第199話 新たな世界が始まるエンド。いや、ちょっと待って
レイは腕組みをして考え込む。
どうすれば良かったのか、と首を傾げる。
「魔王軍の支えを失ったデスモンドは、残念ながら荒廃していくよ」
キラリが手を翳すと世界地図の中身が変わる。
赤煉瓦と蒸気の街から人々が出て行く姿が見える。
「ネクタのエクナベル家が提唱した、魔王の悪あがき説はあっという間に伝播したよ。これも狙い通りなんだろうけど、誰の手柄か分からないからね」
「そこまで考えてないって。女神が味付けをしたんだよ」
「さて、どうだろう。デスモンドには僕は居ないし、魔族もいないしで、ただ混乱するしかなかった。それにエクナベルの政策は上手く行かなかったんだ。マリアを救世主に担ぎ上げたところで意味はないからね」
どんな技術を使っているのか分からない。
その当時の様子を、上から見た映像が映し出される。
デスモンドの人々はミッドバレイを目指し、ネクタの人々は西を目指す。
「ネクタが救世主を主張しても、スタトに勇者がいるんだし。は比較的落ち着いているみたいだし?」
「ううん。スタトが動くのはもっと後だよ。人々が向かっているのは…」
「ん…。なんか、ポツポツと家が…。ここってコブリンの森…だった場所で、エミリの家の近く」
するとマロンは言う。
「人類が幻油を加工できるまでには、もっと時間が必要でしょ。居なくなる前の魔王レイが予言していたでしょ。確か、アズモデノートに書いてあったわ。先ずは食べるモノの確保…って」
レイの肩が浮く。当時の魔王がラビとイーリに話したこと。命令していたことだ。
やはり、記録に残すことは、文明を維持する上でとても重要だ。
魔族だけが神に近い存在で居るのはアズモデの功績が大きい。
とは言え、それが気に入らない可憐な男の娘もいる。
「私も色んな資料を提出しました!それにこの状況は私にだって分かります。ギリー農場は深刻な人手不足に陥っていた。何せ、畑を耕す者が居ませんでしたから」
「そうね。エミリちゃんだけじゃなくて、おっきなおっきな働き手を失ったわけだし?」
今度はカロン。
魔王軍は地下に潜った。
その間も世界は広がっていたから、外から見ると地中奥深くにいる。
皆に説明を受けてばかりの新生レイが、ここで気付く。
「あ…。そか。そういえば、ドラグノフって」
「勿論。僕が魔王代理として撤退命令を出したよ」
「そっか。あの時、色々世話になったんだ。後でお礼を言いにいかないと」
「でも、彼は応じなかったよ。彼に命令できるのは、彼に勝った者のみだそうだ」
「え?ドラグノフは戻っていないのか?」
「君のせい…。いや、お蔭と言った方がいいかな。彼は遥か昔から存在しているんだし。長く生き過ぎたから、妻の墓の近くで眠りたいって。そこにも映っているよ」
アズモデの指の向こうには、小さな山があった。
あれがドラグノフ?いやいや。巨人と言っても5mしかない。
「岩山が…。そんな…。たったの二十と数年で。っていうか、サイズが全然違うけど」
「あれはベンジャミール。上にちょこっと乗ってるでしょ。山になった訳じゃなくて、本当に眠ってるだけだしね」
と、ボロン。
つまり古龍ベンジャミールも招集命令に従わなかった。
「アイツも強者にしか傅かない…か。アイツから見ても、人間は子孫なわけだし。子孫を上から見下ろしてるイメージ。…いや、ちょっと待てよ。ベンジャミールがいるってことは…」
「水が流れ出る神聖な山。そして、エミリの血筋を西国一の商人が利用しない訳がない。エミール主導で国造りが始まったんだ。初代女王エミリの誕生だよ」
彼女達の娘、キラリの言葉に眼を剥く。
ドラグノフは言ってみれば、初代ドラゴニアに並ぶ神話的な存在だ。
自分で作った設定ながら、ドラグという言葉がそうかもしれないと思わせる。
更に、ドラゴンもセットで鎮座している。
神聖な象徴がセットになってギリー農場を見下ろしているらしい。
「んー。でも、近くに勇者アルフレドとフィーネがいるんだ。二人に記憶はなくても、フィーネのご両親は」
「何度か往来したみたいですけど…。ねぇ、レイはエミールって人を御存じなんですよね?」
「えっと…。エクレア出身の商人…だったっけ。商人のネットワークとかも彼が…。あ、それって…」
続いてサラ。
人間にしか見えない者はちょくちょく地上に上がっている。
様子から察するに、新生レイの為に調査をしていたらしい。
「はい…。エミール・ドラグノフは即座にネクタの商人と連携を取っています。そしてエクナベル家と交渉。マリアをネクタの女王にするように働きかけて、女王の子同士を結婚させました」
「ドラステワゴンの世界…って一体。…じゃなくて、知れっとドラグノフが家名になってるし。でも、そっか。遡れば、王家の血を引いている。ドラグノフ家とエクナベル家、エミリとマリアは仲が良くなりがちだし…」
「ですので、早々にスタト領は封じ込めらました。そもそも——」
アルフレドとフィーネが目立つことを嫌ったらしい。
ここで突然、ゲームのエンディングの話が来た。
そして数年後…、という文字の後に赤子を抱えたアルフレドとフィーネが映る。
その後、Finという文字と共にフルスクリーンで表示されるのだが、——今回の二人は本当に救われている。
アルフレドは純朴な青年でフィーネは村の幼馴染なのだ。
仲間はたくさんできたが、その記憶は失われている。
周りがなんて言おうと、アルフレドに家族は居ない。
さらに言えば、フィーネとその家族が家族だ。
「静かなところで普通に生きていきたい…か」
「周りは煩かったみたいですけどね」
ある意味でエンディングに沿っている。
レイモンドの家族は居ないが、マイナスからではなくプラスからのスタートだ。
十分すぎるくらいのハッピーエンドだろう。
「今までと何も変わらない生活だし、いいんじゃないかな。当時のフィーネなら、そのままアルフレドを支えるだろうし、アルフレドも家族が出来て…」
「子供たちはやる気みたいですよ。魔王を倒した勇者がどうして田舎で畑を耕すのかって」
とは言え、受け継ぐ者たちには受け入れられないらしい。
アフレルゾ大陸の西の端、町と呼べるほど大きくもない。
領地を拡大しようとも、エミリ・ドラグノフ王国が立ち塞がる。
相手はエミールとマハージ、そして商人連合。
ドラステというRPG世界の商人は強い。
何処に居ても、同じ価格で販売し、買い取ってくれ、いくらでも取引が出来る存在だ。
「レイ。そこはしばらく動かないから、東にカメラを移動させるよ」
「カメラの移動。東はネクタ、ミッドバレ…。ん?いや、そっちは…」
その時、地下研究施設の一部屋が静寂に包まれた。
手を翳すキラリもカメラを操作しながらも、押し黙る。
直ぐに口を挟むアズモデも無言。
「あの…。実は魔王さ」
「ワットバーンは黙って」
迂闊にも声を出してしまったアークデーモンが上司に殴られた。
そして、それ以降は誰も喋らない。
つまり、レイの言葉待ち状態になった。
そのレイも…、実は焦っていた。
「えっと…、ここまで…、喉まで出かかっているんだけど」
知っている。でも、ゆっくり考えないと思い出せない。
そして漸く口を開く。
──こんな簡単なことさえ、口に出す勇気がいる。
「スタトから海を西に行ったら…、アーマグ大陸の東側に着く。そ、そうだったんじゃないかな。前から」
「人間だった頃の記憶によると、これ以上東には何もない筈だったんだけどねぇ。ねぇ、エルザ」
「なんであたし?ロータスの民はここで静かに暮らしてたの」
ゲームだから右に突っ切ると左から出てくる…、なんて事はありえない。
これは二つのプレイヤーが引き起こしたインフレーションの結果だ。
「…あの時には既に。キラリは気づいてるんだろ?」
「記憶はないんだって。でも、ネクタからエクレアに。あんなに早く移動できるって、計算に合わないよね。この世界は」
「そうに違いない。世界が球体になったのか、最初からそうだったのかは分からないけど。世界は丸い、が正解だ」
レイが断言することで、部屋の静寂は破られた。
彼女らも辿り着いていたようで、それぞれに話し始める。
とは言え、その先は未来の人類が考えれば良い。
「もしかしてリディアが?」
「ドラゴニア王国は直ぐにアーマグを掌握。ただ、デスモンドはディストピア化しているから、チョリソーは防衛の為に港を閉鎖。最近の海は穏やかだから、エクレアでの漁業で食いつないでいたんだ。それは多分、スタトも同じ。接触は偶然だったかもしれないけど、ドラゴニア王国は大海への進出を目指したんだ」
「そしてついに、双子が合流した…」
「ううん。合流はしてない。スタトは無抵抗なまま、あっという間にドラゴニア王国の領地になったよ」
「確かにアルフレドとフィーネは静かに暮らしたいって考えてた。けど、流石にソレは穏やかじゃない…んだけど」
アルフレドとリディアに記憶はなくても、街の人達には記憶という設定がある。
設定と言っても、五分前仮説と変わらない。
彼らにとっては続いている世界。であれば——
「レイは知ってたんでしょ。だって、スタトの領主は」
「あ、そうか。デズモア公だし、その息子はレイモンドだ…。余計な事をしなければいいけど」
「どうかな。騎士団長になったレイモンドは、領民に暖かく迎えられたそうだよ」
「あのレイモンドが?」
「どのレイモンドかは知らないけど。アルフレドとフィーネの子供たちが、両親の反対を押し切って、頭を下げるくらいの歓迎っぷりだったみたいだよ。何せ、彼は目まぐるしく変わる世界を一周したんだからね」
レイは目を剥く。
そして、彼の脳裏に過る…、というより再生される自分の声。
『そーかい、そーかい。そりゃあ、世界を滅ぼしてもいいかなぁああってなっちまうよなぁぁぁああああ!』
微かに覚えている。
この世界には『レイモンド』を狂わせるために、『スズキピー』という運命が存在していた。
でも、あの銀髪は若かりし頃にやんちゃをしただけの男。
両親から、世界を救う勇者の為の知識を叩きこまれた男。
東に東にと知識を求め、今や女王リディアの隣に立っている精悍な男だ。
「…良かったな、レイモンド」
「良くないですよ。魔王様の顔で、人間の女王に仕えてるんですよ‼」
もしかすると、その為に何度も繰り返したのかも…、なんてのは言い過ぎかもしれない。
でも、レイモンドの存在は繰り返す世界に取り残されるのだ。
彼の魂が、無かったことにされるのはとても悲しい。
「いいんだよ。俺は神の目でここに居るし、俺がアイツを救いたかったんだから」
「レイがいいならいいんですけど‼」
「済まないな。で、溜めに溜めたあの国の行く末を教えてくれ」
ドラゴニア王国が東の海を越えた理由。
デスモンドが荒れているから。
ネクタはエクナベル王国がドラグノフ王国の後ろ盾を授かって、再興したから。
これら二つの存在は地図で見ると大したモノではない。
「ミッドバレイ教皇国…。前にも話した通り、偶像崇拝の禁止を唱えて、各地の女神像を破壊している国だよ。ミッドバレイ凶行国じゃないかってくらい、残忍な国になっちゃった」
「残忍…って。あのソフィアが」
彼女にはそんな一面もあった。
ただ、今回は…
「女神像に祈りを捧げる人々は異端…だそうよ。まぁ、私たちも祈ったことないけど」
「祈るどころか、女神メビウスは敵って感じよ。何処かの誰かさんと同じ」
「それは僕のことかい?確かにそうだったけど、今は違うよ。僕は…」
「レイ、そのマザコンは置いといて、これがとんでもない勢力になっているの。それに…」
ここにMKBとアズモデ。
いや、マリネとカリナとリボンとルキフェだからこそ、見過ごすことが出来なかった。
加えて、クリーム色の髪の彼女も顔を青くする。
「あの実験も始めています。まるであの時のように」
「僕を睨まれてもねぇ。それにやっていることは稚拙そのものだし」
「二人ともそこまで」
進行役のキラリが混ぜるな危険ゾーンに割って入る。
それだけじゃなく彼女は、驚くべき事を口にした。
文字通り、口にしていた。
「実は興味本位に異端者の罰を受けてみた。幻油を飲まされてみた」
「は⁉あのデロデロを飲まされたって…」
「わ、私の為です‼」
久しぶりに薄紫の彼女の声が響いた。
「アイザの為…?」
「はい。ミッドバレイ教皇国はデスモンドからの移民と、ネクタから逃げた人々を取り込みました。その結果、油田の多くを手にしたと聞きます」
「なんか読めてきた。幻油を手に入れるためか。それにしてもキラリの行動は危険過ぎないか?」
「デスモンドの民に紛れるだけ。元々、変人扱いだったし、あんまり目立ってなかったしで、簡単に異端審問を受けられたよ」
「そういう意味の危険じゃないんだけど」
「幻油を飲んで死んだらただの人間で、幻油を飲んでも死ななかったら悪魔。悪魔認定を受けて、そのまま帰って来たヨ」
「確かに悪魔だ…な。どっかで聞いたことあるけども‼」
「お蔭で成分の分析が出来た」
「流石は私たちのキラリちゃん。そのお陰でアイザはあたしたちと同じになれた」
「あぁ。そうだな」
最初の話がここに繋がっていた。
それはそう。魔王レイ時代の魔王軍は幻油調達方法を失っていたのだ。
「あ、それ。私も一緒に行ったんですよ」
「サラも?キラリが大丈夫なら、サラも問題ないんだろうけど」
「私は教皇と接触するためです。教皇はソフィアの長子、フォレイ。彼は偶像崇拝に加えて、神の名を呼ぶことを禁忌としました。その真意を確かめたくて」
「それも何処かで聞いたことある設定だ…」
「やっぱり‼流石は魔王様です。彼らは世界の創造主を聖霊と呼ぶようです」
「それも聞いたことがある…気が」
各地の像が打ち倒されて、二十余年。
そして、元RPG世界。忘れてはならないのは、武器防具屋だけではない。
最後の世界線では利用しなかったけれど、全ての街に教会は存在している。
「ミッドバレイは農業も盛んです。やろうと思えば、彼女が世界の女王に君臨出来た筈です。ですが、彼女は——」
ソフィアはマーサの死後、教皇代理を務めることになった。
ミッドバレイへ行けば『聖霊様がお救いになる』やら、『修行して悟りを開けば精霊と一体になれる』やらと、精神的な支配のみを続けたという話。
領地を広げるではなく、富を望むでもない行動は、神格性を高めていく。
「なんとなく…、理解できた。エミリとマリアが女王を名乗れたのも、背後にソフィアがいたからか。アレ…、なんか…」
「どう…しました?」
「魔王様はまだ混乱中のようで」
アズモデがクスリと笑う。
その吐息に、新・魔王は眩暈を覚えた。
なんとなく理解できた、ではない。
——間違いなく、知っている。
——そして、まだ繋がっている。
「キラリ…。本当は何年経っている?」
「え…?二十年と少し…くらい…かな」
「く…。そういうこと…か。この感覚に覚えがある。既に皆死んでしまったのか…」
目が覚めて、ずっと違和を感じていた。
魔物がどうなったか、人間がどうなったか。
そんなことを漠然と考えて、見させられて。
「レイ、何処へ?」
「僕たちは裏で見守る…。その筈では?」
あぁ、新しくて知らない世界が始まった、と思った。
自分のいない世界で、彼ら彼女らが未来を切り開くと考えていた。
勿論。それはそれで良いし、その為にここまでやって来た。
だけど…
「俺が目覚めるまではって意味だよ。メビウスも言ったんだろ?魔王は復活するってな」
「ってことは、遂に⁉」
旧魔王軍に囲まれて、目が覚めたと知った。
その時、頭は空っぽで何が何だか分からなかった。
最初に目が合ったのは、アイザ。
彼女はどんな表情をしていただろうか。
「当たり前だ。このまま人間の好きにさせるかって話‼」
世界のハイパーインフレーションは止まったが、それでも少しずつ膨張する世界。
レイの記憶に起きていたように、仲魔の記憶も同じように変わっていく。
人間たちが世界を作り、悪魔は概念として在り続ける。
それが前のレイが定めた『未来』の設定だった。
「ふぅ。やっと御目覚めかい。それで何をしようっていうのさ」
前のレイが思い描いた世界なんて、高が知れている。
ただのコピーでしかない世界だ。
「聖霊とかいう、意味が分からない存在に祈りを捧げている場所だよ」
この体は創造神シクロが作ったもの。
まだ、シクロと繋がっている。
「勇者の子孫らが、教皇に傅く時がいいな…」
「ん?それってどういう意味?」
「人間たちだけが辿る未来に、俺達が居ないのは寂しい。っていうか、覚えているモノがいる時代の方が自己紹介が省けるだろ」
部下が目を剥く。
その直後、半眼にもなる。
「それ、レイの我が儘だよね。だって皆、記憶喪失だよ」
「私たちの努力が無駄になりますよ」
とは言え。
「そう言うなよ。普通の世界なんて面白くないんだ。だってここは…」
——元ゲームの世界
剣と魔法と勇者とヒロインと魔王軍が織りなす世界。
世界に名前を付けるとしたら、『これ』しか在り得ないのだ。
「この世界の名は『ドラゴンステーションワゴン〜光の勇者と七人の花嫁〜』。キラリ、教皇代理が王を任命した日を教えてくれ。派手に復活を見せつけるぞ」
そして、魔王軍は禍々しくミッドバレイ教皇国に降臨する。
これがやり直した世界の物語の終わり。
次回こそ、本当のエピローグで、最終回です。




