第36話 離れるほどに癇に障る存在
巨大な修道院の中央にある大きな広間
エルザたちと戦った場所の、一つ隣の部屋に二人は潜んでいた。
「レイ。私、荷物を取ってきても宜しいですか?」
「急いでないから問題ないかな。俺は」
「ここに居てください。ここはあまり目立たないかと」
ソフィアは勇者パーティへの加入を条件付きで決めた。
彼女は住んでいる家に着替えを取りに行きたいから、レイに修道院の大部屋の隅で待つように言った。
だが、レイは銀髪長身、一張羅でとても目立つ。
だから、隅の柱になった気持ちで、壁に背を預けて待つことにした。
「火事は大丈夫かな。ソフィアに家だって、被災地だろうに。でも、俺が動くと面倒くさいことになりそう。…アルフレドのあの様子だと、絶対になる」
ソフィアが住んでいるのは、修道院ではなく、山を降った先にある長屋らしい。
修道院は山の上にあるが、野菜を育てる為に麓に家屋を作った。
それが修道院で寝泊まりしない理由。設定資料集からの知識。
彼女は一度、麓まで降りて戻ってくる。
村の掲示板くらいで待ち合わせた方が近い。
だが、今は不味い。そこでソフィアが気を遣ってくれた。
ほとぼりが冷めるまで、というより村にはまだ彼らがいる。
高い場所にいる方が、彼らが今どこにいるのかよく分かる。
「ここからでもあの車は目立つよな。…て、いうか掲示板のメッセージ忘れてた。エミリしか書かなかったって考えていいのか。これって…本当に不味い。アルフレドは分かってるのか?でも、世間一般だと、俺が天下の勇者様に刃を向けたってことに…」
修道院がこの村の全てを取り仕切っているのだから、情報はここに集約される。
モンスターを退治した英雄であり、『女神メビウスが遣わした光の勇者』がこの村を救った。
その手の話はそこら中でされている。
今から村をあげての歓迎式が始まるらしい。
この場所ではなく、村の中心部で行われる。
それもソフィアは気にしてくれたのかもしれない。
「ソフィアはリメイクで化けたからなぁ……。正ヒロインでもおかしくない。」
レイは勇者のことについて、思うことはない。
これはゲームのシナリオとしても正しいからだ。
今までのように人々が助かってしまう方が、この世界ではイレギュラーで、結果として二重の記憶が出来上がる。
バグの心配をするなら、寧ろそちらなのだ。
だから、この村の半数の人間が焼死したとしても、彼らは良くやったと褒めるべきだ。
「ただ…、俺がアルフレドだったらどうしただろうか…。多分…」
レイと彼らの関係が良好だったら、イベント発生地点に辿り着く前にほとんどの村人を助けられた。
でも、彼らにそれを求めるべきではない。
設定資料集でも55%の村民が焼死したと書かれている。
だから、彼らがやったことは正しいのだ。
「そうなんです。この巨大なモンスターをですよ! バッタバッタと切り倒して、すごかったですよ!さすが光の勇者様です!きっとあの方なら、最近頻発している被害を拡大させる魔族も倒してくれますよ!」
そんな声も聞こえてくる。
これで彼らは報酬として2000G貰えた筈だ。
それで早く装備を整えろとさえ考えてしまう。
この世界の主人公はあくまで彼らである。
彼らが戦わなければ世界は救えない。
そして人々が彼らを応援するのは、とても良いことなのだ。
「火事はどうにかな……、うわ!」
そう呟いた瞬間、レイは後ろ側に倒れた。
壁に背中をつけていた筈なので、勢いがついて壮大に転んでしまった。
ただ、運良く布団かクッションがあったおかげで、体を打ちつけることはなかった。
「いった…くない…。ってあれ、この感触…」
「あの…。すみません…。まさか寄りかかっているとは思わ……。え、えと、恥ずかしいので…。立ち上がって貰っていいですか?」
後ろに倒れたレイの顔を上下逆さでソフィアが覗き込んでいる。
偶然にも、いわゆる縦膝枕になってしまった。
覗き込んでいるので、彼女の胸が額に少しだけ触れている。
「ゴメン…。こんなところが開くなんて思わなかった」
「いえ、支えようとしたんですけど、失敗しちゃいました」
立ち上がり、今度は手を引いて彼女を立ち上がらせる。
ソフィアはいわゆる僧侶の服、青を貴重にした厚手の生地の貫頭衣のようなものを被り、中は白いワンピースで、黒のストッキングを履いている。
このデザインはリメイク後も特に変わってないんだよなぁ。まぁ、分かる。これは根強い人気があるし…
彼女はリメイク前からいるので、リメイク前ならここでエミリかソフィアを選ばなければならない。
フィーネと別れるためにはあのイベントを越えなければならないので、その先の二人のヒロイン登場でその選択肢が発生する。
でも、リメイク後は誰とも別れなくてもいいので、彼女の純粋なヒーラーっぷりは実はあまり使われない。
マリア、そしてキラリ。新加入ヒロインが使えすぎるのだ。
新島礼はそれでもずっとパーティに入れていた。
「あの…、恥ずかしいので…あまり…その…。エッチなの、良くないですよ!」
「あ、いや。可愛いなぁって。…え、えっと、ここは何処?」
気が付いたら、彼女を見つめていた。
もしかしなくとも、今日ほどアルフレドになりたいと思った日はない。
気まずくなってクルリと振り返る。
「こういうところにも隠し扉があるんです。だからここを選んだんですけど…、もう一つ理由があります。実は——」
◇
少し遡る。アルフレド達の動向だ。
レイと悪魔の変身させられたソフィアが出ていったあと、多くの村人が入ってきた。
アルフレドはその時、立ち上がるのが精一杯だった。
フィーネはアルフレドの側に立ち、上治癒魔法を使って回復していた。
そこで彼らは初めて火事が起きていたことを知った。
「先生が言ってましたよね。火事をなんとかしろって」
「そか、マリア達が火事をなんとかしないといけないのね!」
村人の話を聞いて、エミリとマリアがうんうんと頷いている。
「エミリ、先生なんて呼び方は二度としないように!」
「あ、そっか。今は運転手さん、運転手さん。で、どうして?」
フィーネはエミリに注意した。でも注意された少女はいまいちピンと来ていなかった。
ただ、フィーネの判断は間違っていない。
これぞ、才女フィーネと言ったところだ。
そして、その間にも別の村人はやって来る。
「水門を開けて頂けたんですね!ありがとうございます。ですが、出来れば鎮火作業を手伝って頂けないでしょうか?」
「水門…か。みんな、行くぞ。俺たちには俺たちの役割がある。」
回復して貰ったアルフレドは全員に号令をかけて山を降りていった。
そして修道院の奥からとある会話が聞こえてきた。
「そう!銀髪の男が、勇者様が追い込んでた悪魔を、はい、そうです。逃しちゃったんっすよ!」
修道院が無人だった筈がない。
どこかで誰かが見ていた筈だ。
その話が聞こえて、エミリが「なるほど」と頷く。
「今後はあいつの名前を言うのは禁止よ。どこで誰が繋がりを知っているか分からない」
レイと悪魔が一緒にいることを目撃している人間がいるかもしれない。
勇者は女神より遣わされた存在だ。
魔族と共闘する人間が仲間にいて良い筈がない。
だから、彼が関わっていたなら、彼とは関係ないと示すべきだ。
レイが仮に居たとしても、フィーネと同じことを提案していただろう。
「うーん。でもマリアよく分からないかも。あれは絶対にやっちゃいけないことよね?あの部屋、血の海だったのよ?」
「そもそも。私たちなんであそこにいたんだろって思わない?」
「みんな、おしゃべり禁止。今や私たちは世界の希望なのよ。今は黙って後で考える。いいわね?」
次はフィーネの号令でエミリとマリアはお口チャックをした。
アルフレドも勿論、お口にチャック。
あの時のことを思い出して、首を横に振る。
そして眼下に広がる燃え盛る村を見て、スイッチを切り替えた。
「急ぐぞ、フィーネ。ミッドバレイをスタトの再来にはしない!」
「えぇ!みんな、急ぎましょう!」
ただ、そうは言っても村の規模が違う。
ここはデスモンドとネクタの中継地だ。
この国の信仰の中心である、メビウス教の総本山だ。
その中で、勇者は懸命に考える。
「フィーネとマリアは怪我人を頼む。俺とエミリは火が燃え広がらないように力技で行くぞ!」
「分かった」
フィーネは返事をして、マリアを引き連れていく。
その途中、掲示板に寄って、念のためにエミリのメッセージを消す。
その後、それぞれに分かれて人命救助を始めた。
「今から助けるぞ!」
アルフレドはエミリを連れて、建物を破壊して回る。
スタトに比べて彼らのレベルは上がっているし、スキルも魔法も覚えているから、そこまで時間は掛からなかった。
そして、生き残れそうな人間を見つけていく。
時には両手両足を失っている者も救い出す。
失った手足は戻らないが、魔法で命を助けることができる。
そして、頭や臓器が潰されている者は皆死んでいた。
ここで、レイの言葉が蘇る。
「防御が大事。武器は二の次、そして絶対に急所は守れ」
常々そう言っていた。
そのときは当たり前だと思っていたが、今まさにそれを思い知らされる。
「勇者様、ありがとうございました!」
必死の作業中、村人がアルフレドに話しかけてきた。
何度もお辞儀をしているようなので、彼女に軽く会釈をした。
「息子を救ってくださって本当に感謝しています!」
その時は、ああそうなのかと思った。
だからアルフレドは休めていた手を再び動かした。
炎の広がりは随分抑えられたので、あとは鎮火作業へと移る。
「成程、フィーネを見倣う必要があるな。」
フィーネは比較的軽症の者に治癒魔法をかけている。
この場合は、意識がある者という意味だ。
フィーネの治癒魔法では、死の淵にある者の蘇生は出来ない。
だからといって、悔しくはない。
自分の手で世界を救っている実感を持てる。
「フィーネ様、ありがとうございます。ここは私たちでもう大丈夫そうです。」
その言葉を聞いてフィーネは別のテントに移動した。
治癒魔法使いは、それぞれの街に一定数はいる。
回復魔法が使えるだけで、食いっぱぐれがないと言われる。
それだけあって、習得率は高い。
スタト村では魔法使い総出で戦ったらしく、フィーネが辿り着いた時には治癒魔法使いまでもが重症を負っていた。
今ならば助けられる命を、当時は取りこぼしてしまった。
——治癒ができる者を必ず後衛に持っていく。
フィーネが何度も前衛をやりたいと言ったのに、レイは頑なにそれを拒否していた。
その後、アルフレドの采配で前衛に着くことになったが、今になってその意味を思い知らされる。
そして彼女は次のテントでも治癒魔法を行使する。
「やはり勇者様と同行されている方は違いますね。フィーネ様はかなり魔力と魔法をお持ちのようです。それに治癒される優先順位も大変参考になります。」
「いえ、生命活動に必要な部位、動脈を中心にして……」
そこで彼女は息をついた。
「次の方を診てきます。」
フィーネは居心地が悪くなって、別のベッドに移った。
そして、そこでも治癒魔法を行使する。
そして、患者の苦痛の色が薄らいでいく。
だが、彼は左腕を失った。
それでも彼は何故か笑顔でこう言った。
「妻を…救って頂いて…有難うございました…」
その顔を見て軽く会釈して、別の床に移る。
そして……
そして……
エミリはずっと水を運んでいた。
水門が開いてかなりの量が流れているが、エミリの怪力にかかれば造作もない。
エミリの力は母親譲りだ。
ちなみに母はそれがコンプレックスだと言っていた。
父に農業を任せていたのは、父のような細かい管理が苦手だったからだけではない。
彼女の馬鹿力を人に見られたくなかったからだった。
そんな両親は彼に救われた。
そしてあの時からずっと疑問に思っていることがある。
どうして彼は母親だけで父親をスタト村に運べることを知っていたのかと。
「エミリ様、あとは私たちでなんとか出来ます。…あ、そういえば、私たちは探しているのです。何処にいらっしゃるのでしょうか——」
マリアは意識を失った者の蘇生治療をしている。
当然、全員を蘇生できるわけではない。
重要な臓器が傷ついている者はまず助からない。
だから彼女の手で救えない命が、指の隙間からどんどん溢れていく。
けれど、彼女は蘇生魔法を唱え続ける。
だって、それは彼との出会いの瞬間だから。
仲間たちと行動していると分かる。
マリアはそっちの世界線の人間なのだ。
そして彼の言葉とフィーネ、エミリの言葉を足すと分かってくることがある。
彼は本当に二重人格なのだ。
ある条件が揃うと彼は変貌してしまう。
けれど、マリアの家にいた時は、そんなこと起きなかった。
今日もきっともう一つの人格が出てきたのだろう。
ただ、今日のあれは流石にやり過ぎだ、——勇者と魔族は相容れないのだから。
「マリア様。有難うございました。マリア様がいらっしゃらなかったら、救える命も救えませんでした。」
「いえ…、私はもっと頑張らないといけないと再認識しました。」
「ご謙遜を。多くの命を勇者様御一行に救って頂きました。本当に感謝いたします。あの、ところで——」
勇者パーティは頑張った。
彼らが村を救ったと言っても過言ではない。
ただ、四人が四人とも、ずっともやもやした気持ちを抱えていた。
理由は誰の顔を見ても分かるし、確認しなくても分かる。
色んな人が来て、感謝の気持ちをくれる。
けれど、一つだけ彼らの願いに応えられないことがある。
「銀髪のお連れ様はどちらにいらっしゃるのでしょうか? できれば直接お礼を言いたいのです。」
彼について、触れてはいけない。
だから、それについては何も応えられない。
一人一人が改めて理解せざるえなかった。
彼はこの村の人間を、魔族から救いながら修道院にやってきた。
だから彼のあの時の行為は、彼が正気だったということだ。
「ソレについては修道院長の話を聞いてからだ。今は適当に誤魔化せ」
修道院は彼が魔族に加担した、という認識で固まっている。
そして村人はというと、ちらほらとそういう声が聞こえてくるだけだ。
直接じゃなくても、間接的に助けて貰った、それは間違いない。
しかも、「勇者様のどなたかに」という村人を含めれば相当の人数になる。
「エミリ、お口のチャック」
「ぶー、だって」
「もしかすると、その力の秘密が分かるかもしれないのよ」
修道院長と今から話し合いを持つ。
アルフレド達の目的は、ソフィアよりも『設定資料』という未来視出来る本だ。
考え方によっては運が良い。
どうやって聞き出そうかと思っていたところで、魔物騒ぎと火事騒ぎがあった。
「ねぇねぇ、勇者様、何を聞くの? あの本?アタシたちの二重の記憶の話? それとも緑の髪の少女?」
村長の家の客室で、エミリが頭の後ろで腕組みをして、勇者アルフレドに聞いた。
「一番重要なのは『設定資料』だ。二重の記憶は正直どう聞いたらいいのか分からないな。でも緑の髪色の少女は聞いても問題ないだろう。どんな素行の人間だったのか、聞いておくべきだ。村の人間は魔族が人間に化けていたと言っていた。魔族だった可能性は高い」
「謎の銀髪の青年かぁ。みーんな、嬉しそうでしたよー。マリアもちょっと嬉しく思ったかもー」
「マリア、銀髪禁止。でも、彼が正気だったと判明したわ。つまりアレは本気で魔族に寝返った」
「そういうことだ。アレも魔族だった。だから、考えることを禁止する」
それはエミリの心をざわつかせる言葉。
彼は何をしたか。
彼は人々を魔族から救い、それだけでなく大カラスのモンスター三体を倒した。
一方の勇者四人は、一体もモンスターを倒していない。
せいぜい人命救助くらいだ。
でも誰一人として、それは口にしなかった。




