121 聖女の呪いと、人魔和合の夢
〇魔獣の森・アマネの小屋
アマネの顔色を窺い、納得したようにオウルが再び影に溶け込んで消える。
「彼は、私のことを心配してくれているだけなの。悪く思わないで……」
アマネの申し訳なさそうな微笑みに、ミアも少しだけ力を抜いて愛想笑いを返した。
「いいえ。私を信用できないのは仕方がないことです。
……魔族にとって、聖女は魔王を裏切り封印した存在と言う事になるのでしょう?」
アマネは少し目線を落とし、少しずつ語り始めた。
「お父様は、長年生き、人間界と魔界を行き来できることで、
両方の世界の豊穣の力が周期的に推移している事に気が付いたの。
そして、人間たちの女神への祈りにより、強引に魔界の豊穣の力を吸い上げている事にも……」
「そして、この人間界に、祈りをやめて貰えるようにと、訴えに来たんですよね?」
「当時の主要国家の王族や、女神教会を回ったみたい……
しかし、全くと言ってよいほどに、受け入れられなかったことで、
お父様は、和合から敵対へと、人類への考え方を変えたみたい……」
「でも人類の勇者テンジョウのパーティに壊滅的な打撃をうけてしまった」
「そうね……
五忠臣のひとりまで連れてきていたのだけれど、その五忠臣もやられてしまい
いよいよ、お父様にも彼らの刃は迫り始めたみたい……」
五忠臣の一人が勇者たちにやられた……
カレンと一緒に戦ったヴィンセント。
バルカ帝国で戦ったゼニア。
そして、ここでアマネを守る、ガオとオウル。
この五人が五忠臣なのだろうか?
「お父様は勇者パーティを圧倒できたのだけど、倒すことはできなかったみたい……」
「それはなぜですか?」
「お母様が心に直接語り掛けてきたから…
そこで、お父様は事の経緯を、心の中でお母様に話したの」
「生きとし生けるものすべてと心で通じ合えるという、聖女エレン様の特殊能力……」
「そして二人は、人間と魔族で協力し合って解決する方向で考え始めたみたい。
元々、お父様は人間と戦う気はなかったわけだしね……
そして勇者パーティを抜けたお母様はお父様と二人で暮らし始めた。」
ここまではジークハルトの手記ともつじつまが合いそうだ。
「その時にお姉ちゃんと私は生まれたの。
魔族の妊娠期間は数週間で、人間よりはるかに短いみたいね……」
(そうなんだ……)
流石に、赤ちゃんはコウノトリが運んでくるとは思っていないが、
人間同士のそういった行為にさえ、少し疎いミアである。
魔族による人間の妊娠など考えたこともなかった。
なんだか、とてもどろどろとした気分になる……
「短い期間だったけれど、その後の数か月だけが、私達姉妹にとっての家族との時間だったの……
とても幸せだった……
でも、その間も、お父様とお母様の『人魔和合』の計画は着々と進んでいたみたい……」
「人魔和合……」
ミアにとって初めて聞く言葉である。
人類と魔族の和合など、今まで考えたこともなかった……
「お父様とお母様は……ここで二人で協力し合って、人としての身体を捨てることで、二つの世界の豊穣の力を均等に保ち続ける『弁』のような役割になろうとしていたみたい」
「……っ」
ミアの脳裏に、以前エルミアが推測していた仮説が浮かぶ。
(……やっぱり。エルミア様の予想通りね。
聖女の祈りで魔界から、豊穣の力を奪うのではなく、自然な循環を二人で管理しようとしていたのね)
「お母様は……聖女の呪いも、断ち切りたかったみたいね」
アマネが真っ直ぐにミアの方を見た。
「聖女の呪い……?」
「ええ。貴女もそうでしょう?
聖女は、その魔力が尽き果てるまで、生涯を世界の祈りのために捧げなくてはいけない。
死ぬまで世界のシステムの一部として、自由を奪われる……
お母様は、自分が『弁』になることで、後の聖女たちをその役割から解放したかったみたいね」
ミアは言葉を失った。
自分たちがこれまで尊い使命だと教えられてきた祈りは、聖女エレンの目には残酷な呪いと映っていた。
そして、彼女は愛する魔王と共に、自分たち後世の聖女を救おうとしていたのだ。
「……そう考えると、私もエレン様のことは、もっと敬愛と感謝をしなくてはなりませんね」
ミアは少しだけ自嘲気味に、温かい微笑みを浮かべた。
「もし、儀式が上手くいっていれば……お姉ちゃんが魔界を、そして私が人間界を見守るようにと、お父様には言われていたわ」
だが、現実はそうはならなかった。
ジークハルトによる儀式への介入。
儀式は中断され、魔王は怒りの中で封印され、エレンは引き剥がされた。
「儀式が中断された後は、どうなったのですか?
カレンさんと二人で、その様子を見ていたのですよね?」
ジークハルトの手記の第四巻では語られなかったその後。
アマネは再び俯いて答えた。
「……お父様が封印されて、泣き叫ぶお母様。
私たち姉妹は、ただ呆然と立ち尽くすことしかできなかった。
……そんな私たちを、助けてくれたのは……」
アマネがミアを見上げる。
「勇者テンジョウだったわ」
「…………え?」
ミアの手から、茶器が滑り落ちそうになった。
テンジョウは最低の「ハニトラ勇者」だったハズでは?
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