34 シスター・マーサ
〇小さな教会・個室
小鳥のさえずりと、石畳を掃く竹箒の音で目が覚めたミア。
慌てて聖堂へ向かうと、シスターはすでに全てのルーチンを終え、かまどで火を焚いていた。
「おはようございます。よく眠れましたか? さあ、まずは女神像に朝の祈りを捧げてきなさい」
その声には、長年信仰と共に生きてきた者が持つ、心地よい厳しさがあった。
ミアは少し気圧されながらも「あ、はい!」と答え、慣れない手つきで用意されていた修道衣の襟を正した。
質素な朝食を終え、二人はテーブルをはさんで向かい合う。
「私の名前はマーサ。この教会でシスターをやっているわ」
「私は……ミィといいます」
ミアはとっさに、なんとなく思いついた偽名を名乗った。王都を揺るがせた新聖女の名は、あまりに目立ちすぎる。
「ミィさん。昔ここで飼っていた猫と同じ名前ね」
「…………ね、猫ですか……」
ミアの返答を聞いて、マーサは穏やかに笑ったが、すぐに本題に入る。
「ミィさんは巡礼中とのことですが、どのルートを回るおつもりですか?」
メジャーなルートや、初心者向けの巡礼ルートなどがあるのだろうか? それすらもよくわかっていないミア。
「えっと……まだ考えてなくて……」
「ルートはしっかりと決めておいた方が良いわ。それによって巡礼にかかる期間も変わってきますからね」
少し驚いたように答えるマーサだが、彼女はミアの筋肉の付いていないか細い腕や、昨日村の男に襲われかけた際の震えを鋭く観察していた。
「ミィさん、自己防衛の手段はどうしているの?
私が若い頃は、防衛魔法か護身術を習得していなければ、単独の巡礼など教会が許さなかったけれど……今は違うのかしら?」
(多分、今もそうなんだと思います……)
「えっと……」
巡礼が嘘だとは言えないミア。
「ルートも決まっていない、護身の術もない。それでは巡礼ではなく、ただの自殺志願よ。
一度、王都の大聖堂に帰って準備を整えなさい」
(追放されちゃってて帰れないんですぅ……)
と、叫びたいミア。ミアが何か言いたげなことに気づいたのだろうか。
「気持ちは痛いほどわかるけどね。
私も若い頃は、一日でも早く苦しむ人々を救いたいと焦ったものよ……
でも、準備はしっかりしないと、アナタがひどい目に遭って終わってしまうわ。
ね、今はしっかりと準備を整えて、それから改めて巡礼に出ましょう?」
マーサの正論がミアの胸に突き刺さる。ミアのことを本気で心配してくれているようだ。
巡礼の旅は、昔はシスターの嗜みとして、修行で行う人も多かったが、最近では道中危険すぎると好まれない。
ましてや、一人旅での巡礼等、今となってはなかなかやろうとする人はいないのだ。
ミアのことを今どき珍しい見どころのある若きシスターと思ったのかもしれない。
しかし「追放されてて帰れないんです」とは言えないミア。
追放されたことを話せば、元聖女ミアであることを明かさなければならない。
いかに優しそうな、このシスターと言えど、女神教会所属のシスターだ。
ミアのことを王都の教会本部に通報せざるを得ないだろう。
逆に、もし、かばってくれるようなことになってしまえば、それは彼女に多大な迷惑をかけることにつながるのだ。
「……王都に帰ることはできないんです、私。理由は言えません。
でも、たとえこの先で力尽きるとしても、止まるわけにはいかないんです。覚悟はできています!」
ミアの瞳に宿る強い光。
こんな状況でも、そこに悲壮感は微塵もなかった。
それは、落ちぶれた元神童と蔑まれ、伸び悩みながらも九年間、魔法の研鑽を止めなかったミアだからこそ持てる光だった。
マーサはしばらくの間、ミアをじっと見つめていたが、やがて深くため息をついた。
「……困った子ね。でも、その瞳を見捨てて、みすみす悪い男や魔物の餌食にさせるわけにはいかないわね……
いいわ。ここでしっかり準備を整えてから行きなさい」
「……え?」
「数日間、見習いシスターとして、ここで私を手伝って行きなさい。
その間に、私が最低限の護身魔法を教えてあげますからね」
マーサの深い愛情が伝わるが、拒否はさせないという、ただ優しいだけじゃない笑顔。
ミアはそんなマーサの笑顔に、ただただ惹き込まれていくのだった……
最後まで読んでいただきありがとうございます。
ミアの追放から新章の開始まで、お付き合いいただきありがとうございます!
キリの良いところまで、まとめて書きたかったので、今日は多く投稿してしまいました。
本日はこれで最後にして、続きは明日以降に上げていきます!
よろしければ、またよろしくお願いいたします!




