112 聖女エレンと魔王
〇エルミアの小屋
「……そんなに驚かんでもええじゃろ?」
エルミアが呆れたように言うが、アンナが言葉を失うのも無理はない。
「いや、だって……『勇者伝説』って500年ぐらい前のお話でしょ?普通、生きてるわけないじゃない!」
「ワシ、ハーフエルフじゃし。500年ぐらい普通に生きるわい」
アンナはジロジロとエルミアを見つめる。
ふっくらとした頬に、澄んだ瞳。どう見ても人間の幼女にしか見えない。
「か、可愛らしい見た目だから……てっきり、もっと……」
流石のミアも驚いて、エルミアの顔や身体をまじまじと見つめてしまう。
「まあ、ワシがめちゃくちゃ可愛いというのは事実じゃがな!」
「……誰もめちゃくちゃ可愛いなんて言ってないから……」
アンナの冷静なツッコミを、エルミアは流してミアを促す
「そんな事より、ホレ。はよ読まんかい!」
「あ、はいっ!」
促され、ミアは少し震える手で古びた表紙をめくった。
そこには、英雄ジークハルトの苦悩と変節が刻まれていた。
ジークハルトの手記・第四巻
●月×日
聖女エレンを連れて、二人で逃亡した。
もはや魔王討伐などどうでもいい。どこか遠く、誰も知らない場所で二人静かに暮らせばいいのだ。
彼女だけは、この私が命に代えて守り抜く。
「……魔王討伐の使命、完全に放棄しちゃってる」
●月×日
エレンが妙なことを言い出した。「魔王は悪い人ではない」だと?
彼女は動物や植物のみならず、魔獣の声を聞けるというが、魔王の心さえも読み取ったらしい。
馬鹿げている。魔王は諸悪の根源、人類の不倶戴天の敵なのだ。
エレンは疲れているのだ。私が癒してやらねば……
●月×日
エレンの話によれば、魔王は征服のために現れたのではないという。
「豊穣の力」の搾取をやめてほしいと伝えに来ただけだというが……
そもそも、その「豊穣の力」とは何なのだ?
エレンは、私に一緒に説得に来てほしいと懇願する。
だが、魔王に言葉が通じるはずもない。私は「魔王のことはもう忘れろ」と強く言い聞かせた。
(……少し前まで『聖女エレン』って書いてたのに、いつの間にか呼び捨てになってるのが、妙に気になってしまう私……)
●月×日
しまった!エレンが私の元から逃げ出しおった!
あんなに大切に、箱入り娘のように守ってやったというのに!
私はエレンを探して旅に出た。彼女と魔王を合わせるわけにはいかない。
彼女は……彼女は、私のものなのだから。
「……あ、あれぇ?」
●月×日
エレンを追って数ヶ月。足取りが掴めない。
一体、彼女はどこで何をしているのだ。私がいなければ、彼女は何もできないはずなのに!
●月×日
……ついに、エレンを発見した。
しかし、その横には忌々しき魔王がいた。
エレンと魔王は激しい光に包まれて、お互いに抱擁しあい、支え合い、愛し合っているように見えた……
何かの儀式を行っているようだった。
その横では二人を見守る、幼い少女が二人……
姉妹だろうか?
魔王に似た、目の鋭い少女と、エレンに似た優しい顔立ちの少女……
その光景を見た途端、私の中のもう一人の私がつぶやいてきた。
「エレンを守れ。魔王に彼女を奪われるな!」
私は剣を抜き、魔王に突き刺した。
何かの儀式をしていたのだ、魔王は無抵抗でその場に崩れる。
儀式の光からエレンを引きはなす。
始めは何が起きたかわかっていないような顔のエレンだったが
すぐに状況を把握し、魔王にしがみつくように抱き着いて行く。
私はエレンを無理やり魔王から引き離した。
魔王はエレンを睨み、
「そういう事だったか……このままで済むと思うなよ。許さんぞ!許さんぞエレン!!」
恨みの言葉を繰り返し、その生気を失い、封印された。
私はこの日、取り返しのつかない大きな過ちを犯してしまったのかもしれない……
第五巻へ続く……
「なるほど……エレン様はジークハルト様を振り切って、魔王と出会っていたんだわ。
……カレンさんも、その時に?」
ミアは顔を上げ、期待を込めてエルミアを見つめる。
「エルミア様!この続き……第五巻はここにはないのですか?」
「うむ。昔はあったんじゃがなぁ……人にやってもうたんじゃ」
「はぁ!?人にあげるってどういうことよ!お父さんの大切な形見でしょ!?」
アンナが素っ頓狂な声を上げるが、エルミアはどこ吹く風だ。
「まあ、そうなんじゃが……ワシもそいつのことが気に入ってのぉ。
別れ際に、そいつに魔導書とか色々やったんじゃが、その中に混ざっとったみたいでな……
まあ、ええ奴じゃったし、しゃーないかと……
お前らと同じ、巡礼のシスターじゃったしな」
「適当ねぇ……ええ奴だったかもしれないけどさぁ……」
呆れるアンナを横目に、ミアは思考を巡らせる。
その人を訪ねれば、まだ本を持っているはずだ。
「その方のお名前や出身地はわかりますか?お名前が分かれば、その方の足取りもわかるのでは?と思いまして」
「そうね!年齢によっては、どこかの教会でまだ働いているかもしれないしね!」
ミアとアンナの言葉に、エルミアは過去の記憶を手繰る
「もう3,40年前の話になるしのぅ……
えーっと、確か……王国から来た、マーサという名前じゃったなぁ」
ミアの体がピクリと動いた。
「…………え?」
最後まで読んでいただいてありがとうございます!
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