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魔女は静かに暮らしている  作者: 七凪亜美
第一章 魔女は暮らしている
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1 魔女は静かに暮らしている

はじめまして。こちらは、森に暮らす少女・エマの物語。

ゆっくり進む、おとぎ話のような異世界ストーリーです。

毎日更新予定です。

 むかしむかし、あるところに……と、そんな風に始めたくなるくらい、これはずっとずっと昔のお話。


 アティラ王国は、今では豊かな緑と穏やかな風に包まれた国として知られていますが、三百年前、王国は炎と氷に包まれていました。


 ある日のことでした。


 この国では、毎月三日に王宮の市民開放を行っていました。

 市民は自由に出入りでき、王に感謝の言葉を贈ったり、手紙をプレゼントしたり……と、市民が日ごろの感謝や、町の改善要望を直接伝えることのできる大きな機会です。


 そして、ある月の王宮の市民開放の日、ひとりの女が城門をくぐりました。


 肩まで伸びた黒髪。夜空のように深い瞳。その目が、まっすぐ王を見据えたその瞬間、空気が震え、時間が凍りつきました。

 

 一瞬の出来事でした。

 突然炎が、兵士を包み、氷が、民を凍らせたのです。


 王すらも命を落としかけたそのとき、一人の兵士が女の背後から剣を突き立て、すべては終わりました。


 その女は、魔女でした。


 王も、民も、兵士たちも、誰もが気づいていませんでした。

 まさか、魔女がこの世に存在しているなどと。


 驚きと恐れの中、王国は動き出しました。魔女を排除するために、国民一人一人の身分と戸籍が厳しく管理されるようになり、日々の暮らしは監視と秩序のもとに置かれました。


 けれど、七年が経ち、王国は静けさを取り戻したのです。


「魔女は、あの女一人だった」と。


 そう、誰もが思っていたその矢先。


 その女には、娘がいたのです。


 復讐のため、彼女は再び王宮を目指しました。

 あの日、母を殺した兵士を探し、接触し、しかし失敗。


 母と同じように、大衆の目の前で、同じ兵士に処刑されてしまいました。


 これで本当に、魔女の血は絶えた。

 誰もがそう信じ、やがて、記録からも語りからもその名は消えていきました。


 けれど、血というものは、不思議なものです。

 意志というものは、強すぎれば、時を越えて残るのかもしれません。


 そして、三百年の月日が流れた頃……。


 森の中に、小さな家が一つありました。

 木々に囲まれ、花や葉に彩られたその家には、一人の少女が暮らしていました。


 少女の名前は、エマ。


 十九歳。


 穏やかで、優しくて、けれど少しだけ、人の目を怖がる子。


 魔法は使えません。


 でも彼女の血には、確かに、魔女の痕跡が残っていました。


 エマは、自分が特別な存在であることを、ずっと前から知っていました。

 幼いころから、時折、夢の中で見るのです。

 燃える城。凍る人々。剣に倒れる女と、その隣で泣く少女。


 名前も知らないはずなのに、「母」という言葉が浮かぶ。

 誰にも会ったことがないはずなのに、「あの兵士」の姿が脳裏に焼きついている。


 怖かった。

 怖くて、寝れないときもありました。しかし、誰にも言えませんでした。

 だって、自分が魔女の血を持つ者と知られると、また殺されるかもしれないから。


 だから、森に家を建てたのです。

 誰にも会わず、誰にも知られず、静かに暮らすために。


 毎日、木の実を拾い、葉を煮てスープを作り、雨水をためて洗い物をする。

 古い本を読み、拾った布切れで服を縫い、毛糸でマフラーやカーディガンを編む。


 動物たちと過ごすその生活は、誰かにとっては寂しいかもしれません。

 でもエマにとっては、それが「安心」だったのです。


 一か月に一度だけ、エマは森を出て町へ行きます。

 町には、古くなった食材や中古の服、道具を無料で配ってくれる場所があり、そこで必要なものを手に入れます。


 その日も、そうでした。


 エマは、いつもと同じように赤いずきんをかぶり、人の目を避けるようにして町へ向かいました。

 ずきんは、拾った布を縫い合わせて作ったもの。

 森の奥にある家でも、町の中でも、顔を隠せるこの布は、エマにとっての盾でした。


 けれど、風というものは、ときに意地悪です。


 帰り道、突風が吹き、赤いずきんがふわりと宙を舞いました。

 エマは慌てて追いかけようとします。


 でも、雨が降ってきたのです。


 急な激しい、夏の雨。


 濡れたくなかったのではありません。

 このまま町の人に顔を見られることの方が、ずっと怖かった。


 だから、エマはずきんを追うのをあきらめ、森へと駆け戻ったのです。


 まさか、その赤いずきんが、未来の運命を連れてくるとも知らずに。


 それは、すべての始まりの朝でした。



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