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第02話 魔法少女の目覚め_02

 櫻羽(さくらば)いろはは魔法少女だ。

 事の発端は中学二年の三学期。特にこれという理由もなく、なんとなくいつもと違う道で帰宅しようとした際に路地裏で変な生き物が倒れているのを見かけた。

 猫のような体格で、兎のように耳が大きく、それでいて人語を喋る謎の生命体。

 憔悴し切っていたその子を見捨てられず、家まで連れ帰って介抱したところ……目を覚ましたその生物は自身のことを『願いの妖精』と名乗り、君には魔法少女の才能があると勧誘されたのだ。


 昔からそういうのは好きだった。

 魔法少女はもちろんのこと、正義のヒーローとか、戦隊ものとか。

 日曜朝に放送している子供向けアニメはなかなか卒業できずにずっと視聴していたし……他でもない自分がそれになれると知って、本当にワクワクした。

 だから『願いの妖精』の言葉に、いろはは二つ返事で頷いてしまった。

 正しいことだと思ったから。正義の味方になって人助けをする……なんて、子供のような夢を本気で描いたのだ。


 ──それが地獄のような戦いの幕開けだとも知らず。


 あの日の早計な判断は今でもずっと後悔している。

 魔法少女になんてならずにただの中学生として生活していればどれほど平和で幸せだったことか。

 知りたくもなかった裏の世界に無理矢理招かれることもなかったし、きっと今だって……こんな目には遭ってなかったかもしれない。


「ああもう! なにがどうなってるの!?」


 詳細不明な森の中。

 先を見通せない木々の隙間でいろはは叫ぶ。

 彼女は──緑色の体色をした小柄で耳の長い化け物たちに囲まれていた。


 全部で三匹。

 匹という単位が合っているのか定かではないが、少なくともいろはにその子細を把握することはできない。


(なんなのこいつら!? まるでゲームとかに出てくるゴブリンみたいだけど……いやいや!)


 化け物たちを指すのに丁度いい名称が脳裏をよぎるも、容易に認められず首を振る。

 カエルの様にギョロギョロと蠢く目。

 細身ながらも筋肉質な四肢。

 緑の化け物たちはそれぞれ棍棒や錆びついた刃物を携え、涎を垂らしながらいろはを凝視している。


 そう──ゴブリンだ。

 漫画やゲームの雑魚的でよく出てくる、アレ。

 奴らのビジュアルは完全にそういった亜人の類であった。


 しかしながらここは現実である。こんな化け物が日本にいてたまるかと、理性が目の前の光景を必死に否定する。


(まさか幻覚系の魔法……? ううん、それこそありえない。私以外の魔法少女は()()()()()()()()()()


 外的な魔法による影響を脳内で否定しつつ、いろはは眼前の亜人──ゴブリンたちをじっと観察する。

 魔法少女として戦い抜いてきた勘が言っている。これは幻の類ではないと。


 だが、そうなるとこのゴブリンたちは現実の生き物という話になってくる。

 それこそ訳が分からなかった。何度でも繰り返すが、ゴブリンなんてのは空想上の生き物で現代日本に生息しているわけがない。


(せめてここがどこなのかさえ分かればいいんだけど……考えてる暇はなさそう)


 ゴブリンらの眼は明らかに獲物を見据える捕食者のそれであった。素人でも分かるほどの明確な殺意をヒシヒシと感じ取れる。

 今でこそ警戒して様子を窺っているだけのようだが、次の瞬間には飛び掛かってきてもおかしくはない。


 悠長に構えている余裕はなさそうだ。

 謎は多いが──とにかく今は自衛を優先。

 思わぬ形で拾った命。そうそう無駄にするわけにはいかない。


「グルルル……」

「ギャッ! ギャッ!」

「ギャギャギャッ!」


 ゴブリンたちは威嚇でもするように各々鳴き声を響かせる。意味は分からないが、やはり敵意があることに変わりはない。


 ならば……応戦するだけだ。

 いろはは右手を前に突き出す。中指にはめられた指輪が陽の光を反射して僅かに閃いた。


「──≪転身≫」


 小さく一声。

 それと共に、指輪の中央にある桜色の宝石が爆発的な輝きを解き放った。

 輝きはいろはの全身を包み込み、淡い薄紅色の粒子を同時に撒き散らす。


 もう幾度となく繰り返してきた儀式。

 やらねばやられる。それはどこに行ったって変わらないらしい。


 光の中。いろはの制服が真っ白に輝き、糸が解れるようにして輝きの中に溶けていく。

 代わりに彼女の身を包むのは新たに生まれた光の衣。

 弾けるような光の散布と共に、その衣は本来の姿を次第に現した。


 ──和装のテイストを微かに感じさせる白を基調としたその装束は、可愛らしくも、無駄なフリルの類はなく隠し切れない厳かさを宿す。

 いろはの髪色は瞬く間に薄い桃色に変色。前髪から覗く双眸もまた、鮮やかな茜色の輝きをのぞかせた。


 やがて彼女の手中に現れるのは一(ちょう)の弓。

 翼を模した流線形の造形は、眩い純白と美しい桜色のフォルムで構成され、一種の芸術品のようにも見える。

 片手にその魔弓──『願いの守り手』を握り締め、少女は新たな姿を身に纏う。


 これが『魔法少女』櫻羽いろはの姿だ。

 ふわふわのスカート、可愛いパンプス、キュートなステッキ……そういったイメージとはかけ離れているが、これこそが現代魔法少女の戦闘服である。


挿絵(By みてみん)


「言葉は通じないと思うけど……」


 土の地面にふわっと降り立ち、真っ直ぐとした瞳で正面を見据える。


「来るなら覚悟して。命の保証はしないよ」


 言葉の意味は伝わっていないと思われるが、これは通過儀礼のようなものだった。

 かつて一度足りともいろはは先手を仕掛けたことがない。魔法少女として、その一線だけは超えないようにしてきたのだから。


「ギャギャ! ギャアッ!」


 いろはの変身を見てもゴブリンたちの様子は変わらず、唾を飛ばしながら不快な鳴き声を放っている。

 臨戦態勢は変わらないようだ。


(こんな化け物と戦うのはさすがに初めてだけど……でも、やるからには)


 ゴブリンのうち一匹が、前へと踏み出す。

 地面を踏みしめる柔らかい足音。──それが合図となった。


「ギャアアッ!!」


 雄叫びを上げながら三匹のゴブリンが一斉に飛び掛かってきた。

 蹴り上げられた地面が土埃を舞い上げる。そう認識した時には、突撃してくるゴブリンはすでに三方に迫る。


 とても速い。

 やはり普通の生物ではないと確信する。


「っ……!」


 いろはの眉がきっと吊り上がる。彼女の視線は、ゴブリンたちの動きを正確に捉えていた。

 握り締めていた弓にぎゅっと力を込めて腰だめに構える。上半身を引き絞り、向かい来るゴブリンたちの動きに合わせて溜めた力を解き放った。


 弓幹を水平にフルスイング。

 鞭のようにしなる弓幹(ゆがら)で、いろはは自身の全方位を薙ぎ払う。


「ガギャアッ!?」


 風圧が吹き荒れ、周辺の木々を暴風が揺らす。

 あまりの衝撃に、迫るゴブリンたちは正反対の方向へと吹き飛ばされ、各々が地面の上を勢いよく転がった。


 到底、華奢な少女から繰り出されるとは思えない力。

 これが魔法少女だった。

 目の前の異形の生物らと同様に、いろはもまた普通の人間ではないのだ。


「恨まないでね……!」


 勢いはそのままに、振り払った動きから流れるように弓を構える。

 それとほぼ同時。いろはの右手に光の矢が顕現した。実体ではない。濃いピンクの輝きを放つその一矢は『魔法の矢』。


 素早く弦につがえ、引き絞る。

 狙いはすでに定まっていた。


「≪マジカルアロー≫!」


 右手を離すと共に──魔法の矢は一筋の閃光となって放たれた。

 突風が突き抜ける衝撃。その中心にある輝きは、草木を吹き飛ばしながら直進する。


 無論、体勢を崩していたゴブリンにそれを避ける術はない。

 立ち上がりかけていたゴブリンの胴体へ矢は一直線に吸い込まれ──爆散した。


 爆ぜたのは魔法の矢ではない。

 直撃を受けたゴブリンの方だ。


「ギャッ……──、!?」


 掠め取るような断末魔。

 矢が命中した胴体の中心から衝撃が迸り、ゴブリンの小さな体は挽肉にでもされたように散り散りになる。

 赤い鮮血をまき散らしながら、言葉通りの肉片へと変わり果てた。


(力、込め過ぎたかな)


 地面を転がるゴブリンの頭部をいろはは一瞥する。

 まずは一匹。

 一つの命を奪ったわけだが、相手にも殺意がある以上そこに容赦はない。

 いろはの瞳はあくまでも冷静だった。


「ギィッ! ギャギャア!」


 残る二匹のゴブリンは、一撃で消し飛ばされた仲間の姿を見て流石にうろたえた様子を見せる。

 が──、逃げるつもりもないらしい。

 再び立ち上がった奴らは、僅かに怯みつつも愚直に前進してくる。


 人間ほどの知性は持たないのか。もしくは単純に理性がないのか。

 なんにせよ、これでも退かないなら最後までやりきるしかない。


「ギャアアアッ!!」


 再度飛び掛かってくるゴブリンたちは、その手に携える棍棒を上空から荒々しく振り下ろす。


 体重を乗せたその一撃はまともに受ければひとたまりもないだろうが、いろはは的確に見切った。

 体を捻り、小さなステップ。攻撃の合間を縫うようにさらりと潜り抜ける。


(やっぱり速い……!)


 ゴブリンらの動きは止まらない。

 空振ったと見るや否や、次なる攻撃をすぐに繰り出してくる。

 二撃、三撃。次々と迫り来る猛襲。

 それらを目で捉え、気配で感じ取り、寸前のタイミングでいろはは搔い潜っていく。


(でも、速いだけなら!)


 奴らの動きは酷く直線的だった。それ故に対処も容易である。

 幾度目かのすれ違いの末、いろはは両足に力を込める。その瞬間、彼女の片足が地面から跳ね上がり一片の弧月を描いた。


 上段から繰り出される蹴り落とし。

 華奢な脚であっても、そこに宿るのは大岩をも砕く破壊力だ。

 白い肌が、ゴブリンのうなじへと容赦なく叩き込まれる。


「ゴギュアッ!?」


 蹴りを受けたゴブリンは顔面から地面に激突し、頭部の半ばほどまで地面にめり込んだ。

 これだけで致命傷だろうが、いろはの動きは止まらない。

 そのまま後頭部を鷲掴みにして、地面を抉りながらすぐに引っこ抜く。その体を片手でぶん回し、真横に迫っていたもう片方のゴブリンへと砲丸投げでもするように叩きつけた。


 二匹のゴブリンが衝突し左右へと弾かれる。

 いろはは新たな矢を複数同時につがえ、扇状にぐっと引き絞った。数は四本。狙いは必要ない。細かい調整は魔法でどうにかなる。


「ふっ──!」


 一息。

 四本の矢が同時に放たれた。


 先と違い明確に威力が調整された魔法の矢。

 曖昧な狙いのせいで見当違いの方向へと飛んでいく閃光の数々だが、それぞれが急速に軌道を曲げて二本ずつ左右のゴブリンへと突き進む。


 空気が抜けるような、矢の突き刺さる音が連続した。

 片方は頭部と胸の中心を貫通して絶命。もう片方は両足に刺さり動きを封じる。


「ギィッ……!?」


 生き残った最後のゴブリンが、貫かれた両足の痛みに悶えてのた打ち回る。

 勝敗は決したも同然だった。

 なすすべなく地面で苦しむゴブリンを、いろははじっと見下ろした。


「言ったでしょ、命の保証はしないって。……でも、ごめんね」


 一言だけの謝罪を残し、目の前まで近づいたいろははもう一度矢をつがえた。

 矢じりが向く先は悶えるゴブリンの頭部。

 わずかに目を細め、弓を握る手に力を込め──、最後の一矢は静かに放たれた。


 脳天に魔法の矢が突き刺さり、ピクピクと痙攣した後にゴブリンは動かなくなる。

 訪れる静寂。

 急に襲ってきた亜人たちは無惨な亡骸に変わり果て、いろはの周囲に転がっていた。


「……」


 沈黙したまま小さなため息をこぼす。

 相手が本能に突き動かされる化け物であったとはいえ命を奪ったことに変わりはない。やはり気分がいいものではなかった。


 動かなくなったゴブリンの体をいろはは改めて観察する。

 鶏皮のようにブツブツした緑色の肌と、死んでも尚気味が悪い大きな眼球。当然だが、コスプレとか仮装ではなくそれは『本物』の質感だ。


(結局こいつらはなんだったの……? ファンタジーの世界じゃん、こんなの)


 魔法少女なんていう怪奇な力を振るう身で言うのも変な話だが、それとこれとは話が別である。

 信じ難い情景を前にいろはは難しい顔で黙り込むしかなかった。


(いや、もしくはここが本当に()()()()世界なら……)


 荒唐無稽な仮説が頭の中でふと思い浮かぶ。

 即座に否定したい気持ちはあるが、それこそ魔法少女に関する話だって最初の頃は同じように感じていたはずだ。

 一概に、否定はしきれない。


 そして……それを精査するにはやはり、ここがどこなのかを知る必要があった。


(……確かめてみよう)


 いろははおもむろに上空を見上げる。木々の隙間から青空がのぞき、眩い日光が差し込んでいた。

 結局ここを彷徨っている内はなにも把握できない。手っ取り早く森の外を確認するなら、やはりそこが一番だろう。


 膝をぐっと折り曲げ、力を溜める。

 両脚に魔力が巡るのを感じながら──全力で大地を蹴り飛ばした。


 ズドンッ! と、大砲でも撃ったと錯覚するような轟音が響く。

 地面に放射状の亀裂を残し、真上へ向けて一直線。いろはの小さな体が空へと舞い上がった。


 魔法少女の常人を越えた脚力で跳び上がったいろはは、瞬く間に木々の頂点を追い越して青空の下へ体をさらけ出す。

 急な眩しさに顔を手で覆いつつも、少しずつ目を慣らして……ゆっくりと眼前の景色を確認した。


「ぁ……」


 ──言葉を失う。

 その情景を前にいろはは頭の中が真っ白になってしまった。


 地平線まで届く広大な草原。足元の森林は、その青々しい自然の極一部でしかない。

 青い空。白い雲。その下に昂然と広がる大自然。

 いろははこんなにも美しい景色を、かつて一度も見たことがない。そう断言できてしまうほどに、青い星の象徴たる光景に目を奪われてしまった。


 だが、なによりも。

 いろはは『絶対にあり得ない』はずのそれを前にして愕然とする。

 その光景は、いろはの更に上空にあった。


(な……なんで月が二つあるの!?)


 青空にたゆたう雲の隙間。

 その奥で、薄っすらと透けて見えるのは──赤と青の二つの月であった。


 昼間でも容易に確認できるほどに、その双月は大きく、あまねく存在感を爛々と放つ。

 だがいろはの知る常識では月は一つしかないはずだ。

 故に、仮説が確信に変わる。信じ難いが……いや、まだ信じられないけれど。

 あり得ないことが今、目の前で起きている。


 跳躍の勢いが落ち、次第に自由落下し出したいろはは最も背の高い木の頂点に掴まる。

 どこがどうひっくり返っても、決して現代日本とは言えない光景を改めて凝視した。


 ふと気づく。いろはの立つ森林の少し先に、高い外壁に覆われる小さな街があった。

 明らかな人口建造物の密集地は、人が住んでいるであろうことを容易に予想できる。しかしそんな街の様相でさえどこか風変りだ。馴染みある景色とは到底言えない。


(まさか本当に……違う世界だっていうの?)


 魔法少女として一年間戦った次は──まさかの異世界。

 非現実的だけど、そこにある以上否定できない現実を前にいろははただ唖然とするのだった。



 異世界に降り立つは、一人の魔法少女。

 現代での死闘の末に命を拾った彼女の行く末は、双月に照らされるこの世界で新たな運命を辿り始める。




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