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第08話 勇者からの勧誘_01

「はぁー……やってしまった」


 冒険者ギルドのカウンター席でイロハは突っ伏していた。

 昨日あったこと、してしまったことを未だに自分の中で引きずり、新規の依頼を受けるわけでもなく無気力な時間を過ごしている。

 ジョッキに注がれたいつもフルーツジュース。その中の氷が解けて、カランと鈴のように鳴った。


 ──昨日の大型依頼。

 アビスドレイクという禁忌種の魔物が現れたことで『黒域』の調査は中断されてしまったが、物資回収の成果自体はあったため参加した冒険者にはしっかり報酬が支払われた。

 予想外の危険に晒されたこともあり報酬には色も付けられ、冒険者目線では一旦無事に終わったと言えるだろう。


 しかしながらイロハは後悔の念に苛まれている。

 危機的状況で仕方なかったとはいえ、勇者の目の前で≪転身≫をしてしまったのだ。

 魔法少女の力は……自分で言うのもなんだが、この異世界においても強力すぎる力だとイロハは認識している。かつてはこの力で数多の戦いを潜り抜けてきたが、それは決して誇れるものではない。いかに危険な力かは他でもないイロハが誰よりも知っている。

 だから、現代日本に比べて馴染み易いとはいえこの世界でも秘密にしてきた。そこから生じる厄介な話を避けるために。


 それをよりもよって……勇者である。

 この世界の有名人で、きっと権力や立場も相応にあるだろう人物に見られてしまった。

 即座に逃げてきたがそれで不安の種が除けるわけでもない。

 だからこうして後悔の念に苛まれていた。この先、何も起きないことを願いながら。


「どうしたの? そんなに落ち込んで」


 カウンター越しにギルド嬢のユリーネが心配してくれる。先ほどまで忙しそうに駆けずり回っていたが、ギルド内の落ち着きに合わせて暇になったらしい。


「昨日ちょっとミスしてしまったというか……」


「そういえば大型依頼は大変だったみたいね。みんな無事でよかったわ……あ、もしかしてイロハちゃんもどこか怪我したの?」


「いや、そういう訳じゃ……少し後悔してるだけなので大丈夫です」


 変に深掘りされると困るので、イロハは気の抜けた笑みを浮かべて誤魔化しておく。


「ふーん……? しかし話を聞いた時は驚いたわ。まさか禁忌種の魔物だなんてね。あの時運ばれてきた彼、まだ療養中みたいよ」


「……そうですか。あの時はすごい重体だったので、生きてるだけでもよかったです」


 ユリーネが指すのは例の魔物を刺激した張本人の冒険者だ。イロハは単独で街に戻ったのでその場にいたわけじゃないが、あの後すぐに集中的な治療を受けたらしい。

 流石は治癒魔法。たった一日しか経っていないが、『療養中』と言えるぐらいにはもう回復したようだ。


「でも本当によかったわ、勇者様がいてくれて」


 ユリーネはしみじみと語る。


「禁忌種だなんて危険な魔物が放置されたら、この街で対抗できる冒険者なんて一人もいないもの。わざわざ王都からの討伐隊を要請してもうひと騒ぎあったと思うと、その場で倒してくれた勇者様には感謝してもしきれないわ」


「ははっ……ですね」


 まさか本当のことを語るわけにもいかず、曖昧に笑いながら相槌を返す。

 結局アビスドレイクを倒したのは勇者の手柄ということで処理されていた。勇者自身がそう申告したわけではなく、今日になって様子を見に行った冒険者がアビスドレイクの亡骸を見つけてそのように判断されたらしい。

 当然だ。一見して、あの場で禁忌種を討伐できる腕を持つのはロクスだけである。状況証拠というやつだ。


「……勇者さんってその後どうしたか聞いてます?」


 気になっていたことをそれとなく尋ねてみる。

 ユリーネは記憶を探る様に視線を仰いだ。


「私は見てないけど、馬車を街の入口まで護衛した後はどこかに行っちゃったらしいわよ。その際、終始無言だったとか。意外に寡黙な人なのかしら?」


「……」


「ねぇ、イロハちゃんは勇者様とお話した? 結局どんな人だったの?」


「え? さ、さあ。どうだろう……? 挨拶ぐらいしかしなかったから……」


 興味津々といった様子のユリーネから逆に質問を返されてしまい反応に困ってしまう。肝心の内容は薄っすらとした情報量であった。


「なーんだ。でも良かったかも。記念式典の時に遠くから顔を見れるぐらいがミステリアスで丁度いい気がするわ」


「はは……」


 ユリーネの語る謎の勇者像を聞き流しながら小さく笑う。

 なんだか不気味ではあるものの……まあ、イロハのことを聞いて回るとか、そういう困ったムーブはしていないようなので少し安心する。

 不安や後悔を呑み込むように、フルーツジュースが注がれたジョッキに口を付けた。


 ──その時。

 背後の方からギルドの入口扉が開く音が聞こえてくる。

 なんて事のない日常の一部。しかし直後、ギルド内にたむろしていた冒険者や受付嬢たちから騒めくような声が零れだした。


「お、おいあの人……」


「うわっ! 初めて見たんだけど」


 気にも留めずにジュースをちびちび飲むイロハはそれらの声を右から左へ聞き流す。

 しかし正面に立つユリーネが反応を示したことで、無関心でもいられなくなった。


「えっ、嘘! あれ勇者様……?」


「ぅぶふっ!?」


 勇者──その単語を聞いた瞬間、飲みかけていたジュースを思わず吹き出してしまう。

 逆流したものが鼻から出てきそうになるのを片手で抑えつつ、慌てて後ろに振り返る。


 ……いた。

 いてしまった。

 見覚えのある茶髪の青年、ロクス・カレドヴルフが間違いなくその先にいた。


「あの……ゆ、勇者様ですよね? どういったご用件でしょうか?」


 受付付近にいた受付嬢がおそるおそる喋りかける。その問い掛けを彼は何でもないように片手で制した。


「人を捜しに来ただけだ。気にしないでくれ」


 そう言いながらすでにロクスは周囲を見渡している。イロハはすぐに顔の向きを正面に戻した。


(な……なんでここに来るのよ!?)


 いや、概ね予想はできてしまうのだがツッコまずにはいられない。

 聞き間違いでなければ『人捜し』と確かに言っていた気がする。もちろんこの状況で、その対象が自分ではないだろうと気を抜けるほどイロハも察しは悪くない。


 できるだけ肩身を狭くして縮こまるイロハ。

 しかし……誰もがまじまじと勇者のことを見つめる中、ただ一人背中を向ける小柄な少女がいたら逆に目立つことにイロハは気づかない。

 ロクスの視線が特徴的な栗色の髪を捉えると、彼は床を慣らしながら一直線に歩み寄ってきた。


 真後ろでその足音が止まる。嫌な汗がドバドバ流れた。


「君」


「……」


 呼びかけにはわざと応えない。あくまでも『声掛けたの私じゃないですよね?』というていを貫く。

 しかしイロハの心中などお構いなしに、彼は隣の席に腰を下ろした。


「やっと見つけた。やっぱりここにいたんだな」


「……コ、コンニチハ」


 真横に座って顔を見られながら言われてはもう逃れられない。一応礼儀として挨拶は返すも、変な裏返り方をしてしまった。

 泳ぐ視線で周りを見てみる。ギルド内の誰もが困惑した視線でイロハとロクスを凝視していた。目の前にいるユリーネに至っては完全に訳も分からず目を回している。


「君に話があって捜していたんだ。今、構わないか?」


「は、話?」


「ああ。だが……その前にお礼だな。昨日はすぐにどこかへ行ってしまうものだから礼を言いそびれてしまった」


 完全によくない流れになりつつあった。ロクスは周囲の目線などお構いなしにペラペラと口を動かしている。


「ありがとう。あの時は、君のおかげで助かったよ」


「わ、私なにかしましたっけ……」


「戦いに駆けつけてくれただろう。それで君があの魔物を、」


「あぁー!! そうでしたねッ! 思い出しました! だから言わなくても結構です!!」


 危うく核心的な部分に触れそうになったので大慌てで言葉を遮るもあまりに挙動不審である。

 これは本当によくない。あまりにも目立ちすぎている。その証拠に、周りからはヒソヒソ声が聞こえてきた。


「あの子名前なんだっけ……? なんで勇者様に話しかけられてるんだろう?」


「勇者様が礼を言いに来るなんてよっぽどだけどな……」


(まずいぃ……!)


 忙しないながらも平和だった冒険者生活が音を立てて崩れていく気がする。

 何とか理由を捻りだしてここから逃げ出さなければ確実に大火傷してしまう。


「あ、あのー、勇者様? うちのイロハちゃんにどういったご用件が……?」


 いつもよりも若干高い声でユリーネが尋ねてくる。別に助け船とかではない。微妙に顔が赤いし、そのソプラノボイスは猫なで声にも聞こえる。このミーハー女め……。

 ロクスは問いに対して、イロハを真っ直ぐ見つめたまま口を開いた。


「相談があるんだ。イロハというのが君の名前でいいのか?」


「そ、そうですけど」


「では……イロハさん」


 彼は椅子に座りながら姿勢を正し、体ごとイロハへ向き直る。

 おもむろに頭を下げながら──ロクスは言い放った。



「いち冒険者として、俺とパーティーを組んでほしい。頼む!」



 冒険者ギルドの中が一気にざわめく。

 あの勇者が頭を下げてまで他者をパーティーに誘った。しかもその相手は無名も無名、駆け出しの女性冒険者。

 口角をピクピクと痙攣させながらイロハはただ絶句した。


挿絵(By みてみん)


「ちょ……ちょっとイロハちゃん!? あなた一体なにやらかしたの!?」


 カウンターに身を乗り出しながらユリーネが詰め寄ってくる。

 やらかしたことの心当たりはあるが、だからといってパーティー勧誘を受ける理由までは分からない。


「い、いい、いや。なんで、わ、私に? 意味わかんないです!」


 動揺で声がガタガタと震えてしまう。頭を上げたロクスはいたって真面目な表情であった。


「……先日戦ったアビスドレイクは普通の魔物とは格が違った」


 彼が語るのはつい昨日の話。


「今後も『黒域』を調べる度にあんなのと戦闘を繰り返していたら、とてもじゃないが体が持たない。だからこそ君の力が必要なんだ。俺とパーティーを組んで、一緒に『黒域』の調査をしてほしい」


 『君の力』というのは間違いなくアビスドレイクを倒した時のアレを指しているのだろう。

 しかし、それ故に拒否する。魔法少女の力は決して他人にひけらかすようなものではないのだから。


「け、結構です! 私以外にも適した人はいっぱいいると思います!」


「そんなことはない。あれは一体どういう魔法なんだ? いや、この際なんだっていいか。頼む、俺と一緒に戦ってくれ」


「わぁー!! 魔法なんて使ってないですし! きっと……そう! なにかの勘違いですから!」


 無茶は承知だが他に誤魔化しようがないので、とりあえず勘違いでゴリ押してみる。わたわたと落ち着きないイロハの様子を見てロクスは怪訝そうに眉をひそめていた。


 いい加減この状況にも耐えがたくなってきたイロハ。

 彼女はテーブルに置かれたジョッキを手に取ると、残っていたフルーツジュースを一気に飲み干す。ゴキュン! ゴキュン! という喉の音がその勢いを物語る。

 直後には空になったジョッキがテーブルに置かれる。肩で息をしつつ、イロハはそのジョッキと共にお代分のお金をユリーネの前に突き出した。


「ユリーネさんッ……はぁ、はぁ……これ、お代ッ……うぷっ」


「え? ええ……だ、大丈夫?」


「大丈夫……! あの、今日のところはこれでっ!」


 一方的に言うだけ言って、椅子から下りたイロハはすぐにその場から身を翻した。


「あっ、おい!」


 隣のロクスが制止するも、無視する。

 これ以上構っていたら絶対にボロが出る。人の合間をすり抜けて、逃げるようにギルドの外へ飛び出した。




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