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第01話 魔法少女の目覚め_01

 ──魔法少女。

 その言葉を聞いて、真っ先に連想するものはなんだろうか。

 魔法のステッキ? フリフリのドレス? それとも力を与えてくれるマスコットキャラクター?

 一年前までの自分がどう思っていたかを、櫻羽(さくらば)いろははもう覚えていない。まして、他人から抱かれる印象などどうでもよかった。

 重要なのは、いろはにとって魔法少女とは自分自身を象徴する使命であり、世間一般が想像する華やかさとはかけ離れた存在であるということ。血生臭い戦場と、終わりの見えない闘争。一年前に魔法少女としての力を授かって以降、それ以外の感想を覚えることはなかった。


 でも、それもようやく終わる。

 全てに決着がついた。

 瓦礫の山と化した見慣れた町の一角でいろはは空を見上げる。つい先ほどまで曇天に覆われていたとは思えないほどに、透き通った青い空。戦いの終わりを告げるように暖かな日の光が地上を照らす。


 荒い息を吐きだしながら肩を上下させる。

 戦うべき相手はもうどこにもいなかった。一人残らず、全て倒した。倒し切った。

 一年という長いようで短い期間、絶え間なく続いた戦いの日々はやっと終わったのだ。


「……」


 けれど。

 まだやり残したことがある。

 いろはは自身の体を見下ろした。激しい戦闘の末、血に染まり、ところどころが破けている魔法少女の装束。そんな胸の中心が、まるでぽっかり穴が空いたように黒く染まっていた。

 

 全てを光を通さない完全なる極黒。

 ()()を放置して、日常に帰ることはできない。

 なぜなら櫻羽いろはは魔法少女なのだから。

 同じ惨劇を繰り返させてはいけない。例え、自らを犠牲にしたとしても。


「……倒さなきゃ。最後の魔法少女を」


 自分へ言い聞かせるように呟く。

 同時に、いろはの手に桃色の輝きを放つ一本の矢が生み出された。いろはの使いようによっては、いかようにもなる魔法の矢。

 そして今、そこに含まれている意味は紛うことのない『殺傷力』だ。


 矢じりが自身へ向くようにして両手で握りしめる。

 あとはこれを自らの急所に突き刺すだけ。それで本当に全てが終わる。


「はぁ……はぁ……、」


 心臓が高鳴る。全身から嫌な汗が噴き出てくる。矢を握る手は小刻みに震えて今にも力が抜けてしまいそうだ。

 だが覚悟を決めなければならない。

 もう二度と()()()()()()()()()()()()。この狂った仕組みに終止符を打つために。そして……魔法少女が正義の味方であるために。

 この一線は、越えなければならない。


 震えが止まる。

 両手により一層力が籠る。

 覚悟は決まった。


「───っ!!」


 一息。

 そしていろはは、自らの力で生み出した魔法の矢を、自らの胸へと突き刺した。


 それ以上のことは覚えていない。

 ただ分かるのは、痛みどころか感覚がなく。周囲が真っ白な光に包まれて、いろはの意識は一瞬で途絶えたということだ。



   ◇◇◇



「…………はっ!?」


 まるで雷にでも打たれたかのような勢いで櫻羽いろはは目を覚ました。

 意識のない状態から一瞬で覚醒状態になる急激な目覚め。かつて一度も経験したことのないその衝撃に鞭を打たれ、いろはは勢いよく上半身を跳ね上がらせた。


「はぁ……、はぁ……、え? な、なに……?」


 急なことで頭の中が真っ白になり、戸惑いの声だけが無意識のうちに零れてしまう。

 困惑に揺れる瞳できょろきょろと周囲を見渡す。

 背の高い木々に囲まれる緑々しい風景と、上空から差し込む木漏れ日。鳥のさえずりや草木が揺られる音に包まれる中、雑草と土の地面にいろはは尻もちをついていた。

 ここがどこかの森の中、ということは理解できた。

 だがそれ以上に、なぜ? という疑問が先行してしまう。


(どこ、ここ……? なんで私、森の中で倒れて……?)


 ここがどこの森なのかも分からなければ、なぜそこで倒れていたのかも分からない。

 少しずつ落ち着きを取り戻してきた脳内で一旦よく考えてみるが……それでも答えは出そうにない。まったく身に覚えがなかった。


(いや、そもそも……なんで私、生きてるの?)


 覚えている限りで最も新しい鮮明な記憶を手繰り寄せた時、真っ先に浮かぶのは──魔法の矢を自身の胸に突き立てたあの瞬間だ。

 誰かに操られていたわけでもなければ、命令されたわけでもない。紛れもない自分の意思で行った、()()。確かに矢の切っ先は黒く染まった胸の中心に突き刺さった……はずだ。

 そしていろはは死んだ。

 だが、死んだならなぜ意識がある?

 はっとしていろはは自らの体を見下ろし、思わず両目を見開いた。


(うそ……なくなってる)


 確かにあの瞬間、胸に浮かんでいたはずの黒点は跡形もなく消え去っていた。

 視界に映るのはキャメルのブレザーに身を包んだ自身の体だけ。卒業を目前にした中学の制服と視界の端にチラチラと映る栗色の髪が、変身前の姿であることを暗に伝えてくる。


「……」


 おもむろにシャツのボタンを外し、リボンの隙間から胸を直視する。覗くのは特に異常のない素肌と白い下着の布地だけ。誰がどう見たって正常な肉体だ。矢を突き刺した痕跡すらない。

 思わず怪訝な表情を浮かべるいろは。まるで全てが夢だったかのようだった。


(一体なにが起きたの……?)


 とはいえこの一年の経験をいろはは確かに覚えている。最後の戦いだって、鮮明に記憶している。あれが夢だとはそれこそ信じられない。

 記憶と現在がまるで一致しない状況を前に、いくら頭を動かしても正しい答えは得られそうになかった。


 外したボタンを改めて留め直し、全身に力を込めていろはは立ち上がる。体はどこか気だるい感じだがいつまでも座り込んではいられない。

 考えても答えが出ない以上、現状を整理することが最優先だった。

 まずはまったく見覚えがないこの森がどこなのかを把握すべきだろう。少し歩いて公道に出れば自ずと答えは見つかるはずだ。


 気を取り直すように一度大きく息を吐く。

 何一つ分からない答えを求め、いろはは道なき道へと歩みを進めた。




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