第198話 後日談的なモノで、レイは子を持つ。人間界編・4
『ソフィアのその後と新たな神の誕生物語』
ソフィアは己に絶望した後、記憶を破壊された。
それは他のヒロインとほとんど変わらない。
だが、他のヒロインと大きく違う点がある。
「マーサ様。私も何かお手伝いを」
「また、ですか」
「だって、私だけ部屋で休めって言われても…、皆さんに申し訳なくて。その…、ある程度は動けますし。事務作業くらい…は」
「…そうですか。そうですね。何かしていた方が楽かもしれないわね」
「はい‼一応、気をつけるつもり…です」
ソフィアはお腹に手を当てて、不安げな顔を見せる。
彼女は自分の体のことを知っている。
マーサから暈してだが話を聞いている。
記憶を失っていることも知っている。
「…すみません」
「謝ることはないのです。他の修道士に気を使うこともないのです。たかが暗黙のルールですよ」
「は…い…」
色んなものを失った彼女だが、彼女の出自はそもそも何も持っていない境遇。
寧ろ、修道院は風通しが良くなっていたのだから、プラス要因ばかり。
誕生して早々、マーサが殺されることもない。
身に覚えのない妊娠をしているくらい。
とは言え、それだけで十分に異常事態である。
「そして…、やはり教えては頂けないのですね」
「神様からの授かりものです。それに生まれてくる子には、アナタという母親がいるんです」
「…そう…ですね。あ、ありがとうございます」
両親の顔を知らない自分。
子育てなんてしてもらった記憶が無いソフィア。
ただ、支えてくれる母親のような存在がいる。
「私、がんばります」
「無理をしない程度にね」
「はい‼」
そう。ソフィアはとても良い再スタートが出来た。
自分以外の一つの異常事態を除けば、だが。
「魔王…はどこ?えっと…、仰られている意味が…」
「勇者は救世主…か?…その…ように伝えられています…けど」
本来は魔物に襲われた状態で始まる。
それは済んだことだが、目下同じ状況にあった。
西のネクタは酸の雨が降り、東のデスモンドは魔族に占領されている。
連絡手段が無くなった今、ミッドバレイの民は震えていた。
とは言え、なのだ。
「私が勇者様と一緒にいるところを見た…?」
「私が魔王と一緒にいたことを知ってる?」
「私が勇者様のパートナー?」
信者はほぼ毎日、大修道院に顔を出す。
役所の役割もあるのだから、人でごった返している。
大修道院が改築されて、通いやすくなったのも理由の一つだろう。
その工事はまだ途中で、修道院関係者の多くはそちらに駆り出されている。
その手伝いが出来ないのだから、事務と信者の悩み相談がソフィアの仕事だった。
「ソフィア様は勇者と懇意にしてるんでしょ。早く魔王を倒すように伝えてくれません?商売あがったりなんだよねぇ」
「ゆ、勇者様なんて…。…は、はい。つ、伝えておきます」
勇者と冒険をしていた話はマーサから聞いている。
世界中を勇者と共に旅をしていたらしい。
であれば、お腹の子は…
「ソフィアちゃん…。ソフィアちゃんって…、魔王様のこと大好きだったわよね」
「へ…?え、えと…。お、大きな話では言えませんが…、そう…みたい…です」
その話も聞いている。
魔王と共に世界を導いていたらしい。
であれば、お腹の子は…
修道院長になっていたマーサに、魔王様がいらっしゃらなかったら私はいなかった、とまで言わせた存在である。
だが今は、その魔王のせいで世界の経済が止まっている。
「隠さなくていいの。あの魔王様だもん。何かお考えがあるのよね。でも、ウチの旦那が商売しててね。どれくらい続くのか、…ちょっと知りたいんだけど」
「すみません…。私は…、戦いの中で頭を打ったみたいで…。ここに」
「そうだったの?ってことは…、あれ?どっちが勝ちそうなんだろ」
自分から手伝いたいと申し出たのだが、ハッキリ言って肉体労働の方がマシと思えるレベルだった。
相談の内容は、殆どが勇者と魔王の話ばかり。
単刀直入に関係を聞かれることも多い。
だから相談内容というより、思い出せない自分が情けなくて辛く思えた。
「…あの。ジェリさんから見て、魔王はどんな方…だったんですか?こ、ここだけの話ですけど」
「それはソフィアちゃ…。覚えてないんだったわね。魔族だから怖いけど、…ミッドバレイを何度も救った英雄…かな」
「英…雄…。でも…、ミッドバレイは魔族によって何度も」
「だから、魔族の中でも特別なんでしょ。人間と魔物の共存を目指してた感じだったし。それから——」
大修道院は大陸の真ん中にあって、色んな情報が集まって来る。
書物も多く残っていて、ここに学びに来る者も多い。
とは言え、ここに相談に来る人は商人が大半だった。
ソフィアの記憶では、飢えや病の相談が大半の筈だった。
それはマーサによる改革の賜物なのだと彼女も理解している。
そして、その改革の一つが教義の見直しである。
良い人間と悪い人間がいる。であれば、悪魔も同じ。
教えとは真逆を言っているのが、現修道院長のマーサだった。
それに倣おうかと思った矢先。
「どの面下げて戻って来たんだよ。ミッドバレイは異教とか言いふらしてたあばずれがっ‼」
明確な敵意を示す信者が現れた。
勿論、身に覚えのないこと。
「…すみません。記憶を失って…、何も覚えていないのです。ですから、教えてください。私が何をやってしまったのか」
「う…、そうだったのかい。だったら教えてやるよ。ネクタから来た連中も言ってたんだ。お前は勇者の嫁だろ?だから、マーサ様が邪魔になったんだ。だから、マーサ様を邪神信者と言いふらしたんだ‼」
彼女はマーサとの約束を破った。
過去の自分について、考えてはいけないと言われていた。
理由も、今は話せないと言われていた。
そのマーサは修道院長として、忙しくしている。
だから、ソフィアを監視する時間はない。
だからって、ソフィアを監禁することもしない。
「そん…な…」
「そんなも何も、俺は見てたんだよ。神の翼の中は見えねぇけど、アレは間違いねぇ。お前はあの勇者となぁ——」
そして、ソフィアは自らの意志で、お腹の子が誰の子かを知ることになる。
しかも、当時の自分があのマーサを敵視していたことも知る。
「サトーさん。その辺にしてやって下さい」
背後からの声に、エメラルドグリーンの髪が浮く。
余りのショックに、シスター帽が乱れていたことにも気付けなかった。
「マーサ様‼でも、ソイツは…」
「私が良いと言っているんですよ?」
「う…。だったらいいけど…。…早く追い出さねぇと痛い目見ますよ、マーサ様」
マーサに頭を下げ、緑髪の女を睨みつけた後、男は消えた。
直後、あの男の話が頭の中を埋め尽くす。
ソフィアの姿はネクタで何度も目撃されていたらしい。
いつも勇者の隣にソフィアは居たらしい。
そして、ミッドバレイは魔王によって洗脳をされたと吹聴していたらしい。
あのマーサは知っているマーサではない、とまで言っていたらしい。
マーサの教えは確かにその通りで、悪魔にも善悪があるという新たな教えだ。
しかも、村人の多くは魔王に対して、好感を抱いている。
これは知っている世界ではない。
記憶を失っている間に、何かが起きたのだ。
「ソフィア。そろそろ休みなさい」
「え…。でも…」
「もう…。相談したい信者もいないみたいですしね」
そこでソフィアは気付いてしまう。
今まで話を聞いて来た人は、教えてくれた人はまだマシ。
もしくは、ソフィアの様子を探っていたのかもしれない。
だって、ソフィアとは
勇者の隣にいる修道院出身の人間であり、魔王と敵対し、修道院とも敵対をする者の名なのだ。
「私…、ここには…もう」
「なりません。あの方と約束をしたのです」
「あの方…。どんな約束を…」
「魔王様ですよ。世界が落ち着くまで、アナタを守ると彼に誓いました」
ソフィアが望んだことだ。
他の修道士と同じように働きたい。
するとマーサが暈していた話が、容易く明らかになった。
「魔王との約束…。そんなの間違っています…」
過去の記憶に因れば、修道院は魔族との共生を望んでいない。
それこそ、女神への裏切りである。
争いが起きていないのなら、目溢しも許されるだろう。
だが、実際に商人は困っている。
ネクタの街は人が歩けないほどの攻撃を受けている。
「ミッドバレイの民の声を聴いても…、そう思いますか?」
「そ…、それは…」
不平を言っていたのは商人ばかりだ。
それ以外の信者から、魔物の被害の相談は受けていない。
でもでも、ここはソフィアが知っている世界ではない。
それに都合の良い言葉を聞いたばかりだった。
「ミッドバレイは魔王によって洗脳をされた…。きっと私も…」
先を歩くマーサの背に話す。
一体、どんな表情で聞いているのか。
「では…。私が嘘を吐いている…と?」
「そう…です。教えてくださらないのは、本当の私の話が出来ないから…」
「本当のアナタの話…ですか」
「そうです。だって、証拠はあるんです。だって…私は勇者様との子を授かっているんです‼きっと…、卑怯な魔王の幻術で私も洗脳されて…」
シスター帽を抱え、ばさりと長い髪がまろびでる。
それくらいソフィアの頭の中はごちゃごちゃだった。
信じられるのは、過去の教義くらいしかない。
勇者様が魔王を倒して、世界を救済されるのだ。
聖典にちゃんと書いてある。光の女神メビウスの導きなのだ、と…
ただ、彼女の設定はそれだけだっただろうか。
信心深い修道女だけだったろうか。
「…ソフィア」
振り返ったマーサは泣いていた。
胸のあたりを抑えて、悲しそうな顔をする。
そして——
「アナタの目には…、本当にそう映っているのですか?」
ソフィアは青い宝石のような瞳を剥いた。
そう、ソフィアには真実を見抜く力がある。
目の前の老婆が洗脳されているとか、嘘を吐いているとか関係ない。
自分のことで頭がいっぱいで、見ようともしていなかっただけ。
「嘘…。私…、マーサ様に…なんてことを…」
優しい顔の老婆は、昔から知っているマーサなのだ。
その力を持っているソフィアが懐くほどの、素晴らしい方。
「洗脳されていたのは…、私…」
そして、あの件からこっち。
おかしくなっていたソフィアの体を抱きしめることが出来る人。
全てを許せる寛容さを持った修道院長。
「繰り返された過去の記憶…と、あの方は仰られていました。そのソフィアも間違ってはいない…とも。ソフィアは悪くない…と、何度も…私に」
「あの方…。魔王がそれを…、…それも…真実…なの…ですね」
だとしても、何も思い出せない。
しかも勇者と一緒にいたという話を何度も聞かされた。
理由なんか分からない。
とにかく、勇者と一緒に魔王を倒すのがソフィアらしい。
マーサと敵対するのがソフィアらしい。
「罰せられるのは、罰を受けるべきは…、私」
「それは違います」
「違わないです。だって、私は洗脳されてて、マーサ様にとんでもない不敬を」
一緒に働かせてくれないのだって、そのソフィアをみんなが知っているからだ。
だって、証拠もある。
この体には、魔王と敵対する勇者の子がいる。
私はもう…
パン‼
「何をするつもりですか?」
マーサがソフィアの頬を叩くのは二度目、でもソフィアの体感では一度目。
だから、ソフィアは目を剥いた。
「だって…。私は育ててくれた恩を忘れて、修道院に唾を吐いた異端者です…。これは異端の…。う…」
「ソフィア。こっちへ来なさい。アナタに見せたいものがあります」
「止めて…下さい。私は…、ここに居るのも相応しくない悍ましい女です」
精神へのダメージは、肉体をも疲労させる。
それにこのままでは何をするか分からないから、とマーサは教え子の手を無理やり引いた。
ただ連れて行った場所は、何でもない事務室だった。
「こうなることが分かっていたから、何も言わなかったのですが…」
「私は穢れています。修道院ではもう働けません。いえ…、生きる資格さえ」
「…ソフィア。アナタは希望の一片なんですよ」
「希望…?何を仰っているのか分かりません‼」
何でもない事務室は、修道院が役所の意味も兼ねているからだ。
そこには戸籍なんかも登録されている、と本編中にも説明した筈。
マーサはそこに保管されている紙の束を、混乱する希望に突き付ける。
「出生届…?嫌です。私は私が分からないんです。産むべきかも分かりません。だから、そんなの」
「最初からこれを見せるべきだったかもしれませんね。…ソフィア。日付を見なさい」
「日付…?これは出生した後に提出するものです。私はまだ…、…二年…前?そ、それは…」
何度も、何度も混乱する女に見せつける。
ここには信者の情報が集まるのだ。
少なくともアフレルゾ大陸で生活している信者の情報は網羅している。
「そうです。二年以上、赤子が生まれていないのですよ」
「え…。そんな…こと…」
「私も全然気付きませんでした。あの方がアナタを連れてきた時に、見せて欲しいと仰られたんです。そして…、私も知りました。全く…、新院長として情けない限りです」
流石にあり得ない。
だからソフィアは他の資料も探した。
他の資料は途中でぱったりと止まり、途中から思い出したように続きが書き足されていた。
この世界に何かが起きているのは間違いない。
ここだからこそ、資料だけで読み解ける。
「フィールドバグ?…そういう類の一つではないか、と仰られました。ですから、…希望、と。未来を紡ぐ可能性…と」
「この…子が希望…?未来…なの…?」
人は生きている。
だけど、新たな生命となると難しい。
ゲームのエンディングで描かれている程度ならまだしも、そこで語られていない部分はゲームである限り難しい。
当時のレイはここでソレを再確認している。
この世界に足りないのは、未来だったのだ。
「そう…。貴女は希望の母となり、新世界の歴史を紡ぐのです。それが世界を終わらせない為に必要なこと…と彼は言いました」
「そんな…こと、無理…です」
「何も心配要りませんよ。あの方は導いてくださる。世界を…」
だが。
寄りにも寄って、このタイミングだった。
『魔王は滅びました。ですが、悪が滅びることはありません。かの魔王は、いつの日か必ず復活するでしょう。人間たちよ、備えなさい』
ソフィアもリディアと同じく、最後まで戦場に居たわけではない。
女神が生み出した空間の中で戦っていたモノとは、時の流れが異なる。
その時空を生み出した女神は、等しく皆に同じ言葉を送る。
タイミングを見計らっていたかもしれないのだが、今回の場合は…
「そんな…。レイ…様が…」
ガタッ…と老婆が崩れ落ちる。
「マーサ様‼」
側にいたソフィアは、マーサを抱きかかえるが、その力は弱い。
二人して、地べたに座り込んでしまった。
「どうして…、老婆を残して先に…居なくなられたのです…」
「勇者…退治した…のでは…ないでしょうか」
「そんな筈…ありません。あのような者にレイ様が負ける筈がない…のです」
そう。
スタト、ギリー農場、ネクタ、エクレアと同じ現象が起きるとは限らない。
ミッドバレイは、この報告を悲報と捉えていた。
因みにデスモンドも同じ。
語る場所もないので、ここで付け加えるならデスモンドはもっと酷かった。
魔物が居なくなったことで、街が荒れてしまった。
「マーサ様…」
「おお…。ソフィアかい。そちらは洗礼を受けに来たお子さんかい?可愛らしい子だねぇ」
いや、ミッドバレイもデスモンドのことを言えない。
院長であるマーサは、魔王の滅亡を知って急速に衰弱していった。
銀髪の男が現れた時、一度だけ生気が戻ったが、ほんの一瞬だけだった。
そして、衰えていくマーサの手を握り、ソフィアは呟いた。
「やるべきことが分かりました。見ていてください。…お母様」
「そうかい。ソフィアは立派な子だからねぇ…」
「はい。私が必ず…、魔王を復活させてみせます…。だって、この子たちは魔王様、レイとの子供ですから」
すると、マーサは嬉しそうに微笑んで、殆ど見えなくなった瞳を薄くした。
「あぁ…、そうだねぇ。この子たちは、あのお方によく似ている。そうに違いない…」
◇
その復活を果たした魔王レイは息を呑んでいた。
「えと…。もう少し続きそうですが、この辺にしておきましょう」
「そ…、そうだな。そういえば、俺はそんなこともしてたっけ。マーサ様に悪いことをしたな…」
加えて、修道女ヒロインの未来も大きく歪めてしまった。
「ソフィアは元々変わってる子だから」
「キラリがそれを言うのか…。あながち間違っていないのがソフィアらしい…な。レイモンドはドラゴニアの血を引いていたし、妊娠した当時の勇者の経験値は以前の世界のレイのモノ…か」
あのままでは世界が壊れていた。
にしても、大変なことになっている。
「ソフィアはレイの消失を女神のせいって考えたらしい。メビウス教が偶像崇拝の禁止を唱えて、女神像の建設を禁じたのは、そういう背景があったんだろうね」
「まぁ、僕としては嬉しい限りだ。母さんの像をベタベタと触られるのも」
「普通、女神像をベタベタと触らないでしょ」
「う…。俺は触って…たけど」
どんなふうに大変かは、世界地図の中身を見れば分かる。
「ボ母さんも、アズモデも、レイも黙って。これらを踏まえて、今の人間界を話していくね」




