88 ハニトラ作戦、絶対阻止剣士
〇バルカ城・禁書庫
アンナ・ガストンの協力と皇帝の粋な計らいによって、ミアはバルカ王宮の奥深く、一般のシスターでは一生立ち入ることのできない禁書庫へと足を踏み入れた。
カビと古い紙の匂いが漂う部屋、ミアはお目当ての本を見つけた。
『ジークハルト私録・第三巻』
そこには、王国が語り継ぐ「光の勇者物語」とはかけ離れた、泥沼の敗走記録が綴られているのだった。
●月✕日
魔王との戦いから撤退する。
我ながら情けない話だが、魔王の力は圧倒的だ。
これまでの幹部たちとはレベルが違う。
●月✕日
これで撤退は何度目だろうか。
魔王はわざと我々を逃がしている……
恐怖で頭がおかしくなりそうだ。
「あの勇者様のパーティが、手も足も出なかった……?」
ミアの指が震える。教科書では「破竹の勢いで魔王城を攻略した」と書かれていた歴史が、ミアの中で音を立てて崩れていく。
●月✕日
聖女エレンに致命傷が無いのが救いだ。
彼女の回復があればどんな怪我でも治る。
それどころか、彼女は蘇生魔法すら使いこなす。
「そ、蘇生魔法ですって……!?」
ミアは思わず声を上げた。現代の女神教において、蘇生は人の域を超えた、第五神界魔法以上にあると言われる、失われた神の奇跡。
聖女エレンがそれほどまでの力を持っていたことに、驚きを隠せなかった。
●月✕日
僧侶マリアが、私に対してすがるような目を向けるようになってきた。
しかし、今は聖女エレンが気になる。
彼女こそが我がパーティの要であり、世界を照らす光なのだ。
「えっと……なんか、この人が鈍感なのも良くない気がする……」
しかし、手記の内容はここから、様相がおかしくなっていく。
●月✕日
勇者殿がおかしなことを言い出した。
魔王を倒す最高の作戦を思いついたと。
「ハニートラップ作戦」というものらしい。
勇者殿のことだから、最高の作戦を考えてくれたのだろう。
「いよいよ出てきたわ、この最低な作戦名……」
●月✕日
勇者殿の言うことはめちゃくちゃだ!
魔王が聖女エレンへの攻撃を躊躇しているから、魔王は彼女に惚れているはずだと!?
馬鹿な、彼女は最後衛だ。攻撃が当たりにくいのは当然だろう。
魔物がヒトに惚れることなどあるものか!!
●月✕日
彼女を魔王の元に送り、油断させる作戦!
そんなもの通用するわけがない。彼女を死地に送るようなものだ。
私は勇者殿に断固反対した!
●月✕日
僧侶マリアまでもが、勇者殿のハニートラップ作戦に同意し始めた。
もう、彼らを仲間とは思えん!
私は聖女エレンを最後まで守り抜く。
私は彼女を連れて、パーティを抜け出したのだ。
第四巻へ続く
「……え?」
ミアはしばらく、手記の最後のページを見つめたまま固まってしまう。
「マーサ様から聞いていた話とも少し違う……」
マーサの語る伝説では「勇者たちは力を合わせ、ハニトラ作戦の犠牲となった聖女の祈りとともに魔王を封印した……」だったはず。
しかし、この手記が真実なら、決戦を前にパーティは「勇者と僧侶」対「剣士と聖女」に分裂し、ジークハルトはエレンを連れて逃亡してしまっている。
「だとしたら、魔王はどうやって封印されたの? パーティを抜けたエレン様はどうなったの?」
ミアは必死に周囲の棚を探したが、ここには第四巻は存在しないのだった。
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