116 最高司祭セシリアの憤怒
〇王国・来賓室
王宮の一角、重厚な装飾に囲まれた来賓室。
そこには、氷のような美しさを湛えた、女神教会最高司祭・セシリアと、
椅子に深く沈み込み、脂汗を流すアルフォンス王子の姿があった。
セシリアの瞳は、まるで出来の悪い映画を見ているかのように冷ややかだ。
「アルフォンス王子殿下。私は陛下との直接の会談を望んだはずですが……」
「も、申し訳ない……現在、父上は病状が芳しくなくてな。
お会いするのも憚られる状態なのだ。会談は、また次の機会にしていただけないだろうか?」
アルフォンスは視線を泳がせ、必死に言い訳を繰り返している。
だが、セシリアは無言のまま、ただ彼を見つめ返した……
その沈黙は、王族であるアルフォンスを蛇に睨まれた蛙のように硬直させた。
(……試されている。今日、この女がなぜわざわざ足を運んだのか。
その答えを、私が用意できているかどうかを!)
セシリアの背後には、女神教会の権威がある。
王国内での、女神教会の信者の数は圧倒的で、実に国民の九割以上と言われている。
その信者たちは、女神教会のおかげで、暴動も起こさずにまとまっているという側面もある。
今の王国は女神教会には頭が上がらない状態だ……
そして何より、セシリアの胸の内に渦巻く「聖女ミアを追放した愚行」への静かな怒りが、
部屋の空気を焼き尽くさんばかりに張り詰めていた。
その凍り付くような沈黙に耐えかね、アルフォンスが先に口を開いた。
「ま、まず、聖女学園生徒の連続失踪事件だが……これについては私も心を痛めている。
前途有望な生徒たちが失踪するなど、我が国にとっても大きな損失だ。
今現在も捜査を続け、街の警備も増強しているところだ……」
「……その割には、一向に被害が減りませんが?」
「と、とにかく!こちらも懸命に対応しており、心を痛めていることはご理解願いたい!」
「…………」
セシリアの眼光が一層鋭くなる。
形ばかりの「懸命な対応」など、彼女の耳には届かない。
そして、アルフォンスはいよいよ、避けては通れない本題へと話を移さざるを得なかった。
「後は、聖女の祈りが届いていない問題だが……
これは全て、大罪人ミアの責任だ!彼女がロクな引き継ぎもせず、勝手にこの国を出て行ったのが原因なのだ!」
アルフォンスは両手を広げ、悲劇の被害者を演じるように声を荒らげた。
だが、それが決定打となってしまった。
セシリアが、ゆっくりと、重力が多くかかっているんじゃないか、と思えるほどの威圧感を持って立ち上がった。
「それでは王国は、あくまでミア様が自ら聖女の座を降り、
後任の指名もせず無責任に去っていったと……そう仰るのですか?」
「そ、その通りだ!我々も彼女の今後の活躍には大変期待していたのだ。
急にいなくなられて、こちらも困り果てている。……我々こそが被害者なのだ!」
セシリアは一瞬だけ、アルフォンスに蔑むような視線を向けた。
「ミア様は、王国と教会の調和を常に考えておられる、たいへん聡明な方でした。
もし、貴方が『ミア様の考えがあってのことだ』という嘘を一つでもついていれば、
私はミア様の名を出された時点で、たとえそれが欺瞞だと分かっていても、これ以上は追及できなかったでしょうに……」
「ど、どういうことだろうか……?」
「貴方は答えを間違えた。ただ、それだけのことです」
セシリアは表情一つ変えず、背を向けて出口へと歩き出した。
「ま、待ってくれ!どうするつもりだ!?王国と教会はこれまで蜜月関係を保ってきたはずだ。お互いに手を取り合うのがベストだろう!」
必死に呼びかける王子の背中を、セシリアは一瞥する。
「貴方はまず、女神に対し、何一つ誠実な答えを用意できなかった。
もはやあなたと話すことは無いでしょう……
……ですが、ミア様が単独で動いておられる可能性を信じ、王国に一度だけ猶予を与えましょう」
セシリアは冷徹な宣告を下す。
「一ヶ月後までに、陛下と私の会談ができる状態にしなさい。それ以上は、一刻たりとも待ちません」
アルフォンスは膝の力が抜け、その場に崩れ落ちた。もはや、反論する気力さえ残っていない。
セシリアは部屋を去ろうとして、扉の前でピタリと足を止めた。視線は、柱の奥の影へと向けられる。
「イザベラ。立ち聞きとは、趣味が悪いですね。
……聖女ミア様がご帰還されたら、貴女もその下で使っていただき、一から修行し直しなさい」
その言葉だけを残し、最高司祭は去っていった。
廊下の柱の陰で、イザベラはただ、止まらない震えを必死に抑えつけることしかできなかった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
次回からは、またミアのお話に戻ります。
よろしければ、またよろしくお願いいたしますね。




