攻略対象に転生したらしい。女子なのに。
そんな夢を見たのでそのまま出力しただけです。
物心ついた頃から違和感があった。
可愛いもの、小さくて綺麗なもの、ヒラヒラしたドレス、どれもに憧れた。
母のアクセサリーや化粧にも、妹のぬいぐるみにも可愛らしい部屋の装飾にも。華々しく、キラキラした淡い色彩の様々なものに、どうしようもない憧れを。
だけど、自分は嫡男だ。
いずれは嫁を取り、家を継がねばならない。
基本的に大人しく、自己主張の少ない消極的な方の自分は、その憧れたちを遠くから見るだけ。
着てみたいと思ったことはない。見るだけでも心が踊ったから。なにより、自分に似合うとは思えなかったのもある。
可愛らしい少女達が可愛らしい服を着て、くすくすと秘密の相談をしている様子を見ることが出来た時などあまりの可愛らしさについ笑みがこぼれた。
魔法騎士の名門ファンディアス伯爵家の長男として生まれ、厳しい剣術と魔法の訓練を受けながら育ち、学園に入学するまで、不可思議な違和感を感じながらも男性として真っ当に生きてきた。
そう、真っ当に生きてきたのだ。
にも関わらず、青々とした並木道を抜け、学園の門を通る為の道を歩いていたその時に、思い出してしまったのだ。前世を。
わぁ、これ、『トワイライトナイト』通称トワナイのオープニングムービーじゃん。
といった感じで。
トワナイとは、よくある勧善懲悪なテンプレ満載の、よく言えばありふれた乙女ゲームだ。
実は生まれた時に誘拐された行方不明の王女で、孤児として育つがとある男爵家に引き取られて、その結果学園に通うことになる主人公と、その天真爛漫さとアルティメットスマイルにうんたらかんたらされていく令息や他国の王子、というなんかそんなアレ。
そのゲームの何が良かったかって言うとまずは声優とスチル。イラストレーターさんと声優さんが豪華オブ豪華で、日常の一コマである背景ですらめちゃくちゃ美麗だった。そして、エンディングの多彩さ。
それぞれのキャラクターごとに別の脚本家が付いていて、誰か一人を攻略するのにエンディングが多岐に渡るため、何度プレイしても辿り着けないエンドがあったりと完全な時間泥棒な乙女ゲームだった。しかも、ホラー風味からメリバ、甘々溺愛から爽やか青春まで、バリエーションが豊かだった。
特に良かったのが、百合エンド。可愛い女の子が可愛い女の子とイチャイチャするスチルが可愛くて可愛いくてもう。
だってイラストレーターさんが描く小物もドレスも女の子もめちゃくちゃ可愛いのよ?
そこまで考えて、ふと気付く。
えっ、アタシ、そのトワナイの世界に転生しちゃってるってこと? やだどうしよう。
待って待って、前世何してたっけ?
やだなんにも覚えてない。本当にどうしよう。
なんかうっすらレジンでなんか小物作ったりゴスロリ系着たり地雷メイクしたりなんだりしてた記憶はあるけどただそれだけ。なんていうか、ちゃんと女子だったっていうことしか覚えてない。
……女子?
じっと手を見る。大きくてゴツくて、でもスラッとした男性の手。
自分自身を反芻する。アスラン・ファンディアス。伯爵家長男であり、騎士団長である父の教えの元、魔法騎士としても将来有望とされる17歳。
………………アスラン・ファンディアス!?!?
爽やか青春エンドからのヤンデレエンドの振り幅がデカくてそのギャップで人気あった攻略対象、アスラン・ファンディアス!?
アタシが!?!?
えっ、ちょ、マジ!?!?
脳内で大混乱しつつも、冷静な伯爵令息としての教育の賜物か、表には出さない。ここで混乱していてはいざという時に冷静な判断をすることが出来ないからである。
いやー、マジかー。
アスランかー……、うーん、推しじゃなかったからあんまり覚えてないのよねー。
校舎の窓ガラスに映る自分の姿を確認する。
青みがかった銀髪に、赤紫色の目の色をしたシュッとしたイケメンが居た。
スチルの絵を現実に持ってきたらこんな人間になりそう、って感じの男子が映っている。
えー、まじでかー。
攻略対象の男子は隠しキャラ含めて七人。赤青黄緑紫白黒がイメージカラーの、そのうちの青担当がアスランだ。
クールで無口で、魔法騎士として家名を背負う重責、それから真面目で、ともかく色んな責任感のみで生きてる不器用なキャラ。あとは周囲の人間とのコミュニケーションが上手く取れなくてうんたらかんたらみたいな、なんかそんな感じのキャラだった気がする。
うん、推しじゃないのよ残念ながら。詳しく覚えてないのよ推しじゃないから。
そっかー、アスランかー……。
大きな溜め息を無理やりに飲み込んで、いつの間にか止まっていた足を動かした。
前世が女子だったからといって現実は変わらない。アスラン・ファンディアスは自分自身で、伯爵令息で、長男で、つまりは家を継ぐ嫡男で、次期王国魔法騎士団長候補なのだ。
つまり、そういう風に生きなければならない。父の期待や、周囲の目もある。だが、それよりも、自分が生きてきた時間を無駄にしたくなかった。
受けた教育、剣術、体術、魔法。全てに労力と金銭、それから魂が掛かっている。
それを生業にしている人々から教えを受けていたのだから、それを無駄にするようなことは出来ない。
前世でも、一人の子供を育てるのに一千万円はかかると聞いたし、それを踏まえても現代じゃない高位貴族の令息、しかも長男にかかる費用なんて想像もつかない。きっと天文学的な数字が出てくるんだろう。
だからこそ、前世を全面に出したり、それを利用するようなことは出来ないのだ。そもそも、前世乙女とはいえ、男として育ってきた記憶がある。
いや、前世の方が歴長いけど、それはそれ、これはこれ。
そもそも乙女ゲームの攻略対象に生まれたからってゲームのストーリーを破綻させるなんてファン失格なのよ。
でもなんかようやく納得出来たわ。そりゃ女子の小物とかドレスとか気になる訳よね。仕方ないわね。めっちゃ好きだったもん前世でも。三つ子の魂百までとかそんな諺みたいになってた訳ね。
つらつらと考えながら教室に入る。
今日は入学式だが、自分は在校生として参加する。ゲームの中では本当に今日、主人公が入学するので本日が乙女ゲームのスタートだ。
ゲームの通りなら、主人公であるヒロインとの出会いイベントは放課後に発生した覚えがある。メインヒーローの、イメージカラー白の生徒がベタベタな入学式前の迷子の末の出会い、つまり朝の対になるように、イメージカラー青の自分とヒロインの出会いは放課後の黄昏時だ。
なんで対が黒じゃないのかっていうと、彼が隠しキャラだからである。ちなみに彼との出会いは真夜中の月が綺麗な夜だったりするので、まあまあ当て馬感があるのがアスランというキャラだ。
ごちゃごちゃ考えてしまったけど、ともかく、なるべく乙女ゲームの攻略対象として生きなければならないことは変わらない。
何せ剣と魔法のファンタジー乙女ゲームだ。主人公が誰を選ぶかはともかく大筋が変わってしまうと色々と破綻してしまう。つまり、最悪世界が滅亡する。
隠しキャラが世界を滅ぼしたり、メインヒーローが闇堕ちして国が滅んだり、イメージカラー紫のキャラがこの国を裏切って隣国に情報を売った結果戦争が起きて国が滅んだり、それぞれのキャラクターに合わせた最悪のバッドエンドがあるのだからしょうがない。
……もしもそこからズレてしまったら、本当に対処のしようがなくなってしまう。
アタシは今アスランなんだからバッドエンドに巻き込まれたら死ぬの確定なのは原因分かるからギリギリなんとか回避出来るにしても、なんも分からん状態で死ぬなんて最悪オブ最悪!
どちゃクソ嫌すぎる。
大元のストーリーは、この国の闇とか暴いてヒロインである主人公が王女として擁立されて、最終的に女王になって、落とした男子を王配としてイチャイチャハッピーエンドだ。
そしてそれには、絶対にアスランがアスランとして必要なのである。
何故かと言うと、それぞれのヒーロー達の共通の友人というか知人が、アスランだからだ。
正確には、次期王国魔法騎士団長として、それぞれの役職や将来の有望株と知り合っておくのが得策だからそうしているだけではあるけど。
ともかく、ヒロインである主人公が今後どう動いていくのか、それが一番の問題だ。
───────そう思って、頑張っていたのだが、事態は予想外の方向へ転がって行った。
ヒロインである主人公は真面目に授業を受けているし、ストーリー通りに自分含むキャラクター達との出会いイベントもこなして、着々と進んでいる。しかし。
自分の中の違和感が、齟齬が、どうしようもない程になってきた。
何をするにも『伯爵令息』らしい言動を取る自分。
己の中にある、記憶の中の『アスラン・ファンディアス』を再現する違和感。
それらが、心を削っていく感覚。
そんな中、ヒロインちゃんは天真爛漫に攻略キャラクター達と関わっている。
隣国の王子と仲良くなって、生徒会長でもあるメインヒーローとも知り合って仲良くなって、魔法師団長の息子とも図書館で仲良くなって、ついでに自分とも仲良くなって、とにかく色んなキャラクターと仲良くなっている。
ゲームなら出来なかった事だけど、彼女はいくつかのイベントをほぼ同時進行でこなしているようだ。
基本的にゲームでは、誰かのルートを選ぶと、仕様上他の攻略対象キャラは出てこなくなる。
だけど、ここは現実だから、事件が起きたとしてもその合間に別のキャラクターとのイベントが発生したりもしてしまうのだろう。
それはそうだ。ここは生きている人間が過ごしているのだから、ゲームと違うのは当たり前だ。
ゆえに、リアルタイムで様々なイベントが発生しては解決し、更にそれぞれの攻略対象達の信頼を得て行くのは、自然なことなのだろう。
……なんだか、女生徒がヒロインちゃんを見る目が段々と剣呑になっているような気がするが、それは、まあゲームの中でもそうだった。
しかしそれを気にしない方がいいかと言うと否だ。むしろ、気にしておいた方がいい。なにせここは現実なのだから。
入学式から三ヶ月経ち、ある程度の人間関係が築かれている現在では、ヒロインちゃんは浮きに浮きまくっている。
仕方ない。高位貴族令息達の周りを距離感バグを常時携帯している男爵令嬢がチョロチョロしていて、浮かない訳が無い。
「あれ、アスランなんか元気ない? どうかした?」
いつだったか、自分のことでいっぱいいっぱいだったから、気付いた時には何故かヒロインちゃんから呼び捨てにされていた。一学年上の先輩なのに。
だがしかし、今更言うのもなんかアレだし、なんかこう、心の狭いヤツみたいになりそうだし、どうしたものかしら。
「……こっちのことよりも、自分のことを気にした方がいいんじゃないか」
「私のことはいいの! それよりもアスランの方が心配だよ!」
アタシはアンタのその態度の方が心配よ。何を考えて自分の家格よりも高貴な人達にタメ口きいてんのよ。これが若さ?
ホント怖いわー。陽キャってこういう所あるわよね。
そう考えながらも、彼女に対して嫌悪感は抱いていない。きっと、彼女が可愛いを極限に詰め込んだみたいな、砂糖菓子みたいな女の子だからだろう。
自分にはない、全てを持っている、理想的な女の子。
可愛らしくて、いじらしくて、それでいてキラキラしてて。
「羨ましいな」
「え?」
ぽつりと溢れた言葉に、彼女は驚いたように目を見開いた。
「あ、いや、気にしないでくれ」
「アスラン」
真剣な声音に、いつの間にか彼女から外れていた視線を戻す。
「あなたは、もっと自分に正直になるべきよ。あなたのことだから、溜め込んで、自分を殺してしまってるんでしょう?」
どこかで聞いたようなセリフだった。
あぁ、そういえばこれは、アスランルートに入る時のヒロインのセリフだったような気がする。
そんな風に考える反面、ふと、彼女の言葉が心にスッと入り込んでいることにも気付いた。
あぁ、そっか。アタシ、自分を殺そうとしてたのか。
「そう……、そうよね!」
「え」
目からウロコが落ちるみたいに、思考がクリアになっていく。
「やっぱり、自分を大事にしなきゃダメよね!」
「ちょ、ま、え」
何度も頷いて、それからヒロインちゃんに体ごと向き直って、彼女の手を取る。
「ヤダわもう、こんなのアタシらしくないにも程があるわよね。これからはもっと自分自身を大事にするわ! ホントにありがと!」
「………………」
ブンブンと握手して、それから改めて気付く。
「あっ、そうと決まったらこんな所で燻ってる暇なんてないわ! 今日はこれで失礼するわね!」
やることは山積みだ。アタシらしく生きられるように、まずは家に帰って両親とちゃんと話し合わなくちゃ。
「は?」
呆然としてるヒロインちゃんに気付くことも、本当は彼女が前世知識で逆ハーレムを作ろうとあざといヒロインしてたことにも、そういえばヒロインちゃんの名前すら知らないことにも、アタシは何にも気付かずに意気揚々と歩き出したのだった。
という夢を見たんだ。
ねえええええ、なんで続きないのおおおお!?!?




