93 慈愛の微笑み、ベアトリーチェ
〇宿場町・ロータリー
街道の砂利道を抜け、ついに二人の前に現れたのは、中継地点とは思えないほど活気にあふれた宿場町。
大きなロータリーには色とりどりのホロをかけた馬車が並び、酒場からは名物料理の香ばしい匂いが漂ってくる。
ジークハルト温泉を目指す旅行者たちが集まるこの街は、どこか浮き足立ったような明るい熱気に包まれていた。
「やっと街についたーーー!」
アンナは両腕を思い切り広げ、重力から解放されたかのようにぴょこんと飛び跳ねた。
その表情は、砂利道での不機嫌さが嘘のような満面の笑みである。
「では、教会に行きましょう!あそこですよね?」
ミアも笑顔で、遠くに見える、白い教会らしき建物を指差した。
しかし、それを聞いたアンナの顔が瞬時に引きつる。
「はぁ!?まずは宿屋って約束でしょ!?」
「いえ、常識的に考えて、まずはこの地の女神像へのお祈りと、シスターの皆さんにご挨拶が先ですよね?
その後ですぐに宿屋に行きましょう!」
「常識的にって、こんなくっさい野良猫みたいなのが、二人で押し寄せる方が失礼でしょうが!
まずは宿屋で身綺麗にしてから行くわよ!!」
「臭いのを失礼だと考えるシスターなんていません!
巡礼者として新しい土地に来たのだから、まずは教会にご挨拶です!!」
「ぐぬぬ……普段は大人しいくせに……」
普段は一歩引くことの多いミアだが、こと「信仰と礼節」に関しては頑固一徹。
町の入り口で、二人のシスターが互いに一歩も引かずに睨み合うという奇妙な光景が繰り広げられている。
「うふふ……元気ねぇ。ここでは見ない顔だけれど、その格好は巡礼の子たちかしら?」
ハッキリとした、それでいて包み込むような優しい声が響いた。
ハッとして声の主を見た二人は、同時に顔を真っ赤にした。
そこには、清潔な修道着に身を包んだ一人の年老いたシスターが、慈愛に満ちた微笑みを浮かべて立っていた。
「あ……」
「……」
自分たちの「異臭を放つ言い争い」を聞かれていた恥ずかしさで、二人は固まってしまう。
「私はベアトリーチェ。この街の教会のシスターをしています。
巡礼の子たちなんて久しぶりね。とっても嬉しいわ。
……さあ、ついてきて。教会には旅の方のための洗い場も用意してあるのよ」
ベアトリーチェと名乗ったシスターは、二人の迷いを見透かしたように歩き出した。
ミアとアンナは顔を見合わせ、コクンと頷き合うと、導かれるように彼女の後を追うことにした。




