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107 謎の少女

〇ジークハルト温泉・中央広場


「……全く、これっぽっちも情報がないわね」


夕暮れに染まり始めた広場で、アンナが苛立たしげに吐き捨てた。


通行人、売店の店主、果ては湯守の役人まで当たってみたが、

エルミアという名を知る者は一人もいない……


ここは、ジークハルト終焉の地。

その子孫であれば、かなり有名なものだと思っていたが……


「本当に、この街にいらっしゃるのでしょうか……」


ぼそりとミアがつぶやく。


「はぁ?じゃあアンタ、ベアト様が嘘ついたって言うのッ!?」


「そうは言ってませんけど……

ベアトリーチェ様のことになると、すぐムキになるの、やめてくださいよぉ……」


ミアは苦笑いしながら、広場の中心にある立派な噴水の横のベンチに腰を下ろした。


その噴水からは、温泉特有の硫黄の香りと共に温かな湯気が立ち上っている。



周囲には噴水から出た湯で、無料で楽しめる足湯があり、観光客たちがのんびりと足を浸していたが、

今の二人にそんな心の余裕はない。


「はーあ……」


アンナはベンチの背もたれに体を預け、オレンジ色に焼けた空を仰いだ。


「……とりあえず、今日はもう宿を探しましょう。

宿なんてさっきのボッタクリ宿以外にもいくらでもあるんだし、探せば安っすいところもあるでしょ……」


「ですね……」


ミアも同意して立ち上がろうとした、その時だった。



「……、……っ」


一人の小さな女の子が、自分の体ほどもある大きなバケツを抱え、噴水からお湯を汲み出していた。

なみなみと注がれたお湯は重く、女の子は足元をふらつかせながら、必死に「うんしょ、うんしょ」と運んでいる。


客観的に見て、あまりにも危なっかしい光景。ミアの体が反射的に動く。


「放っておきなさいよ。

ああいうのはね、家庭それぞれの教育ってものも、あるんでしょうが……」


まあ、アンナの言うことも間違ってはいないだろう。

しかし、ミアの足は止まらない。


「そうはいきませんよ!」


「どんだけ他人のことに、首突っ込むのが好きなのよ……」


アンナは毒づきながらも、結局しぶしぶと立ち上がり、ミアの後を追った。


「お嬢ちゃん、運ぶの手伝おっか?」


ミアが優しく声をかけ、手を伸ばしたその瞬間……


「わぁ!!!」


女の子の足が、石畳の段差に引っかかった。


バッシャァァァァァァァン!!


「っ……!!」

「ちょっとぉ!?」


盛大な音と共に、バケツ一杯の「温泉」が、ミアとアンナの全身に見事にぶちまけられた。


夕日に照らされた二人の姿は、一瞬にしてずぶ濡れになり、なんとも無残な姿に変わり果てる。


「……っ、熱い……。けど、これ、お湯でよかったですね、アンナちゃん……」


前髪から滴るお湯を拭いながら、ミアが力なく笑います。


一方、アンナの額には、青筋が浮かんでいた。

女の子は「あわわ……」と震えながら、空になったバケツを抱えて後ずさりしている。


「このガキャァ……わざとやったわね……」


地を這うような低い声でアンナが詰め寄ろうとするが、ミアがその肩を片手で制止した。


「大丈夫だよ。お姉ちゃんたち怒ってないからね」


ミアは膝をついて視線を合わせ、女の子の頭を優しく撫でた。


「さ、お湯を汲み直して、今度こそ一緒に運ぼうか」


そう言って立ち上がったミアの姿に、広場の喧騒が一瞬、静まり返った。


純白の修道衣はたっぷりとお湯を吸い、ピッチリと体に張り付いている。

夕日に透けて浮かび上がる輪郭、肌の色が透けて見える純白の布地……

周囲の湯治客たちの視線が釘付けになった。


「ちょっと、ミアっ!めっちゃ見られてるんだけど……っ!」


アンナは赤面し、両腕で自分の体を隠すようにして身を縮める。


「そんなこと、今はどうだっていいじゃないですか。さあ、アンナちゃんも一緒に運びますよ!」


「どういう神経してんのよ……しゃーないわねー……」


ずぶ濡れになりながらも、平然とバケツを掴むミア。文句を言いつつも後に続くアンナ。


その光景は、どこか奇妙で、けれど気高い「聖女と随行者」のように見えた。



しぶしぶと少女の後ろを歩いていたアンナだったが、ふと、その後頭部の横に目がいった。

ポニーテールに結い上げられた、薄い緑色の髪。その隙間から覗く耳の形状は、人間よりも長く、尖っていた。


(エルフ……?)


エルフ自体はこの世界で珍しくはない。

しかし、彼らは本来、森の奥深くでひっそりと暮らす種族。

人間に溢れた温泉街で、子供が一人で歩き回るなど、通常では考えられないことだった。



「くふふふ……」



少女が、子供らしからぬ、どこか老成した笑い声を上げました。


足を止め、くるりと振り返ってミアとアンナを交互に指差す。


「おぬしは合格。おぬしは……まあ、保留じゃな」


「???」


状況が飲み込めず、ミアはきょとんとして首を傾げるばかり。


「ついてこい。ワシの住処に案内してやるのじゃ」


少女の口から出た「ワシ」という一人称と、有無を言わせぬ威厳。


驚いてアンナを見やるミアだったが、アンナは既に得心がいった様子で、腕を組んで考え込んでいた。


「なるほど……そういう感じね……」


少女の正体、あるいは彼女が導く先に待つものが、探していた「エルミア」に関係していると確信した二人は、濡れた足跡を石畳に残しながら、彼女の後を追うのであった。

最後まで読んでいただいてありがとうございます。


累計5000PV到達しました!これもいつも読んでくださる皆さまのおかげです!

ありがとうございます!

頑張ります!!

よろしければ、次のお話もまたよろしくお願いいたします!!

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