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第96話 決戦前夜、魔王は真ボスとすれ違う。

 その日はとても静かな夜だった。


 レイは魔王レイではなく、魔王ヘルガヌスを名乗る。

 レイを名乗らないように、と仲間に言われたのもあるが、彼自身もそう考えている。

 それが最後のレイモンド死亡フラグ回避の術である。

 果たして、それで上手くいくかどうか、やってみなければ分からない。

 万が一、その死亡フラグで死ねば、世界はあの名前入力画面に飛ぶだろう。


 そして、レイの記憶はおそらくリセットされる。

 前例がない以上はそう考えておくべきだ。

 それは、彼自身の死と同様の意味を持つ。

 それくらい彼にも分かっている。

 でも、何が悲しくて自分が好きなハーレムゲーで、こんな裏方周りをやらないといけないのか、と鬱憤も当然溜まっている。

 彼は魔王になったことで、睡眠はほとんど必要なくなったらしい。


「ヘルガヌスが病むわけだ。せめて眠れたらな……」


 だからレイはガラス張り…のような透明な天井から差し込む月光をただ眺めていた。


「ワシは魔王ヘルガヌス……、こんな喋り方だっけ?」


 レイ自身が言ったように、ヘルガヌスに対して強奪・スキルを使っていない。

 実は、彼がここまで魔族として強くなれたのは強奪スキルがあったからではない。

 彼が行っていたのは『役を食う』行為そのものである。

 役を食う、つまりその役者よりも目立ってしまう。

 その役者が本来担うべき、観客へのアピールを、レイが目立つことによって本来の役者の影が薄くなる。

 それが今までの幹部クラスが出会って、その後、彼らの態度が変わった理由だ。


 勿論、その現象に必要なのは監督、もしくは視聴者である。

 それが、女神メビウスなのか、単に世界なのか、それともアズモデなのかはまだ分からない。


 役を食われた者は食った役者の後ろに控える。

 それを繰り返した結果、レイはレイではなくなり魔王ヘルガヌスの役を仰せ付かるまでにのし上がった。

 今現在、この世界を手中に収めているのは魔王ヘルガヌス、そして中の人は新島礼であり、レイである。


 それがうまく行ったのは、他でもない強制イベントが魔王軍内では存在していないからである。


「クックック…。人間共が暴れておる…とか、今は泳がせよ…とかのムービーが一切ないもんな…」


 魔人レイモンドも、決まったイベントにしか現れないし、そのイベントもレイモンドの最期イベントを残すのみ。

 このゲームの本筋は勇者の物語だし、七人のヒロインの物語である。

 だから、レイがどれだけ目立とうと、彼の功績が表に出ることはないし、勇者に知れることもない。


「——‼」


 この時、ヘルガヌスはアーマグ大陸に何かが起きたことを悟った。

 悟ることができるのは魔王だからだ。

 今のところ、この大陸は彼の支配下にある。

 勇者が辿り着くまではそうなのだ。


 シュレーディンガーの猫のように、支配権はヘルガヌスとアズモデのどちらか決定していない、…ことになっている。


 だから大陸で異変が起きれば、すぐに気が付く。

 そしてこれは間違いなく、宿敵によるものである。


 ついでに彼らを操る者。


「アズモデ、もしくはデズモア・ルキフェか。いや、焦るな。アイツが先に来ることは分かっていた。だからそれとなく配役は済ませてある。問題はアルフレド達がどのタイミングで来るか……、か。いや、待て。俺だと気付かれないようにすることか。でも、あいつここを通るのか?あのピエロは瞬間魔法が…」


 ただ、レイの淡い期待は虚しく、遥か向こうにある扉が開く音が聞こえた。

 カギッコホネッコはうまいこと見た目を取り繕った。

 それを成し遂げたマロンたちをねぎらうべきだろう。

 中身はハリボテだけれども、ヘルガヌスの言うことはきちんと聞いてくれた。

 あとは、そこに現れるのが勇者じゃないことを祈るのみだ。


 本来なら魔王城に入る為のイベントがある。

 だが、それはおそらく失われている。

 レイが魔王になったくらいだ、その辺はその時に壊れてしまっただろう。


 だから、魔王である彼にも分からない。

 勇者が現れたということは歌姫とドラグノフの命が危ない。

 そうなれば、今まで積み上げた全てが終わる。

 だから勇者の監視は厳戒態勢で行わせている。


 それが功を奏したのか、歩いてくるのはアズモデ一人だった。


 勿論、それはそれでとっても嫌なのだが。


「これはこれは、魔王様。今日はちゃんと玉座にお座りなのですね。感心いたしました。やはり、締めるべきは締める。死ぬべき時は死ぬ。ちゃんと心得ておいでだったのですね?」


 変装がバレていないのか、それとも魔王だから問題ないのか、彼は恭しく頭を下げた。

 エルザが元々持っていた能力であるメイクアップは、格の違いで完璧に近い仕上がりを見せている。

 だが、バレてはいけない。アイツが本当の姿になれば間違いなくバレる。

 だから、祈るような気持ちでレイは彼の言葉に応える。

 答えるではなく、応える。


「…………」


 無言で頷き、焦燥しきった顔をする。


「結構です。僕は奥で待っています。もしも勇者様に何かがあれば、報告お願いしますよ。ヘルガヌス様」

「…………」


 月光に照らされた紫ハットのピエロは、玉座の横をゆっくりと歩き、奥へと消えていった。

 ヘルガヌスの背中に冷たい汗が流れる。

 今のヘルガヌス+レイであれば、前形態のアズモデは怖くないが、やはり怖い。

 デズモアになれば別だろうが、見えない壁は機能していないから、アズモデであれば戦えるが、下ごしらえが無駄になってしまうのは怖い。

 それに、ここで彼と戦っても意味がない。

 レイが目指すは『隠しイベント』をアルフレドに拾ってもらうことだ。


「………」


 うっかり彼を殺してしまって、エンディングロールが流れ出したら目も当てられない。

 今までの自分たちが探し求めていた、この世界の脱出。

 それにどんな意味があるのかは正直理解できていない。

 でも、過去の自分がそう思ったのなら、しかも何百回も記憶持ちで周回した自分が言ったのだから間違いないのだろう。

 それくらいの考えしか一周目プレイのレイモンドには分からない。



 そして朝日が見え始めた頃。



 ——運命の瞬間が訪れる。

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