第75話 魔人レイと二人の部下
レイはずっと考え事をしていた。
「ご主人が…死…ウチ…」
「旦那…、それ…、勇者にわざと…」
地下鉄の中、強キャラ限定だから、驚くほど空いていた。
あっちからこっちはあっても、こっちから研究施設に戻る魔物はいないのかもしれない。
だから、こんな話が出来たのだけれど。
そして、大きな黄色い丸と白兎がワタワタしている。
そこでレイは今、自分が口にした言葉が、途中で終わってしまったことに気がついた。
それくらい、今までの自分の行動が信じられなくなっていたのだ。
「あ、違う。えっとムービーイベントっていうがあってさ…」
ラビには説明した気がするが、イーリには説明していない。
今まであったこと全て、とはいかなくても、こういう場合にはこうなるという、アルフレドにも言った『世界の意志』という言葉を用いて、改めて説明をした。
「でも、死んじゃうんですよね!」
「だから、その戦闘でHPが0になることがトリガーなんだよ」
「HP0になったら、俺っち死んじゃいますって」
「そこでムービー。アレだって、HP0になった癖にまだまだー!って演出が入るって感じで、そこで本当に死ぬ訳じゃないんだ。自分で言っても訳わからないし、いっつもお前死んだじゃんって思ってたけど、RPGじゃ、あるあるネタなんだ。ま、一回死にかけて、ソレは嘘で実は結構元気ってこと。違う使い方だけど、仲間の時にも経験し」
あの演出は、リアルでやると無理がある。
そんなこと言ったら、ムービー死だって、お前、戦闘中はそれくらい平気だったじゃん、と言えるんだけれど。
「どうにかならないんですか?ウチ、ご主人が嫌な思いするのほんっっっとに嫌なんです!」
「俺っちもそうだなぁ。気絶までならワンチャン、気持ちよかったけど、死ぬのって痛いんすよねー?」
「一度ゼノスに殺されてるけど、めちゃくちゃ痛かった。死ぬのは一回にしてほしいな」
実際、まだ分からないことがある。
エルザに関してはムービーと関係ない死が、つまりキャンセルしてもアズモデがやってきていた。
それでも無かったことにできたのだから、方法はあるのか知れない。
ただ、今は秘密の塔がどんな場所、この場合は内部のことだが、どうなっているかもわからないし、考えるだけ時間の無駄だとも思った。
そも、最初はこれらのイベント全てを雲隠れするつもりだった。
——でも。
◇
「なるほどなるほどぉ。今回はとっても健康なのねぇ。マロンとカロンにもあったんですねぇ?三人ともに会えるなんて珍しい悪魔ねぇ」
青い髪の白衣の女性。
そしてこれでもか、と胸が大きい彼女がボロンさんだ。
ただ、彼女の言葉だけでも気づけるものだ。
どれだけ自分が異常なのかが分かる。
勿論、逃げ出すモンスターもいるだろう。
けれど、こんなにも通院を繰り返すモンスターはいない。
普通は戦って死ぬもの。ここに来るのはやる気なし勢で、処分されるべき存在かもしれない。
ただ、今回は別に怪我をしたわけではない。
前回同様、魔力を診てもらおうと思っただけだ。
「えと、怪我はしてないんですけど、俺の魔力が変になっていないかなって思ったんですけど……」
「うーん。それじゃ、服をぉ全部脱いじゃおっかぁぁ! 全部全部脱いじゃいなさーい! 」
何故か、全裸になることが当たり前になっている。
もしかしたら、そうしないと測れないのかもしれない。
「そうか。人型以外のモンスターは全裸だ。俺も全裸が当然…」
なので、いそいそとレイは着ているものを全部脱いでカゴに入れた。
「あとはぁ、そのねぇ、そこに寝てもらえない?」
確かに診察台に乗らなければ診察はできない気がする。
レイも迷いなく診察台に寝転んだ。
もはや恥ずかしいという気持ちは吹き飛び、どこか堂々としている自分がいる。
そうだ。ここは病院なのだ。これは当たり前の出来事なのだ。
寝ていても起きてるものなぁんだ。という人を選ぶなぞなぞまで浮かんでくる。
「もー、違う違うー。それじゃあたしが恥ずかしいじゃない?うつ伏せになるのぉ。」
確かに。
骨格を見たりするときは後ろからの方が都合が良いのだろう。
って、何?「あたしが恥ずかしい?」それ、逆じゃないでしょうか?
ただ、レイの地獄耳は聞いていた。
なにやら布のようなものがぱさりぱさりと落ちる音を、布の生地の種類が分かるほどに拾える。
いや、ちょっと待て欲しい。そう、待つのは俺だ。期待する展開はないと知れ。
それは流石にない。それはどう考えてもない。落ち着けー。絶対に暗転して、次の瞬間には覆面の筋肉男がいる筈だ。
だから全神経を背中に!って違う。なんで覆面男の大胸筋を感じにゃならんのだ。
ここはやはり三角関数、微分積分…えっとタンジェントは直角三角形の、素数のフィボナッチ数列の、フーリエ変換の……
その瞬間、レイの背中に柔らかい何かが二つも触れた。
しかも息遣いまでもが、うなじに届く。
だ、だめだぁ。俺の神経が…。大胸筋にしては柔らかすぎるー。これは完全におっっっっ……騙されるな、俺!絶対にオチがあるって分かっているのにー。
こ、これが全集中の呼吸…。全集中のおっっっ…。
だめだ、俺の全ての細胞がちょっとずつ血液を下腹部に送り始めているー!下腹部の一部がオラにちょっとだけ血液を分けてくれって叫んでる!完成してしまうー!
その瞬間、レイの首元がちくっとした。
そして、そこからぴゅーっと吸われる。
脳内で肩の血液と、元気血液棒の綱引きが始まる。
とはいえ、綱はどんどん減っていて、レイは意識朦朧となり、気がつけば仰向けに眠らされていた。
そして、あ、知らない天井だ…。
なんて思う暇もなく、レイはガバッと起き上がった。
でも、まだ立ちくらみがする。
「あれ、今のって……」
「あぁ、あたし達、サキュバスヴァンパイアだからねー。血を吸わせてもらったのー。その方が確実に分かるからねー」
なるほど、確かにそんな気がする。
ではあれはなんだったのかと、レイは彼女の胸の辺りを見た。
すると女悪魔は腕をクロスしてその部分を隠した。
「もうー。えっちなこと考えちゃだーめ。あたしも恥ずかしいんだからね。その……、体を密着させた方が……、ちゃんと分かるかなぁ……って。それくらい、君の体に起きていることは分かりづらいの!」
俺のバカ!いつものはどうした?俺の背中の神経、今すぐ先程のデータをよこせ。何?命令がなかったからデータがない?ちっ、無能な神経どもめ。仕方あるまい。こうなったら、もう一度データを集めるぞ‼
「ボロン様…、あんまり分からなかったんで、今のを」
パシッ
本気で引っ叩かれた。
「で、結果だけどぉ、驚いたことにぃ、貴方の魔力値は四天王の上の方くらいまで上がってるわぁ。一体何がどうなったのやらぁぁ。まぁ、一つだけ気になることはあったけどぉぉ」
「お医者さんが気になることなんて言わないでください!」
ってか、もう一度測定してください!
「なんかぁ。貴方の魔力からは『小児性愛』の魔力を感じるのよねー。あたしのぉぉそのぉぉ魅力じゃ足りなかったぁぁ?もっと小さい方が良かった?お子供さんを連れてきてぇぇ、確かめましょうかぁ」
「いやいや。違います」
バシッ
だが、彼女はいたずらに笑っている。
そして、彼女を魅力的に思える限り、敢えて言おう!
「多分、竜人族のものです。ですから、身に覚えがありません。いや、もしかしたら感染したのかも。これは流石に、もう一回測…」
また叩かれた。
「もぉ、だめですぅ。でもぉ。もしも君がカロンに言ったようにぃ、別の世界がぁ、作れたら…、考えてもいいかな♪」
やばい。ガチで可愛い。
そしてこの溢れ出る感情は抑えが効かず、ラビに伝わっている。
後でどうこう言われるんだから、…じっくり見ておこう
「それにしても、君は不思議ねぇ。勿論、考え方も不思議ぃ。強くなる魔物。魔物の研究には精通してた筈だけど、こんなの初めてぇ」
「ん?精通してた?今はやってないんですか?」
「あれ?魔物研究はしてるよ?研究に精通してるって私、言わなかったっけぇ?」
「そ、そうですよね。俺の聞き間違いなくです。それって、やっぱ珍しいことなんですね」
だから、実験体。
初めて人間を魔物に変えた存在。
ここはゲームでは描かれていない。
でも、鈴木Pの中では?
「とにかく、また何かあったらマロンかカロンか私に見せてね」
「喜んで!」
ただ…
「本当に嬉しそうで何より。あ、そうそう。アズモデ様がお呼びだったわよ? これから秘密の塔で打ち合わせですって。じゃ、がんばってね。魔界の勇者様!」
ただ、その言葉で。
頭に上った血が冷えあがっていく。
そうだった。
そうなのだ。
このイベントはあの悪魔と関わるのだ。
あれは何だったのか。
ただの夢だと思うけど、俺は
◇
レイは待合室でしゃがみ込んでいた。
自分でも本当に馬鹿なことをしたと思っている。
特にそれはラビに向けた後悔だった。
「ラビ、本当にごめん。俺が俺の部下にしたばかりに、これからの厳しい戦いを一緒に乗り越えないといけなくなった」
すると、ボロンのパンッではなく、こつんと額が弾かれた。
「ボロン様をエロい目で見てたのを謝るんなら分かるけど、今のは違います。ご主人であっても許されない発言ですよ。ラビは自分の意志でご主人と運命を共にしようと考えているんですから!」
「だったら一つだけ約束してほしい。絶対にその戦いには出ないようにしてほしい」
「嫌です‼」
「ち、違うんだ。俺はムービーで蘇る。でも、そのムービーにサキュバスバニーは登場しない。…これで分かる…よな? 俺が生き返った時にラビがいないんじゃ、寂しいんだ」
ラビは言葉を失った。
ムービーが決定している以上、彼女が蘇ることはない。
「それは…、そう…ですけど。わ、分かりました。ちゃんとお出迎えします…」
そしてもう一人。
「イーリ。気持ちは嬉しいが…」
「嫌す。俺っちもここまで来たんです。どうせあそこで死んだ身です。だったら…おれも……。レイ様、俺っちをここに呼んだ理由を、ラビから聞きました。俺っちも是非、レイ様の直属の配下にしてください。」
人間バーションに戻ったイーリはレイの右腕を持って、自身の額に当てた。
その瞬間に、レイは考えないようにしても考えてしまう。
確かにそのつもりで読んだ。だけど、あのアズモデの顔が浮かんできて躊躇してしまった。
そして、それは……
「記憶が無くなるなら、俺っちはレイ様と共にありたい。たとえ俺だけが死んだとしても、それが俺の人生ですよ。」
「ウチも…同じ。ご主人の為に生きるって決めた時から…。だからウチを一人にしないで…。ウチが先に死ぬんなら、ウチは一人じゃない。」
例え運命だと言われても、それは誰かが言った運命。
昔、修道女にも言われた言葉。
そして結局は、ラビのこの言葉だった。
「ごめん、ウチ。嘘ついてた……。ウチが一緒にいたいのは、レイを一人にしたくないから……。レイがすごく寂しそうだから。だからウチがずっとそばにいる。だから絶対にウチは一緒に行くからね!」
「ズルいっす。俺っちも…………お、おおおおおおお!これがこれが部下の!」
「そか。ラビ、ありがとう。その感情の勢いでイーリを部下にしちゃったけど。それでも…、二人に出会えて本当に良かった。イエローコウモリん・エリート・ネイムド『イーリ』もよろしく頼む!」
イーリはガノス枠。
ガノスはそれを嫌がったけれど、イーリは受け入れてくれた。
「さぁて、踏ん切りもついたところだし。それじゃあ、行くか。三人なら怖いもの無しだ。謎に包まれた四天王、アズモデのところへ。ただし、これだけは約束だ。俺は絶対にお前達を死なさない。これはフラグでも何でもなく絶対だ。でなければ、俺は蘇っても死んでやるからな」
そして、俺たちは地下鉄に乗ってアーマグ大陸北東部を目指す。
次の目的地は秘密の塔。
七番目のヒロインが幽閉されている塔だ。