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魔女は静かに暮らしている  作者: 七凪亜美
第二章 一年生編
7/21

7 自己紹介

 朝。誰かの寝息で目が覚めたのは、多分生まれて初めてのことだった。


 私は、少し目を開けながら天井を見上げた。


 見慣れない木の梁。広くて高い天井。ふかふかのベッドに包まれている感覚が心地よくて、もう一度眠ってしまいたい気もする。


(ああ……ここが、私の新しい生活の場所なんだ)


 隣のベッドでは、チナがスヤスヤと寝息を立てている。

 昨日の夜、布団に入る前に「一緒に寝るなんて、ちょっと不思議だね!」と笑っていた彼女の顔が浮かんだ。

 これまでの私は、ひとりで過ごすのが当たり前だった。


 森の家には、誰もいなかった。

 だから、寝るときも起きるときも静かだった。

 でも今、ここには誰かがいて、その誰かと日々を共にする。

 そのことが、少しだけ、心強かった。


 身支度を整え、チナと一緒に食堂へ向かい、朝ごはんを済ませて教室へ向かう。

 廊下の窓から差し込む陽の光が制服の肩にやわらかく触れた。


**


「おはようございまーす!」


 チナが教室の扉を開けて元気よく入る。その後ろで私はあまり前を向かないようにしている。


 教室に入ると、既に数人の生徒が集まっていた。

 ざわざわとした空気。期待と緊張の入り混じる時間。

 黒板には大きく“座席表”と手書きで書かれたプリントが貼られている。


「あ! エマちゃんの席発見!」


 私よりも先に、チナは私の名前を指さす。


 窓際の一番後ろ。それが私の座席。


 隣の席は……“グレイ=エレント”

 名前からして男子だろうか。


「あぁー、私前の方だぁ……」


 分かりやすく落ち込むチナの指先は、私の席から離れ、この教卓の一番前の席を指していた。


「で、でも、クラスは同じなんだし……! 席くらい離れても大丈夫だよ!」


 私がそう言うと、チナはいつの笑顔で嬉しそうにうなずいてくれた。

 チナとは席が離れてしまったけれど、手を振ってくれて、それだけで少し安心する。


 私は教室の一番窓際の席まで歩く。

 隣の席には、無表情な銀髪の少年が静かに座っていた。


(……この人が、グレイ)


 少し近寄りがたくて、ちょっと怖い雰囲気。

 目が合うと、彼は一瞬だけまぶたを伏せ、それきり窓の外へ視線を戻した。


 なんとなく、話しかけづらい。


 数分後、赤髪のポニーテールを揺らした担任の先生が入ってきて、クラスが静まり返る。


「はい、では、今日からこの一組で過ごすことになります。まずは自己紹介から始めましょう」


 先生はそう言うと、まずは自分の自己紹介から始めた。


 名前は、アレン=フォート。名前のせいで男に間違われやすいらしい。

 好きな食べ物はジャガイモ料理で、特技は縄跳びしながらフラフープすること。


 前の席から順番に、一人ひとりが立ち上がって名前と趣味や特技、将来の夢などを話していく。

 みんな緊張しているのが分かる。声が震えたり、言葉に詰まったり。


 やがて、チナの番が来た。


「はーいっ! チナ=ルーエですっ!」


 元気いっぱいに立ち上がり、にこにこと笑っている。


「好きなものは、うーん……何でも好きだけど、特にお花が好きです! うちは町でお花屋さんをやってて、将来は国で一番のお花屋さんになるのが夢ですっ!」


(……花屋さん)


 私は知らなかった。

 だけど、よく家に来るときにお花を持ってきてくれたことを思い出す。

 花に詳しくて、花の名前や花言葉も知っていた。


『これ、エマちゃんにピッタリだなって思ってお花持ってきたよ!』


 ドアの向こうで、そう言うチナの姿が再生される。


 なんだかチナにぴったりだと思った。

 明るくて、華やかで、人を笑顔にする。

 彼女が育った場所もきっと、そんな場所だったんだろう。


「エマちゃんとは寮でも一緒なんです~。よろしくねっ」


 最後にウインクして、彼女はにこにこしながら席に戻った。

 先生を含め、教室中の視線が集まる。

 私はすぐ俯いた。


 次に立ち上がったのは、チナの隣の席の少年。

 彼が立ち上がり、一瞬視線があった時、頭に鋭い痛みが走った。


『……めて! ……を、殺してやる!』


「……っつ!」


 私は思わずこめかみに手を当てる。


 私の記憶、知らない誰かの……いや、知ってる人物。魔女……の記憶が、なぜが今この瞬間頭によぎる。


『殺してやる! 一人残らず、殺してやる!』


(熱い? 寒い? よく分からない。沢山の人が倒れている。私の手で、魔法で倒れている)


 目の前に王冠を被った人物が、恐怖に震えている。

 私は手を前に突き出す。これで終わり。全部終わり……。


「っはっ!」


 全身から冷や汗が止まらない。

 よく、いやたまに、魔女の記憶がよぎる時がある。

 まるで、私が体験しているかのように臨場感のある記憶は、時々私を苦しめる。


 視線をあげると、シュンという少年は記憶の中、どこか懐かしい風貌をしていた。


「シュン=バターです。父さんは鍛冶屋で、俺の先祖は初代魔女討伐軍にいた兵士らしいんだ。だから、俺も将来は国を守る兵士になりたい」


(あぁ、そうか……。この人の先祖が、魔女を……)


 自信に満ちた声。

 シュンは快活そうで、チナとすでに仲良くなっているようだった。

 チナが軽く肘を突いて「かっこいい~!」と囁いているのが聞こえた。



 そして次に立ったのは、前の席にいた金髪の少女――マリだった。

 昨日の新入生代表でスピーチをしていたあの子。


「マリ=フォン=クラリスよ。趣味は、読書。将来は……そうね、まだ決めていないけれど。どうせなら、トップに立つにふさわしい存在になりたいわ」


 美しく整った顔立ちに、自信満々な態度。

 教室内が少しざわついた。


 きっと、その態度が気になったのだろう。

 でも、本人は一切気にしていない様子で、背筋を伸ばしたまま椅子に腰かけた。


(強い人だ……)


 私はそう思った。

 そして、少しだけ怖かった。


 やがて、私の番が来る。


 緊張で喉が詰まりそうになる。

 でも、ここで逃げたら、何も始まらない。


「……エマ、です。あの……森の奥で、一人で暮らしていました。しゅ、趣味は、編み物です……将来の夢は、まだ……分かりません。でも、たくさんのことを学んで、見つけられたらいいな、と思っています」


 沢山の視線を感じるのに慣れていなくて、何度も言葉が詰まった。

 やっとのことで言葉をつなげて、席に戻ると、チナがこっちに向かって親指を立ててくれた。


 ……それだけで、救われた気がした。


 そして、隣の席のグレイ。

 彼は立ち上がり、淡々とした声で言った。


「……グレイ=エレント。……趣味も、夢も、特にない」


 それだけを言って、静かに座った。


 教室に、微妙な空気が流れた。

 でも、誰も口にはしない。


 私はちらりと彼の横顔を見た。

 その瞳の奥には、何かを隠しているような影が見えた。


 こうして、私たちのクラスが始まった。

 さまざまな夢。

 さまざまな背景。

 そして、それぞれが抱える、まだ見ぬ想い。


 けれど、この時の私は、まだ知らなかった。

 この教室の中で起こる出来事が、私たちの運命を少しずつ動かしていくことを。


 まだ、何も知らなかったのだ。


*****



 森の少女が最初に出会った仲間たち。

 にぎやかで明るい子。

 過去を背負う少年。

 誇り高く気の強い少女。

 そして、無口な少年。


 この出会いは、偶然ではなく、物語の歯車。

 やがて彼女たちが、それぞれの想いを持って、ひとつの未来へ歩いていくことを——誰も、まだ知る由もないのです。



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