92 乙女シスターの巡礼旅事情
〇バルカ帝都~ジークハルト温泉・街道
帝都の華やかさを離れて数日。
街道の整備が行き届かないバルカ東部へ進むにつれ、旅路は険しさを増していく。
ジークハルト温泉へ行く街道。
本来は安全に整備されているはずだが、
このあたりは魔獣も多く、魔導具の街灯などを設置して整備しても、すぐに魔獣たちに破壊されてしまっていた。
そのため、このあたり一帯だけは、馬車がかろうじて通れるような道になっていた。
四日目の夕暮れ。ついにアンナの忍耐が限界を迎えた。
「ねえ……お風呂とかどうしてるもんなの、これ!?」
その声色には、明らかな苛立ちが混じっている。
「川や泉があれば、そこで水浴びや洗濯ができますから……」
「はぁ!?野外でオールヌードになれっての!?
聞いてないわよ、そんなの不潔だし野蛮だわ!!」
アンナは自分の髪を掻きむしりながら喚き散らした。
貴族出身のアンナにとって、数日間体を洗えないという状況は、魔獣に襲われるよりも耐え難い苦行だったようだ。
「…………もうすぐ地図にある最初の町に着きますから」
「こ、こんな臭い格好で街になんか入れるわけないでしょ!?
アンタ、今まではどうしてたのよ!」
スカートをパタパタと仰ぎ、ミアに中の空気を送ってくるアンナ。
流石のミアも、鼻を突く「旅の汚れ」の臭いと、アンナの理不尽な物言いに、少しだけ眉が吊り上がってしまう。
「仕方ないじゃないですかっ!巡礼はこういうものなんです!
歩く事もまた祈り!わかりますよねっ!?
一人でも多くの方を救うために歩くんですから、臭いだの汚いだの言ってられません!
私だって、最初は大変だったんですから!」
「はぁっ!?先に言ってよっ!知ってたら、ついてこなかったわよっ!!」
「もう!文句ばっかり言わないでくださいっ!」
一触即発の空気。
しかし、ミアがふーっと深呼吸をして「街に着いたら、すぐに宿屋でお風呂に入って、お洗濯もして、綺麗にしましょう。……もう少しですよ」となだめると
アンナもバツが悪そうに視線を逸らした。
「あ……うん。……ごめん」
「…………構いませんけど」
小さな衝突と和解。
一人の時よりも騒がしいけれど、少しだけ温かい空気が流れていた。
アンナは文句こそ多いものの、その実力は本物だった。
彼女は「麻痺」を司る女神魔法の多くをマスターしており、近づく魔獣を次々と無力化していく。
「ねえ?これ、食べられるのかな?」
アンナが麻痺して転がっている牛型の魔獣を、つま先でツンツンとつっつく。
「はぁ!?魔獣といえど、無益な殺生はやめましょう!」
「いやいや、アタシらの腹の足しになってくれるなら『益』はあるでしょ!?
コイツって帝都のレストランでも、ステーキとかカツレツで出てくるやつじゃない?」
「で、で、ですが……」
この世界の魔獣は、ものによっては人間の食料元にもなっていた。
「さ、捌き方なんか知らないでしょう?知識がないと、毒があるかも知れないですし、
やっぱり、やめましょうよ……」
「ちぇ!真面目ちゃんと一緒だと、ろくな食事もできないわね」
結局、捌き方を知らないという理由で肉料理は諦めたが、アンナの「生きるための貪欲さ」は
ミアにとって、一人旅の時は考えたこともなかった、新鮮な刺激だった。
その日の夜。
ミアが展開した半透明の防御壁の中で、二人は寄り添うように横になった。
外では夜風が岩を叩き、夜行性の魔獣が徘徊しているが、この防御壁の中だけは、
羽毛布団のように静かで安全だった。
「……ミア、アンタの防御壁、やっぱり凄いわね。
あとで、やり方教えなさいよ……」
「……構いませんよ」
「あと…… 街についたら絶対、お風呂に入らせなさいよね……」
アンナの寝息が聞こえ始めた。
ミアは結界越しに見える星空を見上げた。
二人旅になると、一人旅には無かった苦労があり、一人の時には見えなかったものもが見えてくる……
凸凹な二人の巡礼旅は、始まったばかり。
しかし、ミアの心は一人でいた時よりも、ずっと、充実して希望に満ちていた。
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