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止まった夜と、静寂に触れたふたり

作者: 逢澤廻

長野の小さなコンビニで、静かに働くひとりの中年男性・早田晃市。

日々を誠実に積み重ねる彼の前に、ある夜、誰にも知られない“奇跡”が訪れます。

時間が止まった世界で、彼だけが動けるという状況のなか――

晃市は、同僚・伊沢美紀に長年抱き続けてきた想いを、静かに届けることを決意します。

これは、派手な事件も奇抜な展開もない物語です。

けれど、日常の中にある小さな希望や、誰にも気づかれない再生の物語が、ここにはあります。

ささやかな奇跡と、穏やかな愛のかたち。

最後まで読んでいただけたら、きっと何かが、心に残るはずです。

挿絵(By みてみん)

止まった夜と、静寂に触れたふたり 表紙イメージ


挿絵(By みてみん)

早田晃市 五十三歳


挿絵(By みてみん)

伊沢美紀 四十歳


第一章 止まった音のなか


夜、十一時五十分。

閉店まであと十分というのに、店内はすでに深夜の静けさに包まれていた。

客の姿はなく、冷蔵ケースのモーター音だけが、ぼんやりと空間を満たしている。

長野県の地域密着型の小さなコンビニ「ゆあまーと」。

消えかけた照明の下、売り場はまるで、一日の終わりをそっと名残惜しむように、ひっそりと夜の顔へと移ろい始めていた。


閉店前の、静かで穏やかな時間。

いつも通りの、変わらない風景――

だが、早田晃市の胸には、その“変わらなさ”が少しだけ切なく感じられていた。


晃市は空き箱を畳みながら、ふと隣に目をやる。

視界の端には、黙々と品出しをこなす伊沢美紀の姿。

普段からよく言葉を交わす相手ではあるが、作業に集中していると、なぜか互いの動きが自然と噛み合い、必要以上の会話は生まれなかった。

不思議なほど、言葉がなくても息が合う。


早田晃市、五十三歳。

進学校というほどではないが、平均より少し上の学力レベルの長野の高校を卒業して、すぐに東京の有名大学へ入学した。

地方出身の晃市にとって、それは努力の末につかんだ小さな成功だった。

卒業後はそのまま東京の中堅企業に就職し、長年勤め上げたが、不景気のあおりを受けて会社は突然倒産した。

その後は転職を重ねたが、年齢を重ねるごとに正社員としての採用は難しくなっていった。

そして四十代前半、晃市は東京での生活に区切りをつけ、地元・長野に戻った。


そこで見つけたのが、県内でしか見かけない、ローカルなコンビニ「ゆあまーと」でのアルバイトだった。


最初は一時しのぎのつもりだった。

だが、気づけばその仕事も十年以上が過ぎ、晃市は五十三歳になっていた。

特に何も大きな出来事も楽しみもない日々を、仕方なく生活のために働いている。そんな気持ちで毎日が過ぎていった。


そして、気がつけば――

女性と過ごす時間も、心から誰かを愛した記憶も、二十年以上前に遠ざかっていた。


現在、晃市は「ゆあまーと」最古参のベテランとして働いている。

長年の勤務のなかで、人間関係のトラブルを一度も起こしたことがなく、穏やかで誠実な人柄は周囲にもよく知られている。

常に礼儀正しく、丁寧な口調を崩すことはなく、その落ち着いた振る舞いに信望を寄せる同僚も多い。


身長百八十五センチ、体重百キロの堂々とした体躯。

分厚い胸板と広い背中は威厳すら感じさせ、職場でもひときわ目を引く存在だ。

頭には支給されたバンダナを巻き、襟付きのシャツに黒いズボン、その上からエプロンを締める制服スタイルも清潔感にあふれている。

髭は毎朝きれいに剃り上げ、髪はやわらかく滑らかな質感を保ちながら、常に整えられている。


彫りの深い顔立ちは日本人離れした印象を与え、毛深い腕や指先さえも、どこか男らしさとして受け入れられている。

パートの主婦たちからは、時折「意外とイケメン」「ダンディで素敵」とささやかれる存在だった。


しかし晃市はそんな声を気にしたこともない。

彼の視線が向いているのはただ一人――


伊沢美紀、四十歳。

ゆあまーとで働き始めて四年目になる女性。

たぶん転勤か何かで、この町に越してきたのだろう。駅の近くにある新しめのマンションに住んでおり、通勤は徒歩。

言葉の端々から関東出身らしいことが伝わってきて、雑談の中では「鎌倉にいた頃は――」と、ふとした折に話題に上ることがある。

育ちの良さを感じさせる所作や言葉遣いはあるが、決して物静かではなく、どこか活動的で朗らかな雰囲気をまとっている。

晃市は、そんな彼女に自然と心惹かれていた。


切れ長の瞳に大きな黒目が目立つ、丸い顔の輪郭が特徴の涼しげな和風美人。顔立ちだけならば、未婚の若い女性にしか見えない。

百六十センチほどの背丈で、肩より少しだけ長い密度の濃い黒髪が、艶光りして美しい。

可愛らしい顔とよく通る声、人当たりの良さと頭の回転の速さが多くの客から支持を集めて、特に彼女を目当てに来店する男性客は多い。

一方優しげな顔立ちに反して、実はかなりの負けず嫌いで強気な性格でもある。


そして結婚十年目の人妻で六歳になる女の子の母親でもある。


それを窺わせる唯一の証は、全体的に肉付きのよい、世の女性よりすこしだけ大きい胸と年相応に膨らんだ腹、そしていかにも一児の母に相応しいふくよかな腰回りである。

豊満な肉体と、涼しげな目元が特徴的な童顔――

晃市はそんな美紀の正反する組み合わせにもう何年もずっと心惹かれている。

(もし彼女が人妻でなかったら……)

たびたび彼は思う事があるが、それ以上は何も考えないよう意識している。


晃市は、今でも四年前に彼女と初めて出会った日の光景を、驚くほど鮮明に思い出すことがある。

あの頃の彼女は今とは別人のように細身で、まるで女子大生のようだった。

涼しげな黒目がちな目元と、出産経験があるとは到底思えない華奢な体つきが相まって、可愛らしい大学生のアルバイトにしか見えなかった。


ところがある日、会話の中で彼女が既婚者であり、しかも母親でもあることを知った瞬間、晃市は心の底から驚いた。

「こんなに可愛い人妻が、この世にいるのか」と。


そんな飛び切り若々しい美紀にも家庭の中で徐々に変化が始まり、彼女の外見も次第に変わり始めた――


数年前から夫との関係は冷え切り、自然と夫婦の営みもまったくなくなり、今では生活のための“共存”に近い。

夫は子育てには関心なく、パソコンでのリモートワークに、まるで趣味のように没頭していた。

そんな夫を頼らずに一番世話のかかる時期の子育てを終えて、心に隙間と余裕ができた。

いつの間にか美紀は少し余裕のできた家庭の空虚を埋めるのに、食べることでしか気を紛らわせなくなった――

今では全体的に肉がつき、特に腰回り――かつては子鹿のように細く括れていた部分が、今では母牛のようにどっしりとした重みを帯びている。

背中から腰、尻へと続くラインは、制服越しにもその変化をはっきりと感じさせた。


けれど――晃市の目には、今の姿のほうがむしろ愛おしく感じられた。

いつの間にか、ふっくらと変化していたその体型には、育児の合間に生まれた隙間と、静かに積み重ねられた生活の気配が滲んでいた。


顔立ちは今でも切れ長の涼しげな目元で童顔なのは昔と変わらない。

笑えば頬が丸くなり、目が細くなる。


何よりその丸みの奥には、娘を大切に想い、懸命に守ってきた日々の重みが、そっと映し出されているようにも思えた。


一方美紀も、晃市が一際背が高く分厚い威厳のある体格を持つ最古参のベテランながら、誰に対しても分け隔てなく低姿勢で礼儀正しく接し、真面目に我慢強く仕事に向き合う姿勢に自然と好感を持っている。

 

――晃市は美紀に現在の仕事の進捗を確認した。

いつも通りの丁寧な口調。誰に対しても変わらず、苗字に“さん”をつけ、いつも通り語気も穏やかで柔らかい。


「伊沢さん、冷蔵庫の補充、終わりましたか?」


そんな晃市の問いかけに美紀は明るく通る声で親しみを込めて返事をした。

「うん、終わったよ。次、早田さん冷凍庫お願いしていい?」


晃市もいつも通り丁寧に答えた。

「了解しました」


晃市は柔らかい口調で短く答え、アイスケースの方へと足を進める。

軽い足取りで棚の間を抜けたそのとき――

店内のすべての音が、ふっと途絶えた。


冷蔵庫の唸り声。照明の微かな振動音。外を走る車のエンジン音。

それらが、一瞬のうちに完全な沈黙へと変わった。


「……?」


晃市は立ち止まり、店内を見渡す。

異様な静けさに違和感を抱きつつ、ふと振り返ると――


伊沢美紀が、動いていなかった。

ペットボトルを棚に差しかけた手が中空で止まり、体はそのまま静止している。

一切の揺らぎもない。まばたき一つしない。

「伊沢さん、大丈夫ですか?」

晃市は何度も大きな声で呼びかけるが、まったく反応はない――


まるで時間が止まっている。


急いで外を覗く。

通りを歩いていた中年男性、信号待ちの自転車、遠くでライトを点けたままの車。


――すべてが動いていない。

まるで、誰かがこの世界の再生を止めたようにと晃市は思った。


晃市は自分の手を見た。動く。

息をする。胸が上下する。鼓動が速まっている。


動いているのは、自分だけ。


驚きとともに、彼の視線はもう一度、美紀へと向けられる。


棚に手を伸ばしたその姿、シャツの袖から見える二の腕は柔らかく光を帯び、艶のある肌が輝く。

まるで光に触れたことで、止まった時間のなかで彼女だけが浮かび上がるようだった。


「……いったい何がどうなったんだ、俺はどうすればいいんだ?」


晃市は、彼女の背中を、頬を、腰を、そして動かない横顔を、ただ見つめる。


この夜、早田晃市は初めて――

誰にも見せたことのない、彼女の“すべて”に触れることになる。


言葉も、遠慮も、礼儀も、止まっている世界には存在しない。

ただ、時間だけが静かに沈黙していた。


第二章 祈りのように


時間は止まったままだった。

それはまるで神が、誰か一人にだけ“告白の時間”を与えたかのような奇跡だった。


晃市は、静かに彼女の前へと立っていた。


伊沢美紀。

切れ長の瞳はわずかに開かれ、口元はそっと結ばれている。

動かない。だが、そこに確かに“生”の気配がある。


「美紀さん……」

それは、何年も心の中でだけ繰り返してきた、たったひとつの名前だった。


晃市は初めてその名前を呼んだ。心の奥にしまってきた、一言の呼びかけだった。

言葉は返らない。だが、返らなくていい。今夜だけはそれでいい。

「今まで言えなかったけど、ずっとずっとあなたを好きだったんだ。」

彼は、長い年月をかけて押し殺してきた想いを、ゆっくりと解き放っていく。


静かに固まっている美紀の頬へ伸ばした指先がそっと触れる――

その感触は、想像していたよりも温かく、柔らかかった。

彼は目を閉じ、そっと自分の唇を近づけ――優しく吸った。


深くも、激しくもない。

ただ、静かに、そっと。

まるで伝えきれない思いを言葉に足して、長く抑えてきた気持ちを滲ませるように。


晃市の手は、ためらいながらも美紀の胸元へと滑り降りた。

シャツの下、薄い布に支えられたふくらみを包み込むと、隔たり越しにも伝わる温もりと弾力に、自然と指が沈む。

片方をゆっくり揉み上げ、形を確かめるように撫でると、布地の張りが奥の感触をより鮮やかに想像させた。

もう片方にも手を添え、やや強く、しかし丁寧に、その温もりを味わう。

直接ではない。それでも十分だった。この一枚の隔たりが、むしろ彼の心を満たしていく。

薄布の奥に感じる肌の温度が、静止した空間にかすかに脈打っているように思えた。


晃市はしゃがみ込み、彼女の腰の丸みに静かに目を落とした。

彼女の腰回り――制服にかろうじて収まるほど豊かに変化したその曲線は、かつて初めて見た彼女の姿とはまるで違っていた。

けれど晃市にとって、それこそが、この世で最も愛おしい“今の彼女”そのものだった。


ゆっくりと、両手を伸ばす。

優しく、敬意と愛しさを込めて、ふくよかな腰に手を添える。

そのまま彼は、静かに頬を寄せた――


ほんの一瞬、時が止まるどころか、心までも凍りつくような沈黙。

その静けさの中で、彼は目を閉じたまま、何も語らず、ただその場所に頬を預けた。


何も奪わず、何も壊さず、ただ静かに頬をすり寄せた。

自分の中で、ひとつの想いに終止符を打つように。


やがて彼は身を起こし、そっと距離を戻した。


時間はまだ動き出さない。

晃市の心には、かすかな安堵があった。


言えなかった想いは、言葉ではなく、沈黙の中に置いてきた。


美紀には、この夜の記憶は残らない。

けれど彼にとって、この夜は、何よりも深く、長く刻まれることになるだろう。


第三章 焼き付けるもの


――世界が静かに動きを取り戻そうとしていた。


冷蔵ケースの低い唸り、遠くの車のライトが微かに揺れる。

時間が、戻り始めている。


「……ひょっとしてこの時間は終わってしまうのか?」

晃市は、止まったままの世界の中で、最後の祈りを込めてつぶやいた。


彼はふと思い出した。真剣に愛した交際相手がいて、その女性の裸体を見たのは、二十年以上も前のこと。

それからは、柔らかな肌の感触も、温もりも遠い記憶の中にしかなかった、


だが今、目の前には――


人生の全てを背負い、母として命を育てた無防備な伊沢美紀がいた。


(俺には後悔する時間も、悩む時間などももうない……)


晃市にはもう躊躇いはなかった。


彼はそっと、美紀のバンダナを外し、続けてエプロンの紐に手をかけた。

シャツのボタンに指をかけ、一つひとつ、ゆっくりと外していく。

腰に手を伸ばし、ズボンのベルトを静かに緩めると、そのまま下ろしていった。


そこに現れたのは、堅実な伊沢美紀らしい、装飾の少ないごくありふれた黒い下着だった。

それは秘密の箇所を過不足なく覆いながらも、肉付きの良い白い胸と腰にぴたりと貼りつき、その輪郭を静かに浮かび上がらせていた。


晃市はその姿をしばらく見つめた後、美紀の大切な所を隠す黒い下着を静かに優しく、上から順番に躊躇なく剥ぎ取っていく。


そしてまず現れたのは――

女性としての標準より、わずかに大きい乳房だった。

柔らかく、丸みを帯び、ほんの少し下に引かれるような重さがあった。

若い頃の張りは薄れつつも、そこには別の豊かさが宿っていた。

母として、長年命を育んできた証。

晃市の目には、それがとても尊く、そして艶やかに映った。


――乳輪はやや大きめで、赤みが濃い。

乳首は、まるで寒さにふるえるかのように、きゅっと硬さを帯びていた。

それは、晃市にとって忘れかけていた“女性の存在感”を一気に呼び覚ますには十分だった。


彼はそっと両手を伸ばし、その胸を包み込んだ。

掌に吸いつくような柔らかさが、じんわりと指先に伝わってくる。

重みがあった。

思っていた以上に、温かく、やわらかく、しっとりとした感触だった――


そして彼は、片方の乳房の先にある、美紀の乳首を指でそっとつまんだ。

反応を確かめるように、ゆっくりと転がす。

その小さな動きだけで、胸全体が微かに揺れ、晃市の心は静かに高ぶっていく――


ためらうことなく、彼は乳首に口を寄せた。

そして、唇でやさしく包むように含んだ。

舌先で形をなぞり、ほんのわずかに吸う。

空気のない静かな空間に、わずかな湿りと温もりだけが広がっていった。


口内に広がる味は、淡く、肌の香りと混じり合って、言葉にできないほど官能的だった。

これは過去の誰でもなく、今ここにいる伊沢美紀のものだ――

晃市の中に、そう確信できるだけの重みと実在感があった。


何度か、左右の乳首を交互に含み、舌で優しく刺激した。

それは快楽のためというより、愛しさと感謝を伝えるような所作だった。

乳房の奥に宿る、母としての記憶までも、静かに抱きしめているような感覚だった。


晃市はそっと口を離し、もう一度両手で胸を包み込んだ。

ただ、そのまま静かに見つめた。

彼女の乳房が、どれほどの時間と愛情と苦しみを抱えてきたかを、肌で感じ取っていた。


そして次に視線を移したのは、子供を産んだことで少し弛んだ腹だった。

それが日々の過食にてさらに膨れ上がり、丸みを帯びていた――


その姿は、決して華奢ではない。

しかしそこには、彼女が生き抜いてきた証と、命を育ててきた尊さが満ちていた。


晃市は彼女のその腹を見つめ、胸の奥から熱いものが込み上げるのを感じた。

そこに、人生の苦しみや葛藤も刻まれている。

けれど、彼女の生命力の強さ、そして美しさが、彼の視線を釘付けにした。


晃市はしゃがみこみ、ゆっくりと視線を落とした。

そして、自然とその目は、彼女の下へと引き寄せられる――

そこには、深く黒く、濃密に広がる美紀の陰毛があった。

密度はしっかりとしていながら、整えすぎた不自然さはなく、どこか自然体のままの美しさがあった。


晃市はその柔らかな茂みを、太い指で優しく掻き分けた――

茂みの奥から長いあいだ誰にも見せることのなかった、彼女の奥の入り口がそっとその姿を見せた。

黒々とした陰毛に包まれるようにして、そこは静かに扉を閉めて潜んでいた――


長時間布に覆われていたその部分は、わずかに湿り気を帯びて光を反射し、艶を含んでいた。

色は薄紅とは言えず、日々の積み重ねと共にほんのりと黒ずんでいたが、そのくすんだ色合いは晃市には美しく映った。

蒸されたような空気が肌を撫で、微かな体温と匂いが立ちのぼる。

それは身体の奥深くからにじみ出た、生きてきた証

――女として、母としての日々が宿っているようだった。

ふっくらとしたその形は、唇のようにも見えた。微笑むでも抗うでもなく、ただ静かにそこに在る。

それは、美紀という女性のもうひとつの「顔」――傷つきながらも保ち続けた意志、誰にも媚びない気高さ、そして隠されていた柔らかさが、そこに重なっていた。


晃市は、目を奪われるように見つめていた。


彼はそっと指を伸ばし、温かな空気の中にあるその“かたち”に触れた――

晃市はその輪郭をなぞりながら、胸の奥から熱くなるものを感じた。

これはただの接触ではない。

触れるたびに、彼女が生きてきた時間と重さが、確かに伝わってくる気がした。


晃市は何度も指先で輪郭をなぞった後、少しだけ指を中に挿入した――

しっとりと優しい湿り気があった。その湿り気を染み込ませるように、しばらく指先を中に入れたままにした。

命を育み守り続けてきた伊沢美紀の、恥じらいや虚飾を脱いだ、母として女性としての深い部分だった。


――晃市の胸に、圧倒的な感動が押し寄せる。

そこには、ただの身体の一部ではなく、人生の歴史が刻まれていることを知っていたからだ。


晃市は指を抜き、顔を近づけ、彼女のその黒々として濃密な茂みに鼻を埋めた。

――湿り気を帯びたその香りは、甘さと酸味が混ざり合い、身体の奥から滲み出たような熱を孕んでいた。

まるで熟成されたチーズのように、濃く、重く、鼻腔にまとわりつく。


それは単なる匂いではなかった――

女として、母として、日々を積み重ねた身体が放つ「生」の香りだった。

晃市は息を深く吸い込みながら、理性が静かに溶けていくのを感じていた。


やがて、唇のように柔らかな入口に舌先をのばしてそっとなぞった。

乾いた表面に残る塩味が舌にじわりと広がり、続いて少しの刺激が奥へと差し込んだ。

それは澄んだ味ではなかったが、だからこそ海の底に眠るような確かさを感じさせた。

晃市は、その複雑でどこか生々しい味わいに、むしろ強く心を惹かれていた。


そして晃市は、しゃがみながら美紀の背後にまわり、素肌の尻に手を回して丹念に撫で始めた。

大きく張り出した腰回りは、母としての確かな重みをたたえていた。


晃市がそっと彼女の尻に手を添え、丸く張った両の肉を左右に広げると、その奥に小さな窪みが静かに姿を現した。

ふだんは誰の視線にも触れず、まるで存在そのものを隠すように、ひっそりと守られてきた場所――

わずかに肌よりも深い色合いを帯び、周囲には柔らかな産毛がうっすらと流れていた。


閉じられた小さな“口”のようなその形に、晃市の胸の奥に強い衝撃が走った。

ああ、これが――気の強い、決して譲らず、誰にも心の奥を見せようとしない彼女の“本当の核”なのだ、と。

どこか鋭く、緊張を孕んだその小さな輪郭は、まるで固く口を結ぶように閉ざされていて、まさに彼女の強い意志そのものだった。


何かを拒むようでもなく、媚びるでもない。

ただそこに、彼女の強さと矜持が静かに、だが確かに刻まれていた。


彼女の背中が何も語らないまま前を向いているのに、晃市には、その場所が彼女の心の奥を代弁しているように思えた――

そしてその周囲には、思いのほか多くの皺が寄っていた。

晃市は左手で彼女の片側のふくよかな肉をそっと広げながら、右手の指先でその皺を一つひとつ丁寧になぞった。

――無遠慮ではなく、敬意を込め、確かめるような静かな手つきで。


それはしっとりと湿りを帯び、柔らかく、体温がじかに伝わってきた。

指が触れるたびに、そこに在るものすべてが、言葉にならない静けさで彼の胸に響いてきた。


晃市はしばらく、その場所を目に焼き付けた。

美しさとは何か――

若さではない、張りでもない。

この皺さえも、そのすべてが、彼には美しかった。


「……なんて綺麗なんだ……」


それが、晃市の内からこぼれた、偽りのないひとことだった。


晃市は、その固く結ばれた小さな“口”に顔を寄せた。

まるで記憶に焼き付けるように、鼻先を深く埋め、息を吸い込んだ。

香りを、ただ嗅ぐのではなく、自らの内側に刻みつけるように。


――そこにあったのは、予想以上に生々しく、むき出しの“生活の匂い”だった。

清潔さや華やかさとは無縁の、動物的で身体の深部からにじみ出る、まるで鉄のような重さを帯びていた。

だがそれは、誰もが今日を生きているという、静かで力強い証だった。

心地よいとは言えない。けれど晃市は、不思議な安堵と、深い愛しさを同時に覚えた。

――この身体が、虚飾も遠慮もなく「生きてきた」ということの、ありのままの匂い。


晃市は、もう一度だけゆっくりと吸い込んだ。その香りが鼻腔の奥に静かに染み込んでいく。


そして晃市は舌をまっすぐに伸ばし、そっとその沈黙した口元をなぞった。

ぬめりの中にわずかな甘みがあり、その奥に微細な苦みが潜んでいた。

舌先をゆっくりと滑らせながら、彼は何度もそこを慈しむように舐めた。

まるで、長く封じられていた想いをほどくように――


(絶対に全て忘れない……)


そう思いながら、彼はそっと目を閉じた。


不意に、晃市は下腹の奥から突き上げるような猛烈な熱に襲われた。

それはあまりに急で激しく、どうすることもできず、ただ反射的にズボンの中から破裂しそうに膨らんだ己を取り出す。

次の瞬間、堪えきれない衝動が一気に噴き上がり、熱い液が勢いよくあふれ出た。


晃市のその液体は、美紀の肉付きのいい太ももに飛び散った。


晃市は、年齢相応に自分を慰めることはあるが、これほど熱く激しいものを放ったのは、いったい何十年ぶりだろうか。

胸の内で暴れるような動悸を抑えながら、自らの反応に驚きを隠せなかった。


「伊沢さん、ごめん……」思わず口にした。

そして美紀の太ももに飛び散った熱いものを、自分のハンカチで綺麗に拭き取りつつ、再び美紀の黒い茂みに目をやった――

彼は深く感謝した。

こんな尊い存在を拝み、触り、嗅いで、舐める機会を与えてくれたことに。

この奇跡の時間をくれた何かに。


やがて、晃市は美紀の服を元に戻した。

黒い下着の上下を着せて、シャツのボタンを留め、ズボンを履かせ、エプロンを締め直し、バンダナを結び直す。

時間が止まる前に美紀が補充のために持っていたペットボトルを彼女の手に違和感なく持たせた。


静かに立ち上がったとき、わずかに空気が動いた。


「ありがとう……」


晃市のその声とともに、世界は動き始めた。


伊沢美紀は、何事もなかったかのようにペットボトルを棚に戻す。

さっきのことは記憶には残ってないようだった。もちろん晃市の熱い液体を太ももに浴びせられたことも――

晃市はなぜこんな説明がつかない瞬間が起きたのか理解できないでいる。

だが、晃市の胸には、今夜刻まれた“永遠”が深く刻みつけられた。


第四章 静かな決意


伊沢美紀は、その夜からずっと、自分の中で何かが静かに動き出しているのを感じていた。


自分の「女としての姿」を、誰にも見られず、誰にも邪魔されずに見つめてみたい。

そんな衝動が、胸の奥でふいに芽生えた。


娘を寝かしつけ、夫の寝息が聞こえるのを確かめてから、美紀はそっと寝室を抜け出す。

向かったのは、明かりを落としたままの小さな部屋。ほのかに灯る常夜灯の下に、全身が映る大きな鏡が置かれている。


その夜、美紀が身に着けていたのは、柔らかな長袖のカットソーと、綿のスウェットパンツ。

何の変哲もない、ごく普通のルームウェアだ。だが、肌に馴染んだその布を脱ぐたびに、体温が直接空気に触れるのを感じ、指先にわずかな緊張が走った。


カットソーの裾に手をかけ、ゆっくりと頭上にたぐり上げる。

鏡の端に、肩のラインと鎖骨が現れていくのがちらりと映る。


次に、スウェットの腰をつかみ、ためらいなく下ろす。

現れたのは、ベージュ色の実用的な下着。ブラジャーもパンティも、縁にほんのわずかなレースがあしらわれているだけの、控えめなものだ。

その布地には、育児と家事に追われた日々の気配が、淡く染みついている。

わずかなレースや小さな飾りも、その時間の重みの中に、静かに溶け込んでいた。


美紀は静かに鏡の前に立ち、自分の姿をまっすぐに見つめた。

想像していたよりも、輪郭は柔らかく、肌には年月の影がはっきりと刻まれている。


ひとつ息を吐き、背中のホックに指を回す。

外す瞬間、鏡越しに目が合い、ほんの一瞬だけためらったが――それでも、手を止めることはなかった。


最後の一枚を脱ぎ去ると、そこには何もまとっていない自分が立っていた。

肩、胸、腹、腰、脚、そして脚の奥に茂る陰毛まで――

それはもう若さの象徴ではない。けれど、間違いなく“生きてきた身体”だった。


「……こんなに、変わってしまったんだ」


切れ長の黒目が、鏡の中の自分をじっと追う。


胸は、脂肪がついたぶん若干大きく見えたが、かつての張りは失われている。

出産を経た腹は、過食の影響もあって丸く膨らみ、かつてのすらりとした面影は薄れていた。

腰から尻にかけては、重みとともに、女らしい丸みがはっきりと浮かんでいた。


美紀はそっと、二の腕や胸、腰まわりの肉を自分の指でつまみ、感触を確かめる。

たるみは感じるものの、肌にはまだ、かすかな柔らかさと艶が残っていた。


(こんな体になってたんだ……)


鏡に映る姿に、美紀は思わず目を逸らしたくなった――

負けず嫌いな自分にとって、変わりゆく体はやはり受け入れづらかった。


結婚する前は、それなりに多くの男性に言い寄られ、自分の容姿にも強い自信を持っていた。

けれど、年月と共に変わってしまったこの体型では、そんな過去もすでに遠いものに感じられる。


自分で自分に敗北を突きつけられたような気がして、胸の奥にじわりと苦いものが広がっていった。

まるで、心の奥底に封じていた何かが静かに顔を出したようだった。


――夫には、この身体を見せることはある。だが、それは生活の延長線上にある「作業」でしかなかった。

性的なまなざしとは、まるで別のもの。見られることに、もはや意味などなかった。


そのとき、美紀はふいに、背中に誰かの視線を感じた気がした。


肌に触れていないのに、首筋の産毛がそっと逆立つ。

ずっと忘れていた、“見られる”という意識――それが、微かな衝動となって身体の奥でくすぶり始めた。


その視線の持ち主を思い浮かべると、なぜか心がざわつく。

あの優しい眼差し。あたたかな声――


「……もしかして、私……早田さんのことを……」


かすかな呟きを漏らした美紀は、鏡の中の自分をまっすぐに見つめ直しながら、そっと茂みに手を伸ばした。

指先に触れたその奥は、すでに熱を帯び、しっとりと潤んでいた――


「わたし、変わりたい。今のままじゃ、何も始まらない……」


ゆっくりと深く息を吸い込み、鏡の前で彼女は小さく頷いた。


あれから一週間。

伊沢美紀は、いつもの襟付きシャツとズボンの仕事着で「ゆあまーと」に出勤した。


店内の明かりの下で、早田晃市と久しぶりに目が合った。

その瞬間、美紀はふと胸の奥がざわめくのを感じた。


彼のまなざしが、どこか以前と違って見えたのだ。

変わらず穏やかで礼儀正しい――でもその奥に、何か熱のようなものが潜んでいる。

優しさに包まれながらも、どこかこちらの心の深くまで届いてくるような――そんな視線だった。


「伊沢さん、先週はお疲れさまでした」

「お疲れさまです、早田さん。この前の勤務は楽しかったですね」


「最近はどうです? ダイエットのほうは」

「ちょっとサボり気味だったけど、また動き出そうかなって思ってます」


何気ない会話なのに、なぜだか顔が少し熱くなる――

美紀は視線をずらすと、思い切って口を開いた。


「早田さん、もしよかったら……今度の夜、一緒に歩きませんか? ダイエットも兼ねて。それに、ボディガードもお願いできたら……ちょっと心強いかな、なんて」


一瞬驚いたような表情を浮かべた晃市だったが、すぐに微笑んで頷いた。

「もちろん。伊沢さんの護衛役、光栄です」


その笑顔を見て、また胸の奥が不思議な温かさで満たされていくのを、美紀は感じていた。


第五章 遊歩道の先


――長野の住宅街を縫うように流れる、穏やかな川べり。

昼間は散歩する人も見かけるが、夜になると人の気配はすっかり消え、静けさに包まれる。

夏の空気と水音だけが、周囲にひっそりと漂っていた。


遊歩道の舗装は、昼の熱をわずかに残し、ほんのりと温かい。

茂みの奥からは、虫たちの声が静かに響きつづける。

ジジジ……という音が、夜の静寂と重なり、空気を震わせるようだった。


川は緩やかに流れ、対岸の街灯の光が水面に細く揺れている。

まるで川そのものが、眠りの中でゆっくりと呼吸しているかのようだった。


空には星が散らばり、風は湿り気を含みながらもどこかやさしい。

草と川の匂いがほのかに混じり合い、夜は静かに香っていた。


――美紀は、黒のジャージ姿で鏡の前に立っていた。

伸縮性のある生地は身体にぴたりと沿い、胸のふくらみや腰のくびれ、丸みを帯びた尻のかたちまでも、ぼんやりと浮かび上がっている。

特にヒップまわりでは生地が張りつき、パンティのラインさえもはっきりと透けて見えた。

肩から胸元にかけてもぴったりとしたシルエットが続き、やわらかな起伏をそのまま映し出していた。

鏡に映る自分の姿を見つめながら、美紀はほんの少しためらうように目を伏せた。


「これ、ちょっとぴったりすぎるかも……」


そうつぶやいて着替え直すことも一瞬考えたが、時間も気持ちもその余裕を許してくれなかった。


「変じゃないよね、多分……」と自分に言い聞かせた。

娘はすでに寝かしつけ、夫には「ダイエットのためにウォーキングしてくる」とだけ伝え、髪をまとめて玄関を出た。

ぴったりとした生地の感触が、妙に落ち着かず、胸の奥に小さな波紋を広げた。


やがて、待ち合わせ場所の小さな橋のたもとに差し掛かると、早田晃市の姿が見えた。


――紺色のTシャツにグレーのスウェットパンツという控えめな装い。


飾り気はないが、離れた場所からも目立つ背の高くがっしりとした体つきには、どこか安心を覚える存在感があった。

広い肩幅と厚みのある胸板が、静かな佇まいに穏やかな力強さを添えている。

橋のたもとの街灯に照らされたその姿には、誠実さと落ち着いた温かみがにじんでいた。

履き慣れたランニングシューズも含め、晃市らしい素朴さと丁寧さが全身から伝わってくる。


その姿を目にした瞬間、美紀の胸に、ごく小さなときめきがふっと灯った。

まるでずっと前からそこにいてくれたような安心感と、今夜だけの特別な空気が、そっと胸を満たしていく。


彼は美紀に気づくと、やわらかく会釈をした。

美紀も歩みをゆるめ、微笑んで頷き返す。


街灯の光がほんのりと降りそそぐ中、美紀は晃市のもとへと静かに歩み寄っていく。

ぴったりとした布地が体のラインを際立たせているのを、自分でも意識していた。

夜風が肌をかすめるたびに、その輪郭が露わになるようで、どこか落ち着かなかった。


一方、晃市の目は、近づいてくる美紀の輪郭を自然と追っていた。

(……こんなに、魅力的だったなんて)

静かな川辺にはそぐわないほど胸が高鳴り、体の奥に熱が宿るのを感じる。

街灯に照らされた彼女の姿は、涼しい夜気のなかで、ひときわ鮮やかに映っていた。


「今日は……ウォーキング付き合ってくれて、ありがとう」

美紀が少し照れたように言う。


「いやあ、こちらこそ。ウォーキングなんて、本当に久しぶりですから」

晃市も穏やかに笑い返した。


ふたりはあいさつを交わし、歩き出す。

基本的には並んで歩いたが、道幅の関係で、晃市がときおり後ろにつくこともあった。


そのたびに、美紀の尻が晃市の視界いっぱいに広がった。

ジャージ越しに下着のラインがくっきりと浮かび、柔らかな肉の動きもはっきりと伝わってくる。


晃市の視線は、気づけば何度も同じ場所へと引き寄せられていた。

悟られぬよう努めていたが、胸の奥では鼓動が激しくなり、何度も唾をのみ込んでいた。


美紀は、すぐ背後から感じる晃市の気配に、ふと胸がざわめいた。

足音のリズム、呼吸の間合い――視線のようなものが、そっと背中に触れる。


(早田さん、私を見てる……)

根拠はない。でも、なぜかそう思えてしまった。

そして、それが少しだけ嬉しかった。


(こんなふうに感じてしまうなんて……やっぱり、私は……)

自分でも言葉にできない感情が、心の奥でそっと揺れていた。

視線を夜空に向け、心をそっと落ち着かせる。

美紀は星を見上げたまま、小さく笑った。


「こうして歩くの、なんだか不思議ですね」


「不思議……ですか」晃市が横顔をうかがう。


「まさか、早田さんと夜に川沿いを二人でウォーキングなんて……ちょっと不思議です」


晃市は少し間を置き、言葉を選ぶようにして答えた。

「……僕もです。不思議だけど、こういうのもいいものですね」


美紀はそっと指さす。

「……あれ、わかりますか? こと座のベガです」


「こと座……ですか」晃市は夜空を見上げる。

「じゃあ、あの三つ並んでるのが、はくちょう座のデネブ。そして、あっちの一番明るいのがわし座のアルタイルです。夏の大三角、って言うんですよ」

「夏の大三角……星は好きなんですか」晃市は尋ねる。


「はい。子どもの頃からずっと。名前を覚えると、星空が急に身近に感じられるんです」


川沿いの暗がりを歩きながら、今度は晃市が耳を澄ます。

「……聞こえますか。チッチッチッと硬貨を打ち合わせるような音。あれはカネタタキです」

美紀は目を瞬かせ、「そんな音、初めて意識しました」と笑う。

「それと、少し低くガチャガチャと鳴っているのがクツワムシです。昼に鳴く虫ですが、長野では夜にも鳴くことがあります」

「ガチャガチャ……これですね」

「はい。夏の夜だと、わりと身近な声なんです」


「早田さんって……虫のこと、すごく詳しいんですね」

「いや、子どものころから慣れ親しんでいただけです」晃市は少し照れくさそうに笑った。


やがてふたりの手と手が、そっと近づいていく。

触れそうで、触れない。

とうとう、かすかに指先が当たった――


「あ……」


美紀と晃市から思わず小さく声がもれ、二人は顔を見合わせた――

晃市はそっと美紀の手を包み、そして指を絡め、しっかりと握り直す。


しばらくして、自然と二人は足を止め、

橋の下、薄暗い影の中へとそっと身を寄せ合った。

美紀がゆっくりと背伸びをして、晃市の首に手を回す――


互いの体温が伝わる。

迷いも言葉もなく、唇が重なる。

強く抱きしめ合いながら、激しくお互いの唇を吸い合った。


夜の川の音だけが静かに流れ、ふたりはその影の中で長い時間、ただ互いを感じ合っていた。


「……別に、こうなるのが嬉しいとか、そんなふうに期待してたわけじゃないですよ」

そう言いながらも、美紀の声には、はっきりと弾むような響きがあった。

言葉とは裏腹に、その抑えきれない調子が、胸の内にある気持ちを滲ませていた。


晃市は微笑んで、「うん、わかってる」とだけ答えた。

本当は――「好きです」と伝えたかった。けれどそれを口にした途端、何かが壊れてしまう気がして、それ以上は言えなかった。


ほんの短いやりとりだった。

けれどその夜、ふたりの心は、そっと近づいていた。

その視線と体温と沈黙が、すでにすべてを語っていた。


第六章 月の下で


月が、鏡のような川面にゆらゆらと光を落としていた。

風は静かで、夜の帳がすべてを包み込んでいる。


美紀の胸には、さっき交わした口づけのぬくもりが、夜風に溶けるように、まだ淡く残っていた。

思いがけず触れ合ったあの瞬間――驚きはあった。けれど同時に、心のどこかで、それを望んでいた自分がいたことも否定できなかった。

そして、胸の奥で何かが静かにほどけていくのを感じていた。


晃市と並んで歩くうち、揺れ動いていた気持ちが、

いま目の前にある静けさのなかで、かたちになろうとしていた。

(早田さんになら、きっと……)

その思いは、言葉にもならず、まだ自分でもつかみきれないものだった。

けれど胸の奥に、小さな灯のように、たしかに息づいていた。


何かを求めていたわけじゃない。

ただ、誰にも見せたことのない自分を、この夜のどこかにそっと託してみたい――

そんな思いが、美紀のなかで静かに膨らんでいった。


川沿いの遊歩道には、小さなベンチが点々と並んでいた。

そのひとつの脇にある小さな芝の広場で、ふたりは足を止める。

周囲はほどよく手入れされた灌木に囲まれ、街灯の光は届かず、薄暗い影が静かに落ちている。

風はかすかな湿り気を含みつつも肌に心地よく、夜の空気をそっと運んでいた。

足元の芝は乾いてやわらかく、人の気配もなく、まるで誰にも見つからない隠れ家のようだった。


美紀は立ち止まり、晃市に向き直る。

わずかにためらいながらも、そっと言葉を口にした。


「早田さん……私がいいって言うまで、後ろを向いててもらえますか」


その声音には、照れや不安を隠すような硬さがあった。

それでも、瞳の奥には確かな意思が宿っている。


晃市は少し驚いたようにまばたきし、すぐにいつもの丁寧な口調で応じた。

「……わかりました」


そのあいだ、美紀は芝の上に立ち、まっすぐ前を向いたまま、しばらく動かなかった。


(何やってるんだろう、私……)


――やがて、ゆっくりと自分の胸に手を当てる。

心臓が、早鐘のように打ち続けている。

その鼓動の激しさに、思わず息を呑んだ。


美紀は小さく息を吐き、胸に置いていた手をそっと下ろした。

夜風が足元から吹き抜け、裾を揺らす。草の匂いが、鼻の奥にかすかに残った。


(……怖くなんかない。やるって決めたんだから)


美紀は晃市の背中を一度だけ見つめ、それから視線を落とした。


後頭部に手を伸ばし、軽く束ねていた髪をほどいた。

肩先にふわりと落ちる髪が、夜風にそよぎながら揺れる。

そのままジャージの前に手を移し、ジッパーにそっと指をかけた。

少しだけためらったが、すぐにそのまま一番下まで引き下げ、脱ぎ取った。

肩が、胸が、冷たい空気にさらされる。

背筋がわずかに震えるのを自覚しながらも、表情は崩さなかった。


次に、ブラジャーのホックに指をかける。

外すと、静かに前にずり下ろして脇へ置いた。

自分の乳房が夜の空気に晒されている――その事実を意識の端で感じながらも、彼女は目を閉じることなく動作を続けた。


美紀は一瞬ためらったあと、勢いよくジャージのズボンを脱いだ。

そして最後に、腰のゴムをつかみ、膝までパンティを一気に下ろした。

しゃがんで足から抜き取る。下着は、芝の上に落ちたまま静かに動かない。


――すべてを脱ぎ去った美紀の肌に、夜風が遠慮なく触れた。

風は背から腰のくびれ、丸く張り出した尻をなぞり、太ももへと滑り落ちていく。

胸のふくらみ、腹の丸み、陰毛までも露わにした身体は、月の光の下で静かに立ち尽くしていた。

汗を帯びた肌は生々しい熱を含みながらも、冷たい夜気の中で陶器のような艶をまとっていた。

脚は自然に開かれ、股間の湿り気が夜の空気にやわらかく溶けていく。

まだ誰の視線にも触れていないのに、すでにすべてを見せるためにそこに在る――

そう思わせるほど、その姿はあまりにも無防備で、美しかった。


全てを脱ぎ去った美紀は晃市にゆっくりと、震えを抑えながら声をかけた。


「早田さん、こっちを向いていいよ……」


早田晃市は、数歩離れたところからゆっくり向きを変えてその光景を目撃した。

声をかけようとしたが、何も言えなかった――


晃市が見るのは、これで二度目だった。

今夜の彼女は、前回よりもはるかに強く、美しく感じられた。

月夜の光に照らされた全裸の伊沢美紀の――堂々としながらも、女性的で豊満な身体を正面から見つめていた。


頬にはうっすらと汗がにじみ、首筋から胸元にかけての肌がかすかに光っている。

その瞳には、不安でも誇示でもない、ただ黙って受け止めようとする静かな意志が宿っていた。


視線は自然と、首元から肩、胸へと流れていく。

胸は標準よりわずかに大きく、下に向けてやわらかな重みを帯びていた。

腹部には出産と過食の名残があり、少し弛みながらも、穏やかな丸みを描いている。

腰から尻にかけての肉付きは豊かで、立っているだけでもその重みと柔らかさが伝わってくる。

下腹のすぐ下には、黒々とした陰毛が、豊かにやわらかく広がっていた。


そこから続く太ももは、しっかりとした厚みと体温を感じさせる。

ふくらはぎはほどよく引き締まり、足首はすっきりと整っていた。

晃市の視線は、そのまま静かに足先へと滑っていった。

すべてを見終えたとき、晃市はようやく目を戻した。


そこにあったのは、ただの裸身ではなかった――

生活と時間の積み重ねが形になった、美紀そのものの姿だった。


そして晃市は、ゆっくりと彼女の背後に回った。


気配を感じ取った美紀が、肩をすくめるように一瞬身を縮めたが、逃げることはなかった。

彼女は背筋を伸ばし、背中を晃市に委ねたまま、ただ静かに立っていた。


晃市の視線は、なだらかな肩甲骨の陰影をなぞったあと、ゆっくりと腰の曲線へと落ちていく。

そして彼はそっとしゃがみ込み、美紀の尻の丸み、さらにその奥――誰にも見せない場所へと視線を導かれていった。

そこは、誰に見られても決して口を開かないような、静かで強い意志のようなものを感じさせる場所だった。


今回で二度目の光景――それなのに、まるで初めて見るような神聖さがあった。


晃市は背後から美紀の黒いしげみに覆われた唇のような箇所に、あの時以来再び指を沿わせた。

美紀の口から声にならない切ない声が聞こえた。

そして前と同じように入口から少しだけ指先を入れた。

前とはまったく違う潤いと熱さ。

さらにこの前より奥に晃市は指先を侵入させた。


(……これが、伊沢さんのすべてなんだ)


その瞬間、晃市の心には言葉にならない感情が広がっていった。

それは尊敬と、慈しみと、祈るような想いがまじった――静かで強い感動だった


同時に美紀も苦しげに、快感を抑えきれない声をあげた。


晃市の視線と熱い息を感じながら、美紀はゆっくりと膝をつき、両肘を前について地面に身を預けた。

豊かに張り出した尻を晃市の方へと向け、静かに腰を突き出す。


月の光を受けた肌が淡く光り、丸みを帯びた尻の谷間から、奥の陰影までもがはっきりと浮かび上がる。

大きく開いた脚のあいだからは、陰毛に縁取られた柔らかな襞が露わになり、ぬめるような湿り気がその存在を際立たせていた。

尻の奥の窪みもまた、恥じらいを超えて晒されたまま、月光の中でわずかに脈を打っているように見える。


その姿勢には、羞恥を乗り越えた意思と、晃市への深い信頼が静かに滲んでいた。


晃市は、そのすべてを息を呑むように見つめていた。

理性がかろうじて身体を止めていたが、胸の奥には荒ぶるような衝動が渦巻き、己にはすでに血が集まり、熱く膨張していた。

彼女の肌も、形も、そしてそのすべてを見せようとする行為も――

何もかもが、美しく、切実で、胸を締めつけるほどだった。


「……あんまり見ないでくださいね」

美紀がぽつりとつぶやいた。

その声には羞恥もあったが、拒絶の気配はどこにもなかった。


晃市はほんの短い間を置いて、静かに答えた。


「見ているだけじゃありません……こんなにも美しい伊沢さんを、ちゃんと心で受け止めています」


彼の声には、かすかな震えが混じっていた。

抑えきれない昂りが、皮膚の下で脈打つように燃えていた。


美紀はそのまま、静かに上体を起こして立ち上がった。

晃市の正面に歩み寄り、そっと彼の胸に手を置いた。

その手のひら越しに伝わってくる鼓動が、彼の想いのすべてを語っていた。


「……ありがとう」


美紀はそれだけ言い、彼の胸に顔をうずめた。

晃市も、そっと両腕を回して彼女を抱き寄せた。


ふたりはそっと芝の上に身を横たえ、月の光を背に頬を寄せ合った。

寄せられた肌がじんわりと温かく、呼吸が重なって湿り気を帯びる。

晃市の下半身はすでに裸で、美紀の太ももがやわらかく彼に触れていた。

布の隔たりがなくなった肌と肌の接触は、はっきりと熱を帯び、互いの存在を深く実感させた。


晃市がゆっくりと腰を動かすと、美紀の身体がわずかに応え、ふたりは静かにひとつになった。

ゆっくりと、深く、互いの奥へと踏み込んでいくたびに、どちらともなく吐息が漏れる。

草の感触が背中をくすぐり、微かな振動が静かに波紋のように全身へ伝わっていく。


動きが次第に大きくなり、晃市の手が美紀の背をしっかり支える。

交わるたび、美紀は小さく身をよじりながら、そのすべてを受け入れていた。

やがて最後の瞬間、ふたりの身体が強く重なり、熱が一気に解き放たれる。

ぬるんだ静寂の中で、交わったふたりはただ寄り添い、崩れるように横たわった。

夜風が肌をなで、しばらくのあいだ、ふたりは何も語らずに、ぬくもりを共有し続けていた。


その後ふたりは、まだ全てを身につけぬまま、芝の上にそっと腰を下ろした。

肌と肌がかすかに触れ合う距離で、言葉もなく、夜の静けさに身を委ねていた。


草の香りと川の音、そしてすぐそばにあるぬくもりが、静かな余韻として心に残っていく。


やがて、美紀は立ち上がり、そっと服を拾って身支度を整えた。

晃市もスウェットパンツをはき直し、紐を締める。


言葉は交わさずとも、ふたりの間には確かな想いが流れていた。

並んで立ち上がると、ふたりはしばし夜空を仰いだ。

川沿いの風が頬をなで、静かにふたりの時間を包んでいた。


「……変わっちゃったかも、私たち」


美紀の声は、夜風に乗って、やわらかく晃市の耳に届いた。


「うん。でも……悪くない変化だと思っています」


そう返した晃市の言葉に、美紀の口元がふっとほどけた。

それは、ほんのかすかな――けれど確かな笑みだった。


――ふたりだけの、静かな未来を照らす、小さな灯りのように。


第七章 再会と、静止の午後


午後の「ゆあまーと」。

早田晃市は、店内でいつものように品出しの準備をしていた。

柔らかな日差しが棚の間から差し込み、静かな午後の空気がゆっくりと流れていた。


「……お疲れさまです」

背後から届いた声に、晃市は手を止めて振り返る。


そこに立っていたのは、伊沢美紀だった。

仕事着を身にまとい、胸元のネームプレートが光を受けてきらりと光る。

後ろで束ねた髪が揺れ、少し緊張したような表情が浮かんでいる。


「久しぶりですね」

晃市は少しだけ声の調子を整えて、静かに言った。


「はい……少し、自分と向き合う時間がほしくて」

美紀の声は落ち着いていたが、その言葉の奥には、迷いを乗り越えたような確かさが感じられた。


晃市は小さく頷いた。

すぐに言葉を返すことはできなかったが、彼の胸の内には、ほっとしたような気持ちが静かに広がっていた。


――ふと、店内の空気にわずかな違和感が走った。

冷蔵庫の駆動音がいつの間にか止まり、天井のスピーカーから流れていた音楽も静かに消えていた。

その異変に気づいた晃市が顔を上げた瞬間、通路を歩いていた客たちが――まるで時間ごと凍りついたように、ぴたりと動きを止めていた。


「一体、何が起こったの……?」

美紀は戸惑いと驚きを隠しきれず、小さくつぶやいた。


晃市は静かに頷き、落ち着いた声で応える。

「何が起きているのかは、僕にもわからない。でも……僕がいる。だから大丈夫です」


そして晃市は、心の奥でそっと願った。

――どうか、この時間が少しでも長く続いてくれますように。


美紀は少しだけ息をつき、ぽつりと呟く。

「前にもこんなことがあった気がするけど、覚えていなくて……でも、どこかで感じたことがあるような気がして」

晃市は黙って頷いた。


「誰にも邪魔されない、二人だけの時間……」

二人の心の中に強く響いたが、口には出さなかった


美紀は突然の事態に驚いたものの、すぐに平静を取り戻し、今何をすべきかを考え迷わず行動に移す――

彼女はそっと囁いた。


「早田さん……奥のバックヤード、誰にも見られないで静かです。行きませんか?」


晃市は小さく微笑んで頷いた。


ふたりは、時が止まったかのように静まり返った店内を、ゆっくりと歩いていった。

指先が触れ合うたびに、互いの鼓動がそっと伝わってくる。

やがてふたりは、しっかりと指をからめながら、誰も来ることのないバックヤードの奥へと足を踏み入れた。


沈黙のなかで、晃市は胸の奥で小さく息を呑む。

伝えなければ、と決意を振り絞るように、美紀の横顔をそっと見つめた。


「伊沢さん……」

晃市はそう言いかけて、わずかに言葉を止めた。

一瞬、呼吸を整えるようにして目を伏せ、再び顔を上げる。

「……美紀さん。ずっと、好きでした」

晃市は、絞るような声で言った。

「最初に会ったときから…何年経っても、ずっと」

声は低く、けれど誤魔化しのない確かさを帯びていた。


美紀はわずかに肩を揺らし、短く息を呑んだ。

そしてすぐに微笑みながら目を伏せると、そっと口を開いた。

「……気づいてました。たぶん、ずっと前から」

目を上げたその瞳には、もう迷いはなかった。


「私も……最近、晃市さんのことばかり見てた。止めようとしても……だめだった」

美紀の声は震えず、穏やかだった。

そこには、長く閉じ込めていた想いをようやく差し出す、静かな勇気があった。


晃市は言葉の代わりに、美紀の背中を強く抱きしめた。

美紀も黙って晃市の胸に顔を埋めた。


時間はない――けれど、ふたりの想いは、もう言葉以上に重なっていた。


時間の止まった世界で、ふたりだけの気配が熱を帯びていく。

互いの存在を確かめ合うように、腕を伸ばし、強く抱きしめ合う。

まるで、これまでの時間のすべてを埋め合わせるかのように。


指先が肌を探り、唇が唇を探し当てる。

乾いた呼吸が混ざり、唇と唇は強く、何度も吸い合った。

――それはただの口づけではなく、長く抑えてきた想いの放出だった。


美紀は思った。

(いつ時間が動き出すのかわからない......)


彼女は浅く息を整えると、手早くバンダナを外した。

その下でまとめていた髪をほどき、肩へと流す。

続いて、腰のエプロンの結び目を解き、前へ回して脱ぎ取り、手から滑らせるように床へ置いた。

そしてシャツの第一ボタンに素早く指をかけ、小さく息を吸った。

戸惑う暇もなく、美紀はひとつ、またひとつと手早くボタンを外していく。

シャツが肩から滑り落ちるのを確かめる間もなく、すぐさまベルトを外し、ズボンを腰から一気に滑らせるように脱いだ。


晃市も勢いよく衣服を脱ぎ捨てると、たくましく盛り上がった胸板と、広く厚みのある背中が露わになった。

その体には、年齢を重ねた男ならではの落ち着きと、積み重ねてきた確かな力強さがにじんでいた。


――ふたりは、下着までもすべて脱ぎ去り、素肌をさらけ出した。

一糸まとわぬ姿で向かい合い、まっすぐに見つめ合う。

もう、隠すものは何ひとつなかった。


美紀は、晃市の分厚い身体に手を伸ばした。

自然と晃市の下腹部に触れた瞬間、驚くように目を見開く。

そこには、彼の普段の物静かで控えめな性格とは対照的な晃市の己が、確かに存在していた――


晃市の己は、まるで彼の中に秘められていたもうひとつの「意志」のように、硬く、真っ直ぐに張り詰めていた。

まるで長く閉じ込められていたものが、ようやく外へ出られたことを叫ぶように、天を突いていた――

晃市は、彼女の手が自分の中心部に触れた瞬間、恥ずかしさと誇らしさの入り混じった気持ちに襲われた。

普段は誰かの前で自分を強く見せることなどなかった。

だが今、美紀の前では、そのすべてをさらけ出してもいいと、心の奥で静かに感じていた。


美紀は静かに膝をつくと、晃市の己の前に顔を寄せた――

その動きに言葉はなかったが、彼女の目には、どこか確かな決意と優しさが宿っていた。

晃市は戸惑いにも似た静かな緊張を感じながらも、その手つきにすべてを委ねていく。


彼女の右手が、そっと晃市の熱を帯びたものを包み込む。

左手は彼の睾丸を下から柔らかく支えている。

そして口元が近づき、やがて、ぬくもりを帯びた美紀の柔らかな口内に、彼の張りつめていたものを静かに迎え入れた。

美紀は口に含んだ晃市の己を、ゆっくりと癒すかのように柔らかく舌を這わせた――

それはまるで、晃市という存在の一部を、丸ごと優しく赦していくようにも思えた。

 

彼女の首の動きは前後に一定のリズムを持ち、どこか祈るように丁寧だった。

晃市は、自分の奥に残っていた焦りや孤独、誰にも触れられなかった感情のかけらが、ひとつひとつ溶かされていくのを感じていた。

刺激ではなく、赦しのような感触だった。


荒ぶるように昂ぶっていた自身が、彼女の柔らかな口内に吸収され、やわらかく包み込まれていく――

晃市は、そこに愛の深さと再生の兆しを感じていた。


やがて、美紀がそっと顔を上げた。

凛としたまなざしには、誰のためでもない“自分の意思”が静かに宿っていた。


晃市は静かに息を吸い込んだ。

美紀の静かで揺るがぬまなざしを見て、胸の奥の緊張がすっと消えていく。

代わりに、身体の奥から確かな熱がこみ上げてきた。

晃市もまた、静かに覚悟を決めていた。


そして彼は視線を移し、何も身にまとっていない美紀の全身を見つめた。

そこには、若さではない、美しさがあった。

時の流れをやさしく受け止めたような丸み、傷も疲れも含めてすべてを引き受けた肌――

晃市は、その全てをただ黙って見つめていた。


彼女の胸は、母として子に愛情を注いできた確かな証。

ふくらんだ腹部には、年月とともに積み重ねられた生活の痕跡がやわらかく残っている。

下腹部には、豊かに茂る陰毛が自然なぬくもりを湛え、静かに存在を主張していた。

大きく張り出した腰回りは、どこか包容力を思わせる力強さを帯びていた。

その堂々たる曲線に、晃市は思わず唾を呑んだ。


やがて美紀が静かに後ろを向くと、肩甲骨の起伏から腰の丸みにかけて、なめらかなラインが浮かび上がった。

年齢を重ねた体の輪郭には、若さにはない落ち着きと静かな迫力が宿っている。

その奥に秘められたものまでも、晃市は目を逸らさず、ただ静かに、熱を抱きながら見つめていた。


再び晃市に向き合った美紀は彼の目をまっすぐに見つめて言った。

「晃市さん……あなたのすべてを、私にください……恥ずかしいけど、ちゃんと受け止めたいの。私の中に……残してほしい」


晃市は少し照れくさそうに視線をそらしながらも、真剣な声で応えた。

「……ありがとう。そう言ってもらえて、幸せだよ」


晃市はバックヤードの床に、何枚もの空き箱を丁寧に重ねて敷いた。

それは彼なりの配慮であり、静かな覚悟の表れでもあった。

美紀はそんな晃市の様子を見つめたまま、そっとそこに腰を下ろすと、ゆっくりと背を預けるようにして横たわった。


視線は逸らさない。

晃市もまた、美紀の目をまっすぐに見つめながら、逞しい体でその身を包み込むように静かに覆いかぶさる。


息を重ねるように近づき、やがて、晃市は彼女の両膝に手を添えて優しく開いた。

その奥にある温もりに、迷いなく己を導く。

肌が触れ合い、湿度を帯びた熱の中に、静かに、深く、滑り込んでいく――

ひとつになるための動きは慎重で、しかし、内に秘めた切実な想いがにじんでいた。


晃市とひとつに繋がった瞬間、美紀の身体はわずかに震えた。抑えていた渇望が一気にあふれ出し、喜びが体中を駆け抜けた。

ずっと奥底で求めていたものにようやく触れられたような、深く満ちた反応だった。


晃市の動きは慎重だったが、その奥にはどうしようもないほどの熱があった。

ゆっくりと、だが確かに、美紀の柔らかく深い内側へと溶け込んでいく。


ふたりの身体は徐々に馴染み、呼吸も熱も、境目さえも曖昧になっていった。

それは単なる行為ではなく、ずっと伝えたかった想いを、ようやく形にできたような――

そんな、切実で、どうしようもなく美しい時間だった。

誰にも見られないという確信が、美紀から最後の抑えを奪った。

こみ上げる熱に抗えず、彼女は突き上げるような声をあげた。

それは、胸の奥に押し込めていた感情が、ついに噴き出した音だった。


晃市を迎え入れたその瞬間から、心も身体もひとつに重なっていくような感覚に包まれていた。


彼の存在が、自分の奥深くにまでしっかりと届いている――その確かな熱が、美紀の内に響くたび、抑えていたものが解き放たれていく。

胸の奥から突き上げるような波が何度も押し寄せ、美紀はただ、その昂ぶりに身を任せるしかなかった。


――やがて二人は体勢を変えた。

美紀はバックヤードのジュースの在庫が並べられている棚を両手で強くつかみながら、晃市の方に大きな腰を突き出した。


そして、美紀は再び震える声で囁く――

「……晃市さんの全部を、ちゃんと私にください……いまだけじゃなくて、ちゃんと残してほしいの」


晃市は深く息を吸い込み、強く短く答えた。

「必ず」


晃市は、美紀の腰を後ろからしっかりと抱え、両の手で逃がさぬように掴んだ。

そして、自身の硬さを迷いなく打ちつけるように押し込み、何度も美紀の奥深くまで貫いていく。

彼女の豊かで柔らかな尻が、そのたびに大きく揺れ、晃市の己が深く押し入っては、ぬるりと戻される。

彼の動きは力強く、容赦がない。だがそれは乱暴さではなく、長く押さえ込んできた情熱の発露だった。

音も、熱も、ふたりのあいだに溶け合って、打ち込むたびに濃密な空気が生まれていく。


美紀はぐっと脚を踏ん張り、大地に根を張るように腰を支えた。

尻から響く重たい衝撃が腹の奥まで伝わるたびに、彼女は目を閉じ、全身で晃市の想いを受け止め続けている。

ふたりを包むのは、静けさの中の激しさ。

打ちつけるたびに響く晃市の下腹と美紀の臀部のぶつかる音が、熱と想いを深く交差させてゆく。

それはただの快楽ではなく、ふたりの存在を刻む鼓動のようだった。

深く刻まれるような、一瞬ごとの重みが、ふたりの心に確かに残っていくのだった。


やがては晃市は絶頂に達して自分の全てを美紀の中に注ぎ込み、全てを出し尽くすと、そのまま彼女の背中にもたれかかった。


美紀も絶頂に達しながら、晃市の熱いものを自分の深いところに残さずに受け止めて、やがて背中を抱いている晃市と共に崩れ落ちた。


ふたりは通路に腰を下ろし、背を壁に預けて身体を寄せ合った。

火照った頬や髪にそっと触れながら、何度も静かに唇を重ねる。

残る熱と余韻に包まれたまま、ふたりは言葉もなくまどろんでいた。



どれくらいたったのだろうか。

――不意に、時間はゆっくりと動き始めた。


店内から客が店員を呼ぶ大きな声が聞こえた。

まどろんでいたふたりは、はっとして大慌てで身支度を始めた。

晃市が先に服を引っかけるようにして店頭へと飛び出し、少し遅れて、美紀もようやく着替えを終え、足早にそのあとを追った。


こうして二人は静かな絆と秘めた想いを胸に、日常の世界へと戻っていった。


第八章 選ばれた静寂


あの午後、ゆあまーとのバックヤードで時間が止まったとき――

伊沢美紀の中で、確かに何かが静かに、けれど確かに始まっていた。


ふたりきりの、音もない世界。

早田晃市の体温は、ためらいがちに、しかし確かな優しさで彼女の肌に触れた。


その手は大きく、毛深く、それでいて驚くほど丁寧だった。

触れられるたび、美紀は“女”としての輪郭を、久しぶりに取り戻していった。


甘い香り、呼吸の重なり、こぼれる吐息――

ふたりの空気が交わるなかで、美紀は彼にすべてを預けた。


それが現実だったのか、それとも幻だったのか。

今でも区別はつかない。けれど、彼の存在は確かに、深く、身体の奥に残っていた。


数日後のある夜。

娘は友人の家に泊まりに行き、家には久しぶりに夫とふたりきりの時間が訪れた。


夫――美紀の十年連れ添った伴侶は、身長百七十五センチ、体重百キロ。

同じ体重でも早田晃市とはまったく違い、脂肪が柔らかく、全体にのぺっとした体型をしていた。

顔立ちもありふれた目立つ特徴のない、静かな印象の男だった。


日中はずっと自室にこもってリモートワークをしており、パソコンに向かい続ける日々。

稼ぎはとてもよく、美紀が経済的に働く必要はなかった。

それでも彼女は、家に籠もるだけでは何かが枯れていく気がして、ゆあまーとで働くことを選んだのだった。


その夜は、なぜか空気が違っていた。

夫は晩ごはんの後もテレビをつけず、蛍光灯の下でただ静かに座っていた。


「……たまには、こういう夜もいいな」

そう言って、夫はふいに美紀の手を取った。


不意を突かれた。けれど、拒む気持ちはなかった。

どこか、流れに身を任せてしまった。


そして、数年ぶりに、夫婦としての営みがあった。


それは短く、静かで、淡々としたものだった。

それでも夫は自分の精一杯の熱いものを美紀の中に注いだ。

けれど――美紀の中には、もう別の温度が残っていた。


妊娠がわかったのは、それから二週間後の朝だった。


気づいたのは、ほんのわずかな体調の変化だった。

眠気、微熱、そして違和感のある下腹部の重み。


まさか、と思いながらも、自宅のトイレで市販の妊娠検査薬を使った。


スティックに浮かび上がる、はっきりとした「陽性」の印――


美紀は数秒、言葉を失った。

そして、ぽつりとつぶやいた。


「妊娠したみたい……」


自分の声が、自分の耳に届くまで、時間がかかった。


数日後の夜、夫に報告した。


「……妊娠したみたい」

一瞬、夫の表情が固まった。


だが次の瞬間、彼の顔にぱっと笑みが咲き、頬に喜びがにじんだ。

「そうか……! あの夜のことか。はっきり覚えてるよ。奇跡だよ、ほんとに……!」

彼は立ち上がり、何度もうなずいた。

「次は男の子だといいな、もう今から楽しみだよ」


美紀は、ただ黙ってその姿を見つめていた。

目の奥に、何か熱いものが滲んだ気がしたが、涙はこぼれなかった。


この子に罪はない。

誰の子でも――いいえ、たとえあの“止まった時”に授かった命でも。

私は、この子を育てる。


自分で、そう決めた。


後日、伊沢美紀は早田晃市を職場近くの大きな公園に呼び出した。

彼女は見晴らしの良い広い公園を見渡し、周囲に人が居ないのを確認すると――小声で晃市に打ち明けた。


「妊娠しました……でも主人との子です。……だから、これは晃市さんには関係のないこと……のはずです」

言い切れぬ想いが残るように、美紀は目を伏せて小さく笑った。


手短に要件だけを伝え終えると、「また職場で」と笑顔で言い、足早に去っていった。


彼は言葉を返さず、ただ少しうつむいて、うなずいた――

(そうか、旦那さんともしてたんだ……)

落胆はしたが、すぐに自分に言い聞かせた。

(そりゃ、夫婦なんだから……)

嫉妬の気配が胸に差したものの、どこかで安堵もしていた。

――自分の子じゃないかもしれない。その可能性に、少しだけ救われた気がした。


その後、二人はまた普通の職場仲間として、ゆあまーとでレジに立ち、品出しをし、笑顔で挨拶を交わす。


時折晃市を見つめる美紀の視線に気がつく。

穏やかに口元に笑みを浮かべたその瞳には、どこか満ち足りたような優しさが宿っていた。

晃市は、そこに自分への思いがにじんでいるのを感じた。

嬉しさと同時に、胸の奥に嫉妬や安堵のような感情が湧きあがったが、晃市はそれらを静かに飲み込んで、微笑みを返した。

――それでいい、と自分に言い聞かせながら。


最終章 春風の置き手紙


春が、柔らかな陽を連れてきた。

街路樹の芽は膨らみ、制服の子どもたちが笑い声を立てながら通りを駆けていく。


ゆあまーとのバックヤード。

かつて美紀と結ばれたバックヤードで――早田晃市は、変わらぬ日々の中で、変わらぬ作業をこなしていた。

段ボールを静かに開き、商品を一つひとつ棚に並べながら、ふとした瞬間に思い出す。


美紀のことだ。

彼女は、あれから数週間は変わらず出勤してきていた。

ただ体調を気遣いながらと他のパートにもはっきりと分かり、ある日から静かに産休に入った。

晃市はなるべく意識の外にその事を置くように努め、ただ黙々と日々の作業を繰り返した。


その数ヶ月後――


「咲良ちゃんっていうんだって」

レジ奥から聞こえた何気ない会話に、晃市の手がふと止まる。


晃市はパートの主婦に尋ねた。

「女の子なんですね」


主婦は続けて言った。

「伊沢さんそっくりらしいよ。よく笑う女の子なんだって。あと赤ちゃんなのに目鼻立ちがはっきりしてて、すごく可愛いって聞いたよ」


「そうですか……旦那さんは?」晃市は主婦に確認した。

「うん、目の中に入れても痛くないって、本気で言ってたってさ」


主婦の明るい声に、晃市は誰にも気づかれぬように微笑みながら、手元の商品を整えた。

けれど胸の奥では、思いがけずざわめく何かが、静かに広がっていた。


――よかったな、美紀さん。


無事に出産を終え、夫と娘と、生まれたばかりの赤ちゃんと一緒に、新しい家族を築いている。

彼女が笑っている光景が、遠い風景のように浮かぶ。

それは、自分のいない場所にある幸せ。けれど、たしかに美しい未来。


「目鼻立ちがはっきりしてて、すごく可愛いって……」

その一言が、なぜか心に引っかかった。

晃市の中に、一瞬だけよぎった思い――


(まさか……いや、そんなはずはない)

すぐに打ち消すように首を振り、胸の奥でそっと息をつく。

美紀が母となり、笑って生きている――それが、何よりも嬉しかった。


ある日、晃市のロッカーに、一通の手紙が差し込まれていた。

差出人の名はなかったが、封筒に書かれた文字を見た瞬間、晃市にはすぐにわかった。

――伊沢美紀。彼女の筆跡だった。


中には、一枚の便箋が折られていた。



晃市さんへ


もし、あなたと出会っていなかったら、

私は、誰にも見られたくない自分のまま、

女としても、母としても、自信を持てずにいたと思います。


あの日々は短くて、不思議で、

現実だったのか夢だったのか、いまだに分かりません。

でも、私にとっては、確かな「始まり」でした。


私は今、母になりました。

娘の顔を見た人たちは「私にそっくり」と言います。


でも、私は知っています。

この子の輪郭に、あなたの面影があることを。


誰にも言いません。

知らせることもありません。

ただ私は、この子を一生愛していきます。


そして、あなたと過ごしたあの時間も、

誰にも語らず、私の中に大切にしまっておきます。


「私でいい」と思わせてくれたあなたに、

心から感謝しています。


ありがとう。


さようなら――とは、書きません。

「さようならを告げない」別れを、私はあなたに贈ります。


伊沢美紀



手紙の最後に綴られていたのは、「さようならを告げない」別れだった。

そこにあったのは、消えゆく言葉ではなく、静かに息づく想い――

別れの先も、ふたりをそっと結ぶ余韻だった。


本当は――もう一度だけでいい、美紀と話がしたかった。

けれど今は、たとえ会釈ひとつでも、それで充分だと思える。

彼女の手紙が胸に届いたとき、晃市の中で、何かがそっとほどけていった。


想いは語らずとも、これからも胸の奥に生きていく。

言葉にせず抱き続けること――

それが彼にとってのやさしさだった。


彼女が妻として、母として、自分らしく歩いていること。

その姿を想像するだけで、晃市の胸には、静かな喜びが広がった。


自分の存在が、そのきっかけのひとつであったなら――それだけで、もう充分だった。


「ありがとう……美紀さん」


その呟きは春風に溶け、誰にも届かず消えていった。


ゆあまーとの自動ドアが開き、やわらかな光と風が吹き込んでくる。

晃市は手紙をそっとロッカーにしまい、売り場へと向かった。


誰に知られなくてもいい。語られなくてもいい。

けれど、たしかにあの時間はあった。ふたりの心が触れ合った、かけがえのない時が。


目の奥がほんの少しだけ熱くなる。

だがそれは、別れの涙ではなかった。

“生きてきた”ことへの、静かな感謝だった。


特別なことはなかった。

ただ誠実に働き、誰かを想い、少しの奇跡に触れただけ。

けれど――それで、十分だった。


(……この人生も、悪くなかったな)


冷蔵ケースの扉を開け、晃市は深く息を吸い込む。

そして、いつものように品出しを始めた。


春風が、晃市の背をそっと押した。

それは過ぎた夜に静かに別れを告げ、今日を生きる彼を穏やかに励ます風だった。

晃市はその風を胸いっぱいに受け止め、変わらぬ日常の中へ、力強く歩みを進めていった。





最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

誰にも気づかれず、それでも確かに起きた“ふたりだけの奇跡”を描きたいと思い、この物語を書きました。

主人公の晃市は、どこにでもいそうな、少し不器用で、でもまっすぐな男性です。

そして、美紀は強く、優しく、そして今も“再生”の途中にいるひとりの女性です。

特別な才能や劇的な運命ではなく、

ただ、誰かに優しく触れられた記憶だけが人を支えることもある。

そんなささやかな希望が、この物語を通じて、読んでくださったあなたの心にも届いていたら、これ以上の喜びはありません。

逢澤廻

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