119 魔獣の森の黒髪の少女
〇魔獣の森
ミアが最後の一頭の傷を癒やし終えると、森の空気が軽くなったように思えた。
それを肌で感じたガオが、尻尾をちぎれんばかりに振りながら詰め寄る。
「すっげぇ!ミアは本物の聖女様だったのか!?」
「ですから……最初から、そう言ってるじゃないですか」
ミアは額の汗を拭い、首を少し傾けて困ったような笑みを返した。
「ですが、回復魔法くらいは女神魔法の使い手であれば誰でも出来ますから。
あんまり簡単に信じちゃダメですよ?」
「いいや、こんな速さと回復力の魔法、ガオは見たことないぞ!」
その時、森の奥から、鈴を転がすような澄んだ声が響いた。
「みんな、大丈夫……!?」
木々の隙間から駆け寄ってきたのは、一人の少女だった。
肩先で揺れる漆黒の髪。
そして、驚きに見開かれた大きな瞳は、燃えるように鮮やかな赤色だった。
ミアが彼女の儚げな美しさに見惚れていると、ガオが高々に声を上げた。
「おお!アマネ!!こいつらはみんな、ミアが治してくれたんだぞ!!」
(アマネ……この子の名前かしら?)
アマネと呼ばれた少女は、ミアを凝視したまま動けないでいる。
ミアは慌てて、敵意がないことを示すように杖を少し引き、声を荒立てないように意識する。
「し、心配しないでください!
私はミアと言うシスターで……王国へ行くために、ここを通らせてもらいたいだけなんです」
「…………」
アマネの瞳から、少しだけ緊張の色が消える。
だが、横でガオが嬉しそうに大きな声を上げた。
「ミアは王国の本物の聖女様なんだぞ!みんなを一瞬で治したんだ!
アマネの回復魔法よりもずっと速かったぞ!!」
その言葉を聞いた瞬間、アマネの表情が劇的に変化した。
驚き、戸惑い、そして恐怖に似た焦燥。
(あ、マズイ気がする……!)
そうミアが直感した時にはアマネの叫び声が響いていた。
「ガオちゃん、あなたも逃げて!!」
直後、彼女の輪郭が陽炎のように揺らぎ、背後の空間に溶け込み始めた。
ミアの脳裏に、ガリウスの屋敷で見た光景がフラッシュバックする。
(これは!?あの時カレンさんが使っていた瞬間移送の術……)
間違いない!このアマネと言う娘は!!
「え?逃げる?なんでだ?どういうことだ!?」
わけが分かっていないガオ。
ここでアマネを逃せば、もう二度と会えない気がする!!
ミアは考えるよりも先に声を出した。
「カレンさんの友達なんです、私!!カレンさんの妹さん……ですよね!?」
「えっ……!?」
消えかけていたアマネの実体が、強引に引き戻されるように固定された。
転送の術式が霧散し、彼女は大きく目を見開いて立ち尽くす。
「……お姉ちゃんのこと、知ってるの……?」
その問いかけがあまりに儚く、愛らしく、ミアは不覚にも見とれて動きが止まってしまいそうになる。
だが、ぐっと気持ちを強く持ち、誠実に言葉を重ねる。
「はい。以前に一緒に協力して戦ったことがあります。
短い期間でしたが、少なくとも私は、友達になれたと思っています」
「……なあ、アマネぇ。ミアは多分、悪い奴じゃないぞ?」
ガオが横からおずおずと口を添えると、アマネは迷うようにミアを見つめる。
やがて困ったように、けれどどこか嬉しそうに、にこりと微笑んだ。
辺りはすっかり帳が下り、夜の静寂が森を支配し始めている。
「……ついてきて」
短くそう告げると、アマネはガオと共に森のさらなる深部へと歩み出した。
ミアはその背中に、かつて自分を助けてくれた「魔界の聖女」の面影を重ねながら、静かに後に続くのだった。
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