87 戦士の誇り
〇バルカ城・謁見の間
「今しがた、王国の使いの者がこのようなものを持って来たらしい。
このバルカでも、この指名手配書を配ってほしいと……」
王の間に、凍りつくような沈黙が流れる。
皇帝から手渡された一枚の紙を、ガストン軍団長が重々しく受け取った。
「げ! なによこれ!? あんた、一体何をやらかしたのよ!?」
横から覗き込んだアンナが、素っ頓狂な声を上げてしまう。
そこには、美しく描かれたミアの似顔絵と、国民を欺き国を陥れた大逆罪の罪状が記されていた。
(なぜ…… どうしてこんなものが……!?)
ミアの心臓は早鐘を打ち、手足の先が冷たくなっていくのを感じた。
アルフォンス王子が自分を追っている。しかも、国家を揺るがす大罪人として。
バルカ帝国は王国の友好国。
このままでは、捕らえられかねない!
今すぐ逃げるべきか、それとも魔法を展開すべきか。
しかし、ここは帝国の心臓部。どちらにせよ逃げ切れるはずもない。
「ガストンよ。お前はこの指名手配の女…… 『元聖女ミア』を見たことがあるか?」
皇帝の鋭い問いに、ガストンは無言で手配書を凝視する。
ミアは生きた心地がせず、ただ床の一点を見つめて、震えを堪えることしかできなかった。
長い沈黙のあと、ガストンがゆっくりと口を開いた。
「……陛下。 この絵の女に非常によく似た女性ならば、最近見かけました。
戦場にて我が隊の兵士たちを、自らの命を顧みず回復してくださった尊い御仁です。
その美しさと慈愛、見忘れるはずもございません」
ガストンの声には、一点の曇りもない。ミアは震えて聞くしかない。
「しかし、彼女の名前は『シスター・ミィ』
この手配書にある『元聖女ミア』とは名前が異なります。人違い…… 別人でありましょう」
驚いて、ガストンの顔を見るミア。
皇帝は再び髭をさすり、目を細めた。
「ふむ…… 現場の軍団長がそう言うのであれば、間違いあるまい」
ビリリッ!! という景気のいい音と共に、皇帝は手配書を豪快に破り裂き、放り捨てた。
「よかろう! この手配書は我が国に一枚たりとも入れるな!
王国の使者殿には、我が国に該当者はいないと伝えて丁重にお帰りいただけ!!」
「ははぁーっ!」
大臣が頭を下げ、部屋を辞していく。
部屋に残されたのは、皇帝とガストン、アンナ、そして呆然とするミアだけだった。
皇帝は玉座に深く腰掛け、不敵な笑みをミアに向ける。
「シスター・ミィよ。 そなたへの『礼』は、これで良かったかな?」
ミアは、ようやく理解した。
皇帝もガストンも、ミアが王国に追われている元聖女であると知りながら、
自国の兵を救った恩義を、王国の勝手な都合よりも優先してくれたのだということを……
「あ、ありがとうございます……! 本当に、ありがとうございます!」
ミアは崩れ落ちるように深く、深く頭を下げた。
かつての同期の学友という理由だけで、迎え入れてくれたアンナ。
ガストン軍団長の静かな忠義。
一国の主としてのバルカ皇帝の器。
王都を追われ、孤独に震えていたミアの旅。
しかし今、彼女の背中を支えているのは、王国で得られなかった本物の信頼という名の絆だった。
「よし、面を上げよ! 書庫の閲覧許可もそのままにしておく。 気が済むまで調べてゆくがよい!」
「はい! ……感謝いたします!」
ミアの瞳には、感謝の涙と、新たな決意が宿っていた。
ガストン軍団長の誇りに、今でもこの国に受け継がれている、剣士ジークハルトの魂を確かに感じつつ
ミアは勇者伝承の真実へ、また一歩近づくのだった。
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