絵葉書
ふと思いついただけの淡々とした話です。
だから何?という話かもしれませんので、それでもいい方は少しの間おつきあいくださいませ。
私の母親はほわほわとしていて、いつも微笑んでいる人だ。花で例えれば大輪の薔薇ではなくて、路傍に咲いているたんぽぽのような人。
父はそんな母を愛している。それは娘である私にも嫉妬するほどに。母はそんな父を困ったお父様ね、と微笑むだけ。
仲のいい夫婦。愛し合っている夫婦。でも時々母は可笑しな行動をとる。
季節ごとに送られてくる季節花の絵葉書。それがくると母は可笑しい。いつも以上にほわほわして、幸せですというオーラが全身から溢れ出る。
そんな日は父の機嫌はすごくすごく悪い。むすっとして、その絵葉書を睨みつけている。でも取り上げることはしない。
絵葉書の差出人の名前は和泉恭華。女性の名前だ。母に聞いても嬉しそうに微笑むだけで答えない。父に聞けば更に機嫌悪化。
一体和泉恭華なる人と両親の関係は何なのだろう。
その謎が解けないまま、私は高校を卒業した。
それから一年経った頃だった。絵葉書がこなかった。
母は落ち込んで、父は喜んだ。
絵葉書がこない。
それだけで母は笑わなくなった。
喜んでいた父は次第に機嫌が悪くなっていった。
私は相変わらず何も分からないまま。
もうすぐ次の季節がくる。
また絵葉書はくるだろうか。それともまたこないのだろうか。
きてほしい。そう思うのは母が今でもまだ笑わないからだ。父が落ち込んでいるからだ。
あの絵葉書一枚で母が笑うのならば、父も笑う。私も笑うだろう。
だから待ち望んだ。一年に四度送られてくる絵葉書を。
今となっては思う。一生こなければよかったのに、と。
絵葉書はきた。
季節の花ではない、春に咲く桜。今は春ではないのに。
どうして。そう思う私と違って、母は泣いた。絵葉書を抱きしめて泣いた。
泣いて、泣いて、泣いて。そうして走り出した。
どこに行くの。
追いかける私が辿りついた場所は、今はもう廃校になっている学校。
そこの木の根元に女性が一人、立っていた。
黒く長い髪の女性。スーツを着たその女性は、母に向かって嫣然と笑うと、母の名前を呼んで言った。
「おいで」
恭華お姉様、と母が女性の胸に飛び込んで。
会いたかったと泣いて。
女性が私も会いたかったと母の髪に口づけを落とした。
私は一人、状況が理解できずに呆然と。ただただ呆然と立っていて。
微笑み会う母と女性、和泉恭華を見ていた。
桜咲く春に母は和泉恭華と出会った。
桜咲く春に母は和泉恭華と別れた。
和泉恭華は母が通った女学院の先輩で。
和泉恭華は母が誰より愛した恋人で。
そんな和泉恭華は当時家が決めた母の婚約者であった父に言ったのだという。
「今は預けておいてあげる。でもその子は私のもの。私もあの子のもの。必ず返してもらうわ」
和泉恭華は母を手にするために、実家よりも父の家よりも更に大きな力を手にして戻ってきた。
そうするまでは母に会うこともなく。なのに互いの想いを疑うこともなく。
戻ってきて、そうして母を連れて行った。
母は笑っていた。
今まで見た中で何よりも嬉しそうな顔で。笑って和泉恭華に寄り添っていた。