第192話 女神シクロの間
真っ暗な空間。
いや、空間と呼んでよいのか分からない場所で、少女の女神の泣き声が響く。
白と黒の髪、左右ちょうど半分ずつの髪の女の子。
「旦那ぁ、もうちっと考えてみましょうよ」
「考えるも何も。ここは何処?」
「そんなのどうでもいいっすよ。神の視点だとあっという間って言ってたでしょう?もっと謝ってくださいって」
魂というものに、形があるのかは分からない。
だが、とにかく俺は背中を押された。物理的に。
すると泣き続けている少女が目の前にいる。
「ウチ…。破壊神じゃないもん‼」
「あれ…。そこで泣いてるんだ…。じゃあ…、創造が苦手な万能神…?」
「ふぇぇぇええええええええ」
「う…。えっと…。ゴメン…って。一緒に作ろうって…言ったのに」
あの時、夢だと思わずに、積み木に夢中にならずに。
ちゃんと彼女が誰なのかを考えるべきだった。
「一緒にゲームしよ…って言ったのに…。ふぇぇぇええええええええん」
「そっちも…だった。…全部、思い出したから。もう、大丈夫だって」
悪意のある勇者になっていたのだってそうだ。
ラビの目には、あんな風に見えていた。
あの勇者の記憶も、今は戻っている。元々、一人の人間だから、そうなるのは分かるのだけれど。
全てを失って尚、ここに居る理由はやっぱり…
「今度は一緒にやろう?一緒にゲーム…しよ?」
彼女だってこんなこと、したくなかった筈だ。
だから、今度はこっちからお願い。
すると、白と黒の髪の少女は目をゴシゴシと腕で拭い、
「うん!」
と、軽やかに微笑んだ。
そして白と黒、二つの体に分離する。
「じゃあ、今度は私が光のメビウス役ね!」
「えー、まだこのゲーム?私は別のゲームがしたいー!」
「うーん。そかー。確かに12,505回も遊んだら、飽きちゃうか。それじゃ——」
そんな二人の会話にレイは目を白黒させた。
そんな彼を見かねた二人の眷属がこの状況を説明する。
「レイの旦那の考えている通り、女神様は創造と破壊を司る、二位一体の女神。二人いるし、一人でもあるんす」
「じゃあ。さっきの黒髪バージョンが破壊…?」
「白い方が破壊…、ぶべ!」
イーリが吹き飛ばされる。
そういえば、イーリの姿はここでも変わらない。
黄色い髪に目が隠れるほどのボサボサ髪。そも、そんな魔物はドラステに居ない。
「…あれ。こっちから戻ってきた。ここって」
「ここで殴られると本当に痛いのに…。真の意味の女神の間っすよ。因みに俺っちは女神様のおもちゃ。燃やされやしなかったっつーのはそういうことっす。まぁ、俺っちもメビウス様にネタバレ禁止命令喰らってたもんで、あぁするしかなかったんすけどねぇ」
「そか。でも、なんていうか。……俺、許されたの?」
今、自分がどんな顔を、どんな姿をしているのか分からない。
だって多分、ここは魂だけの空間。
ただ、自分の顔が引きつっていることくらい分かる。
破壊神を無視し続けたのだ。
「めちゃくちゃ怒ってましたよー。だって、全然気付かないんすから、ね。12,505回も宥め続けた俺っちはさながら維持の神っす」
「イーリ!余計な事を言うな。お前はペットじゃろ!」
「あちゃ、旦那のせいで、俺っちこのままイーリっていうペットになりそうっすわ。相変わらず、子供の面倒をみ——」
維持の神を自称するイーリは再びどこかへ吹き飛ばされた。
また、反対側から戻ってくるのだろう。
「…にしても。何を忘れていたのかも忘れる設計なのに」
「…るのも大変っすよ」
「あ、戻ってきた…」
「んで、さっきの言葉の通りっす。流石に飽きたから、ゲームに入るって言いだして」
「一万以上で飽きたって。気の長い話だな」
「旦那。時間って概念は神にはないっす」
「あぁ。そうだった。ほんと、概念的な話だからしっくりこないけど」
白と黒の女神に挟まれて、実に幸運な彼である。
以前発した『ガキ女神』という表現は大正解だった。
もう、女神は怒っていない。
それどころか、笑顔でこんなことを言ってくれる。
「ねぇねぇ、レイ、これで遊ぼ!」
◇
レイは溜め息を吐く。
そして誰もいない空間で呆けていた。
「なんじゃ、その顔は。せっかくワシが体を作ってやったというのに腑抜けておるのう」
白と黒のツートンカラーの髪の色。
左右同じで、赤と黒のグラデ―ションが美しい瞳。
創造と破壊を司る女神。ただ、破壊の方が向いているらしい少女。
一見すると巫女のような服を着た女の子。
あの後、散々、おもちゃやらゲームやらで遊んだ後、
「ね。レイってどんな見た目だったっけ」
などと言った。
で、俺は息を呑んだ。
「あ…れ…。俺って…、どんな見た目だっけ。一万回以上も周回プレイしてるし、その記憶がごった返して…」
転生した時は覚えていたのに、まるで出てこないのだ。
物心つく前の記憶のように、断片的かつぼんやりとしていて、絵にならない。
「自分の顔も忘れるなんて、レイは全くぅ」
「人間の感覚だと時間はやっぱりあるんだって‼俺の頭の中を見せてやりた…、…って、ふぇぇええええ?」
目の前に女神の顔があった。
端正な顔立ち…、と思う間もなく、唇と唇が触れる位置。
…に留まらず、俺の顔に彼女がめり込んだ。
ぐにゃ…、って感じ。
「何も入っとらんし、映っとらんぞ」
そう言った彼女は少女ではなく、女神の気配を放っていた。
「って、失礼な‼俺にも脳……、は?何、それ。俺ってスラドンだった?転生したらスラドンだった件⁉」
女神の手にあるのは、己が一部。しかもデロデロ。
この世界で言う、魔物製造の失敗品だ。
「馬鹿を申せ。この世界は二つの物質から成り立っておる…。そう決めたのはお主じゃろ」
「そう…なるんだっけ…?」
そうなった。だって、この世界を作ったのはそもそも
「大好きな世界の、大好きなキャラの、最後の体を捨ててしもうたのはお主じゃろ?」
「いや、レイモンドは好きじゃねぇし」
「そこはどうでも良い。今は二つの素子がカオスに混じり合った状態じゃな」
女神の名前は分からない。
メビウスはゲームの女神の名前だし。
だから、今はラビと呼ぶ。
そんなラビは創造神とは名ばかりの破壊神だ。
「俺が考えた設定のままでいいのか、ラビ」
「……」
「ん?えっと。やっぱりラビは不味かっ…」
「ちーがーうー‼ワシも一緒に考えたの‼一緒に…」
すると、背後で彼女のペットが俺を小突く。
「そ、そうだった。俺としたことが、俺一人の手柄にしようとしていた…。俺の考えを読み取って、ラビが作ってくれたんだよな」
「そ、そうじゃ…。で。体を失ったお主の体は…」
「何もないからスラドン。マジ…?スラドンを殺し過ぎて、ヒエラルキーが云々で俺はスラドンに生まれかわるってこと…。んで、村人でも頑張ったら殺せるってこと…」
「旦那、一旦ゲームから離れましょうや。記憶を固着させるのに都合が良かったんすよ。でもって、喋りにくいんで人型になってもらいたいんすけど…」
俺はスラドンの目を剥いた。
やはり、あの時。体を失う時、消えてしまう可能性があったらしい。
勿論、その覚悟はしていた。そもそも、とんでもない年月を生きた記憶で脳内はぐちゃぐちゃ。
一番最初の周回のレイなら、元の世界に戻してくれと言ったかも知れない。
そして、それ以降のレイなら、いい加減解放して欲しいと言ったかも。
あの時は消えることに躊躇が無かった。
で、どうしてここに居るのか。
彼女達に言わせると、「謝らせる為」というのが一番だろう
「ん…。そう言われてもなぁ。俺が覚えてる俺って…」
「ふむ。では、そのまま動くなよ」
「何をするつもり…。って、俺の今の姿って」
「アルフレドとレイモンドの中間。銀髪にアルフレド…じゃな。やはり最後の瞬間が焼き付いておるの」
漆黒の闇だが、ここは神の世界。
その闇から、突然鏡が現れた。
「うーん。正直、この姿しか想像できない。そもそも…」
「光がないのにどうして映る?…は無しじゃぞ。さてさて、これで話しやすくなったか」
でも、全ての記憶を思い出した、今のレイの気持ちはこうだった。
「俺、消えても良かったんだけど…」
「何を言うておる。お主は——」
◇
この女神との約束で、1万回以上も同じゲームをやらされている。
途中から記憶がなくなったとはいえ、全てを思い出すと果てしない疲労が襲ってくる。
「一周プレイで10時間掛けたとしても、10万時間。4000日以上?10年以上同じゲームって…。しかも実際は長い時は数年くらい一回に掛けているから…、一万年近くプレイをしているのか…」
「お主の感覚で言えばな」
「はぁ。そうだった。神様に時間はないんだったっけ」
謝り倒したとはいえ、よく考えたらこいつが全部悪いんじゃないか、と一瞬だけ思う。
でも、またへそを曲げてしまったら、それこそ一大事だ。
だから無心で、彼女のやりたいようにさせた。
「ゲームリスタートで時間が経っていたらおかしいじゃろ」
「そうだった。ここはゲームの世界だ。数日間放置して、勇者もヒロインも年寄りになってるゲームなんて…。あってもいいかもしれないけど、絶対に売れないな」
そんなこんなで、レイ復活である。
ただの記憶の入れ物としてだけれど。
何者でもない存在に、レイという存在をぽいっと入れてしまったという話。
「で、世界はこれで完成。もう良いのかの?」
「ここからリセットは考えたくないな。良いかどうかは…分からないけど」
あの時は、レイの世界そのものだ。
世界の始まりは、間違いなくレイがレイモンドとして誕生した日。
ただ、今まで壊れ続けていたのは、レイがただ遊んでいたから。
それは
「ふむ。それならワシがもうちょっと…」
「う…。それは止めとこう。ってか、これで完成でいいから。俺がラビの力を借りて、過去の設定を作ったんだし」
やっぱり忘れていたという罪が大きい。
初回で忘れてしまったんだから、どうしようもないのだけれど。
ただ、今現在。あの力をつかったペナルティ、というより自らに放った一撃によって、レイモンドはレイモンドとして、生きることになった。
プレイヤー・レイそのものの居場所が消えている。
プレイヤーが消えた? それなら世界は…
なんて疑問が浮かぶかも知れないが、あの世界はもはやゲームではない。
破壊神メビウスの機嫌が良くなった為、世界の崩壊はとりあえず起きない。
「にっしっし。次はどんな遊びをしようかのぉ…」
全能の女神はたった一人で世界を作ろうとした。
ただ、創造の手は破壊の手でもあったから、作った側から壊れていく。
「にっしっし…って。世界を見守るのが神様に仕事じゃないのか?…ってか、それはイーリの仕事か?」
「俺っちは何もしないっすよ。っていうか、あぁあー。ハーレム世界だったのにねぇ。旦那ぁ、今もったいないことしたって思ってません?」
女神のペットが聞いてくる。
彼も神族であり、人間の考えくらい読めるというのに。
「思ってねぇよ。ってか、思えるかよ。ハーレムっぽかったのって、一瞬じゃん。それに…、あの世界に必要だったのは、人間の為の時間、即ち『未来の展望』だ」
そも。
頭を抱えたくなる程、ハーレム人生は過ごしてきた。
悪辣な勇者になったアルフレドの記憶は、過去の自分がやったであろう記憶。
余りにも自己中心的なゲームプレイヤーの姿。
どんな顔をして会えばいいかさえ、今は分からない。
「全く。ワシの分身体も失うとは、けしからんやつじゃ」
「あれ…。そうなの?邪神はアズモデに返した筈だけど」
「還るわけがなかろう。邪神格はワシあってのモノじゃぞ」
因みにラビは白黒の女神の姿、あのラビの姿ではない。
イーリという人型個体はイーリのままだ。
「それはそうか。ラビが居たから、あんな力が使えたわけだし。そもそも、邪神って言ってもキャラクターの一つだし。ってか、神の力を使えば、俺の考えも読めるんだろ?ってか、なんでロリババァ口調?」
「この方が偉そうじゃからに決まっておる。それから…。そ、そういう問題じゃないのじゃ。せっかくできた繋がりを、こうもあっさりと捨てられると…。少し寂しいではないか…。それに最後の戦いについて、気になることがあるのじゃろう? お主はプレイヤー、記憶は消えとらん筈じゃが?」
気になること。
それはまぁ、少し。
いやいや、大いにある。
疑問を抱いていることは見抜かれている。
そして、質問形式じゃないと女神は教えてくれそうもない。
「今までの俺だって頑張ってた。でも、あんなの詰み状態だった。今回はラビがいないと辿り着けない。どうして今回だけラビが、俺がメビウスに会えたのか。なんで破壊神として怒っていたのかは、…流石に想像がつくけど」
「そうじゃなぁ。ワシのことを忘れて、一人でハーレム人生を送っておったから、怒るに決まっとる」
しかも、最後の最後に彼女と会うイベントがあるにも関わらず、ゲーム内容の改変を訴えていた。
そして、ここから出たいとか言っていた。
安易に放り投げエンドを迎えたから、と言うしかないのだけれど。
「今回だって同じだよ。ラビが居なかったら、放り投げて終わり。そうならなかったのは、ラビが居たからだ」
「じゃがワシは、お主を一片も助けとらんじゃろう?もうすぐ破壊神がやってくると教えてやった程度じゃ。まぁ、イーリの奴は最後に手を貸してしまったが、あやつとてヒントを教えた程度じゃ」
白黒ラビ、ではなくてメビウスが肩を竦める。
因みにレイは神の前で、寝転がっている。
「俺っちの身にもなってくださいよ。あそこで死なれたら、また一万二千回掛かるかもって…。あそこまで行って自滅する愚かな旦那っすよ?」
愚か愚かと、あの戦いから何度か言われる。
環境的存在に、そこまで言われる筋合いはない。
第一。
「最初の俺の記憶がないからさ…」
レイの思考が止まる。
続きエンドの記憶は無数に戻っている。
なら、一番最初の記憶だって戻るべきだ。
ただ、その考えを見透かした女神は、白い眼を向けた。
「ワシがブチ切れて焼いたのじゃ。その時のお主を再現したのが、あの勇者じゃ」
——やっぱ、そう‼
メビウスとの約束も忘れて、…と言うより前世の夢の約束なんて信じないに決まっている、で夢のような異世界転生に浮かれてしまった。
困ってた女神の前で、堂々と他の女といちゃつきまくっていた。
だから、あんな酷いエンディング、黒い炎に巻かれてレイを憎むエンドが出来てしまう。
だから、完全に悪意を持った『ニイジマレイ』が再現されていた。
「じゃあ…。やっぱりレイモンドスタートが正解だったって…こと?」
「さぁのぉ。そうかもしれんし、そうじゃないかもしれん。いい加減、お前と会いたいと思っただけかもの。神はきまぐれじゃ、ワシだって頭にきとったから覚えとらんよ」
事実として女神メビウスは、会いたくなって出てきたと、本編中に言っていた。
「ん。じゃあシクロはさ。もっと早く出てきても良かったんじゃないか?その後の俺は記憶をなくしてるんだし」
その直後、レイの頭に激痛が走る。
あれ…。シクロってなんだっけ…
「さて…の。その通り、ワシの名はシクロ。万能の神と書いて、シクロと読む」
「読まねぇよ…。じゃなくて、なんでゲームコントローラーで殴る?なんでゲームコントローラー持ってんの?」
ゲームコントローラーでぶん殴られ、その激痛と共に女神の名前が口から零れ落ちた。
どうやら、前の夢で名前が決まっていたらしい。
「ふむ、ワシの名を思い出したところで、ようやく本題に入れる。結論から言うと、ワシも出たくても出られんかったんじゃ。お主も知っておるように、この世界は容量不足じゃ」




