111 聖女と豊穣の力
〇森の奥・エルミアの小屋
「着いたのじゃ!」
案内された先は、森の深淵にひっそりと佇む小さな小屋であった。
「あの、質問よろしいでしょうか?」
アンナが小さく手を挙げる。
「ええぞええぞ!」
「なんでこんな、森の奥に住んでるんでしょうか?」
手を挙げたポーズのままアンナが問う。
「え? だって、ワシ戦えんから、人間に襲われたら怖いじゃろ? ワシ、外見めっちゃ可愛いし……」
「予想外ルッキズムかつ小心者だった!」
アンナは疲れ果て、ゲンナリとした表情を浮かべた。
「まあ、入ってくれてええんじゃ」
「おじゃましまーす……」
〇 小屋の内部
ミアとアンナは、小屋の中にある小さなテーブルについた。
エルミアがすぐにお茶らしきものを出してくれる。
「これ、このあたりの植物から適当に搾り取った汁……お茶じゃ」
「今、汁って言わなかった?」
アンナのツッコミを無視し、エルミアは本題を切り出した。
「さて、聖女の祈りが、豊穣の力を引き上げるものだという事は話した通りじゃが、
なら、その豊穣パワーは何処から持ってきているのか?って話じゃな」
「そもそも、豊穣の力は二つの世界で分け合って、均衡を保ってるって話なのよね?
ってことは……」
はっ!と、気付くアンナ。
「さよう。本来、魔界にあるはずだった、豊穣の力を無理やり人間界に引き上げとるんじゃ。」
「……」
女神への祈りにより、目の前の人を一人救えば、魔界に生きる者が一人息絶えている……
この世界の安寧を信じて、毎日行ってきた女神への祈りに、まさかそんなからくりがあっただなんて……
ミアは目前が真っ暗になっていく感覚を覚えていた。
「豊穣の力が、魔界に多く流れておるときは、多少こちらに分捕られても、まあ耐えられるじゃろう。
しかし、逆に魔界の取り分が少ない時期に、さらに聖女の祈りにより、こっちの世界に力を吸い取られたとしたら……」
「……やってらんないかもしれないわね…...」
「しかも、女神がこの世界を作って、もう相当な年月がたっておる。
豊穣の力の総量自体が徐々に枯渇してきておるのじゃ……」
下を向いてしまう、ミアとアンナ。
「魔族は二つの世界を、自由に行き来することができる。
かつての魔王は、聖女システムのからくりに気づいてしまったんじゃろうて……」
「それで、大軍を率いて、こちらに乗り込んできたのが500年前って事か……
なんだか、連中の気持ちも、わからなくもない気分になってきたわ……」
衝撃的な事実。
思わずアンナが、乾いた喉を潤そうとお茶を口に含んだ。
「……っ、まっず!!」
アンナの悲鳴のような声が、静かな小屋の中に響き渡った。
「王国の聖女の理はわかりました……
ほかの国の聖女様たちも、みんな同じ理なのでしょうか?
王国の聖女だけは特別とおっしゃっていましたけど……」
今度は、ミアが質問を投げかける。
頭の中には、かつてイザベラがいたバルカ王国のことや、各地で祈りを捧げる、まだ見ぬ聖女たちの姿があった。
「ふむ……ほかの国の聖女には豊穣の力を魔界から吸い取る力はない。
女神との契約には関係なく、人間が勝手に作ったシステムじゃからな。
なので、聖女の変更に、女神の前での引き継ぎもいらんのじゃ。」
「え? そうなんだ……」
アンナがようやく口の周りを拭い、意外そうに呟く。
「王国の聖女が、本来魔界にあるはずの豊穣の力を女神との契約で、無理矢理人間界に持ってきている。
……で、その豊穣の力は適当にそこいらの花を咲かせとるわけではないじゃろう?
王国の聖女が魔界から奪った豊穣の力を、祈りによって自分の国が豊かになるように取り合う。
それが各国の聖女の役目じゃ」
「は、はぁ!? じゃ、じゃあ、複数の実力者を祈りに使えば、その国の豊穣の力の取り分が圧倒的に増えるってわけ?」
アンナが口を尖らせて食いつく。
「さよう。だからそうならぬように、女神魔法の使い手は女神教会が徹底管理しておるというわけじゃ。
マリアベルの時代は、彼女が本当に信頼の置ける者だけを各国の聖女に派遣させて、均衡を保っておったようじゃな。
始めのうちは、各国の聖女はすべて、王国の聖女が認めた者を差し向けるルールになっておったはずじゃ。
……そのうち、聖女に媚びる輩も出てきて形骸化していったがな」
少し、沈黙の時間が流れる。
語られたのは、崇高な信仰の裏にある、限られた「富」の奪い合いという生々しい現実であった。
「あ、そうそう……ミアよ、これ貸してやるのじゃ」
そう言って、エルミアが奥から取り出してきたのは、なんと『ジークハルトの手記・第四巻』であった。
「わぁ! お借りします!!」
ミアの目が輝く。
「そんな、大好きな漫画の単行本発売日に、いつもの本屋に行ったけどすでに売り切れてて、数軒目の本屋でやっと見つけた……! みたいな顔すんなよ……」
アンナのツッコミは、夢中で表紙を撫でるミアに完全に無視された。
「この手記はやはり、ご先祖さまから代々受け継がれているのですか?」
「代々って……ワシ、ジークハルトの娘じゃし」
「はぁああああああ!!?????」
「えええええええっ!?!?!?」
ミアとアンナの声が、森の中まで響き渡るのであった。




