109 二つの世界
〇森の野営地
夜の静寂に、焚き火の爆ぜる音だけが響いている。
エルミアは膝を抱え、炎を見つめながら語り始めた。
「まず、初代聖女マリアベル。彼女は子供の頃から、女神と脳内で直接会話ができていたと言われておる」
「……マジ?」
アンナが信じられないといった様子で眉を寄せた。
「まあ、ワシも彼女に会ったことはないから、実際にどうだったかは知らんけどな……」
「知らんのかい!」
アンナはエルミアの頭をはたきそうになるのを、ぐっとこらえる。
「それに『脳内』と言っておるんじゃから、本人以外にはわからんじゃろ。
周りが女神と会話できているんじゃないかと疑うほどに、慈悲の心があった人間……ということじゃな」
黙って聞くミアの隣で、アンナは依然として怪訝な顔をしている。
「ただ、彼女はただのお人好しで人々を助け続けていたわけじゃないのじゃ。
彼女はな、女神とある契約をして、そのために人々を助け続けたのじゃよ……」
「はぁ?そもそもそれって彼女の脳内会議なわけでしょ?女神と契約って……」
「アンナさん、いいから今は聞きましょうよ」
話が脱線しそうになるのを、ミアが先手を打って封じた。
「ふむ……ところで、おぬしら『魔界』のことは知っておるよな?」
エルミアの問いに、ミアの脳裏には魔王と聖女の娘・カレンの、あの凛とした美しい横顔が浮かんだ。
「魔界?かつて伝説の勇者が封印したっていう、魔王の本拠地よね?
魔族は今でもそこから出てきてるみたいだし……この世界のどっかに存在するんでしょ?
人間が発見できない場所って言われてるけど、なかなか立ち入れない場所って結構たくさんあるって言うし」
アンナの説明にミアも答える。
「おとぎ話とかだと、異空間に魔界があって、異空間を繋げる扉みたいなので、この世界に来ている、
といった感じの設定のものも多いですよね?」
二人の言葉に、エルミアは深く頷いた。
「うむ。これまでにも魔族たちは何度か人間界に攻め込んできておるが……それにもちゃんとした理由があるんじゃよ」
「理由?そりゃ強欲だからでしょ、奴らは!」
「アンナさん!ちゃんと聞きましょうってば!」
ミアがアンナの袖をぐいぐいと引っ張り制止する。
「人間界と魔界は、表裏一体の世界なんじゃよ」
「表裏一体……」
意味が分からずミアがつぶやく……
「そもそもこの世界は女神が創ったものじゃ。なぜ、この世界を作ったのかはわからんがな……」
「この世界を、女神様がお創りになったというのは、女神世界史の教科書にも載ってますね……」
ミアが答える。
「さよう。さらに、この世界には人間と魔族の二種類の種族がおったのじゃ。
これは、善と悪を同じ世界に放り込んだら、どう進化していくのか?と言う、女神の実験だとも言われておるし、
元々は人間しかおらず、ヒトの悪の心が増幅して分離していったのが魔族だとも、言われておるな。」
「魔族って、異世界から突然攻めてきた侵略者のイメージだったわ……」
「まあ、その考えが一般的じゃわな……その時代を生きる者たちにとっては、間違っておらん解釈じゃしな。
とにかく、この世界には元々二つの種族が共存しておったのじゃ……
いつも小競り合いをしておった人間と魔族に、悲しんだ女神は
新しい世界を作って、魔族をそちらに住まわせようと考えた。
そうして、女神によってつくられた新しい世界が魔界じゃな」
話がダイナミックすぎて、ミアもアンナも言葉が出ない。
「じゃが、女神の神の力をもってしても、どうしても、古い世界と新しい世界の双方に豊穣をもたらす世界は作れんかった。
そこで考えたのが『表裏一体のシステム』じゃ。
人間界が栄えているときは魔界が衰え、魔界が栄えると人間界が衰える。
それならば、双方の均衡を保ちながら二つの世界を成り立たせることができたというわけじゃ」
エルミアの淡々とした口調が、世界の真理を暴いていく。
「この豊穣と衰退は一定の周期で繰り返されておる。
つまり、魔族が人間界に攻めてくるのは、魔界の環境が厳しくなっているタイミングというわけじゃな」
「なんで魔族はこっちに来れるのに、人間は魔界に行けないの?不公平じゃない?」
アンナが素朴な疑問を投げかけた。
「魔族は元々、人間界に住んでおった種族じゃからな。故郷への道を知っておるのよ」
「なるほど……」
アンナが小さくつぶやいた……
パチパチと焚き火が爆ぜる音が響く。
近くで虫が鳴き、遠くで野獣の咆哮が聞こえる。夜の森は、昼間よりもずっと濃い闇に包まれていた。
「で、初代聖女マリアベルの女神との契約というのが……まあ、今日は寝るか」
「ちょっと!これからいいところじゃないの!?」
アンナが抗議するが、エルミアはもう狸寝入りを決め込んでいる。
ミアとアンナは顔を見合わせた。
(この人は無理やり起こしても、もう話さないタイプだ……)
二人はそう判断し、仕方なく自分たちも静かに目を閉じるのだった。
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