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魔女は静かに暮らしている  作者: 七凪亜美
第二章 一年生編
8/26

8 少しの違和感

「それじゃあ、授業を始めるわよー」


 自己紹介が終わり、少しの休憩を挟んだ後、アレン先生の軽快な声が教室に響くと、全員が一斉に机に教科書を開いた。


 “アティラ王国の歴史”。

 金の縁取りがされた厚めの本が、パタンと一斉に開かれる音が、まるでこの国の重みを表しているようだった。


 私はそっと視線を下げ、教科書の最初のページに目を落とした。


「じゃあまず、第一章――“三百年前の真実”からね」


 先生の言葉に、教室が一瞬静まった。


「えっと、じゃあここは……グレイ、読んでくれる?」


 先生は手元にある座席表を見ながら、視線を本人に移す。


 隣で静かに座っていたグレイが、わずかに眉を動かしながら立ち上がった。

 教科書を見下ろし、淡々とした声で読み始める。


「三百年前、アティラ王国の第十七代王・セルフィ=アティラが、王都の開放日に謎の女に襲撃され、命を落としかけた事件が起きた――」


 その声を聞いた瞬間、胸の奥がじんと痛んだ。


(……知ってる。けど、知らない)


 グレイの落ち着いた読み上げは、まるで当事者ではない誰かが、過去を他人事として読んでいるようだった。

 でも、私はこの出来事を、“物語”としては受け取れなかった。


 教科書の挿絵には、王の玉座に現れた黒衣の女の姿。

 その目は怒りに燃え、片手には炎、もう片方の手には氷のような魔力を宿していた。


「その女は“魔女”と呼ばれ、以降、この国における災厄の象徴として語られることになる――」


 グレイは最後まで読み切ると、無言で座った。


(魔女……)


 記憶の奥底で、何かがくすぶる。

 けれど、それが何なのか、まだ霧がかかったままだ。


「じゃあ次、エマ」


「……はいっ」


 立ち上がると、心臓がまたバクバクと鳴り出した。

 読んでいる文章の意味は頭に入らず、ただ文字を追うだけ。


 だけど、ふと途中の一文で、目が止まった。


「なお、魔女の正体や目的については、現在もはっきりとした記録が残っておらず――」


 私は一瞬、声が詰まった。


(……記録が、ない?)


 だったら、どうして“魔女”と決めつけられているんだろう。

 どうして“殺されそうになった”なんて断言できるんだろう。


「……以上です」


 自分でも分からないまま、なんとか読み切って席に座る。

 グレイは一度こちらをちらりと見たけど、何も言わなかった。


 その後も授業は淡々と進んだ。


 マリはスラスラと読み、チナは少し噛みながらも明るい声で読み上げていた。

 シュンは、どこか誇らしげに、魔女討伐の記述を読んでいた。


「この魔女討伐軍の筆頭隊長こそが、俺のご先祖様だったんだってさ!」


 得意気にそう言って、ちらりとチナに目をやる。

 チナは「すごーい!」と笑っていたけど、私は、黙ったままノートを取るふりをして下を向いた。


(……そのご先祖様が、私の“記憶”に出てきた兵士……)


 目を閉じると、今にでもまた記憶が流れて来そう。

 胸の中がざわざわと落ち着かない。

 自分でもまだ、魔女の正体を知らない。

 けれど、討伐された“魔女”の中に、自分が関係しているという確信だけはあった。


 突然、ガタリと音がした。


 チナが立ち上がり、手を挙げる。


「先生っ、質問いいですかー?」


「あら、どうぞチナさん」


「なんで魔女は、王様を襲ったんでしょうか?」


 教室が少しざわついた。


「記録がないって言うけど、本当は何か事情があったんじゃないかって、思ったりして……」


 先生は少し黙ってから、ゆっくりと答えた。


「そうね……そう思う人も中にはいるかもしれないわ。ただ、当時の記録のほとんどは混乱の中で失われたの。だから、真実は今となっては誰にも分からない。だけど、私たちは歴史から学ぶことが大事。これからの授業でも、いろんな角度から見てみましょうね」


「はーいっ!」


 チナは明るく答えて、また席に戻った。


 その姿を見て、なんだか少し、安心した。

 誰かが、私と同じ疑問を持ってくれている。

 それだけで、教室の空気が少しだけやわらかくなった気がした。


 けれど、授業が終わっても、シュンはなんとなく私の方をちらちら見ていた。

 目が合いそうになると、私は急いで目をそらした。


(……なんだろう。見透かされてるみたい)


 魔女を殺した兵士の子孫。

 その血が、今も彼の中を流れている。


 そして、私の中にも――“魔女の記憶”が流れている。


 それだけで、距離ができてしまう。


 でも、それでもきっと、私はここで暮らしていく。


 逃げることは、もうできない。


 鐘の音が鳴った。


「それじゃあ、次の授業の準備してね~」


 アレン先生がそう言って、教室から出ていく。


 その直後だった。


「おーい、エマだよな?」


 声がして、背後を振り返ると、シュンが立っていた。

 さっきの誇らしげな笑顔は消えて、少し真剣な顔つきだった。


「ちょっと、話さねぇ?」


 その一言に、私は言葉を詰まらせる。


(なんで……私に?)


 彼の目は、私の目をまっすぐ見ていた。


 何かを知っているような。

 何かを問いかけているような。


 ざわざわと、心の中が揺れる。


「え、あ……」


 その時、ふいにチナが私の手を取った。


「エマちゃんは今忙しいの! また今度にしてくれる?」


  シュンは一瞬驚いた顔をしてから、ふっと笑った。


「……そっか。じゃあまたな」


 そう言って、軽く手を上げて離れていく。


  私は、チナの手を握り返した。


 そのぬくもりが、今は何よりも心強かった。

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