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小鳥が遊ぶ庭  作者: 桜光
城戸澪士編
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第9章 変化

今日はいつもより早く家を出た。特に理由は無い。

六月になって、少しずつ気温が高くなってきたのを感じる。

暑がりな僕は夏が嫌いだ。汗をかいたりするのは大嫌い。冬の方が五倍ぐらい良いんじゃないかな。

駅に向かう途中、菜々に会った。

「菜々はいつもこんな時間に登校してたの?」

「ううん、そろそろ朝練とか皆やり始めてるから、いつもはもうちょっと遅いんだよ」

「朝練かぁ…大変だなぁ」

僕の中学校は朝練が禁止されていたから、朝練の経験が無い。

ちなみに僕も中学校時代は吹奏楽をやっていたのだが、女子の内面の醜さを痛感し、高校では続けなかった。

いつの日か、僕が中学校時代に体験した女子の恐ろしさを誰かに語りたい。

菜々から話を聞く分には、菜々の吹奏楽部は僕が在籍していた所よりはまともなようだ。

「一真君、コンクール、聴きに来てくれる?」

「そうだなぁ、去年行けなかったし。今年は行くよ」

何故去年行けなかったかは思い出せないが、今年はきっと大丈夫だ。澪士と光も誘ってみよう。

「本当?じゃあ、練習頑張るね」

「地区落ちじゃ面白くないから、ちゃんと県大会まで行けるように頑張れよ」

そんなこんなで菜々と別れた。


学校に到着。廊下で田代に会った。

「おはようございます」

「おはよー」

相変わらず礼儀正しい。この性格は選挙の期間中だけだったわけではなく、素だったようだ。

なんだかんだ言って、選挙が終わってからも田代と会話をする事は減ってない。

と言っても特に深い話をする事もない。

「今日は早いんですね、何かあるんですか?」

「いや、たまたま目覚めが良かったから。特に理由は無いよ」

「小鳥遊君がこの時間に学校にいるなんて、なんだか不思議です」

「数十分の違いなのにそこまで言われるのか…」

本当に朝からどうでもいい話である。でも、悪くない。友人同士の他愛もない会話である。

「ま、いいや。じゃ、またね、“副会長”」

「はい。あ、僕が副会長に就任するのは来月からですよ?」

それ以上返答せずに僕はその場を去った。

田代は選挙の結果、得票数二位で副会長に就任する事になった。

生徒会役員の就任期間は七月から翌年六月まで。今はまだ生徒会の引き継ぎなどは行われていないのだ。だから正確には田代はまだ副会長ではない。

今、僕は田代を“副会長”と呼んだが、特に深い意味は無い。からかい半分で呼んだだけで、呼び方を変えるつもりもない。

なんだかんだで、田代とは長い付き合いになりそうである。


教室の前まで来る。扉の前で凛と高木がガールズトークを繰り広げていた。

「おっはよー一真!今日は早いんだね」

「小鳥遊がこの時間に登校…?嫌な予感がする」

何故皆して僕が少し早めに登校した事に違和感を抱くんだ?

「特に理由は無い。そんな疑問に思う事か?」

「うんっ」

「即答するなよ、凛」

なんだか今日は朝から賑やかだ。放課後までに体力を使い果たしそうである。

「ごめんごめん、あ、一真は劇とかに興味ある?」

「劇?」

急に意外な質問が来たので少し驚く。そういえば凛は演劇部とか言ってたような。

「そうそう、来月にね、うちの学校と他の学校の四校合同で劇の公演をするんだ!」

それはまた初耳な情報である。なんか、練習とかめんどくさそうだね。

「今、舞とその話をしてたんだけど、一真にも来てほしいなぁ」

「あぁ、予定が無かったら行こうかな」

来月か。菜々のコンクールと被らなかったら、行っても良いかな。凛がどんな演技をするのかちょっと興味ある。

「…小鳥遊、劇を理解なんてできるの?」

「…お前はどんだけ僕を過小評価してるんだよ」

高木は相変わらず冷たい奴である。マジで僕の事、大嫌いなんじゃないかな。

「一真が来てくれるなら、凛は二割増しで頑張るよ!」

「めっちゃ微妙な数字だな」

凛は朝からこのテンションなのか。しかも放課後には演劇の練習。体力凄いなぁ。

「まぁまぁ。あ、一真、帰宅部でしょ?演劇部に来る気は無い?」

演劇部に入るなんて考えた事もなかった。高校では…部活をせずにのんびりしようと思ってたからなぁ。

でも、暇だし。演劇部やるのもそれなりに面白いかも。

「…小鳥遊に演劇なんて――」

「高木、それ以上何も言うな」

何か言いかけた高木を制止するが、ちょっと考えてみる。…確かによく考えてみると、僕に劇はできないかもな。

「一真が例え世界中の誰よりも下手でも、私が優しく厳しく指導するから大丈夫!」

凛の指導か。どんなのだか知らんけど、試す価値はあるかもな。厳しいのは嫌だけど。ってかそんな仮定で考えないでほしい。

「じゃ、そろそろ教室戻るねー古典の予習してないんだ!またね!」

好き勝手言った挙句、勝手なタイミングで去っていく凛。マイペースな奴である。高木との会話、終わってなかったんじゃないのかな?

「…小鳥遊、あんた本当に劇やる気?」

高木が目を細めて訊いてくる。僕の事見下し過ぎだろ。

「…考えておくだけだよ」

そして僕は後ろの扉から教室へ入った。高木と一緒に前の扉から入るのはちょっと気が退けた。


隣の席を確認すると、光の鞄があった。どうやら既に学校に来ているようである。いつもこの時間には来てるのか、それは分からない。

そんな事を考えている矢先、光がやってきた。とある人を連れ添って。

扉の前から僕を呼ぶ。

「小鳥遊くーん、ちょっと良い?」

「はいよー」

立ち上がって光の元へ。そして三人で一旦北階段の踊り場へ向かう。

光が連れ添っていた人物は、上条だった。

あの後、上条は澪士に謝罪したらしい。その場にいなかったからどんな状況だったかは分からないが、誠意の気持ちを込めて上条は謝ったようだった。

それに対して澪士は文句を言う事なく、受け入れた。吹っ切る事ができた今だからかもしれないが、澪士自身何も気にしていないらしい。

その後は上条は僕にも謝って来た。

改心して、目的の為にやり過ぎた事を反省し、善悪の判断はしっかりした上で、より良い新聞作成に務めているそうだ。

今でも僕は上条のした事に対して許す気は無い。それだけは認める事は出来ない。

でも、上条をそれ以上拒絶する気は無い。あの一件は許さないけど、上条と友好関係を結ぶ事については何も抵抗もない。

光が同じ部活だという事と、上条が前にも増して新聞作成に力を入れている事があって最近よく顔を合わせる。

今呼び出されたのも、校内新聞に掲載するある記事の執筆の依頼の為だった。

多分、以前の僕なら怪訝な顔して嫌々ながらも仕方なく引き受ける形になっただろう。

でも何故か、選挙が終わってから僕は心境に変化が訪れた。

あの一週間で背負った重荷が取れて、それと同時に怠惰だった自分が少しだけ変わったのかもしれない。

いろんな人と接する事で、物の見方が変わったのかもしれない。

何とも不思議な話だ。僕にとって、あの出来事はそこまで大きな事だったのだろうか。

何にせよ、心持ちが変わったのは事実。これ以上深く考えてもどうしようもない。

「では、小鳥遊君にお願いしても良いでしょうか?」

「りょーかい。誰もが感動する文章を書いてみせるさ」

「えぇ、期待してます。そのぐらいの心意気でないと、私達の新聞に載せるだけに値しませんから」

そういえば上条も敬語口調だった。だが田代と違って一歩退いた感じは無く、自信家な点がまた個性的である。

「あれ、そういえば小鳥遊君、この時間に登校なんて珍しいね?」

光にまで突っ込まれた。もう何も言い返す気力もない。

原稿用紙を預かり、二人と別れた。あの二人は他にも仕事があるらしい。朝から忙しい奴らである。

早速教室に行って書くかな。

新生徒会長の紹介文を。


再び昇降口前を通って教室に向かう。朝通った道と同じである。

当然ながら登校してきた生徒がちらほらと見える。

その中に、見知った顔を見つけた。

城戸澪士。ちょうど登校してきた僕の親友。

当然のように声をかける。

「おはよ――生徒会長さん」

澪士は前にも増して爽やかな笑顔を浮かべて挨拶を返す。

「おはよう、小鳥遊」

うむ、今日も相変わらずのイケメンっぷりに少しイラっとしつつ、二人で教室に向かう。


澪士はめでたく新生徒会長となった。と言っても正式には来月からなのでなる予定、だが。

新聞部の事前調査通り、澪士は元からかなりの人気を集めていた。

元から澪士の事が気に食わなくて、BL騒動に付け込んで悪い噂を広めた奴らもいたようだが、あの演説の甲斐あって結局は得票数八割で見事当選した。

ほとんど澪士に票が集まってしまい、他の役員の選抜にもう一度選挙をする案もあったぐらいだ。

まぁ、何はともあれ当初の目標であった澪士の生徒会長就任は達成できたわけだ。


先日、澪士には内緒で、近くの公園で由愛ちゃんと会話をする機会があった。

「本当に、何とお礼を言ったら良いのか…」

澪士が元気を取り戻した事により、由愛ちゃんも初めて会った時よりも力が抜けていて、より一層可愛くなっていた。本当に美少女だ。

「そんな気にしなくて良いって。僕は何もしてないようなもんだし、最終的には澪士自身が踏み出した事だったんだから」

「いえ、謙遜しないでください。小鳥遊さん達がいらっしゃらなかったら、お兄ちゃんは今も閉じこもったままだったと思うんです。だから、お礼の言葉は受け取ってください」

そう言ってまた頭を下げる由愛ちゃん。さっきから何回頭を下げているんだろう。

でも、それだけ由愛ちゃんは兄の事を深刻に思っていてくれたんだ。良い兄妹だなぁ。僕も実家には妹がいるけど、大違いだよ。

「あの、お兄ちゃん、恥ずかしがって小鳥遊さんの事、家に呼んだりしなかったみたいなんですけど、いつでも来て良いですからね?私、夕飯作っちゃいますよ」

僕には勿体無さ過ぎるお言葉。この子の手料理なんて、同級生にとっては憧れの物なんじゃないかな。ってか家に呼ばなかったのは恥ずかしかったからなの?マジで?

「あぁ、分かった。じゃ、今度はもっとリラックスして行かなきゃな」

あの時、緊張してガチガチな状態で城戸家に訪問した事を思い出す。今思えば笑える事だった。時の流れは恐ろしい。

「じゃあ、私はこの辺で。失礼しますね」

「あぁ、気をつけて帰るんだよ」

「…あ、すいません。小鳥遊さんにプレゼントがあったんです」

そう言って一度動かしかけた足を止め、また元の位置に戻す由愛ちゃん。

「プレゼント?」

またもや勿体無さ過ぎるお言葉。そんな気にしなくても良いのに。

「はい、お礼の品として。私が作ったチョコレートです」

チョコレート!この時期に女子からもらう物じゃない品なので、ますます貴重である。

そう言って紙袋を僕に渡す由愛ちゃん。中を覗くと、包装もしっかりしていた。いやぁ、今年のバレンタインは菜々からだけだったし、嬉しいね。

「わざわざここまでしてくれなくても良いのに…でも、ありがとう。凄く嬉しいよ」

そう言って笑顔を見せる僕。なんだか、最近こうやって無意識に笑顔を人に見せる事が多くなってきた気がする。

すると由愛ちゃんは何故か顔を赤くして俯き、

「い、いえ。味がお口に合うか、分からないんですが…」

などと言う。いちいち仕草が可愛い子である。

「ううん、こうして作ってくれただけ十分嬉しいから。ありがたく頂くよ」

そんな事を言うと由愛ちゃんは更に頬を紅潮させて、

「あ、ありがとうございます!」

とお礼を言って頭を下げる。いや、もらったの僕だから君が礼を言う必要は無いんじゃないかな。

「で、では…これで失礼します。あ、あと」

由愛ちゃんはまた何かを思い出したかのようにする。

「これからも、お兄ちゃんの事、よろしくお願いします」

最初聞いた時は「え、どういう意味で?」とか思ったりもしたが、変な意味は込められてないだろう。親友として、だよね?

今なら、あの時とは違って自信を持って言える。自分に任せて、と。寧ろ世話になるのは僕の方な気もするけどさ。

「うん、大丈夫。安心して」


あの時の事を思い出しながら澪士と廊下を歩く。由愛ちゃんが作った生チョコ、めっちゃ美味しかったなぁ。

澪士の事、由愛ちゃんに任されちゃったからしっかり面倒見ないと、などと考えていると、澪士が話を振ってくる。

「お前、この時間より早く登校してたなんて珍しいな」

「……なんで皆その反応ばっかなんだ?」


僕の高校生活は後半分以上残ってる。

何でかなぁ。これからは毎日が楽しくなってくる予感がする。

そんなこれからの毎日に期待を抱きながら、僕は教室に向かう。


僕にとっての『普通』は、徐々に変化している。

良い意味での変化。非日常なんかではないけれど。

こんな『普通』でも悪くないかなって、そう感じていた。

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