78 バサラークの聖女
〇 バサラークの街・教会
バサラークの夜、二人が涙を流し合った翌日から、教会の裏では新たな特訓が始まった。
「私たち巡礼シスターは、教会を出る前に自衛の術を教えられます。(と、マーサ様が言ってました)
…私は自分では使いこなせませんでしたが、相手を一時的に麻痺させる女神魔法があるんです。
クラリス様なら、きっとすぐに習得できるはずです」
ミアがクラリスに教えたのは、かつてマーサから叩き込まれた、相手の神経に干渉し、麻痺させ数分間自由を奪う魔法。
自分がやると、どうしても失敗してしまうのだが、理論はばっちり理解している。
その奥義をクラリスに伝える事にしたのだ。
「ミィさん… ええ、やってみるわ」
クラリスの飲み込みは驚くほど早く、麻痺魔法自体は難しいものではない事もあり、ものの数日の練習で、実戦レベルへと引き上げられた。
さらに、五人の見習いシスターのうち、女神魔法の適性があった16歳の少女にもその魔法を伝授した。
彼女もタリン同様、魔力が低く、聖女学園に入学できなかったクチだが、麻痺魔法を覚える事は可能だろう。
「これでもう、されるがままにはなりません。
二人で連携すれば、どんな無法者が来ても追い払うことができるはずです。」
ミアの言葉に、クラリスの瞳にはかつての絶望ではなく、自らの手で未来を掴み取ろうとする聖女ミラ様のような力強い光が宿っていた。
そして、ミアがバサラークを旅立つ時がやってきた。
「ミィさん……本当に行ってしまうのね。あなたにはもっと教わりたいことがあったのに」
「はい。私は巡礼中の身ですし」
ミアには確信があった。
あれほどまでの能力と慈愛の心があり。ミラ様にあこがれるようなクラリスであれば、
戦う術さえ知れば、必ずうまくやっていける事を…
「クラリス様、頑張ってください。この子たちにとっては、あなたこそが唯一無二の、本物の聖女様なんですから」
ミアに懐いた五人のシスターたちが、泣きながら足にしがみついて離れない。
ミアは困ったように笑いながら、一人一人を優しく抱きしめていく。
「クラリス様の言うことをよく聞いて、みんなで教会を守っていってね!」
深々と頭を下げて、街を出るミア。
一歩ずつ遠ざかっていくミアの背中を、クラリスは胸の前で手を組んで、祈るような目で見送った。
「あなたのことは、決して忘れません。
…ありがとう、ミィさん。
あなたに女神様のご加護があらんことを…」
ミアが次に見据えるのは、天を突くようにそびえ立つバルカ大山脈。
バルカの国土の北西地方と、帝国の首都部を分かつ天然の要塞。
この険しい山を超えれば、いよいよ帝国大図書館のあるバルカ本国へと足を踏み入れることになる。
「ジークハルトさんの手記の第三巻・・・ 第二十三代聖女エレンの真実・・・」
手にしたマーサの杖を握りしめ、ミアは山脈へと続く険しい道を見上げた。
数日前から気づいていた、魔力の異変。
エレナがかけてくれた魔力1.5倍のバフ魔法は、とうとうその効果を失っていた。
もう、奇跡の雨のような大技は当分使えないだろう…
けれど今は、バザルの港町でタリンに教えてもらった、泥にまみれてでも救う心がある。
バサラークでクラリスと共に誓った、守るために戦う覚悟がある。
ミアは、バルカ大山脈の高みへと、力強く踏み出すのだった。
第五章【完】
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今回で五章は完結して、明日以降は第六章に突入します。
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