35 名もなき村の聖女
〇名もなき村
ミアは国外追放こそ受けているものの、いつまでに国外に出るように…と指定されているわけではない。
ならば、マーサの申し出を断る理由など、どこにもなかった。
マーサの紹介により、村人たちはミアを「教会期待の若きシスター」として迎え入れた。
このフレーズであれば、村のならず者達も簡単にはミアに手を出すことはできないだろう。
あの日、下劣な顔で襲いかかってきた男も、マーサの影におびえて縮こまっている。
「魔法はね、奇跡を見せるための道具じゃなくて、今日を生きるための知恵なのよ。
ミィさん、見ていなさい」
マーサが使い古された杖をかざすと、第一神界魔法の光が農耕馬を優しく包んだ。
(これは・・・バフ魔法??)
ミアが今まで自分や騎士の瞬発力を上げるために使う魔法だが、マーサはそれを馬の持久力に充て、農作業の効率を劇的に高めてみせた。
さらに、ミアが驚愕したのはその後のことだ。
「さあ、次は苗にバフ魔法をかけましょう」
「えっ、農作物に魔法を? そんなこと学園の教科書には・・・」
「毎日少しずつ魔力を馴染ませれば、寒さや病に強い、栄養たっぷりの作物が育つのよ。
これを王都に運べば、普通の倍以上の値で売れるわ。村の貴重な収入源なのよ」
(すごい・・・ 魔法の出力を極限まで抑えて、毎日少しずつバフをなじませていくなんて・・・派手さはないけど、相当な技術だわ)
(少し早いけど、今日はそろそろ終わりかな?マーサ様ハードすぎる・・・)
魔法を使った作業が終わり、流石にぐったりと倒れそうになるミア。
しかし、マーサの仕事量はそれを許さなかった。
ここからが本番と言わんばかりに、村の掃除や洗濯、病人の家への往診、そして夜の炊き出し。
今度は体力を使う仕事が始まる。
(聖女時代も私はよく動いている方だと思っていたけれど、マーサ様の足元にも及ばないわ・・・ これを毎日、お一人で・・・?)
夜、質素な夕食を囲みながら、ミアは思い切って尋ねてみる。
「あの・・・マーサ様は、どうしてこの村に?」
「ふふ、私もミィさんと同じで、昔は聖女学園の生徒だったのよ。最終順位は21位だったかしらね」
「21位! スゴイ・・・ 超エリートじゃないですか!」
「いいえ、それでは聖女候補にも教会幹部候補にもなれなかったわ。
卒業後は王立中央病院の魔法回復員のオファーがあってね。そこで数年間働いていたのよ」
王立中央病院と言えば、国王の主治医なども受け持つレベルの最王手の総合病院である。
「す、すごすぎます…」
「ただ、あの病院は、王族や貴族。お金を持ってる人たちを優先するから、自分のやりたかった事とは、何か違う気がしてね
私も若かったのね、病院を辞めて、巡礼の旅に出たわ」
「・・・・・・」
己の信念に反するという理由で、王立中央病院の魔法回復員と言うビッグな看板を捨てて、巡礼に旅に出て、その後、シスター不在が続いていた、この名もなき村の教会のシスターになったと言うマーサの言葉は、ミアの胸に深く響いた。
「巡礼の旅で、私は多くのことを学んだわ。ミィさんも、今回の旅でこれからの人生の支えになる何かを、きっと見つけられるはずよ」
「はい! ありがとうございます!」
経験なのか、人柄なのか… マーサの笑顔には人を前向きにする、魔法よりも強い力があった。
地位も、名誉も、89位という数字も、ここでは何の意味も持たない。
ただ、目の前の人の笑顔のために魔法を使う。
(私もこんなシスター、マーサ様のような聖女になりたい!)
ミアが本当の意味での『聖女』としての小さな一歩を踏み出した、静かな夜だった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
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