第194話 後日談的なモノで、レイは目覚める。魔界編
愚かで鈍感。
それは神様の目線の話で。
レイ……
女神の間は真っ暗で、とても静かだ。
一万二千の記憶もここでは等しく、同じ時間に起きていた。
己の浅はかさと、傷ついた心が暗闇の中に溶けていくよう。
レイ……
ここにシクロとイーリの姿はない。
もしも、女神が言うように時間が経っていないのなら。
彼女が全能の神様なら、蘇らせてくれたって良いのに。
レイ……
あ…れ…?名前を呼ばれ…てるような?
レイ‼
これって、もしかして…
俺の心臓が大きく脈打った。
前世で蘇る可能性はあった、…かもしれない。
でも、女神シクロは日本の神じゃない。
そもそも地球人類の神ではない。
ただ…これは…
レイ‼
誰かがその名を呼ぶ。
目を覚ませと、誰かが言っている。
既視感ならぬ、既聴感だ。
あれ…、ちょっと待って。俺はこの展開を知って…
——レイ!!!!
レイという名を呼ぶ女。
最初に思い浮かぶのは、あの時。
この世界で、レイモンドの世界でもアルフレドの世界でも、フィーネに呼ばれて始まるのだ。
あの女神がやっぱり駄目だと、リセットを押したのかもしれない。
──とは言え、この疑問は言葉になる前に消えた。
あれ…。知らない…声だ。
俺が本当に知らない…女性。
ってことは…、先輩の……
あれ…。先輩の名前をど忘れして…。会社の先輩で…。会社の名前は…
え…。何て名前…だっけ…。俺って…、何処に住んでたっけ…
「レイ…、ですよね?」
「レイ…?」
レイは分かる。レイは俺の名前で…
あれ…。俺にはニイジマって名前もなかったっけ…
さっきまで思い出せてた…気もするんだけど、なんで?
「お姉様‼レイが目を覚ましそうです‼」
「おねえ…さま…?」
ずっと暗闇にいたせいか、それとも寝過ぎたせいか。
瞼がやけに重い。漸く瞼を裂いてみても、ぼんやりとしか見えていない。
ゴテゴテとしたブーツ、多分だけどスーツの裾、それから革靴…かも?
そんなのは大したモノじゃなくて、明らかにあのキャラだと分かる奇抜なデザイン、紫色のハイヒールだと分かった。
あれ…。これは間違いなく既視感。
俺はこうやって目覚めたことがある。
そしてレイは消えてしまいそうになる意識を、どうにか無理やり繋いだ。
「エル…ザ?あれ…?なんで…」
「マロン‼あたしのことが分かるみたい」
耳から水が抜けたかのように、周囲の音が鮮明に聞こえ始めた。
ざわざわ、ばたばた、がちゃがちゃ、かたかた
女神の間とは違って、随分騒がしい。
それに、何がなんだか分からない。
女神の間にいた。寝ていたのに、どうしてドラステ世界で目を覚ましたのか。
「んー。多分、そう…。としか言えないわね。キラリ、分かる?」
「マ母さん。僕も記憶喪失組だよ。でも、なんとなく…?言い出しっぺのサラは」
「えっと…。私は覚えてる…けど。自信があるわけじゃ…なくて。アズモデさんはどう思いますか?」
「あぁ、そうだねぇ。ドラゴニアの血は入っている。これは間違いなさそうだけど」
レイの目が僅かに剥かれる。
アルフレドもレイモンドも確かにドラゴニアの血族。
その中間を想像したんだから、やはりドラゴニア系の顔立ちなのだ。
まぁ…、そうか。…じゃなくて
とは言え、発言自体は想定の範囲。
全員の記憶を消したら、世界はふりだしに戻るかもしれない。
特に、魔族側は意識して移動してもらわないといけない。
「俺が居ちゃ、意味が」
「レイ…?」
頭を抱える。
どうしてこうなったのか、…って、そういえば俺がどうなるかって考えてなかったっけ
シクロもイーリもどっか行っちゃうし、俺はただ眠くて…目が覚めたら
とりあえず、自分の体を触る。顔も触る。
本当に実体化している。そこで思い出されるのは、世界が完成した後に、シクロがコントローラーを動かしていたこと。
『主人公の名前を決めてください。 レイ_ 』
確か、そう入力していた筈だ。
即ち…
と、その前に頭を抱えるレイの視界に、薄いヴェールが掛かった、ような気がした。
薄い紫色なのだ。そこから「レイ」と聞こえた。
やっと視力も戻って来たのだ。
そんな彼が発するのは、現場を揺るがすコトだった。
「あ…、えっと間違えてたらゴメン。君って、もしかしてアイザ?声が変わったから全然分からなかった…んですけど」
ついつい敬語になってしまう、上品で大人の綺麗な女。
その髪色、金色の瞳、和服姿は一人しか当てはまらない。
そして、その声は聞いたことがない大人のトーン。
彼女がずっと語り掛けていたのだ。
とは言え周囲がざわめくと、レイの頬が引き攣る。
「あ…。いや、何でもない。俺の勘違い…」
見た目八歳ではなく、本当に八歳。
でも、彼女は二十歳そこらに見える。
全然違う人の場合だって
「アイザです‼覚えてくれてたんですね‼」
「え…。本当にアイザ?見違えた…な。でも、記憶は」
「覚えてません。…でも、怯えていた私に、姉が言いました。もう大丈夫。何処にも行かなくていいって。それもこれもレイのお陰って」
大人の女性になった元八歳のヒロイン。
彼女の話で自然と目がエルザを探す。
「ってことはエルザは」
「あたしも覚えていないよ…。じゃなくて…、覚えておりません」
「ん?なんで言い換えた?」
「僕が教えたんだよ。だって、彼女は前の僕の命令に従って人間の村に強襲を掛けるつもりでいたからね。それに君が言ったんじゃないか。魔族全てを研究施設の地下深くに忍ばせろって。自分も後から行くって」
銀髪のアルフレドっぽいレイが目を剥いた。
あの時、確かにそう言った。
世界中に散らばった魔族を回収する為、アズモデに命令していた。
後から行くと言ったのは、半分嘘。
レイモンドが魔人レイモンドになるかもと半分だけ思っていたから。
「少し違うけれど、魔力の波長は同じみたい。ボロン、マロン。多分じゃなくて、これは誤差範囲と言っていいわよね」
「身体的特徴は違っているけど、魔力は同じ波長…」
「あと、話し方も同じって。だったらぁ」
マロンとカロンとボロンも、記憶喪失組だ。
ただ、この三人は
「記録に残ってる魔人レイって言っていいんじゃないかな」
「記録?…あ、そうだった。細々と記録をつけられてたし、その情報は残ったまま…」
さて、彼はゲームクリア編でなんと言っていたのか。
彼は、それさえも覚えていなかったのか、もしくは神の力に溺れてしまったのか。
『世界の意志を変えやがった』とか、『この世界の人間は生きている』とか、色々と言ったものである。
だからこそ、彼はこの世界は完成してると思った筈だ。
記憶喪失がなんだって?
人間と魔族には未来があるって?
そんなことは彼らには関係ない。
「レイ‼本当に魔王様‼」
駆け出し、抱きしめたのは記憶を残したままのサラ。
見た目が違っているから、意識を取り戻すまでは様子見をしていた彼女。
「魔…王?って…アズモデ?」
「ヘルガヌス様はご隠居されてる…」
「それはそうだけど。だからお前に…さ」
「その様子だと本人で間違いないみたいだねぇ」
「あれ…。うーん」
喋れば喋る程、記憶がある魔族に確信が持たれる。
いや、そもそも——
こっちの世界のことは思い出せるんだ…。
なのに、前の…。前の?何の前の話だっけ
ぼんやり思い出せていたことさえ、目が覚めた途端に朧になる。
この現状は知ってる。
目覚めた直後から薄れていく、あの感覚。
「おい。俺のことは覚えているんだろうな?」
「アナタ、魔王様に向かってその言い方は」
「覚えてるよ、ゼノス。…ん?エルザ、なんて?」
すると紫紺髪の淑女は、竜王の頭に手を当てた。
そして、銀髪とともに紫の髪が垂れた。
「魔王様がお眠りになっていたので…。正式ではないのですが、その…。って、アナタ‼」
「俺が頭を下げる筋合いはない。…と、とにかくそういうことだ」
ゼノスはぷいと顔を逸らしているが、その頬は赤い。
それと、あまり触れて欲しくないのだろう、視線が泳いでいる。
「…記憶喪失のいざこざで…。なんて思わないよ」
実際、ゼノスには助けられた。
記憶を失った姉妹の面倒を看る。
勇者がアイザの回収に向かう可能性もあったのだ。
二人を守ろうとする姿に、エルザの心が傾いたのだろう。
「それに同じロータス民…。って、いやいや。いやいや、待てって」
「やはり…、お認めにはならない…と」
「魔王、貴様。随分狭量な奴で目覚めたものだな」
「それは違うって。だって、ほら。ゼノスはにんげ…。ってアレ?この感じ、魔族のオーラ?おかしい…。俺はちゃんと」
「何を言っている。俺は手術を受ける予定だっただろう。それも忘れてしまったのか?」
そしてレイは目を剥…かない。
寧ろ、瞳は重くなり、半眼で止まる。
ただ…
「その時に正式に魔族転換手術を受けた。逆方向は見つかっていないらしいが、魔族になる方法はいくつも資料が残っていた…というのでな。その中には記憶を失わずに魔族になったケースも乗っていた」
今度こそ目を剥いた。
人々は自ら考えて生きている、それなら物質だって自らの意味を見出している。
レイモンド魔人化資料だって、バッチリ意味を果たしている。
——女神も使い魔も呆れていたのは、この辺りに気付かないレイだったから
人間側の設定はシナリオライター気取りでやっていたのに、詰めが甘い。
それにレイは漸く気付いた。
勝手に自己犠牲がカッコ良いなんて思ってしまっただけ
勝手にアレは自らへの贖罪とか思っていただけ
そんなことも気付けない阿呆だと、自分でも思う。
「ち、違うんです、魔王様‼」
自分の愚かさに俯いていた時、前はもっと子供っぽい話し方をしていた元ヒロインの声が響いた。
そして、何が違うのか問い質す前に、
「私の為に、ゼノスお兄さんが実験体になってくれたんです」
ゼノスのカッコよさが引き立る。
そして、魔王は目を皿のようにして、薄紫の彼女の黄金の瞳を覗いた。
「え…。そりゃ設定だと…。ん?何の設定かは忘れたけど、アイザは人間…だった…よな。だから成長をしてて…」
半端に設定が残っている。
今のレイには、それが何の設定だったかさえ思い出せないのだけれど。
だが、懸命に思い出す前に黒髪の魔族がとんでもない事の片鱗を話す。
「アイザちゃんをあのまま人間の世界に残すのは危険だったんだよ、魔王様」
「危険…って」
「それだけじゃないです。私は魔族として、私たちを救った魔王様の御目覚めをお待ちしたかったんです」
「それで…、この夫。それなら自分が実験体になるって…。竜人族を人間世界に残して、魔界に来てくれたんです。ですから…、その」
「分かった分かった。二人の契りは認める。ゼノス、魔王との約束だ。これからは…」
「ふ…、当然だな。エルザ以上の女など、人間の世界に行っても現れぬ」
ぐぬぬ。
魔王レイの中で、良い嫁ランキング№1はエルザ。
これはかなり羨ましい展開。
だけど、このゼノスは今までのゼノスと違う…気がする。
「ゼノス、分かってると思うけど、それは」
「ロータスの民である竜人は多くいる。俺は竜王よりも良き夫となると誓うと言っている。それを知っても尚、だ」
「はい。あたしとゼノスは永遠の愛を魔王様に誓います」
魔族だからこその永遠。
子孫繁栄とは真逆の存在。
それでも幸せそうな二人の顔に、レイは頷くしかなかった。
なので、この話は終わり。
「魔王に誓うってのも変な話だけど…。そもそも、俺ってさ。何処にいた?どうやって現れた?」
アイザとエルザとゼノスの話はさて置き、こっちの疑問はどうしても気になる。
ただ、これにはとても分かりやすい答えが用意されていた。
「僕の母さ…」
「アズモデ。女神メビウスでしょ」
「う…。そうとも言うってだけさ。彼女が皆の前に現れて言ったんだよ…」
フェルレの見た目だった。
その時点で、あの存在の仕業だと分かる。
少し前の世界で言う、神のカケラで作った器そのもの。
神が入る器なんだから、中の人は当然ながら神。
そして神は仰った。
——魔王は滅びました。ですが、悪が滅びることはありません。
「…魔王は、いつの日か必ず復活するでしょう。人間たちよ、備えなさい…ってね」
「神が言いそうなセリフ!っていうか、それって魔族向けに言ってないよね⁉」
それにレイ復活とも言っていない。
さっきの疑問にも結びつかない。
だが、サラは言う。
「いいえ、魔王様。魔王様が消えた直後に…。この魔界にも現れたので…。私たちにも伝える為…ですし」
「いや、魔界って‼」
「魔王。さっき、我が愛しき愛妻が言った筈だが?」
「愛しき愛妻ってなんだよ。頭痛が痛いとか知ってる?」
「また…。僕に語り掛けてくれたんだ…。う…、ぐ…。母さん、僕は頑張る…から」
「アズモデ。そういうのは他所でやって。話が全然進まないじゃない。ねぇ、キラリ」
「カ母さんの言う通りだよ。アズモデは一人で泣いてたらいいよ。あっちの部屋で」
「ちょっと待て、キラリ。さっきのは聞き間違えだと思ったけど、態とだな。その法則だと、ボロンがボ母さんになるのか?」
「そうよ。私はボ母さん。それより、魔王様。イチイチ、私たちのことをツッコまれては話が進みません」
普通の人間では辿り着けない場所に、魔族研究施設はある。
それはアルフレドの記憶から読み取ることが出来る。
であれば、ここは人間の世界ではない。
魔族しかいないんだから魔界になったらしい。
どうやら居なくなった後にも世界は動いていた。
それは当然なんだけれど、頭が追い付かない…
「ここはマ母さんの出番ね。女神メビウスはこの部屋に現れたの。…で、消えた後に魔王様のお体があったんです。」
「って、追いつく必要なしじゃん‼あの時、絶賛俺をクリエイト中…、…道理でキャラクリしてると思った。じゃあ、そんなに時間は経ってないのか。神様に時間の概念はないんだし…」
その時、クリーム色の髪と黒色の髪と薄紫色の髪が入り混じった。
流石は魔族。人外の動きをしている、と考えるより先に
「そんな訳…」
「ないよ。ずっと待ってたよ‼」
「私が魔族になって、十年も待ちました‼」
息を呑む。
神に時間が無くても、この世界で暮らす人や魔物には時間は存在するのだ。
「えっと…。アイザが魔族になったのって…」
「十八歳の時です。そこまでは待った方が良いって、マロン様が仰られて」
「ねぇ、聞いてよ、レイ。酷いんだよ。僕の胸が大きくないのは小さいときに魔族になったからって」
「わ、私も…そう言われました。心外です」
マロン、カロン、ボロン。そしてエルザ。
大人になってから魔族になった者たちは確かにふくよかだ。
「いや…。それって…」
遺伝では、なんてキラリの前では言えない。
それくらい、こっちの世界の記憶が鮮明によみがえる。
「…じゃなくて、キラリって本当に記憶を失ってた?なんか…」
「失ったよ。でも…。色々調べたり、聞いたりしたら分かって来るよ。僕の歩んだ道くらい。だから…、ずっと待ってた。もう一回…、出逢い直したい…って」
「それは私もです‼」
「じゃなくて、みんなだよ。僕の凶行を止めてくれたんだしね」
そして、ここでもう一度
——女神も使い魔も呆れていたのは、この辺りに気付かないレイだったから
本当に浅はかだったことを思い至らされる。
とは言え。
「…ってことは、アルフレド達にも同じことが言える?」
黒髪眼鏡っ子は首を横に振った。
「そんな余裕はなかったと思うよ。人間だったアイザをエルザが匿ったのは、地上が危険だったからだからね」
「地上が危険って。だって女神が言ったんだろ?魔王は滅びた。んで、いつかの為に備え寄って。アイザは人間で、魔族はここ。魔界に閉じこもったんだろ?」
そして、浅はかなチーフシナリオライターは絶句する。
「二十年前の方がずっと平和だったよ。それじゃあ、上がどうなっているか、今から解説するね」




