第196話 後日談的なモノで、レイは自覚する。人間界編・2
『マリアとネクタの街の物語』
桃色の髪の女は忘れてしまったかつてのハーレム仲間に別れを告げて、東へと向かった。
ネクタは大きな街だから迷うことはない。
それに今のマリアにはあずかり知らぬことだが、道が整備されていた。
「マリアはどうして田舎に行こうとしてたんだっけ。あれ?今日ってママと一緒に教会に行くんじゃ…」
彼女の場合は体が軽く、あっという間にネクタに到着していた。
そこで待っていたのは
「あーーー‼マリア様だ‼」
「マリア様だ‼マリア様だ‼」
熱烈な歓迎をするネクタの街の人々だった。
ただ、この光景はこの時点の彼女にとっても珍しいことではない。
何せ、世界一の富豪の一人娘で、ネクタの人気者で、お姫様のような扱いを受けてきたからだ。
「えっと…。マリア、ちょっと歩き疲れたから、おうちに帰りたいんだけど」
「そうですよね‼みんな、道をあけろ‼マリア様の凱旋だ‼」
「ところでマリア様、お一人ですか?」
「え?そうだけど…、どういう意味?」
「い、いえ。なんでもありません」
今日のネクタの人達は何かが違う。
左右に人の壁が作られて、まるで、本当の王様になった気分。
目のやり場に困った彼女は街路樹に助けを求めるが、今が冬の時期なのか一片の葉もない。
それ以外はほとんど変わらない、いつものネクタのように見えた。
「早く何か食べたい。何か口に入れたい…」
ここに来て、少しずつ気分が悪くなっていく。
その辺の家なら直ぐに休めそうだけれど、家に帰りたい。
ただ、その家が余りにも大きいから、門までの道が長い。
そして、漸く辿り着いたと思った矢先の出来事だった。
『魔王は滅びました。ですが、悪が滅びることはありません。かの魔王は、いつの日か必ず復活するでしょう。人間たちよ、備えなさい』
黄金に光り輝く美しい女が現れて、皆にそう告げた。
誰の目からも、彼女が光の女神メビウスだと分かってしまうほどに神々しい。
「おおおおおおおお!」
「やっぱり‼」
「流石は我らがマリア様だ‼」
「マリアっ様!マリアっ様!マリアっ様!マリアっ様!」
大歓声にマリアの両肩が浮く。
「魔王…?魔王が滅びたって…。確かに凄いことだけど、そんなに喜ぶようなこと…かな。マリア、分かんない。それにマリアには関係ないし」
とは言え、気持ちが悪い。
先のは女神に違いない。ただ、誰が何を為したのかは分からない。
だのに、マリアマリアと連呼をする。
魔王の居城は遠い東と聞いているし、マリアが居たのは西の草原だ。
「マリア様‼祝宴会はいかがしましょう‼」
「ウチの商品をぜひ使ってください‼」
「私の店、新しいドレスを取り扱ってますよ‼」
「あー、もう‼そんなのは後‼」
門番も笑顔。
それも気持ち悪い。
何もかもが気持ち悪い。
だから、マリアは豪邸に逃げ込んだ。
そして——
「マリ…ア…。よ…よく戻った…」
「心配してたのよ、私の可愛いマリア」
漸く落ち着ける場を見つける。
エクナベル家の邸宅は、いつもと変わらない清潔さが感じられる。
掃除も行き届いているし、何より静かだった。
「…パパ、ママ。ただいま。えっと…マリアはちょっと…疲れて…て」
「そう…だな。イザベラ、シータ。マリアを休ませてやってくれ。私が居ても邪魔だろう…」
「そうね。シータ…」
「シータ?シータって…。あれ?」
自分でつけた名前さえ、彼女は覚えていない。
記憶は、経験値は連動するという性質を持っていたから、引っ張り出すと初期状態まで戻される。
勿論、記憶と経験値という概念だけだ。
「シータですよ。マリア様、相当お疲れのようですね」
シータはマリアの側仕えで、身の回りの世話を行っている。
マリアの体調管理も行っている。
それはここに勇者一行が屯ろしていた時も同じ。
だから、シータは知っている。
雇われの身である以上、イザベラに報告したし、マハージにも話は通じている。
「大丈夫。…寝たら治ると思う。それに何か食べ…。ううん、今はいいかも」
「駄目よ、マリア。ちょっとでも口に入れていた方が楽になるものよ」
「そうなの?」
とは言え、スタト村やギリー農場とは違う現象が起きている。
マリアが落ち着いたという報告を聞いた父が、娘に発した一言が、正にソレだった。
「マリア。アルフレド君は…、いつ頃来られるんだい?」
「アル…フレド?…その人がどうかした?」
「アルフレド君が魔王を倒したんだろう?彼にこの後どうするのか、聞いておきたいんだ。いつ戻られる?いつ、今後のエクナベルの方向性を教えてくれる?」
この世界はゲームではない。
そこに暮らす人々は、自分の意志で考えて行動している。
そして、彼らは記憶を失っていないのだ。
一方のマリアは
「だから、アルフレドって誰よ。マリアはそんな人知らない」
勇者と出会う直前だから、やはり顔も名前も知らない。
その様子に夫妻は目を白黒させた。
わがままなマリアだから、へそを曲げている。
その可能性は否めない。
だけど、放っておくわけにはいかないのだ。エクナベル家の今後の為にも。
「マリアちゃん。勇者アルフレド様のことよ。パパは魔王軍を裏切って、アルフレド様とマリアちゃんに尽くしてきたの」
「えええ?ま、魔王軍と通じて…いたの?」
「通じていたまではいかない。ただ、商売相手だったというだけだ。それに以前まで…だぞ。マリアがソレは良くないと言ってくれたから、私も正しい道を歩めたんだ。ただ…、このままではエクナベル家が傾いてしまうんだ」
ここで生まれているズレは、余りにも大きい。
マリアはエクナベルの財が、魔王軍と関係していたことを知らない。
「お金が湧くほどあるんじゃないの?」
単にお金持ちなだけ、と思っている。
「…修道院も買い取りを断ってきた。そもそも、巨大船舶の建築で財政は圧迫されている。だから、パパは早くアルフレド君と話をしたいんだ」
「はぁ…。また仕事の話。早く、金髪でイケメンで勇敢な王子様が、マリアを連れ去ってくれないかなぁ」
「マリア?その人がアルフレド様でしょう?」
そこでふと、桃色女は思い出す。
ただ、直ぐにポロリと候補者から脱落した。
「えー。そういえば、それっぽい誰かを見た気がするけど、彼女持ちよ。マリア、興味ないしー。…あれ、どうしたの?」
「旦那様、えっと…。素直に…」
「いや…。ちょっと待て…」
そして、一瞬の静寂が訪れる。
ヒソヒソと夫婦が話し始める。
「ねー。何を話してるの?もう…、一人にさせてよ」
「そ…。そうだな」
「そうね。シータ…」
「…はい。御意に御座います」
もしかしたら、似たような話はスタトでもギリー農場でもされていたかもしれない。
ただ、スタト村はそのままでも問題なかったし、ギリー農場は多忙のせいで直ぐにその話が行われなかった。
だけど、エクナベル家は違う。
エクナベルはネクタに住む多くの人々の生活の基盤なのだ。
それにマリアを良く知る人物が周囲に多かったのも理由の一つだろう。
このまま放置することは出来ない。即座に判断しなければならない。
因って、新たに始まった世界で初めて、この説が提唱された。
その一時間後、マリアの母はマリアに向けて、なるべく優しい顔になった。
彼女の手を握って、こう言った。
「マリアちゃん…。貴女は…魔王を倒したの」
「だからマリアはそんなこと」
「あるのよ。女神様が仰られたでしょう。でもね…、魔王は狡猾にも最後の力で呪いをかけたの」
今までのマリアと、今のマリアは全く違う。
だけど、今のマリアのことをマハジールとイザベラは、それだけじゃなくエイタもビイタもシータも知っているのだ。
何処からどう見ても記憶喪失、ならば魔王の呪い。
呪いではないが、…まぁ、殆ど呪いのようなものだから、殆ど的中で良い。
そして、エクナベル家が抱える問題があったからこそ、やはり彼女も導かれる。
「呪い…。この体調の悪さ…も?」
「いいえ。それはね。女神様が呪いに立ち向かうために託された命」
お腹に手を当てて、母は言う。
「え?ええ?マリアは敬虔な信徒だよ。命って…」
「マリア。メビウス様は仰られただろう。…備えよ、と」
勇者が来ないのは記憶を消されたから。
他の勇者の花嫁が来ないのも、同じ理由。
であれば、というよりそもそも、あの勇者は頼りにならない。
「女神様が授けてくださったのだ。…神の子を」
ギリー農場と違うのは、エクナベル家は誰の子かを知っていること。
加えて、エクナベル夫妻は魔王が蘇るということに恐怖している。
二人は、魔王を裏切ったと自覚している。通じていたことも知っている。
だから、エクナベル家は記録の一切を隠した。
そして皆を先んじる為に、勇者との披露宴の記録も焼却処分した。
「さぁ、マリア。民が待っています。世界を救った英雄、そして神の子を産む母として、皆様に挨拶をしなさい」
石油の使い道が失われた今、エクナベル家の財力は張りぼて寸前。
金ではなく、象徴を以て、人々を操るしかない。
かつては王族であったエクナベルが失墜してはならないのだ。
「…神様の子供。蘇る魔王を討つ…勇者を身籠った…の?私…」
敬虔な信徒の皮を被ったマリアは、女神を目の当たりにしたことと、身に覚えのない懐妊という奇跡を信じて、四つ子を産む。
それから少し経った後、窓の外から声が聞こえてきた。
「ニイジマ。お前、どうしてここに?」
「あ?俺はニイジマなんてへんてこな名前じゃねぇ。…あ、いや。私はレイモンドと申します。エミールさんから、ここに行けばもっといろいろ学べると聞いて」
両親は、使用人として誰かを雇ったらしい。
見たことも、聞いたこともない『ニイジマ』という言葉を聞いても、マリアは何も思い出さない。
「あー。これが噂の…。ちょっと弄らせてもらっていいっすか?」
ただ、マリアの部屋からは『ステーションワゴン』が見下ろせるから、どうしても会話の内容は耳に届く。
「弄るって…。それはうんともすんとも…。な…、動いた…」
「多分、ここをこうやれば…。座席を上げて、ペダルに下駄を噛ませて…。ほら、エイタさんも運転できるんじゃあないすか?」
するとどうだろう。
マリアの目にも意味が分からなかったソレを、エイタが運転できるようになった。
次にビイタも、そしてシータも。何なら、父であるマハージも。
そして、父は態々外に出て銀髪の男を賞賛していた。
「レイモンド君。凄いよ。君の噂は…、ちょっとだけ小耳に挟んでいたが、まさかこれほどの技術を持っていたとは。どうだね。ここに定住してみては…」
父と母は、最近は忙しそうにしている。
シータが居てくれるから今のところ不自由はないが、どうやら今までのような贅沢は出来ないらしい。
名目は、復活する魔王に備える為らしいが。
「大変ありがたい話です」
だから、人を雇うなんて珍しい。
そして、あの男は雇われるのだろう、と思っていた。
だが、その銀髪は地面に真っ直ぐに垂れ下がり、彼はこう言った。
「申し訳ありません…。実はここより東に伝説の自動車整備士が住んでいたと聞きまして…。それに…、石油の加工技術がここでは学べないらしいのです」
マリアは軽く目を剥いた。
とは言え。
「ふぇぇえ」
「あらら、どうちたの?」
その者に興味を抱くことはない。
初めての子育て、しかもこの四人は世界を救う勇者である。
立派に育て上げることが、自分の使命。
「…ですよね、女神様」
◇
レイは視線を泳がせた。
そこには漆黒が広がっている。っていうか、何もない。
「大変そうですね、マリアさん」
「あ…、あぁ。た、大変…だったんだな。…っていうか、長いし」
「長いって?何がですか。僕だって長くて大変な日々だったんですよ‼」
このペースだと、後日談が長くなる、なんて言える筈もない。
だって、全てがレイの責任なのだ。
「魔王レイが連れ去った人物。最初は私。続いてキラリ。後はそのまま戦ってました。…そういう意味だったんですね」
「アイザ…、無理に考えなくてもいいのよ。あたしは」
「ううん。私も大人ですよ。あの時点で勇者の子を身籠るか、そうでないかで分けていたのですね」
遂に言語として、ソレが登場した。
しかも、アイザの口からだった。
「魔族であるキラリは子孫を残せない。そしてアイザちゃんはまだ子供だった。だから、黄金の器の大きさは変わらない。私たちが連れ去られた理由も同じかしら」
「えっと…。私が渡した薬は抵抗されると効きにくいから…ですよね」
二十年以上も考察されていたのだし、魔王軍には記録も残っているから、既に正解に辿り着いている。
「サラの言った通りだよ。レベルカンスト勇者パーティを倒せるかっていうと、やっぱり難しい。勇者は勇者で世界の終わりから逃げていたし。この結果は望むところだったんだし」
一言でいうと、どうかしていた。
「でも、アレで良かった?レイって、多分…。あ、これは魔王レイの話ね。魔王様も勇者の花嫁たちを取り込みたかったんだし…。魔王軍にとってアレは…」
「いや、暫くは脅威にならない…と思う。勇者が子孫を多く残せば、それだけ遠のく。それに人間の数を増やす方法として、あれしか思いつかなかった」
勇者たちが強くなったのは、考えられない程の黄金の器を持っていたからだ。
こんな話、神の力で設定し直した話、誰もついてこれない。
「まさか、三つ子、四つ子が当たり前…なんて思わなかったけど」
「それについては、私たちなりに分析してみたの」
と、思われた。思っていた。
だけど、実はレイの方が追い付いていない。
そしてマロンは続ける。
「勇者と花嫁たちのレベルがあり得ない数値を記録しているの」
「ん…。と言うと?」
当時は、事細かく定義づけをする余裕はなかった。
インフレーションが進む世界になっていた。
そして、二つのプレイヤー格の同意がなければ成立しないという状況。
曖昧にしか決められていなかった世界の定理を、今度はカロンが紐解く。
「ゴールド素子も何故か膨れ上がっていたの。私たちが計算する世界の総量のザッと一万倍くらい」
「そんなに…。でも、そうか…。対になる粒子は片方だけってのはあり得ない。だから、いくつも生命が生まれた…」
シクロは世界について多く語らなかった。
寧ろ、深く考えすぎるなと言い放った。
でも、やっぱり神ではない何かは、神を目指したいのだ。
だから、ボロンも続く。
「ううん。必ずしも、同数が出現するとは限らないみたい。それに偏りは存在しててね。これは記録でしか分からないけど、勇者たちからはプラチナ素子の方が圧倒的に多く検出されていたの。おそらく…、花嫁たちの器が耐え切れずに壊れた。…いえ、複数に分裂した…って考えてるんだけど…」
レイは軽く目を剥いた。
ただ、数秒後に肩を竦めて、静かに首を横に振る。
「それを…、俺が打ち消したのか。そして魔界に偏らせることで、世界のバランスがとれた…と」
経験値がなければ、勇者たちは強くならない。
今しばらく、脅威はなくなる。
なんて考えている魔王だが、彼の存在を忘れてはならない。
「これで二人以上子供を産むと死ぬ、というバカみたいな呪縛が無くなれば良いけど…ね」
「あ…アズモデ…。それは…」
魔王軍は素子の分析にまで乗り出していた。
マロン、カロン、ボロンを上回る知識量の彼、アズモデを除いては考えられない。
「気にしなくていい。僕の母さんが示してくれたことだしね。その道に進んでも何も無い。人間は到底神にはなれないのだし。そして、僕たちの時間も恐らく…」
更に言えば、黄金を取り込むという慣習を持つ者は既に地上から姿を消している。
付け加えるなら、アレらは魔族ありきの話であった。
ただやはり、目を剥くべきは
「気付いていた…のか。俺を含んだ魔族は、次第に世界や神と同化する。時を持たないとはそういう意味って」
「流石にね。人間の発展を見れば、誰でも気付くよ」
女神の間で話をした、ザックリとした魔族の立ち位置が、ここでの常識になっていること。
俺が女神の間に居座っちゃダメなわけだ。
考えれば考えるほど、世界の形が変わってしまう…と
「だから、ね。アズモデは銀髪の人間と接触してたの」
「だって、僕の役目は弟を導くこと。だから、デスモンドに留まっても意味ないよって伝えてきた」
「…って‼ストーリーテラーは僕だから。アズモデはここまでだよ」
そういうことで、次回も花嫁たちのその後が続く。




