね」
澪士達兄妹は数年前に親を事故で失ってしまい、親戚の援助を受けながら二人でアパート暮らし。澪士はバイトで金を稼ぎつつ、由愛ちゃんが主に家事等を担当する。澪士のバイトでは、収入も限られてくるだろう。親戚の援助もあるとは言え、なかなか厳しい生活をしているのではないかと思う。そんな状況でBLゲームに熱中している澪士が不思議だ。
「そうですね。でも私、料理とか買い物は嫌いじゃないんで、余裕で頑張れちゃいます」
そう言って小さくガッツポーズをする由愛ちゃん。この子は何をやっても可愛い。
「そっか。あ、この前くれたチョコ、凄く美味しかったよ」
「ほ、本当ですか?」
うん、このやり取りはちょっと前にメールでもしたんだけど。由愛ちゃんメールと同じ反応だ。澪士に関するトラブルに協力した事で、由愛ちゃんはお礼にチョコを作ってくれた。それはもうめちゃくちゃ美味かったさ。
「うん、僕が今まで食った生チョコの中ではトップだ」
「そんな大袈裟な…でも嬉しいです。ま、また、小鳥遊さんの為になら頑張ってお作りしますよ」
「本当に?そりゃ楽しみだ」
この子天使だな。こんな良い子は探しても簡単には見つからない。
「は、はい!待っててくださいね。…えと、じゃあ買い物があるんで」
「あ、うん。気をつけてね」
「あ、ありがとうございます。では」
そして笑顔で小さく手を振り、僕が通って来た道に向かう由愛ちゃん。うん、後ろ姿も可愛いな。長く伸ばした黒髪も僕好みだ。まぁ親友の妹に手を出すつもりは無いけどね。
いやーしかし、澪士の妹はあんなに可愛いのに。僕の妹は何であんな性格なんだろうなぁ。
実家にいる妹の顔を思い出す。もうしばらく会っていない。会いたくもない。
昔からあのわがままで自分勝手な妹に振り回されてきた。高校入学と同時に家を出て、祖父母の家に住み込む形に決まった時は相当喜んだよ。
親父とも上手くいってないところがあったし、あの家から解放される。最高だったわ。
今でもたまに家に帰るんだが、どうもあの家にいるとぎこちない。今年の夏休みは帰らなくても良いかな。
ってか澪士達兄妹は本当に仲良さそうだよなぁ。由愛ちゃんは澪士の心配とか物凄くしてくれてるし。僕の妹なんか、僕が引き籠ったりでもしたら止め刺しに来る勢いだわ。
そんな事を考えながら駅に向かった。
あれ、澪士は学校にBLゲームを持ってきた事があったわけだけど…結局何故学校に持ってきたのは謎なままだな。今度聞かないと。
帰宅。定食屋を営んでる祖父母宅では、婆ちゃんとその他従業員数名が忙しそうにしていた。
平日でも田舎の定食屋はそれなりに忙しい。直接足を運ぶ人が少なくても、出前が意外と多いのだ。
「ただいま」
「あ、一真。ちょうど良い所に。ご近所さんところに、出前お願い」
帰宅早々婆ちゃんに仕事を頼まれる。お腹空いてるのは僕も同じなんだけどなぁ。ま、仕方ない。住み込ませてもらってる身分だし、文句は言わない。
自転車で行ける距離だったので、僕一人でも問題無い。
届ける物を受け取り、荷台に乗せる。荷台はちゃんと出前用に安全を考慮した上で改造してある。落下する心配も無い。
というわけでさっさと出発した。
早いとこ終わらせて化学の勉強しないと。追試では高木に文句を言われないような点数取らないとな。