45 届かなかった回復魔法
〇名もなき村・宿屋の一室
ミアの瞳から、それまでの迷いが消えた。
「離れて!」
ミアが叫ぶと同時に、その身体から凄まじい密度の光が噴出し。光の壁となる。
彼女を抑えつけていた男は、至近距離で展開された光の壁に弾き飛ばされ、壁まで吹っ飛ぶ。
「ぎゃああ! 手が、手が焼けるっ!」
ミアの光の壁の内部にあった、彼の腕にダメージが入ったらしい。
自由になったミアは、すぐさま倒れているマーサの元へと駆け寄った。
マーサの首筋へ振り下ろされた兵士の剣が、ミアの張った防御壁に跳ね返され、甲高い金属音と共に火花を散らす。
「な、なんだこの光は!? 剣が通らねえ!」
「・・・こんな人たちに、マーサ様を、傷つけさせない!」
ミアが魔力を込めると、ミアとマーサを守るドーム状の壁が急速に膨張し、剣を向けていた兵士を飲み込み、猛烈な勢いで弾き飛ばした。
ミアはふらつきながらも立ち上がり、床に落ちた剣を拾い上げる。
「く、くそ! このガキがぁ!」
立ち向かおうとする男だが、ミアの周囲数メートルには光の壁が彼女を守っており、近づくことすら叶わず弾かれる。
ミアはゆっくりと、震える手で剣を振り上げた。
「や、やめろ! 助けてくれ!」
男の命乞い。ミアは唇を噛み締め、容赦なく剣を振り下ろした。
ドシュッ!!
「ひ、ひいいいいっ!!」
剣先が突き刺さったのは、腰を抜かして尻もちをつく兵士の股の間の床だった。
どれほどの怒りに駆られても、ミアは他者を傷つける事はしなかった。
しかし、その凄まじい怒りの気迫に、残っていたもう一人の兵士も腰を抜かし、恐怖のあまり戦意を喪失して崩れ落ちた。
その直後、どどど…、と階段を駆け上がってくる足音が響き、宿屋の主人が村の男衆を引き連れて部屋に踏み込んできた。
「シスター・ミィ!ご無事ですか? マーサ様をよろしくお願いします!」
村人たちは手際よく、弱り切った兵士たちを拘束し、部屋から引きずり出していった。
「マーサ様!!」
静寂が戻った部屋で、ミアは剣を放り出し、もはや動かないマーサを抱きかかえた。
泣きじゃくりながらもマーサの手を握り締める。
「よ、よくやったわね… あれだけできれば、十分一人旅に出られるわ…」
「そんなこと、今はどうでもいいです! マーサ様がご無事でいてくれないと私・・・!」
ミアはなりふり構わず、持てる力の全力で回復魔法をマーサに注ぎ込む。裂けた肌が塞がり、アザが消えていく。
しかし、女神魔法の過負荷によるダメージだけは、どれだけ魔法で回復しても癒やすことはできなかった。
「私が・・・マーサ様に相談に行っていればこんな事には・・・」
「‥いいえ、私はどのみち、長くはなかったわ… 女神様の意思に反して、こそこそと魔法を使っていたバチが当たったのね…」
「そんなわけない! 女神様は、マーサ様が救った人たちの笑顔を、誰よりも喜んでおられます!」
ミアの目から涙があふれ出す。
マーサの言う通り、魔法負荷のダメージが癒せないことがミアにもわかってしまった…
「私は・・・あなたの仇も、討てない・・・」
「ミィさん…それでいいのよ。仇なんて、何も生み出さない。あなたは、その優しい心のままで…」
マーサの指先が、愛おしそうにミアの頬をなでる。
「ミア様…」
「・・・えっ?」
偽名ではない、本当の名を呼ばれ、ミアは息を呑んだ。
「私もね…あなたの戴冠式を見に行っていたのよ。
黄金の雨… あの奇跡を見て、本物の奇跡を起こせる聖女様がいるんだと、この歳まで生きたかいがあったと思えたわ…」
そういうとマーサはミアに自分の杖を力なく握らせた。
「聖女ミア。世界中の…多くの人々に…祝福、を…」
マーサの腕から力が抜け、安らかな微笑みを湛えたまま、彼女は静かに瞳を閉じた。
「マーサ様? ・・・いや、嫌ぁぁぁーーーーーーっ!!」
月夜の村に、ミアの叫びが響いた。
王都から追放された時には、一滴も流さなかった涙が、今は止まることなく溢れ出る。
ミアは、マーサが遺してくれた温もりと、真の聖女としての生き様を胸に刻み、ただただ泣き続けるのだった。
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