雨の日のマリアンヌ
ぽたぽたと雨が降る。
空はあいにくの雨で天気が悪い。城の者たちはみんなそれぞれ雨の日の動きをする。マリアンヌは王女としてそれを見守っていた。
マリアンヌは雨にもかかわらず気分は上向いていた。それはこの前の父である国王からの話による。
父からマリアンヌは縁談の話をされた。いわゆるお見合いである。
お相手は隣国の王子で、マリアンヌのあこがれの人だった。マリアンヌは二つ返事で了承した。
その日以来マリアンヌは結納の日が待ち遠しくて仕方なかった。今日のご飯より来年の結納だった。そして、今日もそのことを考えていた。
「ああ、ジョージ様、会うのが楽しみだわ。」
部屋でそんなことを呟きながらお茶しているとドアがノックされた。
「誰かしら。どうぞ。」
「失礼します。」
入って来たのはメイド長だった。背が高く美人な彼女はこの城のメイドたちの顔である。いつもきびきびしていて仕事のできる彼女にマリアンヌは尊敬に似た憧れを抱いていた。
そんな彼女が何しに来たのだろうか。マリアンヌは不思議に思った。この時間はメイド長なら他のメイドの指導に当たっているはずだからである。では、何しに来たのだろう。洗濯物は昼前に他のメイドが引き取っていった。部屋の掃除にはまだ早い。食事の時間でもない。となれば何かのっぴきならぬ事情があるのだろうか。マリアンヌは聞いてみることにした。
「何かあったの?」
マリアンヌの言葉にメイド長は少し考える仕草をした。そして、言った。
「今日は部屋の設備の点検があるので夕方まで部屋を閉鎖すると聞いてないですか?」
マリアンヌは驚いた。でも、すぐに思い出した。何日か前に執事がそんなことを言っていたことを。その時もマリアンヌはジョージのことを想い、上の空だったが。空が晴天だったことを思い出した。
「つきましてはマリアンヌ様には夕方まで別の場所で過ごしていただくことになります。」
「わかったわ。」
マリアンヌは仕度してすぐに部屋を出た。時間をかけて配下の者に迷惑をかけてはいけない。それは父からいつもきつく言われていることだからである。王族たるもの、かしずかれる者として配下の人々に迷惑をかけることはしてはいけない。常にスマートにと言われている。だから、マリアンヌは素早く準備をして部屋を出た。
部屋を出るとメイドがもう一人いた。何事も無難にこなすことで有名な子だ。彼女なら王女に粗相はないだろうということだろう。相変わらずのメイド長の布陣は完璧だ。
「マリアンヌ様、こちらです。」
そう言ってメイドに案内されたのは客室として使われている部屋だった。調度品から何まで落ち着いた雰囲気のある静かに過ごすなら持ってこいの部屋だ。ここなら部屋の整備が終わるまでの間、ゆっくり過ごせる場所だ。
「何かあればお呼びください。」
「ありがとう。」
メイドは部屋から出ていきマリアンヌは一人部屋の椅子に座った。
窓の外を眺めると雨がしとしとと降っていた。遊び盛りの子供なら気が滅入る空模様だが、マリアンヌは違った。マリアンヌは今、心がうきうきしている。見るものすべてが趣深く感じる。退屈であるはずのこの時間さえ愛おしい。今も世界は動いている。この雨の中、人々はそれぞれの用事をこなしている。今、ジョージへの高ぶる気持ちが、マリアンヌの見る世界を生き生きとさせている。
ふと、マリアンヌは思った。市井の人々は今頃何をしているかしらと。ちょっと、見てきたいと思った。マリアンヌにとって城下町を見物することは珍しいことではない。今までも何度かお忍びで町に出たことがある。そこで知り合った人もいる。退屈な城の生活にスパイスをと父に連れだしてもらったこともある。ここは一つお城から抜け出して城下町に行こうと思い立った。
そこでまずは如何にして抜け出すかだ。窓から出るか。いやしかし、ここは3階危ない。ドアの前にはメイドがいる。これは出れない。
早速、躓いていた時だった。ドアがノックされた。
「マリアンヌ様、よろしいですか。」
その声は執事のランドン。
「いいわよ。」
「失礼します。」
「何か用?」
にこやかに入って来たランドンに訝しげに見るとランドンは言った。
「本日はお誘いに参りまして。」
「何のお誘い?」
この執事たまに楽しげなことを提案してくるのでマリアンヌは期待した。また、何か良い暇つぶしになるようなことでも思いついたかなと思った。ちょうど今、城から抜け出せないとわかって暇をしていたところである。
「雨で気持ち沈んでおられることと思いまして。」
前述したが、マリアンヌは気持ちなど沈んでない。むしろ、ジョージとのことで気分は高揚していた。執事はそんなことも露知らず、暇しているだろうと来たようだ。
「城の兵士たちの模擬訓練でも見物しに行きませんか?」
マリアンヌは黙考した。城から抜け出せない以上、暇になった。なら、兵士たちの模擬訓練の見物も良いだろう。
「つまむものはある?」
「もちろんでございます。城のコックに菓子を作らせましょう。」
それなら楽しめそうだ。
「わかったわ。行きましょう。」
兵士たちの日ごろの行いを垣間見る。なんて素晴らしいことだろう。人が務めを果たす姿は美しい。マリアンヌにとってこのようなことも美しく素晴らしいことのように思える心持なのである。
マリアンヌは仕度すると執事のランドンと共に訓練場へと出発した。
ランドンは言った。
「いやぁ、今日は本当に天気が悪いですなぁ。」
マリアンヌは朗らかな顔で返した。
「いいえ、今日はなんて素晴らしい天気なのかしら。」




