117 幼き番人
〇王国北部・海岸
王国北端、切り立った断崖のそばに広がる白砂の海岸。
小型船から降り立ったミアを、船員が不安げに見送る。
「本当に、こんなところに降ろしちまってよかったのかい?」
「はい。大丈夫です。ありがとうございました!」
ミアは丁寧に頭を下げ、水平線の彼方に船影が消えるまで見送った。
一人残されたミアの背後には、空を覆い尽くさんばかりの漆黒の巨木群
「魔獣の森」が口を開けていた。
一歩、足を踏み入れる。
ひんやりとした湿った空気が肌を撫でる。
王国兵ですら討伐を諦めたというこの森は、地図すら存在しない。
バルカの調査船による「数ヶ月かかるほどではない」という曖昧な情報だけが頼りだ。
(……迷えば終わり。でも、引き返す道なんてない。聖女として王国に行くしかないんだから。)
ミアは覚悟を決め、杖を握り直して奥へと進んだ。
森の中は、意外なほど静かだった。
木々の隙間から差し込む光は細く、魔獣が跋扈している気配もない。
(……このまま、何事もなく抜けられれば……)
そう願った瞬間だった。
心臓を直接握りつぶされるような、凄まじいプレッシャーがミアを襲った。
「っ……!?」
ミアは即座に足を止め、魔力を全開にする。
最小限の面積で、現状の彼女にできる、最大級の密度を誇る防御壁魔法を展開し、
静かに周囲を見渡すが、視界の中に敵の姿はない。
(気のせい……?だけど、今のプレッシャーは…… ……上っ!?)
気付いた時には、頭上から轟音と共に凄まじい衝撃が降り注いでいた。
「きゃあああああ!!!」
キィィィィン!と鼓膜を裂くような衝撃音。
ミアが絶対の自信を持っていた防御壁魔法に、蜘蛛の巣状のひびが走る。
「う、うそっ!?私の防御壁が……!」
驚愕が思考を止めるより早く、二撃目が放たれた。
完全に砕け散った魔法の破片が光の粒となって霧散し、ミアの目の前にその攻撃を繰り出した者が着地した。
土煙の中から現れたのは、ボサボサの茶色い長髪と、ピンと立った獣の耳を持つ少女だった。
外見は10歳ほどの幼子に見える。
虎柄の簡素な衣装を纏い、その小さな両腕には、体格に見合わないほど巨大で凶悪な爪型の武器が装備されている。
その爪で、防御壁魔法は砕かれたようだ……
ミアは一歩も動けなかった。
喉元に突きつけられた冷たい爪の感触。指先一つ動かした瞬間、紙屑のように切り裂かれることだろう……
「……お前、何しにこの森に来たんだ?」
低く抑えられてはいるが、幼い少女の声。
「こ、この森を通してもらいたいだけなのっ!森の魔獣たちに危害を加えるつもりはありません……!」
ミアは必死に声を絞り出し、早口で説明する。だが、少女の瞳には深い疑いの色が見える。
「信じられないんだぞ!ここに来る人間は、みんな嘘をつくんだぞ!!」
少女の叫びには、過去の傷跡が混じっていた。
おそらく、調査に来た王国兵あたりが平和を装いながら、彼女たちをだまし討ちしようとしたのだろう。
「……私の話を聞いてくれませんか!?その後で、もし信用できなければ……好きにしてくれて構いませんから!」
「んー……」
少女は首を傾げ、ミアを値踏みするようにジロジロと眺める。
クンクンとミアの匂いを嗅ぐ少女
やがて、わずかに爪の先が喉元から離れた。
「いいぞ。話してみるんだぞ!」
どうやら、最悪の事態は免れたようだ。
しかし、答えを一つ間違えれば、行くのは地獄。
ミアのピンチは続いているのだった……
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